再会の日、始まりの出会い
『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。



  【1】



 北の大国クリュース。近年大規模な戦いのないこの国だが、国境周辺の砦周りでのちょっとした戦闘程度ならはそれなりには起こっていた。
 クリュースの南は広大な樹海が広がる為そちらからの攻撃はまずなく、西は海で船が着ける港が少なく魔法使いの監視があるためこちらも戦闘になる事は少ない。となると他国と接しているのは北か東だが、東方面は一応は友好国となっている国ばかりの為クリュースの国力が安定している現状まず攻めてはこない筈だった。つまり、国境で戦闘が起こるといえば基本は北方面という事になる。
 とはいえ、北と言っても敵は大きく分けて三つあり、険しい山々が広がる北の高地地帯にすむ小部族達は、たまに村を襲う事はあるがまず滅多に警備兵と戦闘になる事はなかった。一番脅威と言えるのは北西方面の軍事国家アウグだが、敵対というカタチを取ってはいるものの向こうもそれなりの大国というのもあって侵攻のリスクを分かっている為、こちらもそうそう直接手を出してくる事はなかった。
 だから結局、国境周辺の小競り合いといえば敵は最後の一つの勢力――これを一つとしてまとめるのは厳密には違うのだが、クリュース北東方面の平野に広く散住する『蛮族』とクリュースからは呼ばれる小部族達の事となる。

 今回、シーグルが受けた仕事はそんな蛮族との戦闘における傭兵の募集で、これを受けたのにはちょっとした理由があった。

「シーグル、食べない、か?」
「あぁ、俺はいい、よければ食べてくれ」

 言うと男はにっこりと笑みを浮かべる。この人物の名はシャレイ・ビース、実は北東の部族出身……つまり元は蛮族と呼ばれていた者で、この男がいたことでシーグルは今回の仕事を受ける事になったと言ってもいい。

「でも、シーグル、もう少し食べた方、いい」

 一度は受け取ったシャレイだが、二つあるパンの一つをシーグルに返そうとする。

「いや、本当にいいんだ、食べてくれ」
「だめだ、シーグル、食べないと力、でない」

 それで悲しそうにじっと見つめられれば、シーグルも仕方なく渡されたパンを割って半分を彼に返した。

「これだけでいい。あとは食べてくれ」

 そうすれば彼はまたにこりと屈託のない笑みを浮かべてパンを受け取り、シーグルは苦笑してパンの隅を齧る事になる。

 彼に会ったのは別の仕事で、しかも初めて話したのもシーグルが食べ物を前にして困った顔をしていた時に話しかけられて食事を上げた事だったりするのだが、性格は純朴で義理堅く、裏表なく信用出来る上に腕もいいと仲間としてはとても頼もしい男である。ただやはり蛮族出身という事で信用に問題があってあまりいい仕事が受けられず、それがシーグルと組むと解消されるためやけに気に入られてしまったといういきさつがある。
 シーグルとしても仲間としては歓迎できるタイプの人間であるし、へんな下心を持っているタイプでもないから気楽に応じていたのだが……今回の仕事を受けたのには少しばかり複雑な事情があった。

 基本的に国境の小競り合いに傭兵として参加し、逃げる事なく無事仕事を終える事が出来ればそれだけで冒険者として貰えるポイント、特に信用ポイントはかなり多く入る。更に言えば蛮族出身のシャレイとしては蛮族相手に戦ったという事でポイント外での信用も上がるしもう蛮族側の人間ではないとアピールもできる。だから彼は普段パーティを組んでいる面子とこの仕事を受ける事にしたのだが――やはり蛮族出身という事で難色を示されたらしい。
 それで信用という面なら文句のつけようのないシーグルをメンバーに入れる事で解消しようとした、という話なのだが……実はシャレイはシーグルを危険な仕事に誘うのはしたくないと言って、結局シーグルをこの仕事に誘ったのは彼本人ではなく別の人間だった。彼は仕事仲間内でも評判が良かったし人一倍がんばっているのを皆知っていたから、彼の為に頼む、と言われてシーグルも受ける事になったのだ。

「シーグル、一人、あぶない」

 食事が終わってシーグルが一人で皆と違う方面に歩いていこうとすれば、すかさずシャレイが追いかけてきた。蛮族出身の彼はクリュース公用語はまだたどたどしいが、その代わり余計な事を話しかけてこないのもシーグルにとっては好ましくもあった。

「ここはクリュース軍の敷地内だし、大丈夫だ」

 心配そうな彼にシーグルが言えば、シャレイは真剣な顔のまま首を振った。

「でも、危ない。シーグル、狙うの多い、俺も行く」

 この場合の狙うが何を指しているのかはちょっと考えるところだが、彼が純粋に自分を心配してくれるのが分かるからシーグルは笑って返した。

「軽く剣を振りに行きたかったんだが……なら少し剣の相手をしてくれるだろうか?」

 言えば彼は笑う。年齢は自分より確実に5以上は上なのだが、その表情が子供っぽくてシーグルは彼のそういうところも気に入っていた。

「分かった、準備する。待って」
「あぁ」

 笑って待てば、彼は急いで靴を履きなおして腰の長剣と短剣をそれぞれ確認する。

「もういい、行こう」

  彼が言ったので歩き出そうとしたシーグルだが、そこで傍を通り過ぎていく仲間たちが声を掛けて来た。

「シャー、ちゃんと姫君を守んだぞー」
「分かった、任せる」

 ……悪気のない会話であるのは分かるのだが、思わず笑顔が引きつってしまうのをシーグルは止められなかった。





 北の蛮族との小競り合い、というと一番よく聞くのはバージステ砦で、ある意味実践経験に置いてはこの国で一番の精鋭が揃っていると言っていい。特に今バージステ砦の隊長は平民からその功績を認められて貴族になった騎士団の勇者チュリアン卿で、その名のせいもあってか最近はわざとバージステ砦を避けて蛮族達は他の砦を攻撃してくることが増えたらしい。

 このネイサグ砦はもともとはそこまで戦闘が起こるようなところではなかったそうだが、前記の理由もあって最近はそこそこ蛮族達の攻撃を受ける事があり、その所為で少し兵を増強したら対抗して蛮族達がそれ以上に人数を増やしてやってきたという状況で、追い払うだけでなく一度徹底的に叩きつぶすつもりで今回の傭兵募集となったという事だ。

 基本傭兵達は砦の建物内ではなく、その敷地内に天幕を張ってそこで寝泊まりする事になっていた。だから敷地内を歩いていればあちこちの傭兵達の傍を通り抜ける事となるのは当然で、目立つシーグルがシャレイと歩いていれば注目されてしまうのも仕方ない事ではあった。

「――なぁ、あれだろ、旧貴族の若様」
「確かに美人だな、おい、嬢ちゃんこっちなら可愛がってやるぞ」

 旧貴族の跡取りであるシーグルはそれなりに冒険者間でも有名になっていて、こうしてヤジのような揶揄う声を飛ばしてくるものがいるのはこの手の大人数冒険者がいる仕事ではいつもの事である。
 ただ今回は後ろにシャレイがいることで、そのヤジの矛先が彼へも向かってしまった。

「あの後ろのデカいのは確か蛮族出身者だったんじゃないか?」
「あぁそういやそうだな。あの腰に巻いた布の感じ、どっかの部族の特徴じゃなかったか?」
「げ、ってことは今回味方の中に敵の仲間がいるのかよ」

 そう言われたくないからシャレイはこの仕事をしているのに――頭にはくるがいちいち彼らの相手をすれば余計に話がこじれて面倒な事になるのは分かっている。だから無視をするしかないのだが……自分の事はまだしも、シーグルとしては彼の事を言われるのは腹が立つのは抑えられない。
 だが、それを察してくれたのか、後ろをついてきていたシャレイがシーグルに言ってきた。

「シーグル、俺、慣れてるから、大丈夫」

 にこにこと笑顔でそう返してくれた彼は、確かにこの手の心ない言葉に慣れてはいるのだろう。シーグルもこんな彼のためだから今回の仕事を無理矢理受けたというのもあった。
 なにせ、旧貴族の跡取りであるシーグルは、冒険者と言っても危険な仕事を受ける場合は少々面倒な事態になる。まず必ず貴族院に申請をしておかなくてはならないし、その貴族院から仕事の責任者や依頼人にシーグルの身を出来るだけ守るよう注意がいくから実は歓迎されない事も多い。
 今回は騎士団の仕事であるから貴族院からの注意はかなり効いて、最初に現地に到着した時はシーグルだけは砦に個室と世話役を用意すると言われたくらいだ。それは断ったものの戦闘が始まったとしてもシーグルのいる隊は基本的に最前線に出される事はないだろうという配置をされていた。
 そして、そんな明らかな優遇処置があるだろうから――他の傭兵達から揶揄われたり侮辱の言葉くらいは甘んじて受け入れなくてはならない、とシーグルは思っていた。だから自分がどう言われても一向に構わないのだが、仕事仲間たちにまでその矛先が向くのは彼らに悪いと思っていた。

「すまない、シャレイ」

 癖のように思わず謝ってしまえば、純朴な男は笑顔のままで言ってくる。

「何故謝る? シーグルは悪いとこ、ない」

 にこにこと笑っていつでも腰の低い彼は、戦闘時には豹変するかのように勇敢で頼もしい仲間だという事をシーグルは知っていた。その所為か手合わせをすると熱くなりすぎるところもあるのだが……それもまた楽しくて、彼と剣を合わせると時間を忘れてやりすぎてしまう事がある。

 それでも、今夜は大丈夫だろうとシーグルは思っていた。
 蛮族は砦から離れたところに集まってきてはいるそうだが、いきなり明日にでも襲撃してくる事はないだろうと言われていた。それに実際シーグルの所属している部隊の出撃順位は低く、余程の大部隊が出てこない限りいきなり投入される事はない筈だった。



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事前説明的な内容が多くてすみません。
 
 



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