WEB拍手お礼シリーズ31
<シーグル結婚前エピソード>








☆☆シーグルの結婚☆☆ (1/3)

「とうとう隊長、結婚するんだよな……」
 ある日の騎士団の中庭、昼休みにごろごろと休憩している中、マニクがぼそりと呟いた。
「あぁ、めでたい事だな! ……何でお前は落ち込んでるんだ?」
 それに満面の笑みで反応したのはシェルサで、でもなぜかそんな彼に、皆の非難めいた視線が集まる。
「あー、なんというか、そうだなぁ。たしかにおめでたい事だけど、強いて言えば『俺達の隊長』が誰かのモノになる、のがちょっと寂しいな、って感じかな」
 セリスクが言えば、その意味が分からないシェルサもまた顔を顰める。
「隊長が女性ならまだしも、別に未婚だからといって俺達に何もいい事はないだろう」
「いやそりゃそうだけど、けどっ、けどさっ、なんかその、悔しいじゃないか。『俺達の隊長』が『俺達の』じゃなくなるんだぞっ」
「いや、結婚して団を辞める訳でもないし、俺には意味が分からないが」
 マニクが詰め寄るものの、やはりシェルサには彼らの心情が理解出来なかった。
「マーニク、シェルサの『隊長大好き』はお前とは方向性が違うんだ、分かって貰おうとするのが無理な話だと思うぞ」
 クーディが苦笑しながら言えば、シェルサとマニクはにらみ合って、それから暫くしてため息をついて離れた。なんとなく気まずい空気に誰もが何も言えずにいると、今度は少し離れたところから聞きなれた声が聞こえてくる。
「隊長の子なら、そりゃー男でも女でも可愛いのは当然だろ」
「隊長の立場的にゃまず男の子が欲しいとこなんだろうがよ、俺は女の子が見てぇっ、隊長の子だぞ、そっりゃもうとびきりの美人になるの確定だろっ」
 言うまでもなく声の主はグスとテスタの古参騎士二人なのだが、会話内容が結婚云々よりも子供の話になっている辺り、自分達とは考える方向性が違うと若手組の彼らは思う。
「いいか、隊長の子がどんだけ美人でも手ェ出すなよ」
「出さねぇよ、だが美人だったら、男の手玉の取り方とか教えてやってもいいかなとかよっ」
「だめだっ、隊長に子供が生まれてもお前は絶対に近づんじゃねぇっ、教育に悪すぎる、俺は断固会うのを阻止するからなっ」
 ……いやもうどこの孫を楽しみにしてるじーさんの会話なんだよ、と各自が心の中で突っこむ中、グスとランの後ろで黙って聞いているだけだったランがぼそりと呟いた。
「うちのメルセンは、将来隊長のご子息に仕えるのだと言っている」
 生まれてもいない子の為に息子けしかけるとか気が早すぎだ、と皆が思う中、やたらと楽し気に会話を交わしながら古参連中は遠くへ歩き去っていった。
「俺は将来っ、お忙しい隊長に代わって隊長のご子息に剣を教えるんだっ」
 拳を握りしめて宣言するシェルサに、うわここにも気が早いのがいたよと、やはり呆れた視線が集まったのだった。




☆☆シーグルの結婚☆☆ (2/3)

 首都のシルバスピナの屋敷では、昼間は主がいないというのもあって、どこか全体的にのんびりした空気が流れている。一応午前中は掃除やら仕込みやらで忙しいのだが、午後はのんびりお茶の時間をとる、というのが屋敷の住人から使用人までの習慣となっていた。
「シーグルの奥さんになる人ってさ、いわゆる深窓の令嬢って奴なんだろっ、いやー本物のお嬢様だぞ、どんな人なのかなー美人かなー」
「ウィア、行儀が悪いですよ。椅子の上で足をばたつかせるのは止めてください」
「う、ごめんフェズ、ちょっと浮かれすぎてさ」
「それ言ったらウィアはいつでも浮かれてるじゃないか」
「そらもうっ、フェズの傍なら俺の心はいつも空を飛んでるぜっ」
 言いながら立ち上がったウィアに、ラークの冷たい視線とフェゼントの軽く非難する視線が集まる。さすがにこれは行儀が悪いどころの話じゃないかと自ら謝って椅子に座り直したウィアは、フェゼントが茶を注いでいる様子を大人しく眺める事にした。
「……でもさ、シーグルがとーちゃんになったら、あいつすっごい子供可愛がりそうじゃね? 家族を大切にしなきゃって使命感に燃えそうだし」
「なんかやたら気負うのは絶対そうだと思うけどさ、あいつ子供は厳しく躾けると思うよ。特に男の子とかできたらさ、跡取の教育ってすごい気合いれて、入れ過ぎて厳ししすぎて後でやりすぎたかって一人で悩んでるんじゃない?」
「うわーそれ分かるなっ。やるやる、シーグルなら絶対そうだなっ」
 茶菓子である焼き菓子を口に含みながらしゃべるウィアに、フェゼントがため息をつく。これ以上注意しても仕方ないと諦めたらしい。
「ま、シーグルが厳しく躾けるならさっ、俺がいろいろ息抜きの仕方を教えてやるってもんさ。既にこの屋敷の使用人に見つからずに外へ抜けるルートは開拓済みだっ」
「んじゃ俺、ウィアみたいなダメ人間になりたくなきゃ、あんまりウィアの言う事は聞かないようにって教えようかな」
「だーれがダメ人間だっ」
 と、ウィアとラークが言い合う中、フェゼントが彼らの話も上の空でため息を付く。そうすれば、彼を大好きな弟と恋人はすぐに話を中断してフェゼントに詰め寄った。
「どうしたんだ、フェズっ」
「どうしたの、にーさんっ」
 一瞬驚いたフェゼントだったが、苦笑しつつ答える。
「いえその、シーグルの奥さんには、最初に何を教えれば良いかと。シーグルの部屋は一見捨てていいモノに見えて捨ててはいけないものがあったりしますし、掃除の時の注意点はメモしておくべきかな、とか、シーグルが食べられるような食事の作り方を教えるならまず最初はミルク粥がいいかなとか、買い物に行く店を教えるだけで一日掛かるなとか……」
 本気で考え込みながら話すフェゼントに、ウィアとラークは微妙な顔をするしかない。
「えーとフェズ、おそらく普通の貴族の奥さんは食事とか作らないと思うし」
「にーさん、掃除は使用人まかせだよ、普通」
 そして二人は口に出さず心だけでつっこんだ、『どこの姑』だと。



☆☆シーグルの結婚☆☆ (3/3)

 クリュース南の地アッシセグ。首都では恐れられた黒の剣傭兵団も、この地ののんびりした空気に慣れてきたのか、仕事予定がない者は皆緊張感がない。だから、中庭での訓練風景もどこか首都にいる時よりも緩く見える――そんなある穏やかないつも通りの日、その知らせは入ってきた。
「――だ、そうです」
「そうか」
 カリンの報告を聞いたセイネリアは、それだけ言うと興味もなさそうに顔も上げず書類を眺めていた。もしその報告が『彼』に関する事でなかったのなら、カリンは特に気にする事はなかったろう。けれど今回の報告は、彼の最愛の存在である、あの銀髪の青年の結婚に関する話だったのだ。
 勿論、シーグルが婚約したという話も、相手が誰かという話もとっくの昔に分かっている事であるから、彼が結婚するのは当然のことで別段驚くようなものは何もない。そしてセイネリアの性格からして『結婚』というものにそこまで拘る筈もない。
 それでも、カリンには分かってしまったのだ。セイネリアは感情が揺れている時程感情を表に出さない。だから彼は今、実は動揺しているのだという事を。
 とはいえそれが分かったところでカリンが何かを出来る訳もなく、そしてセイネリア本人も他人にどうこう言われる事を望んでもいない。
 だから彼女は報告を済ませば部屋を出て、主を一人にしてやる事しか出来なかった。
 けれども偶然、上の階に上がったところで、クーア神官である少女に出会ってしまい、カリンはまた同じ件で困ることなる。
「あの……すいません」
 唐突に謝られた意味が分からなくてカリンが眉を顰めれば、少女はペコリと頭を下げて必死に言ってくる。
「シーグル様の事だったので……私、その、つい……」
 それでカリンも理解する。クーアの千里眼の術を使って、彼女は報告書を覗いたか何かで今回の件を見てしまったのだろう。この建物は魔法を遮断する為の処理が施されている為、外から見る事は出来ないようになっている、のだが中にいる者には見えてしまうのは仕方ない。そしてそれを承知の上で、セイネリアは彼女をこの建物に置いているのだ。
「まぁ、貴方ならいいけれど……見ない方が良かった事ではないかしら?」
 言えば少女はキョトンと首を傾げ、それからにこりと笑顔を浮かべた。
「いえ、そんな事はありません。あの方が結婚するのですね」
 それで今度は目を丸くして驚いてしまったのはカリンの方だった。
「貴女はその……いいの?」
「いい、というのは? ……私は、あの方がお幸せになられる事を願うだけです」
 それでカリンは、この少女はシーグルのことを好いていてもそれは恋愛というよりも崇拝に近いのだろうと思った。だから思わず、つい、呟いてしまう。
「貴女の歳なら、もう少し欲を出してもいいのに」
 すると少女はまたにこりと笑ってカリンに言った。
「それは貴女も同じだと思います。だって貴女も、もしマスターが結婚すると言ったら心から祝福出来るのでしょう?」
 カリンは苦笑しながらも、それに肯定の言葉しか返せなかった。


<おまけ>

 クリュース南の地アッシセグ。首都では恐れられた黒の剣傭兵団も、この地ののんびりした空気に慣れてきたのか、仕事予定がない者は皆緊張感がない。
 そんな中でも、訓練場で一人真剣に剣を振っている金髪の青年にカリンが近づいていけば、彼は手を止めて振り返る。
「次の仕事が決まったのですか?」
「いや、少し聞きたい事があっただけだ」
「俺に話なんて珍しいですね」
 ラタは剣を鞘に納めると、カリンを日陰の方に誘う。
「単刀直入に聞くと、貴族の結婚というのはどういうものかと思ってな」
 水袋を開けようとしていたラタは、それで思わず手を止めた。
「結婚? ……あぁそういえば、あの坊やが結婚するんでしたか」
 それでもすぐに理由に思い至った彼は、ふぅと息を付いた後、今度は笑う。
「俺に聞いても意味ありませんよ。俺の国とここでは全く生活習慣が違います。ただ一般的には、貴族の結婚は家の結びつきの意味が強いですから、庶民と違って結婚と恋愛は別、という傾向はあると思います。……ただまぁあの坊やなら、そんな器用に割り切った考え方は出来ないと思いますが」
「だろうな」
 苦笑をして軽く息をついたカリンを見て、ラタもまた苦笑する。
「マスターはどうされていますか?」
 ラタの言葉に、カリンは口元を皮肉げに歪めて視線を遠くへと外した。
「特に変りはない……ようには見える。ただ……」
 何も感じていない訳ではない、と言いかけてカリンは口を閉ざした。
 実際、シーグルの結婚について伝えた時も、セイネリアは『そうか』と言っただけで、目に見えて特別な反応は返さなかった。ただ、言い方を変えると、反応がなさ過ぎた。その後も余分なことを一切話そうとせず、見せかけの笑みさえ見せず、淡々と書類を見ているだけだった。
 カリンは知っている。セイネリアは、感情が揺れる時程表情を消す。だから本当は、動揺していたのだ、あの男は。
「あの坊やは、一度心の内を許した人間を無かった事にしようなんて考えないでしょう。よく言えば誠実ですが、馬鹿正直過ぎて損な性分ですね」
「そうだな……」


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続編初期・シーグルの結婚に関する話ですが、セイネリアも一応動揺していた模様。

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