だからどうしてどうしよう





 さて、どうしよう?
 何が何だか良く分からないが、どうもさっきからヒイロがこっちを見たまま身動き一つしようとしない。じーっと自分を睨みつけている視線からどうにかして逃げる口実を見つけたいのだが・・・ここで部屋出ていったらコイツ何か怒りそうだし、一体どうすればいいっていうんだ?!────ああ、こんな事ならやっぱ、コイツに声かけるのはやめときゃ良かった・・。
 自分の迂闊さを今更嘆いてももう遅いとは分かってはいるものの、何故自分がこんな事で困らなければならいと思うと、行き場のない憤りを感じてしまう。・・・とはいえ結局は自分が悪いのだからしょうがない。

 リーブラを落とし、とにかく皆でこのMO-IIにやって来てから、カトルとの約束通り皆で乾杯・・・をした。いや、皆ではなく、正確にはカトルとトロワの3人で。その後、ピースミリオンの乗員がいる場所へ顔を出して見れば、こっちはこっちで本当にアルコール入りの乾杯の真っ最中。となればという事で、昔のよしみとこっそり顔見知りのヤツから酒を少々分けて貰ったワケである。まぁそれはいいとして。どこで飲もうか考えて歩いてる最中に、ヒイロに会って声をかけてしまったのがマズかった。そういやコイツとは乾杯してないなーなんて思ったモンだから、思わず一緒にどうだなんていってしまったんだ。いやそれより、さらにコイツを酔わせていろいろ聞いちゃったらおもしろそーだなーなんて下心を出したのがそもそもの間違いか。いくら飲ませても顔色変えないコイツに、半ばむきになって飲ませすぎてしまったらしい。今でも顔色は変わらないケド、コイツは絶対酔っている。

 「あーヒイロさん、もしかして酔ってる?」

 わざとらしく明るい口調で尋ねてみる。

 「いや。」

 だが、返って来る言葉は一言。会話はそこで打ち切られ、気まずい雰囲気は一向に好転する兆しがない。

 「えっと、も少し飲むか?」

 作り笑いを浮かべながら、アルコールの入った容器を差し出してみる。

 「もういい。」

 やはり会話は続かない。ヒイロといえば、こっちの内心の焦りもまったく意に介せず、ただずっとこっちを睨みつけたまま動かない。俺が動くとヒイロの瞳も動くワケだから、やっぱ、どう考えても俺を見ているらしい。
 どうしよう?
 コイツが無口なのはいつもの事だし、最近コイツ俺の事よく見てる気がするから(だからその辺の事とか酔わせて聞いてみたいと思ったのに)、視線自体は慣れてると言えば慣れてはいる。とはいえ、流石に2人っきりでこの状態は辛い。ものすごく疲れる。いくら堂々と飲めないからとはいえ、誰も入って来そうにない部屋に入り込むなんて止めときゃ良かった。せめて、後もう一人くらい誰か誘っておけばこんな事には・・・。
 ちらりとヒイロの顔を覗けば、こっちを見たままの青い瞳と思いっきり目が合ってしまう。きっつい瞳。真っ直ぐで曇りがなくて、この目で睨まれるといつもごまかしの言葉を口に出す事が出来なくなる。酒のセイか、その瞳のキツさはさらに増している気さえする。コイツの目は奇麗だと思うから、見てるのは好きではあるけど、場合が場合なだけに・・・。
あーもうだめだ。限界。

 「えっと、俺もう大分飲んだし、今になって疲れも出て来て寝たいなとか思うし、そういうワケだからそろそろお開きにしよーかなーと思うんだけど。な?」

 にっこりと冷や汗たっぷりの笑みを浮かべて尋ねてみる。怒るかな?・・・でも、返事はない。

 「それじゃぁ、俺はこれでっ。」

 そういって立ち上がろうとした途端。それまでただ黙ってこっちを見ていただけのヒイロがイキナリ肩を掴んだかと思うと、ヤツ得意のバカ力で引っ張られた。

 「うわぁっ」

 何とも間の抜けた声を上げて────気がつくと、床の上に仰向けに押さえつけられている自分がいた。目の前、すぐ真近には表情の読めないヒイロの顔があって、やはりじっと自分の顔を見つめている。

 「寝たいのなら、ここでいい。他でも変わらない筈だ。」

 あーそういう問題じゃないんですケド。

 「いや、ここはお前いるし・・」

 ひきつった笑みを張り付かせたまま恐る恐る言ってみた。

 「俺は構わない。」

 俺が構うんだってば。

 「いや、どこで寝るにしてもだ、毛布とか貰ってくるとかさー。」
 「寒いのか?」

 え?
 それまで、表情らしい表情が無かったヒイロの顔が、なんとなく驚いた様に見えた。・・・と思ったら。
 ふわりと、ヤツにしてはすごく意外な程柔らかな動作で、ヒイロの体が俺の上に覆い被さって来た。手を回し、そのまま抱き締めてくる。

 「まだ、寒いか?」

 うわぁ、耳元で声を出すんじゃない!

 「そういう問題じゃなくてっ・・・おいちょっと、とにかく離せっ。」

 そういって、焦りまくって騒ぎ立てても、ヒイロの腕が弛む気配は一向にない。それどころか、今度は段々とヒイロの顔が近づいて来る。
 あ、やっぱコイツってば奇麗な顔してる。そばで見ると迫力あるかも。
 心臓がドクドクと早鐘を打つ中、近づいてくるヒイロの顔を見てそんな呑気な事が頭に浮かんでしまうのは、俺もかなり酔っているからかもしれない。と、そんな事を考えてたら、気付いた時には、いつの間にかヒイロの唇が自分の唇に合わさっていた。口の中に、アルコールの苦い味が広がる。
 ちょっと待て!!
 声を出したくても口は塞がれてるし、体のほうはコイツにがっちりと抱き締められてるので身動き一つできやしない。しばらくバタついては見たものの、無駄な抵抗とすぐに悟り、とりあえずはしょうがなくなすがままにされていた。が。
 急に抱き締めて来る腕の力が弛んだと思ったら、はずされた手が今度はこちらの服の胸のボタンを外し出した。

 「おいっ。何考えてるんだっ?!ヒイロっ」

 動きを戒めていた腕は外されていたので、とにかく、飛び跳ねるような速さでヒイロの体を引き剥がす。あんまりにも急いでいたモンだから、ビクリとした瞬間にお互いの歯がぶつかってしまい、軽く目先に火花が出た。だが、もちろんそれに痛いなんていってる余裕はある筈がない。
 こっちは焦って、何がどうしてこうなったのか分からず混乱しまくっているのに、ヒイロの方を見れば、多少驚いた様に目を見開いているものの、その動作は至極落ち着いて見えた。コイツはこういう時にも冷静なのかと、思ったら少し頭に来て、当然、抗議の言葉にも刺が入る。

 「あのなー、お前相手だれだか分かってやってるか?いいか、ここに、お前の目の前に今いるのはデュオ・マックスウェル様だ。正真正銘男の!酔っ払ったからって、そんな事も分からなくなってるんじゃないだろうな。」

 ところが、ヒイロはその言葉にも表情一つ変えず、あまりにもあっさりとこう答えた。

 「もちろん、分かっている。」

 口調はまるで『何分かりきった事いってるんだコイツ』という感じ。

 「って、お前俺だって分かってて・・・何やろうとしたのか分かってるのか?」
 「ああ。」
 「あのなぁ・・」
 「お前を抱きたい。」

 ──────────はぁ?
 恐らく、今俺はすっごく間の抜けた顔をしているのだろう。しかし何と言われようと、このセリフで平静を保っていられるヤツなんている訳がない。ヒイロが言ったのは、つまり、そういう事だからそういうワケで・・・えぇぇえ??
 考えても混乱を深めるだけでしかないので、とりあえず落ち着くために唾を飲み込み深呼吸を一つする。それから、ゆっくりと視線を上げて、改めてヒイロの顔を見た。

 「嫌なのか?」

 視線が合った瞬間、そういったヒイロの目は、コイツが絶対しないと思う様な不安気で辛そうな光を宿していた。
・・・まるで見ているだけでこっちまで辛くなりそうな。だから、ただ拒絶するなんてマネが出来なくなってしまい、頭のてっぺんまで昇っていった怒りは方向性を失って霧散してしまった。
コイツはいつも自信満々って顔してて、俺が何いっても我関せずみたいな態度で・・・それが何でこんな顔してるんだよ?

 「いや、その・・そういう問題じゃなくて。えーと・・・」

 何か言おうと思っても、言うべき言葉が見つからなくて、後はただ黙っている事しか出来ない。
こっちが何も言わないのに安心したのか、ヒイロはいつもの表情に戻って、又顔を近づけて来る。拒否しなかったんだから・・・俺が悪いんだろう。まぁ、コイツ嫌いじゃないし、俺も初めてじゃないから・・・まぁいいか、などと心に言い聞かせてもみる。

 そう、コイツの事は本当に嫌いじゃない、コイツの目は奇麗だと思うし、顔も奇麗で見てるの好きだし、危なっかしい性格しててなんだか妙に気になるし・・・そう、どっちかというと好きな方だけど・・・やっぱりこの状況はそれで済ますのには・・。


 ヒイロの顔が近づいてくる。その顔をまともに見てるのは不可能で、目を閉じて次に来る感覚に構えた。分かったよ、こうなりゃなるようになれってモンだ。別に耳を澄ませてるワケでもないのに、近づいて来るヒイロの吐息が妙に生々しく聞こえて、さらにこっちの神経を煽っている様な気がする。
 唇に暖かい感触が伝わる。けれどすぐにその感触は離れていく。不思議に思って目を開ければ、目の前にヒイロの顔は無かった。

 「デュオ。」

 うわぁあぁ。
 耳元に熱い息を感じて全身に鳥肌が立つ。それだけでなく、ヒイロは耳から首筋にそって静かに舌を這わせていく。さらに、そちらに気を取られていた間に、ヒイロの手は素早く胸のボタンを外し、上着の前を肌蹴ていた。中のシャツがめくられ、手が直にこちらの肌に触れる。

 「ち、ちょっと待てっ。」

 肌に触れた感触に、一度は決めた覚悟が萎えて、大声を出してしまう。

 「あのさ、やっぱ止めないか?」

 手を止め、自分を見たヒイロを見て、力ない笑みを浮かべてそういってみた。

 「嫌だ。」

 だが、ヒイロが手を止めたのは一瞬で、こちらの言葉をその一言で却下すると、すぐに行為を再開しだした。逃げようとして体を動かしても、ヒイロの体が上からきっちり覆い被さっているので、上半身は多少動かせても起き上がる事は到底出来ない。

 「おい、酔っぱらい、離せってば。なぁやめようぜ、酔ってるからってこれはシャレにならないって。おーい、ヒイロー、ヒイロさーん。」

 後残された手段といえば口で抗議するくらいしかないという状態で、とにかくこのバカ力の酔っぱらいに、思い付く限りの抗議の言葉を浴びせかけた。

 「うるさい。」

 しかし、そう言って、ヒイロはただそのキツイ瞳で睨み付けて来ただけだ。
 うわぁヤバイ、コイツ目が座ってやがる。
 今ので機嫌が悪くなったのか、ヒイロの手つきが先程までの柔らかさを欠いて、少々手荒くなった気がする。
 あーそんなに服を引っ張るな、破れちまうじゃないか!────そうは思っても口に出すのは出来そうにない、これ以上機嫌を損ねたらと思うと悪い結果しか浮かばなくて、出来ればそれは避けたかった。

 「ん・・・。」

 ヒイロが触れた感触に、思わず声が出た。
 しまった、と思った時にはもう遅く、今声を上げた場所をヒイロがしつこく撫で回している。
 くっそぉ・・・。性格悪いぞ、コイツ。
 きっと今したり顔で笑ってるに違いない、と実際は見てないその顔を思わず思い浮かべたら、顔から火が出た様に一気に頭に熱が回った。
 このヤロウ、何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだ、納得いかない、断固抗議する!!・・・そうは思っても今のコイツに何言っても勝てる気がしないのも確か。まったく、情けないったらありゃしない。
 意地になって、その後どうにか声は我慢したものの、荒くなった息を隠し通す事は不可能で、とにかくくやしさと恥ずかしさで涙が出そうな程だった。
 ヒイロの手がこちらの下半身の方まで手を掛ける。一気に下着ごとズボンを取り払われた様で、肌にスースーした感覚がやってくる。
 うぅ、やっぱ最後までやる気だよ。
 いままでのいきさつを思いっきり後悔しても反省しても、すでに仕方がないとはいえ、何故こんな事になったのかが納得いかない。だいたいコイツは俺の事嫌っていなかったかー?それともこれがコイツなりの嫌がらせなのか??
 どうにかして、別の事を考えて体の感覚から頭を切り離そうとはしても、こういう時に限って体はやけに敏感に感覚を伝えて来る。ここまで至って来ると、声を押さえるのさえも難しくて、時々漏れてしまう声は自分でも聞こえない振りをして考えないようにするしかない。後はもう、早く終わってくれとしか・・・。
 ふわり、とした感覚があって足が持ち上げられたのが分かる。
 あぁ、無茶苦茶恥ずかしい。
 これから起るであろう事態を予測して、身体中に緊張が走り、筋肉が強ばる。

 「体の力を抜け。」

 じゃぁ、今すぐ止めてくれっ。
 目で抗議しても、今更勝てる筈なんてない。とりあえず、言う通りにしないと辛いのはこっちだというのは知っているので、仕方なく出来る限りの力を抜いた。それから目を閉じて、その瞬間を待つ。
 衝撃は・・・さほど待たずにやって来た。
 目先どころか、背筋から頭にかけて火花が走り抜けていく。
 流石に、この状態では声がどうのこうのとか、恥ずかしいとか言ってる場合ではなく、少しでも楽になりたい一心で、なりふり構わずヒイロの背に腕を回し抱きついた。もう、思考さえかき回されている様で、あれこれ考えている余裕なんて無かったけれど、自分をこんな目に合わせている張本人がどんな顔してるのかだけは見てやろうと思って、薄く目を開けてヒイロの顔を見た。
 そう、見てしまった。
 ヒイロが、絶対に見せた事なんてない様な、優し気な瞳で自分を見ているのを。形容するなら『愛し気』とも言い現せる様な、そんな目で自分を見下ろしているのを。
 その目を見て、身体中から力が抜けた。心の内にあった拒絶の壁が、いとも簡単に崩れてしまった。
 何故だか。
 その目を見て『嬉しい』なんて思ってしまったら、途端に全て許せてしまった。
 後は、その感覚のまま、体と心が繰り出す熱に身を委ねた。
 幸いな事に、自分で上げた声も、熱に浮かされた頭ではいちいち実感してなどいられなくて、だから、感じるまま素直に反応を返した。後の事なんか知るもんか。
 何を口走って、何をしたかなんて、もうどうでもいい事。
 そう、覚えているのは熱と熱────ただ、それだけ。


***********************

 「なぁ、ヒイロ。お前、何でこんな事したんだ?」

 酔いが醒めてはいないだろうが、とりあえず聞いてみる。何だか今どういう顔してアイツの顔を見ればいいのか分からないから、背は向けたままで。

 「俺が、そうしたいと思ったからだ。」
 「相手が俺でも?」
 「・・・お前だからだ。」
 「なぁ、お前もしかして・・」

 その先を聞こうとして、思い切って顔を向ける。

 「俺の事好き・・とか?」

 しかし、返事はない。ある筈はない。目の前にいる、酔った挙げ句散々好きな事してくれた張本人は、すでに目を閉じて眠りの国の住人となっていた。
 あ、コイツってばやっぱひでぇ。・・・・・・まぁ、いいか。
 聞きたい様な、聞きたくない様な。
 初めて見たコイツの寝顔を眺めながら、こちらもじわりとやって来た睡魔におとなしく従う事にした。
 願わくば、目が覚めたら記憶がありませんでした────ってのだけはかんべんしてくれよォ。
 そんな事を考えながら。


END


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