再会の日、始まりの出会い
『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。



  【3】



 翌日も蛮族は攻めてくる事はなく、拍子抜けする程平和に朝は訪れた。
 昨日までの情報としては、蛮族達は一か所に集まっているのではなく何か所かに分散してこちらの様子をうかがっていると言う事だから、まだすぐに攻めてくる事はないだろうという上の発表は一応信じていいのかもしれない。このまま向うが攻めてくるのを待つか、それとも集まったところでこちらから出るかは上が決める事だが、少なくとも今朝はまだ戦闘になる気配は全くなかった。

 約束通り朝早めに起きたシーグルは、早朝の剣の素振り代わりにシャレイと軽く手合わせをし、朝食まで時間があったから敷地内にある水場で軽く体を拭く事にした。シャレイも一緒に、と言ったら彼はシーグルが拭いている間見張りをすると言って聞かず、だから仕方なく先に体を拭いたのだが……。

「あぁ、ここにいたのかシーグル、砦の隊長さんがあんたに聞きたい事があるから朝食をご一緒に、って迎えの使者が来てンだけどよ」

 今回の仕事のパーティではリーダーとされているリューネイがやってきて、シーグルは頭を抱える事になった。
 貴族や騎士団、役人連中が上にいる仕事では、こうして食事でもと呼ばれる事はよくある事だった。なにせ仕事上はシーグルが雇われている立場であっても貴族としての地位はシーグルの方が上である。ご機嫌とりに特別なもてなしを……というのはみえみえで、シーグルとしては迷惑なことこの上ない。

「断っておいてくれ……というのは無理か」
「悪いがな。俺も断ると思うぜって言ったんだがもあんたを出せって言われるだけなんだわ。断るなら断るであんたが直接言ってくれないかな」
「……仕方ない」

 既に服装は整えた後だったからシーグルとしてはいいが、交代でシャレイが服を脱いだところだったから彼に尋ねる。

「シャレイ、悪いが先に戻っていてもいいだろうか?」

 気のいい男はいつも通り笑顔で答えた。

「問題ない、いっていい。シーグル、気にするな」

 それでシーグルはリューネイと先に隊の天幕に帰る事になったのだが――後になってシーグルはそれを後悔する事になった。







「まったく……絶対に連れてこい、とでも言われたんだろうか」
「じゃないか? しつこかったしな」

 どうにか使者を返したところでシーグルがそう愚痴れば、周りの皆が笑う。なにせシーグルと前にも仕事で組んだことがある彼らは、シーグルが極端な小食で、栄養は殆ど冒険者の非常食になっているケルンの実で補っているという事を知っている。だからご機嫌とりをしたいお偉いさん方に会う事以上に、馳走される事が迷惑だという事も分かっている。となれば向うの的外れぶりには笑うしかない。

「で、今朝もメシはスープだけでいいのか?」
「あぁ……いや、パンも半分だけくれるか」

 シーグルの食事と言えばスープだけか果物だけでいいと言われるのが普通の彼らは、そこでおぉっと声を上げた。ちなみに昨夜の食事はこの隊と組む騎士団側の隊との合同会議を兼ねたものであったため、一律に用意された食事が割り当てられてシーグルとしては困った事になったのだ。

「……少しくらいは食べないと、またシャレイに心配される」
「あぁ、そうだな。奴はお前が心配でたまらないみたいだしな」

 どうみても彼がシーグルに構いすぎているのは皆が知るところなので、それにはどっと周囲から笑いが起こった。

「かといってちょっと心配しすぎだろう。どこでも俺を守ろうとしてくるんだぞ」

 シーグルとしては有り難い事は間違いないが、それでもちょっと愚痴りたくなる。そうすればにやにやと笑みを浮かべたリューネイがシーグルにスープとパンを渡して言ってくる。

「そらなぁ……シャレイはそりゃもうあんたにはとんでもなく感謝してるし、それであんたの事悪くいったり下種話のネタにしてるの聞いたりしてるから俺が守らなきゃってなってんだと思うがね」
「感謝、といっても、別にたいしたことは」

 器を受け取ってシーグルがため息をつけば、自分の器を持って傍に座ったリューネイが笑みを収めて言葉をつづけた。

「いや、すごい感謝してンだよ。あんた、あいつが蛮族出身だからって断られた仕事でさ、周りが皆馬鹿にしてたところで『なら俺が組む』って名乗り出てやったんだろ? なんかもうそん時のあんたは神様の使者みたいに光って見えたっていってたぞ」
「……いや、それはちょっと……」

 そこまで言われればシーグルとしても照れを通り越して恥ずかし過ぎた。

「んー光って見えたってのは本当だと思うぞ? なにせ出身的にあんたみたいな容姿の人間は初めてみたって感じだったろうし、同じ人間じゃないって感じに思えたんじゃね? ま、あいつは義理堅いからな、困って困ってどうしようもないって時に助けてくれたあんたへの恩は一生忘れないだろうさ」

 まぁ下心のない好意、というのは分かるからそれは素直にありがたいとは思う。思うのだが……それにちょっと愚痴りたくなってしまうのは、自分は守って貰う程弱くはない、という男としてのプライドにちくちく刺さるものがあるからである。

「彼の気持ちは有り難いが……そういえば、シャレイはまだ帰ってきていないのか?」

 彼がいないのをいいことに彼の話をしていたが、その当人がまだ帰ってこない事には流石にシーグルも不安を覚えた。

「あぁ……そうだな、確かに遅いといえば遅いな。大好きなメシの時間にあいつが遅れるのも珍しいし」

 シーグルは食べようとしていた器を置いて立ち上がった。

「ちょっと見てくる。さすがに遅いだろ、何かあったかもしれない」
「待てよ、俺も行く。あんた一人で行かせたってなりゃ、それこそあいつが怒る」

 そうして彼と別れた水場へと行った二人は、必死な顔で周囲をうろうろしているシャレイの姿を見つける事になった。






「偵察部隊の報告じゃ、蛮族共は現在6か所に別れてそれぞれ準備をしてる最中、らしいぜ」

 エルの報告をセイネリアは寝転がったまま聞く。つまらなそうに傍に置いてある籠からブドウの粒をいくつか取って、そのまま口にいれながら。

「なら珍しく違ういくつかの部族が協力してやってきた訳か」
「んー、そら違うっぽい。どっかの大きめな部族一つらしいんだが、元から住んでるとこが分散してて、ナントカ族のナントカの者ってぇ感じに派閥的なモンがあるんだとさ」
「成程、奴ら部族間で仲が悪いだけじゃなく、同じ部族内でもいがみあってるのか」
「らしいぜ。ンでこっちを襲撃すンのはどの派閥の奴が一番強くて勇敢かを決める為ってことらしい」
「まさに『蛮族』らしい発想だな」

 セイネリアは笑うと反動をつけて起き上がった。
 立ち上がって椅子に座ると、テーブルの上に置いたままの酒瓶に口をつけてそのまま呷った。

「昼から酒かよ、いい御身分だな」
「暇だから仕方ない」
「へーへー、どうせあんたは酔わないんだったな」
「これも『契約』の内だしな、せいぜい高い酒を飲んで奴らに嫌がらせをしてやるさ」
「珍しくあんちゃにしちゃセコイじゃねぇか」
「無理に呼ばれた上、面白い事が何もないんじゃいやがらせの一つもしたくなるさ」

 それで再び酒を呷ればエルは苦笑して自分も近くの椅子に座る。
 今回の仕事は無理矢理呼んだというのもあって、セイネリア個人にはいろいろ優遇する条件というのが付けられていた。ごろつきを優遇するなら酒と飯と女というのは定番で、それを提示してきた時には随分馬鹿にされたものだと思ったが、セイネリアとしても『馬鹿のふりをしてこの砦の現状を見てくるのもいいか』と思ったというのもあった。……さすがに女はこんなところで何をあてがわれるか分からないから辞退したが、酒と食事は嫌がらせも兼ねて贅沢をしてやっているというのもある。

「それで、連れて来た連中の様子はどうだ?」
「あー……それなぁ」

 エルは途端にがっくりと首を垂れた。

「いや今回の奴らはちとハズレだな。腕は悪くないから一回あんたが脅せばマシになるとは思うんだがよ」

 実を言えば、今回セイネリアが直に参加する代わり、団の者はわざと新人ばかりを連れて来ていた。こちらとしては新人を戦場に放り出してみて実践経験を積ませるのと使える者をふるいに掛ける意味もあるのだが、これも向こうに対しての嫌がらせといえなくもなかった。
 どちらにしろ戦力で言えば、セイネリアがいる時点で団員がどれだけ使えなくても問題はない。だからこそそんな無茶が出来たのだが、騎士団の連中とのやりとりがウザイのを想定して交渉役のエルだけは連れて来たという訳だ。
 とはいえ、そこまで今回の新人が使えないというのはセイネリアとしても想定外ではある。

「そんなに馬鹿が多いのか」
「まーウチに入れて舞い上がってるっていう奴だな。ちっと気が大きくなって他の傭兵連中を馬鹿にしてる態度をとってンだよな」

 黒の剣傭兵団といえば、現状首都ではその名がつくだけで依頼料が跳ね上がるくらいには名が通っている。大規模傭兵団の中では人数は3番目くらいになるがその分質は随一と言われていて、実際質を維持するために団への入団テストは厳しくしていた。
 だからこそテストに合格して団の肩書を背負った途端、気が大きくなっている新人というのはいつもの事ではあるのだが……あまりに馬鹿だと捨て駒程度しか使えないなとセイネリアは思う。

「戦闘が始まってくれれば、そういうのは一度前線に送ってやればいいだけなんだがな」

 言いながらセイネリアの唇が悪い笑みに歪む。
 エルが頭を押さえた。

「まーそンでもいいけど送って見殺しはやめろよな。一応苦労してテストで選んだ連中なんだからさ」

 セイネリアは再び酒を飲んだ。

「使えそうな奴なら助けてやるさ」
「一応将来性はある、って思って取った連中だからさ、余程だめだっての以外は助けてやってくれ」
「そこまで言うならお前が助ければいい」

 エルはそれにまた嫌そうな顔をする。セイネリアは彼のその表情に笑う。

「それが簡単に出来る状態ならやってやるがよ……」
「まぁ安心しろ、お前は最優先で助けてやる」
「そらつまり、どうしても助けたけりゃ俺が庇えばいってことか?」
「……そうだな、そうすれば俺も助けざる得ないが」

 エルはそこで眉を思い切り寄せて嫌そうな顔をした。

「いやいくら俺でもそこまで馬鹿相手にいい人したくねーわ」

 セイネリアはそれに笑い声を上げた。
 エルは大きくため息をついた。
 だが、そうしているところで天幕の外から用件がある由の声が聞こえてくる。セイネリアは動かなかったが、エルが返事をして入口へ向かった。

「どうした?」
「その……実は……」

 天幕の外、入口前で言いにくそうにエルに話しているのは、声からすればは今回連れて来た団員達の中では比較的慎重派の者で、その声の調子から団員の誰かがトラブルを起こしたかと推測できる。
 話が終わってその団員が去ると、エルが中に戻ってきて少しやけくそ気味の笑顔でセイネリアに言って来た。

「ウチの馬鹿の一人がなんか他の傭兵さんにインネンつけられたらしーぞ」

 セイネリアとしては、なんだそんな事か、という程度の事で別段どうという話ではない。つまらなそうに酒をまた一口呷って椅子の上で足を組む。

「放っておけ、そんなのは団の名前を使わず自分で解決させろ」

 だが続いたエルの言葉で、セイネリアは彼の方を見る事になった。

「だがよ、インネンつけてきた傭兵さんってのが例の旧貴族の若様らしいんだが……どうするかね?」

 唇に笑みを浮かべたセイネリアは、酒瓶を置いて椅子から立ち上がった。



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次回でやっと初顔合わせかな。
 
 



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