Machine Voice
【10・壊れてしまう】

友人間で、一番α2がかわいそうだといわれたシーンです。






 何故だろう。

 デュオは、自分に優しくしてくれる。触れる事も許してくれる。
 自分が、デュオを大切に扱えば、彼は嬉しそうにもする。
 でも、あいつはデュオに冷たい。
 それに、デュオはあいつにあまり近づかない。

 なのに…。デュオが選ぶのはいつもヒイロ=ユイの方なのだ。

 分かっている、本当は、ヒイロ=ユイがデュオに冷たい理由なんて。
 自分の感情が分からなくて、気付きたくなくて、わざと突き放して考えないようにしている。
 知っている、彼は自分と同じだから。
 本当は、自分の中にあるこの感情さえ、元は彼のものなのだから。
 この感情が何かなんて知らないけれど、きっと、多分、感じるものは同じ筈。

 掌に握り締めた、小さな四角形。
 ヒイロ=ユイの記憶を全て納めたキューブ。
 これを自分に組み込めば、ヒイロ=ユイになれる。
 そう、なれる筈。
 だけれど。

 ─────発狂してしまったα1

 あの白い部屋での声が教えてくれたのは、彼は『人間としての感情と機械であるという部分の矛盾』で狂ってしまったと、それだけだけど。
 本当に、原因はそうだったのだろうか?
 声はいっていた、だからお前は大丈夫だと。
 お前はまず自分を機械だと自覚する様に作ってあるから、狂う事はないと。
 事実、今まで自分はずっと正常に動いて来たから。
 狂うという感覚も、予感も感じた事などないから、有り得ない事だと思っていた。

 だけど、違う。
 自分も、狂うかもしれない。

 手の中のキューブ、α1は最初から全てを組み込まれて発狂した。
 原因は機械の彼と人間である記憶の矛盾。
 だから自分はちゃんと、機械だと分かっているから大丈夫。
 ソノハズダケド。
 記憶などなくても、自分は狂うかもしれない。
 だって、見つけてしまったのだ、自分の中の『狂い』を。
 あの時──────。

 『下ろせっα2っ、ヒイロをっ、置いて俺だけ逃げられるかよっ。』

 最初に見つけたのは、アパートから逃げようとした時。あいつのため、デュオが必死に叫んだのを見て、何処かが軋んだのを自覚できた。
 感情を作って行く、頭の中の思考アルゴリズム。常に学習を繰り返しながら、新たな項目を増やして行くニューラルネットワーク。
 でも、感情を判断する為の、これが正解だといえる見本のデータなんてないから、ネットワークを通して出された結果の正当性は、思考部分で判断するだけ。
 だから自分の思うものも、自分の判断も、ネットワークを通したものは本当は全て自信がない。それでも今までは不安など感じなかった、のに。

 何かが、違う、そう思う。

 自分は間違っている、おかしいと思うのに、それ以外の答えを探さない、自分。
 自ら、ネットワークの出す答えをねじ曲げる何か。
 初めはさほどの影響力のなかったそれは、やがて歪みを大きくしていく。
 その度に、頭の何処かで軋む音が…聞こえる気がする。
 軋んだ感情のまま、敵とはいえ、人を殺す事に喜びを感じていた。
 あの時、自分が持っていた、暗い感情。
 軋みは綻びへ、そして全体を蝕み大きな狂気へと。
 あれから時々、自分の中の『狂い』を感じる。

 そう、今も…。


 デュオがヒイロを追い掛けて行き、部屋にはα2だけが取り残された。薄汚れてはいるけれど、家具一つない白い壁だけの部屋は、覚醒したばかりの頃を思いおこさせる。
 α2は手に入れたキューブを掌の中で弄ぶ。

 ヒイロ=ユイの記憶。

 これを入れれば自分は望み通り、ヒイロ=ユイになる事ができるのだろうか?
 だけども、入れた途端、今でさえ不安定な感情は今度こそ確実に狂ってしまうかもしれない。
 そうしていると、自分が本当は何を望んでいるのかさえ分からなくなりそうで。
 又、自分の中の『狂い』を見つけてしまって、恐ろしくなる。
 デュオは、ヒイロを追い掛けて行ってしまった…。自分をおいて。
 ほら、そう考えただけで頭のどこかで軋む音がする。

 自分は、狂うのだろうか?

 全身が、何故か震えて、感じる筈のない目眩を感じる。
 α2は思考を切り替えて、今は考えないようにするしかなかった。
 最近、一人になると、必ずそんな不安を感じてしまうから。
 デュオを探そう。
 デュオに触れていられれば、『狂い』は収まる。
 分からないけど、そう、感じる。いつも。
 センサーの有効範囲を広げて、探る。
 そうして見つけたデュオの声に、α2は凍り付いた。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 「ン…ッ…」

 触れれば、声を押し殺して、デュオが反応を返す。
 汗にしっとりと滲む肌を舌でなぞり、反応を返す場所は執拗に嬲る。
 その度にデュオはビクビクと肌を震わすから、ヒイロは更に刺激を与える。

 直に触れる、肌と肌。
 お互いの熱が暖めてくれるから、少しだけ肌寒い外気にも寒さは感じない。
 腕の中、白い喉を逸らして自分の目の前で晒して。
 無防備に体の全てを暴かれるがままにさせているデュオが愛しい。
 解れてしまった長い髪は、汗で体へ張り付けられてしまう。

 「ア…や…ヒイ、ロ。」

 途切れ途切れに自分を呼ぶ声は、ぞくりとする程艶めかしくて、自分の中の衝動を押さえるのが辛くなる。

 知っている、彼は自分を好きだからこんなことをさせてくれているのじゃないと。
 知っている、ただの同情だと。
 自分に残された時間は決まっているから。
 彼は自分を哀れんでいるのだと。
 だけれども、今、目の前で彼が体を晒しているのは事実だから。
 こうして触れているのは間違いなく本当だから。

 だから、いい。

 自覚してしまった、この感情。
 答えを出すまいと思っていた、想い。
 はっきりと自分の中で存在を確信してしまったそれを、もう、押さえる事は出来ない。
 デュオが、欲しい。
 ただ、彼が欲しくて。
 こうして触れていてさえ、もっと、更にと、いくらでも貪欲に求める自分が恐くなる程。

 息を乱して、肩を跳ね上げる、仕草。
 泣きそうに顔を歪めて、懸命に声を押さえようとする。
 体を伸び上がらせて、唇を塞ぐ。舌を触れさせれば、彼もたどたどしく応えてくれる。
 呼吸を奪われて苦しいのか、デュオはこちらの体を引き離そうとしているように、自分の胸に手を置く。だけれど、その手に力などまるで入っていないから、かえって誘っているような素振りにも見える。
 唇を合せたまま、手は彼の胸から脇腹、そして下肢へと。
 逃げをうとうとする体を押さえて、自分の欲望を彼へと押し付ける。

 「ンン…ウッ…。」

 塞がれた唇、声は殺されて喉を震わせるだけ。ただ、合せられた口の中で彼のその声が舌まで響いてくるから、それが、楽しい。
 ピチャリという粘膜質の音が、ずれた唇のスキマから聞こえて、デュオは顔を赤くした。だから尚更荒く舌を差し入れれば、また聞こえるその濡れた音に、デュオの下肢の熱まで反応しているのが分かる。

 「デュオ…。」

 唇を外して、でも目を開こうとしない彼へ、耳元に息を吹き掛けた。
 驚いて目を開く彼を見て、少しだけ笑い、又口付ける。今度は少しだけ軽く、そしてすぐに離して。
 震える瞼と、柔らかな頬にも口付け、舌でなぞる。そのまま舌を耳元へ移動させて彼の薄い耳たぶを舐める。
 彼の体の隅々までもが愛しくて、触れたくて。
 余すところなく彼を知る事が出来る様に。

 晒された白い喉にも口付けを。
 声を押さえて震えるその様に耐えられなくて肌を吸い上げれば、朱の跡が残るから嬉しくなる。

 自分のものに。
 自分だけのものに。

 感情に気付いてしまったら、きっと自分はそこまで求めてしまうと、何処かで分かっていた。

 「て…め…ヒイロ…お前、いつまで────。」

 まともに言葉が紡げない声で彼がそういうから、ヒイロは唇を少しだけ釣り上げた。
 汗なのか涙なのか、濡れた頬を舌でちろりと舐め上げて、また唇を合せながら、今度は彼の下肢、彼の熱の更に奥へ指を這わせる。
 瞬間、絡ませたデュオの舌が強ばるのが分かったけれど、ヒイロは構わず自分を受け入れさす為の準備を彼に施した。
 肩が跳ね上がって、肩を掴んで来る手も強ばって。
 瞼さえぴくぴくと痙攣させて、出せない声を上げる、デュオ。
 その様にヒイロももう耐える事は不可能で、ゆっくりと彼の中へ体を埋め込み始める。

 「あ─────。」

 外れてしまった唇から、デュオが声を上げた。
 尚も体を進めれば、ぶるぶると震える彼の指が肩に食い込んで来て、彼の緊張が伝わって来る。

 「デュオ、力を抜け。」

 さすがにきつすぎる彼へそう告げても、聞こえているようには見えないから。

 「ひあっ─────ッゥ」

 一息に体を埋め込ませてしまって、彼を抱き締めて宥める。

 「この…ばっか…やろう…。」

 まだ強ばったままの体でデュオはそう悪態をつくけれど、睨みつけるだけの余裕は今の彼にはないようだった。

 「辛いか?」

 聞けば、

 「当たり前…だ。」

 デュオは答える。
 だけど、暫くそうしてじっとしていれば、少しずつ彼の体も受け入れる事に慣れてくるから、肩の指が緩んだ頃を見計らって、少しだけ体を揺らした。

 「くっ…。」

 固く目を閉じて、眉を顰めて、デュオは吐息を漏らす。でも、先程にくらべるとそんなに辛そうにも見えない。
 だから、浅く、少しずつ体を動かして行くと、デュオは苦しそうにはしているものの、吐息に熱を含みだして、ヒイロも自分の熱を追う事に夢中になって行く。
 彼の中は熱くて、きつくて。
 それが自分の欲望と精神を満たしてくれるから。
 細くて力を込めたら折れそうな体を、衝動のまま割り開く事にためらいを感じる余裕さえなくて。
 もっと強く、もっと深くと求める欲望のままに、彼の体へ己を埋める。

 「あ…ァ…ヒイロ…。」

 潤んだ声が呼ぶから唇を。
 塞いですぐに離せば、彼の顔が良く見える。
 熱に浮かされた瞳、上気した頬。
 熱い吐息が、自分を呼んでいる。

 ────欲しいから、もっと。

 その顔を見ているだけで、自分の思考も焼ききれそうになる。

 ────欲しいから、強く、自分だけのものに。

 きっと、それは。



 自分が、彼を愛しているから。



   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 一際高いデュオの声が聞こえて、彼らの肉が合わさる音は消える。

 ───これは、何だ?

 知識がないわけじゃない。行為を知らないわけじゃない。
 だって、彼らが何をしているかを自分はちゃんと知っている。
 分からないのは──────。

 α2は呆然とする。
 自分の思考のずっと、ずっと、深いところで軋んでいた何かが、壊れてしまった、そんな感じ。
 彼らがしていた行為を見ていたわけではないのに、音しか聞かなかったのに、その情景はありありと思考へ画像と共に送られる。

 痛い。

 何処か、自分の中の知らないところ。
 抱き締めて、体温を感じて、彼を感じるのは嬉しいから。
 でも。
 自分はそれ以上彼を感じる事は不可能だから。
 表情を変える事も出来ない、目を大きく見開いたまま。
 α2の瞳からは、又、涙が零れた。


 自分ハ、機械ダカラ。







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