Delete
【T o u c h】・1





 任務が知らされたのは今朝早く。
 任務を遂行せねばならないのは今夜。
 だから今夜も、ヒイロは又彼を裏切る言葉を言わねばならない。

 「Delete your mind.」

 組織により、もう一つの人格を植え付けられたデュオ。
 何も知らないデュオは、その言葉を聞くと組織に作られた酷薄な殺人者の人格へと切り替わる。
 自分達は『組織』から逃げている。だが本当は…こうしてもう一人のデュオと共に任務をこなすのが自分の立場。
 いつでも、自分はデュオを裏切っているのに、デュオはいつでも自分を信じている。
 それが、辛くて────。

 夜────。
 人工的につくられたコロニーの昼夜、夜である今は本来なら外壁の外────人々が立つ地面の下に広がる宇宙(そら)────の姿をコロニーの内側である彼らの頭上へと映している。
 だから、見上げれば星空。
 ただし、それはニセモノだけれど。
 出歩く人々はなく、街灯の明かりだけが眠らずにいる真夜中の公園。一人の男の走る足音と荒い呼吸音がしんと静まった辺りへと響いている。時折振り返り、不安げに目を顰めるその様子はどうやら追われているらしい。だが、この公園に入った辺りからは、先程から彼の後ろを走っていた者の姿は見えなくなり、どうやらやっとのことでまけたかと、男が胸をなでおろそうとした、時。

 目の前に突然立ちふさがる、黒い影。

 それが何者であるかを見極める前に、1発の銃弾が自分めがけて飛び込んで来る。
 男は大きく瞳を見開いた。
 その中に映ったのは、街灯に体を半分だけ照らされた黒い服に身を包んだ少年の影。
 一瞬少女に見えるほどの柔らかな顔の造りを裏切る様に、その表情はぞっとするような冷たい笑みを湛えて────。

 「はい、任務完了ってね。」

 デュオが、たった今撃ったばかりの銃を軽く振りながら、倒れている男の元へと近づいて行く。
 仕事を終えた安堵のせいか、それとも人殺しを楽しんでいるのか、その表情は妙に明るく、鼻歌でも出そうな雰囲気を持っていた。
 死体の前までくると、うつぶせで横たわるソレの下に足先を差し込んで、軽くかけ声を掛けながら一気にひっくりかえす。
 ────だが、目の前に晒された死体の眉間はきれいなモノで、そこにあるべき撃たれた跡はまるでない。

 マズイ。

 反射的に身を翻し、死体から離れる。が、油断をしていたせいで、その行動がワンテンポ遅れ…それがそのままスキになった。
 がくんとデュオの膝が折れる。
 死体であった筈の男がデュオの腕を掴んで引き寄せ、自分は起き上がりながらデュオの体を地面へと押し付けた。

 「くそっ」

 男の力は凄まじく、抵抗は全て封じられる。ギシギシと骨が鳴る程に強い力で押さえつけられる痛みに、今まで余りにも計画通り事が運んでいたセイで失念していた、この男もエージェントであるという事実を実感し歯噛みする。
 しかし、次第に強さを増しながら、そのまま肩を潰すつもりかと思う程の男の力が、姿を現したもう一つの影を見て少しだけ弛んだ。かといってそれでも逃げられる程には弛んではおらず、デュオはとりあえず今は逃げるのを諦めて、予定通りに現れた新たな人影の方へと顔を上げた。
 影は無言で銃口を向けている。だが、男は怯む様子もなくその影に向かって言葉を吐いた。

 「こいつはお前の仲間か?────だったら、その銃を早く下ろさないとこいつがどうなっても知らねぇぜ。」

 一瞬の間の後、影…ヒイロはその腕を下ろした。その行動を見たデュオが心の中で軽く舌打ちをする。
 男はにやりと笑みを浮かべると、デュオの腕を後ろで一つにまとめて押さえながらデュオごと立ちあがろうとした。だが…。

 「あッ…。」

 やけに弱々しげに、腕の中の少年がそんな声を出すものだから、思わず強引に引こうとした腕を一瞬止めて顔を見ようとしてしまう。その気配が伝わったのか、デュオが自ら顔を上げ、男の顔を見返して来る。眉を寄せ、懇願する瞳で男を見つめるその表情は、少女の様な容貌と相まって、やけに先程の声と同様弱々しげな雰囲気を伝えていた。

 「頼むから、もう少し力を緩めてくれよ。そんなに力込めなくても、俺を押さえるだけなら十分だろ?」

 苦しそうに少々途切れながら聞こえる声は、媚びる様にどこか甘い響きがある。「なぁ」とさらに重ねられた言葉は、誘っている者特有の艶を含んで、男の背にぞくりとした感覚を呼び起こした。
 見とれる様に惚けた表情で、男が顔をデュオへと近づけて行く。
 目を細めながら、デュオも少しづつ近づいて行く。
 吐息がすぐ真近で触れて、今にも唇が触れそうになっても、デュオはまるでうっとりとしている様に見える表情を崩さなかった。

 そこへ銃弾。

 男の頭へ向かって放たれたそれは、目的の位置に当たる事なく、すぐに正気を取り戻し、頭を庇った男の腕へと食い込んだ。しかしながらそちらの方へ気が逸れたスキを見逃さず、デュオは男の腹を蹴り上げると、身を捻ってその腕から逃れた。
 それを待っていた様に、もう一発、銃弾が男を襲う。だが又もやそれは男の腕に当たり、死に至る致命傷となる事はなかった。
 男から離れるデュオと、近づいて来るヒイロが合流し、2人で男と向かい合うカタチになる。
 一瞬合わさった視線の中、ヒイロの瞳に怒りの断片を見つけて、デュオは楽しげに唇の端を釣り上げた。
 何も言おうとしないが、すぐに視線を外したヒイロの横へ、まだ笑みを浮かべたままなにくわぬ顔でついたデュオは、すぐにくるりと向きを変えて改めて男を見返した。視線を男に固定したまま、体をさらにヒイロに寄せると小声で囁き掛ける。

 「おい、ヤツの腕…あれはつくりモンだな。」
 「ああ。」

 ヒイロも気付いたらしく、間髪いれずに返事を返して来る。こちらを向いて、頭の前に上げている男の腕には、確かに銃弾が打ち込まれた跡はあるものの一切血と思われるモノは見当たらない。更に、腕を捕まれていたデュオは男の力が余りにも強すぎたという事を知っており、そのセイである事実を確信していた。

 「めんどくせぇ…」

 デュオがそう呟いて、男を睨む。
 その横で、ヒイロは無言で再度男へ向けて銃を放った。
 一発、二発…、そうして数発、弾が切れるまで連続で撃ち込む。もちろん今度は頭ばかりでなく足や心臓も狙って。だがしかし、それらは全て男の腕に付き刺さっただけで、本人にダメージを与える箇所には一発も当たらなかった。

 「反応が尋常ではない、腕だけでなく薬もやっていそうだな。」

 表情を変えずに呟いたヒイロの言葉に、デュオがちらりとだけ顔を向ける。

 「さぁて、どうする?」

 言う言葉に反して、デュオの表情に困っている様子は微塵も無い。どこかしら面白そうに皮肉げな笑みまで浮かべている。

 「問題はない。」

 しかし、さすがのデュオも、そういってイキナリ男へ向かって走り出したヒイロの姿を見て驚きに瞳を丸くした。それでもすぐに表情を元へ戻すと、先程弾き飛ばされた自分の銃を拾うために行動を起こす。
 ヒイロは、デュオが動いた事を気配で感じながら、薬に目を血走らせてこちらを見ている男の腕を掴もうとした。ヤツの腕が人工のモノである以上、その一番の凶器をまずは封じ込めなくてはならない。
 ヒイロが腕を延ばすと、言葉として聞き取れない声を発しながら、男が何発もの弾丸を埋め込まれた腕をヒイロに向けて振り落とす。
 だが、それは空気を切り裂く音がしただけで、振り下ろされた腕はそのままヒイロの手に捕まれた。男の悔しそうに絞り出された叫びがヒイロの耳のすぐ傍で鳴り、その不快さにヒイロが軽く眉を竦める。更に叫ぶと同時に男は取られた腕を闇雲に振り出し、ヒイロはそれを押さえるのに手一杯になった。

 だが…ヘンだ。

 ヒイロが懸命に男を押さえる姿を見て、冷静な瞳で銃を構えながらデュオは考えた。
 男の腕の力は尋常ではなかった。
 確かにヒイロの力も常人に比べるととんでもないものだと知っているが、男の腕は人工物で出来た「作られた強さ」、…つまり、生身では持ち得ない程の力を持っている筈なのだ、いくらなんでもそれをヒイロが押さえられるとは思えない。

 「案外、あいつもつくりモンかもな。」

 くくっと喉をならして、少しの躊躇もなく引き金を引く。
 自分の射撃の腕に自身があったのももちろんであるが、まぁ死なない場所ならばヒイロに当たっても大丈夫だろうという計算である。死んでも別に大して問題ではないが。
 だがそんな考えも、銃弾が運良く目的の男に当たったことで事無きを得る事が出来た。先程の例もあるから、男の体がヒイロから離れた瞬間を見計らってさらに数発。
 ────さすがの男も今度こそは沈黙し、二度と動く事はなかった。

 「ごくろーさん。」

 にやにやと何か含みがあるような笑みを浮かべて、デュオは起き上がって服の埃を払うヒイロに近づいていった。それをじろりと一瞥してきたヒイロに向けて、さらに笑顔でたった一言、

 「化け物。」

 ヒイロの瞳が瞬間ピクリとだけ揺れ、だが彼らしい無表情を崩す事はなく返してくる。

 「おまえもな。」

 表情に変化はないものの、声には苦々しげな響きがある。それに気付き、デュオはより笑顔を満面に湛えてヒイロを見返した。

 「ああ、もっともだ。」

 ヒイロの瞳が閉じられて、デュオから目を逸らす様に顔が下に向けられる。
 そのヒイロを見て、デュオは更に近づき、囁く様に耳元へ話し掛けた。

 「そんなに嫌うなよ、ご同類。まぁ、化け物(俺)はもう消えてやるから、安心しな。」

 くくくっと喉を鳴らす、そんな笑い方を本来のデュオならばする筈がなかった。
 だが、楽しげに歪められた瞳が急激に力を無くし、今までの表情が抜け落ちた様に閉じられると、途端に瞳同様その体からも力が抜けて、デュオの体はそのまま崩れるようにヒイロへと倒れかかって来た。
 それを受け止めて、軽く抱き締める。
 今、腕の中にいるデュオは安心しきった穏やかな表情で眠っている。
 静かな寝息が聞こえるだけで、先程までのデュオの面影は、もう、どこにもなかった。
 人格が戻った時の反動でかかる負荷のセイで、もうしばらくの間デュオが目を醒ます事はなく、だからその間に部屋に戻れば、また何も無かった様にデュオとの生活を続けられるのだ。欺きと裏切りでつくられた、それでも幸せな生活へ。

 「すまない…。」

 小さな、本当に微かな呟きと共に、ヒイロはデュオの体を抱き締める腕に力を入れた。



 もの心ついた時にはすでに『施設』にいた。2歳か3歳か…自分の一番古い記憶はとにかく『施設』から始まっている。まわりにも自分と同じ歳の子供がいなかったわけではないが、誰も他人と話そうとはしないから、そういうものだと思っていた。
 『組織』の為、必要のある事だけをすればいい。ずっとそれしか教えられてこなかった自分には、だから普通の人間としての感情なんていらなかった。
 『怒る』事は自分の判断を狂わせるからすべきでない。
 『泣いた』からといってその原因が取り除かれる事はない。
 『笑う』事には何の意味があるのだろう?
 だけどデュオは違う。
 悲しい時には肩を震わせてじっと耐えている。
 気に入らない事があれば顔を朱くして怒鳴りつけてくる。
 うれしい時には大きな瞳を細めて声を弾ませている。
 何かをすれば必ずその時その時の感情を反応として顔に出し、その全てが自分の中へ感情のカケラを呼び起こしていくようだった。
 あいつが笑っているのは嬉しい、と思う。だから笑顔を見ていたかった。
 あいつが悲しそうにしていると、何故か自分まで辛くて、…どうにかしてやりたいと思う。
 そして、今日、あの男がこいつに顔を近づけてその唇が触れそうになった時、頭の中が一瞬かっと熱くなるのを感じた。多分、それが怒り。
 組織にとって<デュオ>という存在は、オリジナルの<デュオ>が単なる実験材料で、もう一人のデュオが自分と同じ組織の一部品。
 だから、今までの価値観から考えれば、本来のデュオの方には何の価値もないと考えなくてはならない。
 『組織』の為。それが最優先。
 それなのに、何故こんな感情を持ってしまったのだろう。
 与えられた任務にためらいなど、一度も感じた事など無かったのに。
 俺は────。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 「あれ?腕…こんなあざ何時つけたっけ?」

 おかしいなーと首を捻って考え込むデュオの手首には、昨夜あの男に押さえつけられていた時の跡が、くっきりと紫色の痣となって残っていた。

 「なぁ、ヒイロ。お前この痣知ってる?」

 心臓の鼓動が一気に早くなるのを感じたが、それでもヒイロは表面上は冷静を装って、さあな、と一言だけ言葉を返した。なおも手首をみて悩むデュオを横目で見て、軽く溜め息をつく。

 「見せてみろ。」

 デュオの手首を掴んで引き寄せる。

 「痛てっ」

 力が強すぎたのか、デュオが顔を顰めて抗議の視線を投げて来た。

 「お前、力の加減ってモンをしらないだろー。もしかしたら、この痣もこうやってお前に掴まれた時かなんかについたヤツかもしれないぜ。」
 「ああ、すまない…。」

 まるで呟きのような小さな声でヒイロがあっさりと謝って来たので、デュオはなんだか自分の方が悪いような気になってしまう。

 「あーいや別にお前のせいって決まったワケじゃないからさー。そー簡単に謝られるとなー…。」

 苦笑いを浮かべて、じっとデュオの手首を見つめているヒイロの顔を覗き見る。その表情がやけに辛そうに見えたから、さらに無理して…でもにっこりと笑い掛けてみた。

 「ま、こんなのすぐに消えるだろーから別にたいした問題じゃないって。うん。」

 そうして、手首を回してみてから「痛くもねーしさ」とつけたして、今度は先程より幾分か自然に見える笑顔を向ける。…それでも結局ヒイロの表情から重い雰囲気を拭えはしなかったが。


 デュオが、ヒイロと一緒に『施設』を逃げて来てからもう2ヶ月になっていた。その間、今のようにヒイロが自分を見て妙に辛そうな顔をするのを、デュオはすでに幾度となく見ている。ただでさえ寡黙なヒイロは普段から会話をするのが難しく、それが更にこんな顔をされると、デュオとしては対処のしようがなくて困るしかなかったのだ。
 でも…。
 そんな時のヒイロは、いつも妙に優しかった。
 辛そうな表情の原因も、優しさの理由も、ヒイロは何も教えてはくれない。けれど、それでも構わないと思うほど、そうしてヒイロの優しさに触れているのは心地良かった。
 じっと、複雑な想いを抱いて見つめてくる瞳の中、そこに隠された何かが気にならないと言えば嘘にはなる。それでも、今を壊したくはなかったから…デュオはさらにヒイロを問い詰めたりする事はしなかった。

 そっと伸びて来るヒイロの手が頬に触れる。
 撫ぜられるままに瞳を閉じて、その感触を楽しむ。
 やがて、おそるおそるとも思える程、少しづつ静かに両手で顔を包み込むと、ゆっくりとヒイロは唇を近づけて来る。
 優しい口付けは、やがて深い熱を帯びたものになるけれど…それを拒む事などデュオには考えられなかった。

 唇を合わせたまま、ヒイロの手がシャツの中へ入って来る。
 濡れた舌が、唇からセンをなぞるように、耳元へと伝って行く。
 その感覚にデュオは小さく声を漏らし、視界で動くダークブラウンの頭に小さく声を掛けた。

 「ヒイロ…──お前…さ。」
 「何だ?」

 すぐに尋ね返されて。でもヒイロは自分の肌に触れる事を止めはしない。

 「俺の事…好きか?」

 次に返されるのは、沈黙。
 触れていた手も、唇も、一瞬止まって。…まるで時間が凍り付いたような冷たい沈黙に、デュオは急いで言葉を続けた。

 「あ、えと。その、あんまり深い意味はなくて…。その…さ、ずっと俺といてくれるし、やっぱこういう事する間柄っていうと少しは好いてくれるのかなーとかさ…。」

 いっている内に、自分でも恥ずかしくなって声が小さくなってしまう。
 けれどヒイロは、その言葉が終る前に、デュオの体を完全に押し倒して肌をなぞる事を再開した。

 「ちょっ…ヒイロっ」

 抗議の言葉も、熱くなる吐息に混じればその意味をなさない。

 「あっ…お前、答えないつもり…かよ。」

 ヒイロは言葉を返さずに、少しばかり性急にデュオの着ているモノを剥いでいく。その話しをさせない為にか、直接デュオが感じる場所に触れて来る。

 「───まぁ、いいけどね…。」

 体の感覚に捕われて行きながら、デュオは呟いた。
 うっすらと、細めた瞳をヒイロの背に向けて。
 感じるままに吐息を零して。
 そうして、心で呟いた。

 でも───。
 俺は、お前が好きだから。



 「ふぅっ…ん。」

 鼻にかかった声が喉から零れる。その喉をヒイロがペロリと舐め上げて、感覚にぞくりと体が微かに震えた。身体中、何処もかしこも鋭敏になりすぎていて、何処であっても触れられると声を押さえる事が出来ない。

 『施設』から逃げて、ヒイロとこうして肌を合わせるのも何度目か。

 実のところ『施設』に入るまで、孤児という身分上こういう行為を強要されそうになった事は何度もあったのだが、実際に行為までいたったのはヒイロが初めてなのである。最初は…『施設』から逃げるのに協力してくれたその〈お礼〉として。自分は何も持っていないから、お前がそういうのが嫌じゃないんなら…そういって体を委ねた。本当にヒイロが抱いて来るかどうかは半々かとも思っていたが、こいつはそれを拒まず自分を抱いた。
 だが、自分からいったのに、初めての行為の間中はずっと恐くて、体を固くしてただ終わるのを待っていただけだった。恐くて痛くて、そればかりが強烈で…でもいつも無表情のヒイロが「感じて」くれてるのが分かったから何か嬉しかった。
 だから、その後も求められる事があれば応じた。行為自体は本当はあまりしたくなかったけれど、ヒイロの為に。でも…今は…。

 今は、自分の為にも。
 安心して、身を委ねきってしまうと、素直に愛撫を受け止める事ができた。体を繋げても痛みだけでない別の感覚を感じる。
 ヒイロの体温、肌の感触、触れてくる優しさ。それらが一緒になって肉体の性的快感と精神の充足感を作り出し、熱につつまれて、体中の全ての感覚が悦びを伝える。

 「デュオ、いいか?」

 窺って来る強く青い瞳にこくりと肯くと、伸ばされて来た腕に顎を上げられて唇を合わせられる。それは宥めるように優しく触れてすぐに離され、一つ息を飲み込んでヒイロが少しずつ身を進めて来た。

 「んっ…」

 瞬間は何度目でも慣れる事は出来なくて、一瞬体が強ばり漏れる吐息も苦し気になってしまう。そうするとヒイロは心配気に体を止めて頬を撫ぜて来るから、にこりと笑みを浮かべて大丈夫な事を伝えてやる。
 ヒイロは、優しい。
 それが嬉しくて身体中から力を抜く事が出来る。
 ヒイロが動き出すと、更に体の感覚が鋭敏さを増して全身がびくびくとざわめき出す。そうするとヒイロにもこちらを見ている余裕がなくなっているようで、ひたすら快楽を負い求めているような動きになる。
 息が途切れがちになる中、手を伸ばしてヒイロの頬に触れた。
 気付いたヒイロが顔を近づけて来て、又、唇を塞がれる。今度は、深く。

 ────ヒイロ、お前が好きだよ。

 声には出さないで。
 ただ、瞳を閉じた。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 「…デュオ?…眠っている…か。」

 半分靄がかかったようではあるものの、頭の上でヒイロの声が聞こえる。
 体がだるくて起き上がる事が出来ず、ヒイロは用があって呼んでいるワケでもなさそうなので、返事もせず、そのまま眠ってしまう事にした。
 やがて、ヒイロの気配が部屋から消えて、隣の部屋からパソコンのキーを叩く音が聞こえてくる。
 そう、この状況ももう何度となくあった事だ。
 デュオが眠っている時、ヒイロが取るその行動。おそらく何者かと連絡を取っているのだろうと思われるそれについて、ヒイロが自分に話してくれた事はなかった。
 言わないのは多分、それが自分には言えない事だから。

 …だから本当は、知っていた。
 ヒイロのあの表情の意味を。

 幼い頃から余り恵まれていない子供というのは、人の気配や感情の移り変わりに敏感になるものである。実際のところ、デュオはかなりその辺に鋭敏な感覚を持っていた。だからこそ『施設』に拾われ、その元来の感覚を訓練により砥ぎ済まされ、その優秀さのあまり、特殊な処理を施してまで『組織』の為に使われているのだ。
 そう、本来ならば、『処理』───記憶の消去と感情規制の操作───がきかなかった時点で、すぐにでも<いらないモノ>として処理される筈なのが、そこまでして『組織』が欲する程に…だが、ヒイロにとっては、そのデュオのエージェントとしての技能については、もう一人のデュオの時が強烈な分、普段のデュオの時には多少侮りがちなところがあった。
 考えてみれば当然の事なのだが、デュオはどちらのデュオであっても、その技能は同じなのである。だがそれでも、普段のデュオを見て、彼が自分と同じ種類の訓練を受けて来た者だという事をヒイロは考えられなかった。いや、そう、思いたくなかっただけなのかもしれないが、ともかく、ヒイロが思う以上にデュオはヒイロの今までの不審な行動に、実のところは気付いていたのだ。

 気付いて、そしてとっくにそれが何を意味するのかも解っていた。

 ────『施設』から逃げている筈の二人。だけれど未だに追っ手を見たことはなく、度々デュオに内密で、ヒイロはなにかと連絡をとっている。
 …そして。見つめてくるあの表情…。
 出て来る答えは、デュオにとっては信じたくない事であったが、だけれど多分、それは真実。

 キーの音が途切れ、暫くすると、又、ヒイロは寝室へと戻って来た。眠るデュオの顔を覗き込み、眠っている事に安堵すると、手を伸ばして前髪をかき上げ、頬のセンをなぞるように撫ぜてくる。手を止めてからも離し難いのか、触れただけのまま、数分の間じっとそうしている。
 ほとんど意識を睡魔に取り込まれながらも、デュオはその手の温もりを感じて、聞こえる事のない言葉をヒイロに掛けた。
 暖かい…手。
 慈しむように触れられた優しい手。
 その手の優しさが真実ならば、あとは嘘でもいいから。
 嘘でも、信じてやるから…。
 触れる手に身を委ねて、デュオは意識を沈ませた。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




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