宝石子守歌 −2−

次回で2話UPして終わりです。






−−−−【二】−−−−


 どうやら、昨日が昨日だったせいか、今日のテストは割合楽なモノが多かった。
 まぁ、テストよりも、単なる測定が多かっただけだったというのもあるのだろうが。
 とにかく、今日は終わりの時間も早めで、こちらの方にも余裕がある。…別に、時間があるからといっても、いつも以上にゆっくりとニュースページを見て回るくらいしかやる事など無いが、恐らく、そうしていれば、その内…。
 よお、とドアから声を掛けられて、彼は視線だけをそちらに向けた。

 「今日は楽そうで良かったな。」

 笑顔を向けてこちらに近づいて来る少年をみながら、彼はちらりと時計に目を向けて顔をしかめる。

 「お前も楽だったようだな。」

 嫌みのつもりでいった言葉は、まぁな、の一言で済まされて。
 けどさ、と続けて、少年が人の悪い笑みを浮かべた。

 「なんだよ今日は。お前がちゃんと言葉返してくるなんて…どういう心境の変化だ?」

 言われた言葉はもっともなものの、それ故にむっとしてしまうのもしかたがない。
 少年は本当ににこにこと上機嫌な笑みを浮かべて、椅子に座る彼とは反対側の、ベッドの上へと腰掛けた。

 「ま、そういちいちむかっ腹たててんじゃねぇよ。俺は嬉しいぜ、お前がやっと俺との友好関係を認めてくれたのかと思うとね。」

 そういいながら、片目を軽くつぶって。足をわざと大きくばたつかせながら、その反動で、今度は座ったばかりのベッドから立ちあがる。
 何をする気だと不審な目をむける彼に、少年は大きく一歩、跳ねるように近づいてくる。
 …もちろん、そんな少年の行動には、一瞬、余りの不可解さに目をみ開いたものの、すぐに彼はますます眉をしかめて、冷ややかな視線を投げ付けた。
 その彼を見た少年は、楽しそうにくすりと笑う。

 「ったく、子供らしくねぇ顔だな、お前。」
 「お前もな」

 すぐに返せば、まぁ違いねぇ、と少年は目を細める。開いていれば不必要に大きな瞳が、細められたまぶたのすきまから含みを持った光を灯した。…本当に、それこそ、それは子供らしくない表情で。

 「お前は、もしかしたら、ここから出れるかもしんねーな。お前の依頼主は、お前に帰ってきてもらいたいみてぇだし。」

 彼は何も返さず、少年の顔を見返す。
 まさか、自分に関する個人データをみたのではないと思うが、それでも何か知られているような口ぶりは、気持ちのよいものではない。

 「そうか。」

 じっこちらを向いているのに、どこか遠くを見ていた少年の瞳が、返した言葉に反応して、ゆっくりと向けられる。それと合わせるように、その口元もゆっくりと綻ぶ。

 「そうだよ。お前は…ここを出て行けるかもしれない。…いや…ちゃんと出て行けよ。」

 嬉しそうに、静かに浮かべられた笑みは、確かにいつもと同じなのに、何か暗い影を持っていた。その顔に気をとられていたせいか、思ってなどいなかった言葉が、彼の口からこぼれていた。

 「お前は…?」

 改めてこちらを向いた少年は笑っていた。…哀しそうに。諦めるように。

 「俺は、もう、ここから出る事はないんだ。」

 いいながら、遠くを見る瞳は、何を思い浮かべるのか。…きっと、ここを出ていきたいのだとまでは分かるが、ならばその行きたい先は?この少年には思い描くべき帰る場所があるのだろうか?

 「ここを出たところで、俺には行くところも帰るところもない。」

 その瞳をうらやむように、出た言葉は我ながら何をいっているのだと思う。
 けれども、それを少年は嫌みとは受け取らなかったらしく、今度は本当に楽しそうな笑顔を向けて、こういったのだ。

 「何いってんだよ。もし、ここから出られれば、何かを出来る可能性は残ってる。まだガキの俺達には、未来にはいっぱいの可能性があるんだ。お前だって、きっとその内、行きたいとこくらい見つかるよ。」

 夢見るような瞳の少年の中には、きっと、外に対する夢が詰まっているのだろう。
 もしかしたら、少年はここから出た事がないのかも知れない。外が、子供が夢を抱けるような場所ではないと知らないのかもしれない。
 …それでも。
 それでも、こうして夢を見れる少年を、彼はうらやましいと同時に、その話を聞く事を好ましいと思った。…まるで、聞いているだけで、何も望みがない自分でさえも、外に出れば何かが出来そうな気がしてくるから。

 彼を外に出してやりたい、と思った。





 カエリタイ、と。燃える風景の中、シルエットの少年はつぶやく。
 割れたガラスの破片がそこら中に散らばって、その割れたスクリーンの先にはただ壁があるだけだった。
 ソトハドコ?
 尋ねてみても、誰も答えない。少年の声は闇に飲まれる。
 イタイヨ。ネェ、ボクハココカラデラレナイデシヌノ?
 赤い流れが目の前に広がって行く。少年はもう体中に力が入らなくて、静かに目を閉じた。
 カエリタイ…
 適わぬ望みを最後までつぶやきながら。





 また、夢見が悪かったらしい。
 彼は、不機嫌そうに眉をしかめると、ため息をついた。
 時間は、起きる予定の時刻よりもまだかなり早い。とはいえ、ここからまた寝るつもりにもなれなくて、彼はベッドから降りて、もう起きてしまう事にした。
 さて、どうするか?
 あまりにも予定通りに生活していると、予定外の時間の使い方など思いつくはずがない。こんな朝から端末を立ち上げる気にもならないから、本当に何もする事がない。
 しかたないか、と考えなおし、彼はとにかく部屋を出ていく事にする。いつも遊びにくる少年のマネではないが、施設内を散歩がてら見てまわろう、と。

 少しばかり肌寒い廊下には人気がない。
 とはいえ、所々にある監視カメラがモニター室に映像を送っているだろうから、誰も見ていない、というわけではない。ただ一応、生活区画内であれば、特に危険な事をしていない限り、自由時間に出歩く事は規制されていないから、今のところ注意を受ける事はない。
 そういえば。こうして歩きまわるのは、ここへ来てすぐの時以来か。
 最初の内は、一通りこの施設の内部を調べるために、時間が有ればいける場所は歩きまわっていた。

 …もっとも、途中から、それもあまり意味がなさそうだと思って止めてしまったのだが。

 あの頃は、まだ、ここがどういう場所で、自分がどういう立場かを分かっていなかったから。だから、いつもの習性通り、何かあったら逃げ出せる計算をしておこうと思っていた。
 だが、今では、ここにいる以外に、自分には選択肢がないと分かっている。自分と『契約』をした奴等がここへ自分を入れたのだから、自分からここを出る事は契約違反になり、逃げれば彼らからも追われる事になるだろう。
 別に、追われる事を恐れるわけではないが、契約によって、今自分がすべき事がここにいる事なのだから。
 だから彼は、おとなしくここにいて、研究員にしたがっている。

 けれど…。

 彼は、ふと、足を止めた。
 顔を向けた先にあるのは、生活区から離れていく通路の一つ。この先は行き止まり。
 このまま中を歩いて回るだけなら、その通路にいくべきではない。だが、この通路の先、突き当たりにある部屋は、確か、展望室だった筈だ。

 ―――覚えておくつもりがないから忘れていたが。

 夢の中、死んでいく少年…それは展望室での事。
 展望室なら、一度行った事はある。もちろん、あの夢のように爆破された跡などなかった。部屋の壁全面がガラススクリーンになっていて、いつでも星を映している様は夢と同じであったが、それは夢が自分の記憶から構成されているものである以上当然の事だろう。

 彼は通路の終わりにある、部屋の前で立ち止まった。
 少しの間があいて、機械の稼動音と空気の抜ける音が同時にすれば、目の前に宇宙が広がる部屋に出る。
 前に来た時と、特に変わってはいない。
 当然だ、と彼は思う。
 だが、一歩、部屋の中へ足を踏みいれると、彼は、ぺったりと壁に背をつけてこちらを見ている子供の姿を見つけた。
 一瞬、ギクリ、として。
 だが、よくシルエットを見直せば、それはあの夢に出ていた少年ではない。少しだけ、その影がこちらに歩いてきた事によって分かった、特徴的な三つ編みのシルエット。
 それが分かって、彼はわずかに息を吐いた。
 シルエットは段々と近づいてきて、その姿もハッキリとしてくる。予想どおりの人物は、予想通りの笑顔を向けて、彼に軽く手を振った。

 「よぉ、ここでお前を見かけるのは、珍しいよな。」

 いつも勝手に人につきまとってくる少年。掛けられた声には、ああ、と曖昧な返事を返す。
 目的が目的であるから、部屋は薄暗く、すぐ傍まで近づいて来ても、彼の表情はあまりよくは見えない。

 「何だよ、どうした?疲れてるのか?」

 掛けてくる声は、優しい響き。

 「別に、そういうわけでじゃない。」

 つぶやくように返した声に、少年は、くすり、と笑う。それからすぐに、視線を壁全面に映る星々に向けてしまった。

 「ここに連れてこられた子供はさ、大抵、疲れたりホームシックになったりするとここに来んだよ。…ほら、こうしてここにいるとさ、どこまでも続く星の世界の中、自分が閉じ込められているってのを忘れられるじゃねぇか。」

 うっとりと、青い瞳が宇宙を見つめる。
 その姿から目を離さずに、彼は口を開いた。

 「だが、この宇宙は所詮ただの映像だ。…スクリーンの向こうはどこまでも続いてなどいない。…ただの壁があるだけだ。」

 少年が、ちらりと彼に視線を向ける。
 どこか哀しそうな顔がこちらを見て、そのまま少年の瞳は静かに閉じられた。

 「あぁ、…そんな事は知ってる。知ってるけどさ…ここに閉じ込められて、逃げられなくて、ここを出られないまま死ぬんだって思ってる奴等にはさ、その錯覚だけでも救いだったんだよ。」

 彼は、わずかに苦しそうなその声に眉を寄せる。
 言った言葉の通り、少年もまたそうなのだろうかと思う。前から、この少年が自分よりかなり長くここにいる事は察していたが、今の話でそれは確定されたようなモノだ。

 ずっと、ずっと、長い間ここにいて。
 恐らく、自分以外にこうして『素材』としてつれてこられた子供に会っては…別れてきたのだろう。
 夢の中の子供。ここを爆破して死んでしまったであろう子供。
 カエリタイ、ココカラデタイと言っていたあの子供と同じに、この少年もまた同じ事を思うのだろうか?
 気付けば、少年は顔を上げて、青い瞳に星々のきらめきを映して、辺りに見入っていた。
 その、横顔に彼は思わず声をかけた。

 「お前も…」

 …だが。

 「…カエリタイ。

 ぎこちなくつぶやかれたその声に、彼の唇は音を紡ぐ事を止める。

 「ココカラ、ダシテ。

 本当に小さな声。けれどもそれは、夢の中で聞いた少年の声と同じではなかったか?
 ゆっくりと、少年は彼に瞳を向ける。
 青く、大きな瞳は、一つ瞬きをしてから、笑みへと少しづつ細くなっていった。

 「…前にな、実際、錯覚が行きすぎて現実かと思っちまった奴もいたんだ。」

 笑みはまるで張り付けたかのように不自然で、明かりがほとんどないせいか、不気味にさえ見える。

 「このガラス壁の向こうには本物の宇宙があって、だからこのガラスを壊せば、外に出れるんだって。そう思ってここを爆破しようとした奴がいたんだ。」

 …もし、それが本当だとするなら。それはまさしく、あの夢の子供の話だ。
 呆然と目を見開く彼を見て、少年はふと、…今度はいつも通りににっこりと明るい笑みを浮かべた。

 「ばかな話だよな。お前のいう通り、このガラスを壊しても、ただ壁があるだけだ。」

 少年は笑顔のまま、こちらに向かって歩いてくる。
 それからぽんと、すれ違い様に勢い良く肩を叩いて、そうしてそのまま走っていってしまった。

 後ろからは、出口が開く音はしなかった。
 …けれども彼は、今、振り向いてもあの少年が既にいない事を分かっていた。




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