復讐と義務と誇りの代わりに




  【後編】



 だが、そう考えたのはやはりラタだけではなく他の冒険者達もそうだったようで……。

「お前らっ、そっちじゃないっ、向うだっ、敵は向うから来るんだぞ。えぇい、敵に向かっていかんかっ」

 当然といえば当然だが、前の戦いで前線での味方の配置がかなり隔たっていたことが問題となり、次の戦闘では傭兵達も個別に分けられた隊から大きく離れる事を禁止された。ラタとしてはそこまで離れてはいないものの彼と同じか隣の隊に配置されず残念だと思ったが、どちらにしろ乱戦になれば配置云々いってられる状態じゃなくなるだろうとは考えていた。

「まぁ、いくら敵さんが今回は数揃えて来たっていってもせいぜいいつもの倍ってとこだろ。なにせ蛮族共は協力なんて言葉は知らんからな、今回だって蓋を開ければ結局は親戚みたいな部族だけでの協力体制だったんだろ?」

 そんな事情もあって、楽勝ムードが漂うこちらの陣営の傭兵達は皆気楽そうに構えていた。前回の戦いがあっという間の勝利だったというのもあるし、それで油断するなというのはきちんと訓練された兵士でもない彼らには無理だったろうと思う。ラタは幼い頃から教え込まれた兵士としての心構えとして油断なんてしてはいなかったものの、この戦いは楽に勝てるだろうと思っていたのは確かだった。

 だが、いざ戦いが始まれば敵は思ってもいなかった戦法を取って来た。
 大部隊と大部隊の戦いではなく、彼らはこちらをおびき出して戦場にしたそこへあらかじめ穴を掘っておき、少数ずつに分かれてその穴の中に潜伏していたのである。先陣を切った騎馬部隊がそれでうまく突撃できず混乱する中、穴から飛び出した蛮族達はただひたすらに部隊の指揮官となっている者に向かって行った。
 それでラタの部隊は指揮官だった男が死んでバラバラになった。乱戦になる事は望んでいたものの、これは少しヤバイと思った彼は戦場を見渡しながらセイネリアの隊を探した。
 だが運悪く、いや運がいいのか、彼らを見つける前に前線に出ていたらしい敵の大将らしき人物をラタは見つけてしまった。蛮族というのは偉い者程分かり易く立派な装備と派手な色を身に纏っているのだが、それは今までみた蛮族の中では一番立派で強そうな恰好をしていて、確かに雑魚冒険者達をおもしろいように薙ぎ払っていた。

――あれを倒せば大手柄だが……さて、俺で勝てる相手かどうかが問題か。

 まだ距離があったためラタは相手の戦いぶりを観察したが、それで彼は気づいてしまった。

「あの……剣は……」

 最初はまさかと笑いとばそうとした。けれどよく見て、見えるところまで近づいて確信出来てしまった。

「なんであれを蛮族なんかが持ってるんだっ」

 それは父の部屋にいつも飾ってあった、ラクザ家の当主が当主の印として受け継ぐ紋章入りの剣で間違いなかった。

――つまり、あいつは父や兄の仇でもあると見て間違いないという事か。

 おそらくヴァナザ伯爵はラタの故郷を襲う時、あの蛮族を雇ったのだろう。わざわざあの剣を持っているのなら、父か兄か、あの剣の正当な持ち主をあの男が殺して戦利品として手に入れたのだと思われた。

「……忘れようと思ってたのにな」

 復讐など意味がないとそう考えていた矢先にこれは、神様がそれを許さなかったという事だろう。仇を討てと、あの剣を取り戻せと、そういう事だろうと思うしかなかった。
 ラタは覚悟を決める為に大きく息を吸うと、敵に向かって大声で吼えた。
 空に届くよう雄たけびを上げて、その蛮族に向かって走った。
 だが、蛮族達の大将であるその男にそんなに簡単にたどり着ける筈はない。その前に何人もの敵が立ち塞がりラタの行く手をさえぎる。

「どけっ、邪魔だっ」

 ラタの目は大将であるその男だけを見ていた。それを邪魔する者は全てただの障害物で、全力で剣を振りぬき、突き差し、蹴り飛ばして排除した。
 とはいえ、敵の大将の周りであれば一番敵の密度は高い。倒しても倒しても敵はやってくる、進みたいのに前に進めない。次第に気力に体が追いつかなくなり、腕も足も力が入らなくなってくる。呼吸が上手く出来ず、肩で息をしだす。足元がふらつく、大量の血を浴びて手元が滑る。

「くそっ、ここで会わせたのは倒せって事じゃないのか」

 目の前の敵の壁は厚くなるばかりで、今ではその所為で目的の男の姿も見えない。周りには味方は見えず、見えるのは敵だけだ。

――あぁ、これは終わったな。

 ここで奴に会ったのは俺がここで死ぬからかと、そう思って諦めの息を吐いたラタだったが、直後に敵の壁が右から崩れた。
 敵の死体が文字通りふっ飛んで来て他の敵にぶつかる。
 それも一人ではなく、二人、三人と、まるで死体が飛び道具のように敵の蛮族の上に落ちてくる。

「――セイネリア――セイネリア」

 ラタも蛮族の言葉はよくわからないが、彼らがその名を呼んでいたのだけは理解出来た。
 途端、取り囲んでいた敵達が悲鳴を上げ、面白いように散っていく。口々に『セイネリア』という名を叫び、恐怖に顔を引き攣らせて。気付けば、あっという間に自分を取り囲んでいた筈の敵兵の壁はなくなった。
 代わりにいたのは黒い恰好の一団。
 セイネリア・クロッセスを筆頭に黒の剣傭兵団の面々がその場にはいた。

「どうやら生きてたようだな」

 そうセイネリアから声を掛けられて、ラタは彼を見あげた。

「あ……あぁ、貴方のお蔭だ、ありがとう、感謝する」

 呆然としながらも全身黒い甲冑の男を見あげれば、彼は片手を上げて返事とし、すぐに背を向けて部下達共々去って行った。辺りを見れば蛮族達は大方逃げたか倒された後で、こちら側の兵士達の勝利の声があちこちで上がっていた。





 この二回目の戦いではこちらの犠牲も思った以上に出たもののそれ以上に蛮族達の方には壊滅的なダメージが出たらしく、彼らは砦の近くに張っていた陣を崩してそこからも撤退していった。つまり、戦いは終わった訳だがラタとしてはなんとも胸にもやもやとしたものを残したままになってしまった。
 だから勝利に湧くささやかな酒宴の中、とてもではないか他の者と騒ぐ気になれなくて宴会の場から離れて行こうとしたラタは、歩いている最中に意外な人物に声を掛けられて足を止める事となった。

「おいお前、よければこっちで飲まないか?」

 掛けられた声の方を向けば他の連中とは離れて飲んでいる一団で、皆が皆黒い服を着ているのに気づけば――今の声を思い出して思わず背筋が伸びた。

「貴方達は黒の剣傭兵団……か」
「そうだ、我が主が声を掛けたんだ、来るのか? 来ないのか?」

 赤い髪の男が不機嫌そうに睨んで来て思わず断りそうになったものの、セイネリア・クロッセスと話せるというのならこんなチャンスを逃す手はない。ラタは急いで、行く、と返事を返した。赤い髪の男は舌打ちさえして顎でこちらにこいと指示してきて、それに若干苛立ちは感じたもののラタは彼らの輪の中へ入って行った。

「まずは勝利に乾杯、というところか」

 杯を渡されて、セイネリアにそう声を掛けられて、ラタは彼に向かって杯を上げるとそれを飲み干した。流石に他の酔っ払い連中と違って拍手も盛り上がりもここではないが、セイネリアがにやりと笑った事でラタは少しだけ安堵した。……とはいえ、この空気だけで内心相当に冷や汗ものだったのだが。

「失礼を承知で聞くが……なんで俺に声を掛けてくれたんだ?」
「何、この状況で一人、そんな辛気臭い顔をしている奴がいれば気になるだろ」

 セイネリア・クロッセスを改めて近くで見れば、凄みというかなんというか……確かに『獣のような目』と言われる通り、その金茶色の瞳の重圧はハンパない。機嫌は良さそうだったものの体の緊張はどうしようもなくて、正直その所為で酒の味が分からなかった。
 ただ、よく見れば『思ったより若い』という印象は受ける。確かに凄みも重圧もとんでもないが、そのガタイの迫力の割には顔は思った以上に若い印象がある。いくつだったかと記憶を探ってみたが思い出せず、思わずじっと彼の顔を見てしまう。そうすれば当然ながら彼と目が合ってしまって、ラタはごくりと喉を鳴らした。

「……何故……俺を助けてくれたんだ?」

 黙っているのが気まずくて思わずそう聞いてしまえば、彼は口元だけで笑ったまま答えてくれた。

「いい腕だったからな、殺すには惜しいと思ったのさ。目についてひと山いくらの連中とは違う剣筋だった……ガキの頃からちゃんとした師について習ってた、という剣だな」

 さすがにそれにすぐ肯定を出来ないでいれば、彼はこちらの事情を察してくれたのか、返事を待たずにすぐに言葉を続けてくれた。

「その男が突然がむしゃらに突っ込んでいってたからな、そんなに手柄が欲しいのかとも思ったがそうじゃない……何か事情があったんだろ?」
「……あぁ、ちょっと、な」
「大方、親の仇か何か、その手の事情だろうが」

――まったく、何から何まで何故分かるんだか。

 直感からしてこの男は相当の大物だとは思ったが、こちらの状況をこれだけ当てて見せるのだから頭の方も相当回るに違いない。確かにこの男は本物だとそれだけで分って、さてどうやって自分を売り込むのがいいかとラタは考えた。
 だが、そんなラタの思惑さえもお見通しとでもいうのか、そのチャンスはあっさり彼から与えられた。

「もし事情を話す気があってその為の覚悟があるなら、後でうちの団を訪ねてくるといい」

 それはどういう事だろうか……一瞬理解が遅れたラタは、だがすぐにそれが彼なりの団への誘いだという事に気がついた。
 それを聞いた赤い髪の男は相当不機嫌そうな顔をしたが、そのほかの面々はこちらに笑い掛けてくれてその後は彼らと杯を合わせてそれなりに打ち解けた雰囲気の中で飲む事が出来た。






「私はその時の仕事は出ていなかったからな、だが帰ってからすぐ、お前が尋ねてくるだろうという事はボスから聞いた」

 カリンの言葉に、だろうな、とラタは返す。あの頃、セイネリア本人が出る場合は基本留守番だったとはカリン本人から前に聞いていた事で、ラタが彼女に会ったのは団に来てからの事だ。セイネリアの愛人だと思った彼女がこの団の実質のナンバー2だと聞かされた時には驚いたが。

「まぁそれで……帰って早速この黒の剣傭兵団に行って、マスターに会って契約した、という訳さ」
「そして契約の条件が、家の剣を取り戻す事、だった訳か」

 言われてラタは今は自室に置いてあるいつも自分の腰にある剣を思い出して苦笑した。仕事では基本あれ一本で戦い、傭兵団でもあれを見ればラタのモノだと皆分かるその剣は、傭兵の持ち物にしては立派な細工の施された柄と鞘を持っていた。見ただけでかなりの品だと分かるものだが、他人を詮索しないのがこの団の掟の一つでもある為それにどうこう聞かれた事はない。

「あぁ。だがなんていうか、実はその時には復讐する気も、そこまでしてどうしてもこの剣を取り戻したいという思いもなかったんだ。ただあの人の部下になる為、自分の過去と決別を付ける意味も込めて望んだというのもあったのさ」

 そこでカリンは肩を震わせて笑った。

「なら、そこからあっさり剣を取り戻した時には拍子抜けしたんじゃないか?」

 ラタはそれに肩を竦めた。

「まったくな。あの人は既にあの蛮族の居場所を調べ済みで、俺が言うとすぐに魔法使いに転送させてそこへ連れていかれたんだ。あとはもう……一人で出鱈目な強さで蛮族共を薙ぎ払うと、族長の家まで押しかけてあっさり剣を取り戻してくれたんだよな」

 あの時の彼の出鱈目な強さは、あっけにとられてこちらが手を出そうとする暇もなかった程だった。砦の戦闘でのあの動きさえ随分手を抜いていたというのが分ってしまう程、それはまさに化け物としか言いようがない姿だった。
 ……ただそれが、彼に一生従うと決める最後の一押しになった事は間違いない。

『お前の望みは復讐か? 最終目的が家の再興なら、俺に一生仕える契約なぞする訳にはいかないだろ』

 契約をする時の会話でラタの事情を聞いたセイネリアは、最初にそう返してきた。

『いえ、単なる自分の中での過去の清算と……父や兄への恩返しのようなものです。家の再興は望んでいません』
『諦めたのか?』
『……失くしたものにいつまでも拘るのは愚かだと思っただけです。より強いものが勝つのは正しい、滅ぶものは滅ぶべくして滅んだのです。それにいつまでも引きずられるより、より強い力となる事を私は望みます』

 そう言ったラタに、セイネリアは笑ってみせた。
 それからあの獣の瞳と言われた琥珀の目をじっと向けてきて、それに体が硬直しながらも見つめ返したラタに言ったのだ。

『貴族らしくないその考え方は気に入った、ただ、強い者が正しいというのなら……貴様自身も常により強くなろうとしなければならない』

 あれは強い団体に所属する事で強くなった気になることがないよう、自分自身の鍛錬を怠るなという意味だとその時は思ったのだが……彼の傍でその強さを更に知り、彼の事情を知る事で、今では少し違う意味もあったのだとラタは思っている。

「仇はお前が討ったのか?」

 そのカリンの声で、過去に飛ばしていた意識を現実に戻したラタは、彼女の顔に視線を戻すと自分の顔に浮かべていた笑みを消した。今度は頭の中でその日の光景を追いながら、口元に自嘲を込めて彼は呟いた。

「いや……マスターは剣を取り戻した後、『こいつはお前の好きにしろ』と言ってくれて……だから当時のヴァナザ伯爵との契約の件と父の最期の話を聞いてから解放してやった。そいつを殺しても失われたモノは何も返ってこないし、仇討ちなんて後ろ向きな事をするのも馬鹿馬鹿しくなっていたからな」
「マスターはそれで何と?」
「『お前がそれでいいならいい』ってさ、後はさっさと引き上げた」
「そうか、後悔はしてないのか?」

 そう聞かれるとは思ってなかったラタは、少しだけ目を丸くして、それからまた笑って彼女に言った。

「ないな。それで過去にケリもつけたし、ほんとにどうでも良くなったんだ。今はあの人がどんな事をするのか、それを見るのが一番楽しみだ」

 黒髪の女はそれを聞きながら艶やかに口角を上げて、楽しそうにラタの顔を眺めてくる。それにはやはり苦笑しかかえせないでいれば、彼女は椅子から立ち上がってテーブルに手をついた体勢でこちらの顔を覗き込みながら小声で言ってきた。

「まぁ、なかなかに興味深い話を聞かせてもらった。だからという訳ではないが、一つ言っておくとボスにも別に敬語を使わなくてもいいんだぞ。あの方はそういう事に拘らない。フユはボスの前でもアレだ」

 あいつはまた別だろう、と思ってから、だからこそカリンも部下にそれを許しているのだろうとラタは思う。それから少し思いついて、自分も意地が悪いと思いながらも彼女に聞いてみた。

「だが、そういうあんた自身が俺達とあの人とで口調を変えてるじゃないか」

 彼女はそれにまた艶やかに笑って、それから流石にここのナンバー2だけはある人を縛るような強い視線を向けて言ってきた。

「私の場合はボスとの会話の方が本来慣れた言葉遣いで、こちらの方が後から身に付けたものだ。ただでさえ女は舐められるからな、荒くれ揃いの傭兵連中と付き合うにはいかにも『主の犬』らしい話し方は良くないだろ?」
「――成程」
「だから私の事も気にしなくていい、お前の話し易い話し方で構わんと思うぞ」

 確かに彼女の出を考えればそれは納得出来る事で、ラタは少しだけ考える素振りを見せて、それから歯を見せて気まずそうに笑ってみせた。

「けどまぁ、あの人相手には少し緊張感があるくらいのが俺もやり易いってのもあるから俺はこのままでいいかな」

 今のラタは貴族ではないし、幼い頃から目指していた騎士でもない。セイネリアから騎士の称号を取るなら必要書類は手配してやると言われた事もあったが結局ラタは辞退した。ラクザ家の男子として育った過去を断ち切る意味で騎士と呼ばれたくなかったというのもあったが、守りたかったものを何も守れず逃げた自分が騎士を名乗る資格はないと思ったのもある。
 ただ、騎士を目指していた気持ちの最後に残った矜持として、主に剣を捧げ仕えたいというその思いくらいは持っていたいというのがあった。だから、セイネリア・クロッセスを主として、彼の下僕であるという態度を取る事は、自分の中に残った騎士の誇りの為でもあったのだ。
 ただ勿論、そんな事をわざわざ彼女に言うつもりはなく、代わりにラタはわざと難しい顔をして見せて、少し芝居がかった口調で言った。

「それにいくらマスター自身が許したとしてもだ、俺があの人に失礼な言葉遣いなんかした日にはクリムゾンに寝てる間に首を斬られる」

 そこで首をチョンと手で斬る仕草をしてみせれば、カリンは珍しく声を上げて笑って、ラタも共に笑った。




END.
---------------------------------------------


 そんな感じでラタとセイネリアの出会い編でした。
 ちょこちょこ入るクリムゾンのマスターラブっぷりも楽しんでいただけたなら幸いです。
 



Back  


Menu   Top