壊れた男の壊れた願い
※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。




  【4】



――この男にとって、他人と寝る事はどういう意味があるのだろう?

 クォンは表情のない金茶色の瞳が近付いてくるのを見ながら、ぼうと考えた。
 セイネリア・クロッセスといえば、強さやその恐ろしさと共に数多い情人の噂でも有名だ。だがそれだけ多くの人間と寝ているくせに、この男はそれに執着しているようには見えない。それどころか、行為自体に意味を感じているかも怪しい。
 慣れた手はごく自然に肌をなぞって、感覚の鋭敏な場所を探り当てる。思わず甘い声が上がれば、鼻で笑われてそこを更に強く擦られる。

「ふ……んぅ」

 漏れた吐息に男はまた笑う。小馬鹿にした雰囲気はこちらに対して好意的とは思えないが、手つきが妙に優しい所為か体は自然と熱を受け入れていく。
 いかにも戦う者といった皮の厚い手の感触は決して滑らかなんて事はなく、硬くてがさついていて最初は肌に引っ掛かる感触がする。けれども、撫でているうちにこちらの肌の汗を含んで次第にしっとりと吸い付くように馴染んでくれば、その手の暖かさだとか指の感触だとか、そういうモノがより感じられて、自分が人に触れられているというのがより実感出来る。
 熱のない金茶色の瞳が下りてきて、唇が合わされる。
 唇を啄ばむようにしてすぐ離されて、次に触れてくると深くまで合わせられて舌が侵入してくる。軽く舌を絡ませてきて、けれどもすぐにまた離してしまって、もう一度角度を変えてから深く合わされて、今度はゆっくりと余韻を残して離れていく。
 やっぱり慣れてるな、なんて感想が浮かんで、我ながらもっとキスして欲しい気がしてしまうのだから相当だ。最中だと言うのに情欲を表情に乗せない彼の目はやはり空虚という言葉が一番しっくりきて、思わずクォンは彼に向けて手を伸ばした。
 そうすれば、相手はその腕を肩で受け止めてくれて、クォンは彼の背に手を回してそのまま抱き締めた。頭の片隅で、今この手にナイフを持っていたら彼を刺せただろうかと思いながらも、クォンは最強と呼ばれる男の体を引き寄せてその感触を求めた。

「血の匂いがするな」

 クォンに引き寄せられるまま、顔をこちらの耳元に埋めた男が呟く。

「あぁ、やっぱり? 相当派出に浴びましたからね、すいません」

 笑って言えば、相手も喉を震わせて笑う。
 一瞬顔を上げたその瞳が少しは興味深そうにこちらを見てくれている事に気付き、クォンはまた笑う。

「別に、嫌という匂いでもない」

 そうして耳の下を吸われて、直に耳の中にちゅ、という音が聞こえる。
 それがくすぐったくて首を竦めれば、舌の濡れた感触が首筋から鎖骨まで下りていく。鎖骨の窪みを舌で押され、動物の急所の一つである喉を舐められてそこに歯を立てられれば、訓練された者の性として反射的に体に緊張が走る。
 その反応は相手の予想通りだったのか軽く鼻で笑う気配があって、そちらに気を取られているうちにいつの間にか胸にあった彼の指が乳首の周りをくるくると撫でだした。

「ん……」

 ピクリと反応すれば、今度は指で撫でていた部分を唇で吸われる。甘噛みされて、先端を舌で擦られて、そうして唇を離すとまた指で今度は唾液を塗り込めるように乳首自身を捏ねまわす。指で執拗なくらい擦られれば、直接的な感覚以上にじんじんとした痺れまで感じてきて、しかも塗り込められた唾液から水分が抜けてきてねばついた感触さえしてくる。その間にも彼の舌は胸のほかの部分や首筋の肌を吸っては舐めてきて、たまに強く吸われすぎてちくりとする時さえあるのにそれに肌が震える程感じてしまう。
 そんな風に、胸での細かい指の動きとは対照的に、もう片方の手ではあの大きな戦士の掌全体で体の表面を掴むようになぞっている。汗ばんだ掌が下腹部の辺りを撫でて、そのままゆっくりと更に下へと向かって行く。けれども彼の手は、足の間のそのすぐ傍まで下りてきて指に掛かったその茂みを軽く撫ぜると横に逸れ、太股の内側を緩く掴む。それが残念で、早く一番欲を溜めたその場所に触れて欲しくて、クォンは自然自ら足を広げて行く。

「触ってやろうか?」

 聞かれれば、熱い吐息を吐きながらもクォンは即答えた。

「はい、触って……」

 そうすればすぐにあの大きな手全体で、柔らかく、根元から先端へとソレを撫でるように触れてきて、先端を指で包むようにして軽く擦っていく。

「ふ、ん……」

 もどかしいくらいゆっくりと柔らかく擦られて、けれど時折感覚の強い先端にも刺激を与えてきて、その度にびくんと体が跳ねる。そんな緩やかな触られ方だと、彼の大きな手の中で自分の性器が弄ばれているのが想像出来てしまって、いたたまれない気持ちと同時に体の熱は上がっていく。

「は、ぁ、もっと」

 早くもっと強い刺激が欲しくてまた彼の肩に手を伸ばせば、慣れた男は触れる程度の軽いキスをしてくれた後、速い動きで手を動かして、最後に指で先端付近を強く擦ってくれた。
 それであっけなく吐き出してしまってから、また彼の笑う気配がして、今度は目元や頬に唇を何度か落とされる。だからクォンはまた彼に向けて手を伸ばした後、その首に縋りつくように抱きついて、彼の耳元で訴えた。

「キス、欲しいです、もっと」

 相手がまた笑ったのが分かる。

「さて、どうするかな。毒を仕込まれるかもしれんしな」
「……しませんよ」
「暗殺者の言葉なぞ普通は信用しないだろ?」

 笑いながら言ってくる時点で言葉は本気ではなく、けれども意地の悪い男は頼みなど聞く気もないようで、彼の手は更にこちらの足を開かせると、濡れた感触をさせて後ろの窄まりに向かっていく。

「結構酷くやられたな」

 指の腹で何度か押されて、冷静に分析するような熱のない声が掛けられる。

「えぇまぁ、入れるだけなら結構相手しましたから」

 言った言葉の意味を理解してくれたかは怪しいが、思った以上に優しく指はそこを撫でた後、ゆっくりと様子を見ながら入ってくる。そしてやはり思った以上に丁寧に、入り口から少しづつ広げるように中を解してくれる。

「あ……ん」

 こういう男が部下を抱く時なんて、もっと高圧的にただの道具のようにされるかとクォンは思っていた。だからさっきからずっと彼のしてくる事は意外といえば意外で、なんだかこういう『マトモな』抱かれ方をした事がないクォンには慣れない感覚ばかりだった。

「まだ腫れてるな、アッテラの術を掛けてもらわなかったのか?」
「え? あぁ……思いつきませんでした……あっ……」

 だから、こういう時にアッテラの治癒術なんて事を思いつく筈もなく、ただ洗ってすぐに主の元へやってきたのだ。

「なら後で言っておく、まぁ先にドクターに診て貰ってからだな」
「は、い……すいま、せん」

 掛けられるのは熱のない淡々とした声なのに、こちらは彼の指のせいで熱が上げられているのだからどうにも気まずい。
 彼の指がこれだけ優しく解してくれるのは、そこが腫れていたせいなんだろうかと思いつつ、柔らかくも中のポイントを指で突いてくるのだから息が上がってくる、甘い声が漏れる、知らずに彼に縋りつきたくなる。

「あぅ……もう、いいです。もう、それで……」

 言えば男は口元だけに笑みを乗せて、その冷たい金茶色の瞳で見下ろしてくる。

「今日は選ばせてやる。このままの体勢がいいか? それとも後ろからがいいか?」

 聞かれた意味が最初わからなくて、それでも理解出来てすぐ答えた、このままで、と。すると男は足を掴んできて、広げられて、その大きな体を軽く起き上がらせた。

「随分、優しいんですね」

 彼の顔がこちらの真上にきたのを見計らって言えば、男はそれを鼻で笑う。

「別に優しくもない。抵抗しない相手なら、最低限の手順を踏んでやってる程度だ」
「いえ、優しいですよ、意外なくらい。……俺、こんな優しく抱かれたのは初めてなんです」

 それに眉を寄せた彼は、その言葉の意味を分かってくれたろうか?
 クォンは手を伸ばして、男の頬に触れた。

「貴方の、顔が見たいです」

 この男が、どんな顔でいるのかが見てみたい。これから彼の熱を上げて吐き出すその過程を、どんな顔でいるのか見てみたいと思う。
 だから体制的に多少きつくなるくらいは構わない。それよりも、折角この男に抱かれるのにその顔を見れない方が勿体ないとクォンは思った。

「あぅ、あぁぁ」

 指を離されて少し冷えたそこに、熱が押し付けられ、入ってくる。
 ちゃんと解されたせいか、割合すんなりと予想した痛みもなく入ってくるその感触はどうにも違和感があって、痛みを予想して緊張していた体の調整がうまくとれない。

「慣れてるのか慣れてないのか、分からり難い反応だな」

 掛けられた声に目を開ければ、やはり感情のない瞳が自分を見つめていた。
 こんな時でさえ熱を持たない彼の心を映すように、瞳はただ自分の反応を観察するように見つめてくる。

――何をしても意味がなくて、誰に対しても何に対しても執着出来ない。貴方もそうなのでしょう?

 それだけの力を持っていても、一番欲しいものが手に入らない、それどころか何が欲しいのか分からない。その感覚がクォンには分かった。分かったからこそ――自分はソレを手に入れたのだと、彼にはいってやりたかった。
 金茶色の瞳を遠く見上げて、クォンは彼に見せつけるように満面の笑みを浮かべる。
 不審げに眉を僅かだけ寄せた最強の男は、それでもすぐに興味もなさそうに体を少し倒すと揺らし始めた。

「あっ……ん、ぁ、ぁ」

 突き上げられるたびに上がる声は高くなる。
 いつもならどうせ最初は痛みだけだからと頭と切り離す感覚をそのまま意識すれば、そこは痛みなく男を受け入れ、包んで、蠢いて、中にいる相手の存在を強く伝えてくる。

「随分素直な反応だな。やる事を忘れてるんじゃないか?」

 見下ろされて言われた言葉には、苦笑しか出来なかった。

「だ……て、隙ない……じゃ、ない……んっ、ですか、ぁっん、ん」

 彼の動きに合わせるように腰を揺らせば、片足の手を離して、彼の手が胸の尖りを弾く。不意打ちのようなそれに驚く程感じてしまって、思わず中で彼を締め付けてしまえばより深くを抉られる。

「あぁっ、やぁっ……」

 それから彼は体を倒してくると、今度は小刻みに早い律動に切り替える。
 上半身はあまり動かないのに下肢だけが激しく揺れて波打ち、擦られるという感覚よりも振動が伝えられている感覚に熱がたまらなく競りあがってくる。目の前にある彼の体にすがりつき、大きく声を上げてしまう。
 その時既に自分はまた果ててしまったのに、中の男はまだ許してくれなくて、感覚を越えて跳ねる体を押さえつけて奥を抉られつづける。過ぎた快感は苦しくて、意識が薄れて、抱き締めているこの男は確かにあの黒い騎士なのに別の映像が頭の中に浮かびあがってくる。

――いつもいつも、自分を見下ろしていた醜い男。ただでさえ醜い顔に、醜い欲望を浮かべて、侮蔑の瞳で自分を見下ろす最低な男。
 部屋の奥のベッドでは彼女が寝ているのに。
 だから、聞こえてしまないようにただ口を塞いで懸命に声を抑えた。
 殺してやりたい、殺してやりたいと何度も思った。
 けれど、そんな事より、大事なものがあったから――。

「あぁぁあぁぁっ」

 意識が途切れそうなところで中に吐き出されて、その感触にまた声が上がる。
 力一杯彼にしがみつけば、休む間もなくまた彼が動き出して今度こそ意識が白くなる――。





 部屋には静寂だけがあった。
 執務室の隣にあたるセイネリアの寝室には窓がなく、最小限に落とされたランプ台の明かりだけが部屋を薄暗く照らしていた。
 クォンが気を失ったのを見計らって、セイネリアはベッドの傍に置いてあった小さな石を砕く。そうすればほどなくして、部屋の中には白い髪の少年二人がやってきた。





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次からはいろいろ解決編というか謎の解明(?)編となります。



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