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宝石子守歌

イチニです。バッドエンドじゃないです。それ以外はノーコメントで。






−−−−【プロローグ】−−−−


 暗いソラを眺めて、彼は一つ瞬きをした。

 そこにあるのはただの闇。
 人の生きられない世界。
 生命のない場所。
 今いるこの場所とホンの少し、外壁を隔てた向こう側の世界。
 ちっぽけな、人類の命の入れ物、コロニー。その外の世界は、ただ静寂と死があるだけ。
 いや、違うか。
 彼は、スクリーンの別の場所を見る。
 暗闇の中、屑のような光の中で、唯一ハッキリとその存在を主張するモノ。
 青い、青い球体。
 この死だけしかない世界の中で、どっしりと存在する場所ならば、もっとちゃんと生を感じられるのだろうか?
 あの惑星の上に比べて、余りにも頼りないこの世界で。
 自分はずっと、死と、この世界のように頼りない生だけを見てきた。
 豊かな水の惑星。空気の心配も水の心配もない、広い世界。
 あそこならば、もっと人々はちゃんと生きていけるのだろうか?こんな不恰好な世界では、何時死ぬかもしれない不恰好な生しか許されないのだろうか?
 暗闇の中、美しく輝く青い惑星。
 あれが、地球。
 言葉では、ずっと憎しみでしか綴られない音だったのに、その姿を憎むことは出来なかった。
 ずっと、ずっと憎んできたのに、今あの美しいモノを憎むことは出来なくて。
 あぁ、でも。
 憎しみの裏にあった、どうしようもない羨望は前よりもずっと強くなっている。
 あの世界で生まれて、それだけで生を約束された者達に。
 でも、それは憎しみでは決してなくて。

 …なら、どうしようか?

 「なぁ、オマエ、誰?」

 突然掛けられた声に、彼は振り向いた。
 この自分が、近づかれていて気配にも気づかなかったのだろうか?
 しかも振り向けば、その姿は自分と変わらない子供。
 でもそれは、考えれば当然だろう。ここは、特殊な子供を研究するための場所なのだから。
 …となれば、この少年もまた、タダモノでない可能性は高い。

 「なぁ、オマエの名前は?」

 首をかしげて聞いてくる少年。
 その少年から敵意は感じられなかった。
 …恐らく自分と同じ立場だろうという安心や、同情めいたものもあったのだろう…だから、彼にしては珍しく、初対面のその少年に警戒を解いた。

 「俺の名前は……」






−−−−【一】−−−−


 部屋を開けた途端、予想とおりの声がして、彼は顔を顰めた。

 「よぉっ、また邪魔してるぜ」

 ここは彼の部屋なのに、その子供はいつでも勝手にやってきては、自分の部屋のように振る舞う。
 自分と同じ境遇の少年。
 歳は同じくらいか、違ってもさほどではない子供は、それでも彼よりは子供らしいふっくらとした顔立ちと、少女のような長い髪を後ろで一本の三つ編みにまとめた風貌をしている。青い大きな目も一見子供らしいが、その奥にはただの幸せな子供が持ちあわせない歳不相応の暗さを持ちあわせている、そんな少年。

 無邪気にも見える笑顔を向けて、その子供は、こうしていつも彼の部屋に勝手に入ってきては居座る。確かに、ここが彼の部屋だとはいっても、研究施設内にある個人用の寝床程度のものであるし、鍵などかかってないから、部屋に入る事自体は誰でもできた。
 だが、所詮研究材料でしかない自分達に、そんなに自由が利くはずはない。現に自分の場合は、ちょっと一人で展望室に行っていただけで注意を受けた事があるのだ。
 …なのに、この、恐らく自分と同じ目的でこの施設に入れられている少年は、どうやって監視の目を盗んで来るのか、入り浸るといえるくらいにこの部屋にやってきている。

 「まーたンなおっかねぇ顔してさー。いーじゃねぇか、ここでのオトモダチなんてオマエも俺一人だろ?」
 「友達になった覚えはない。」

 歳相応には思えない落ち着いた口ぶりで、彼は即答した。
 途端、言われた少年のほうはぷぅと口元を尖らす。彼と違って、見た目だけなら、それはもう子供らしいしぐさで。

 「ったく、かわいくないなー。オマエってばいっつもそんな小難しい顔ばっかしてると、早く老けるぞー。」

 まだ10そこらの子供にいう言葉としてはどうかと思うが、そういう少年の方も実際は十分歳相応とはいえない子供で、子供っぽく見える態度を取っている時は大抵わざだと気づいたのはいつの事だったか。…まぁ、考えてみれば、この場所の事を考えればそれが当然ではあるのだが。

 ここの研究所の肩書きは能力開発センターとかいうもので、表向きは嘘臭い名前の通り、いわゆる『超』能力とかその手の事を研究している、民間経営の研究所となっている。
 だが、考えてみれば分かるのだが、そのような胡散臭い研究だけで、これだけの施設がなりたって行ける筈などない。ここの裏の面は、もっと現実的、かつ非合法なものだった。
 今、彼らがいる場所は、外からの人間が決して入り込めない機密区画となっていて、この施設にとっては本来はこちらがメインである。そして、この場所に置ける彼らの立場は、依頼素材という、…早い話がモルモットだった。
 この施設の本来の『仕事』でも、”能力開発センター”という名称は間違ってはいない。
 研究している事は確かに『いかに人間の能力を上げるか』という事に終始していたのであるからだ。ただ、その目的に関しては、どのような方法をとってでも、とつけくわえられるのだが。あらゆる面において、人間の能力を上げる事、ここはその為の研究施設だった。

 そして、この施設の収入源となっている仕事が、クライアントから依頼された「素材」の能力をあげる事。その為には、何をしてもいいし…「素材」が壊れてしまってもかまわない。依頼時の契約レベルにもよるが、基本は「素材」が壊れた場合は、依頼料を返せばいい、という程度の話になっている。…ただし、ある程度の研究成果を出していれば、依頼料をそのままで、次の素材を送り込むだけで済む事もあるという。
 …つまり、クライアント側にしても、『素材』とは、ただのいくらでも替えの効く優秀なコマを作るための『材料』にしか過ぎないのだ。

 「いいかげん、黙れ。」

 人の部屋に押し掛けてきて、一方的に話しては去って行くだけの少年が、どこから依頼された素材で、契約レベルがどうなっているのかは知らない。…ちなみにいえば、こちらから向こうに会おうなどと思った事はないから、自称彼の友達という少年の部屋がどこなのかもしらなかった。
 人はともかく、とりあえず、自分自身はどうやら依頼主からそれなりに人間扱いをして貰えるレベルで契約をされたらしく、「出来るだけ壊さない」ようにはされているらしい。
 …それでも、所詮モルモットに違いはないか。

 「あのなぁ、部屋に人間が二人いて、会話がなーんにもないってのがヘンじゃねぇか?」

 彼は勝手に騒いでいる少年を無視して、部屋備え付けの端末を立ち上げた。返事を返す事なく、流れる画面の文章や図形を見ていれば、いつかうるさい少年の存在など気にならなくなる。こんな場所に入れられてはいるものの、現在の外の情勢を把握していないというわけにはいかないから、これは彼にとっての一番重要な日課だった。…ただし、もちろん、こんなところから裏事情を調べる事などできる筈はないから、調べるのはあくまでも一般公開されているたぐいのニュースサイトを回る程度の事だ。だから、人前でも堂々と見ていられる。
 一通り目を通して、画面から目を離すと、彼は一つ息を吐いて後ろに意識を向けた。
 それから更に肩から力を抜くと、ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにいた筈の少年の姿が、何時の間にか消えているのも、いつも通りの事、…だった…。
 


   ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 アタマには、無数のコード。
 視界には、ヘッドマウントタイプのディスプレイから、絶えず情報が送られてくる。その中に、今、いらない情報はない。
 ―――集中する。
 流れる光点。
 動きから、それがただの障害物であるか、敵であるかを判断していく。
 ―――集中する。
 予測して、回避、撃破。
 何度も繰り返してきたテストの一つ、その作業自体は慣れているが、いつ終わるのかは分からない。集中力の持続もテストの内だから、毎回このテストの実行時間は違うし、あえて彼自身にも知らされていない。
 だから、終了するまで。いつまでとも分からない時間、彼は光点を追っていく。
 何も考えず、何も意識せず、ただ何度も繰り返された作業に没頭する。
 頭は真っ白に。
 そこには思考など今更必要なくなっていたから。
 ただ、見えれば反応する機械になればいい。




 「おーい、顔青いぞ。」
 
 いつも通り、部屋に帰ってすぐにいた少年を無視して、彼はベッドに腰掛けた。
 流石に他人の前、本当ならベッドにすぐにでも倒れ込みたい気持ちを、それだけは押さえたものの…疲れた、と思う。
 どうやら今日は、本当に集中力の持続に関してを徹底的に調べていたようで、あきらかに彼の反応が半分以下におちるまでは、「終了」の合図が出される事はなかった。だから終わった後は、本当に倒れそうで…実のところ、すぐにでも少年を追い出して眠りたいのだが、追い出す為に声を掛けるのさえもが億劫だった。

 「おい…ほんとうにさ…大丈夫かよ、お前」

 …うるさい、早く失せろ。

 「なぁ、ほら寝ろよ。顔真っ青だぜ、何やったんだ?」

 …だからお前が失せれば俺は寝れるんだ。

 思っていても声で返す気力はない。それでもあまりにもうるさく顔をのぞきこもうとしてくる少年に、彼はやっとの事で、失せろ、とだけ小さな声でつぶやいた。
 けれども、聞こえた筈なのに、少年は一向に出ていこうとしない。…それどころか。

 「何いってんだよ。ほら寝ろこの馬鹿。」

 無理矢理ベッドに倒して彼を寝かし付けてしまう。…普段なら、こちらに触れてこようとした段階で、腕ごと掴んでひねってやるところだが、今の状態ではどうしても反応が遅れる。まるで大人しく従ったように見える自分の動きにいまいましさを感じても、思うように体が反応できないのだからしかたがない。

 「はいはい、さっさと寝る。…お前、まだ死ぬ気はねぇんだろ?」

 にこにこと笑いながら、いう言葉はその顔には不釣り合いに物騒なもの。
 だが、いくらふらついた頭とはいえ、少年の言っている言葉の意味は、彼にはすぐ理解できた。…できたからこそ、おとなしく目をつぶって体の力を抜く。
 くすくすと、すぐ傍で笑い声が聞こえた。

 「そ、少しでも出来る時に回復しとかないとな。向こうがこっちの回復を待ってくれるとは限らねぇんだからさ。」

 俺達は、ただの『材料』。壊れたら捨てておしまい。
 楽しそうな声は、救いのない現実を告げる。
 確かに、それは今更だ。…彼にも十分分かっている事だった。
 …それに。どうせ今の自分には、守るべき機密もなければ、せねばならない役目もない。その上、元から殺されてもいい場所に来て、身の危険にびくびくするのなんて馬鹿げている。

 …だったら、警戒などしても意味がない?

 目をつぶれば、限界だったのか、すぐに意識が沈んでいく。
 傍にいる気配はそのまま。
 ただ、意識が完全に落ちる寸前、何か、歌が、聞こえた、気が…した。





 タスケテ
 …見えるのは、小さなシルエット。
 カエシテ
 小さすぎる影は子供のモノ、聞こえる声も子供のモノ。…知らない、小さな子供のモノだ。
 後ろに映るのは、暗闇に星々の光。宇宙空間?…いや、違う。
 本当の宇宙なら、そこにいる子供は生きてはいない。だから良く見れば…そうか、ここはこの施設内にある展望室だ。…もちろん、展望室といっても、ガラス越しにこのコロニーの本当の外が見える見えるわけではなく、この部屋全面に外の風景が常時映し出されているだけだ。いくら、この施設がコロニーの外壁に面していても、外を直接覗けるようなつくりになど出来るわけがない。
 …けれど、子供はそれを知らない。
 ボクハカエルンダ
 うっとりと、ガラス越しの外を眺めて。手にはスイッチ。
 まだ何の知識も常識もしらない子供は、でも爆発物の扱い方を知っていた。
 …驚く事でもない。ここでは、そんな事もあたりまえだ。
 カエシテ、ダシテ、ココカラ
 だから、人間なんて簡単に死ぬって事も知らない。
 ―――少年は、手に持つソレのスイッチを入れた。

 音もなく、辺りは弾ける、ゆっくりと。
 割れたガラス製立体スクリーンの向こうには、ただの壁しかなかった。





 ぱ、と目を開いて、瞬時に彼は深い眠りから覚醒した。
 久しぶりに、よく寝た、と思う。

 「おっはよー」

 …と。
 唐突に横から聞こえた声に、彼は目に見えては肩を少しだけ揺らしただけだったものの、内心はとびあがりそうになる程驚いた。

 「なんだよ、朝の挨拶は元気良くってな。ほら、おはよー。」

 声を掛けても(一見)何も反応を返さない彼が不満だったのか、少年は不機嫌そうに文句をこぼした。
 だが実際のところ、彼の方はらしくなく『驚いた』という自分の反応に憤りを感じているところで、当然その矛先はやがて少年に向けられる。…ゆっくりと、やけに重い動作で向き直っていく彼に、少年もそれを察して笑っていた顔を引き締めた。

 「何故、お前がここにいる?」

 ベッドの上、起きあがった自分の隣に、ちょこんと座る少年に向かって、寝起き以外の理由で不機嫌な彼の声が投げられる。
 えーと、と。少年は少しだけ弱ったように苦笑いしながら首を傾げた。

 「いや、昨日はお前寝ちまったから、俺もついでに寝ちまった。」

 悪いな、と。少しもこちらに悪いなどと思ってない顔で少年は答える。

 「…ここで寝たのか。」

 自分の横に?
 それは当然のように肯定される。
 聞かなくても―――この部屋には、ソファなんて余分なものはないし、じゅうたんが敷いているわけでもない。となれば、硬い床にそのまま寝る筈はないのだから…それは確かに当然だろうけど。
 まさか、隣に人がいて、熟睡したというのだろうか自分が?
 それはすくなからず、彼にとってはショックな出来事だった。

 「いつもより、良く寝てたんじゃないのか?」

 言われた言葉は悪気はなかったとしても、彼に追いうちを掛けた。
 少年は楽しげに笑っている。…その表情が単純に楽しいのか、何かを企んでいるのかは、かなり微妙であったものの。
 だが、どちらであっても、これ以上こちらが気にしなければいいだけの話しだった。彼はくるりと少年に背を向けると、さっさと部屋に備え付けの洗面台へと歩いていく。
 いつも通り、部屋の不法侵入者など無視をして、決められた日課通りに動けば良い。
 けれど、そう決めた矢先、部屋の外に近づいてくる人の気配を察して、彼は視線をドアに向けた。

 「起きているか?」

 開いた途端、見慣れた白衣の男がそう声をかけて入ってくる。
 だが、男は、いると思ったベッドの上に彼がいなかった事に驚いたらしく、いそいで部屋の中を見回した。

 「…起きている。」

 だから、答えた彼の声に、驚きながらも、こちらを見た顔はほっとしていて。…当然だろう、ここの存在は秘密、ついでにこんなところへ『依頼』してくる側もマトモなところでないとくれば、『素材』が逃げる事はここにとって最悪の事態だ。逃がすくらいなら殺すというのは、確か最初にここに来た時にいわれた事だった。

 「起きているなら、いい。今日は10時から、第3試験室にこいという事だ。」

 それでも、どうやら、自分の契約はまだそれなりにマシだと思うのはこういう時だろう。
 恐らく、昨夜の実験は相当無茶をさせたと自覚があって、様子を見に来たのだ。…少なくとも、依頼主からは、出来るだけ壊さない程度で、という注意くらいついているのかもしれない。
 だが、そういえば。
 ふと、気付いたように、彼は話している監視員から意識を逸らして、部屋を見渡す。
 ベッドには誰もいない。…となれば、あの少年はどこへいったのか。
 彼はドアの傍の洗面台にいて、ドアが開いた気配はなかったし、傍を誰かが通ったという気配もなかった、…と思う。確かに、顔を洗うために一度下を向いたから、その時に出ていったとは考えられるが…それでも自分が気付かなかったとは考えづらい。
 だが…。
 監視員の声を聞き流しながら、彼は、考えていた。


 ―――少しだけ興味が沸いた。あの少年は、何者だろう?



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