黒い騎士と黒の剣




  【7】



「で、お前の目的地はこの塔な訳か」

 さっさと前を歩く女魔法使いにセイネリアが言えば、彼女は振り返らずに笑みの気配を返した。

「えぇそう。この塔の上が、魔法使いギネルセラの部屋だった筈よ」
「随分不便なところにいたものだな」
「そりゃーね、魔法使いっていうのは、自分の部屋に人を呼びたがらないものだし」
「自分は不便じゃないのか?」
「塔ならそんな不便じゃないわ。窓から出入りだって出来たでしょうしね」

 目的地が目の前なせいか、長く歩くだけで文句を言っていた女魔法使いがここにきてよくしゃべる。上へと上る階段をあがりながらずっと話しているのだから、思った以上に体力があるんじゃないかと、妙なところでセイネリアは感心していた。

「この城を住居としていたなら、わざわざそんな不便なところにいなくてもいいだろうに」
「そりゃー、彼はここの主じゃなくてここの王に仕えていただけだったんだもの」
「……さっきと話が違うな」

 言えばメルーは足を止めて、セイネリアを振り返った。赤い唇をつり上げて、さも得意げな様は、魔法使い達特有の、自分はこちらの知らない事を知っているのだとその優位性を誇示している表情そのものだった。

「複雑な事情があるのよ。彼らに説明すると面倒だったんで適度に省略しただけ。嘘は言ってないわ」

 言って彼女はくるりと踊るように前に向き直ると、再び階段を上り始める。

「かつてこの辺り一帯を収める大きな国があった。そしてここがその国を収める王の城で、大魔法使いギネルセラはその王に仕えていた。けどギネルセラは王を裏切って国を滅ぼした。……ね、ちゃんとさっき言った事とつじつまはあってるでしょ?」

 確かにそれなら話は合うが、ならば最初から魔法使いの居城ではなく、滅びた国の城跡を探している、と言うべきではないだろうか。
 だからセイネリアが気になるところは、彼女がそういわなかった理由だった。冒険者を釣る材料としては、かつて栄華を極めたろう王国の城という方が喜んで行きたがる者が出るだろうにと普通は思う。
 ただ、ここでそれ以上を彼女に聞く気はセイネリアにはなかった。
 彼女がまだ、他のメンバーに、そしてセイネリアにも隠していることがあるのは明白だ。この女が何か企んでいる……その直感は正しいとまだセイネリアは思っている。だから現時点では、聞いたところで彼女ははぐらかすか嘘を言ってくるだろうと容易に予想出来た。
 なら、へたに聞いてこちらが勘ぐっているということを悟られない方がいい。

「ついたわ」

 階段の先に扉が見えた途端、彼女は急いで駆け上がっていく。
 彼女が扉について懸命に調べている様を見ながら、セイネリアはゆっくりと上って行く。やがて彼女は杖で扉を叩きながら何かをし、それが終るとまだこないセイネリアに早く来るようにと、もどかしそうに目で訴えた。
 それでも、その直後にセイネリアも扉前について、彼は言われる前に扉に手を掛けた。軽く力を入れて揺らしてみればカギが掛かった感触はなく、だから一気に力を入れて扉を開いた。
 古びて立て付けが悪くなっていた扉は、強引に引いた事でその扉の付け根から外れて壊れる。それを倒れて来ないように壁に立て掛けていれば、開いた隙間の中に急いで彼女は入っていった。

「あったわ、ちゃんと残ってる」

 部屋の中にびっしり並んだ本棚と積まれた本達を見て、すぐに彼女は荷物を入れるための空間を開き、片端からそれらを入れていく。
 部屋を見回しても、セイネリアが興味が湧きそうなものが見当たらなかったのもあって、彼はただ部屋の中を観察して、彼女の様子に時折ちらと目をやる程度しかやる事が無かった。
 塔の上というだけあって、部屋には窓があり、杖の明かりがなくても中の様子を見る分には問題はない。
 だが、こんな外気が自由に入る場所、この廃墟の過ごした年月から考えれば、本などというものの形が残っている事がそもそもおかしい。だからここは、少なくとも窓から雨風が入ってこないような、守りの魔法でも掛かってはいたのだろうと思われた。ただ、それでも流石に窓近くにあった物達は陽に焼けて、文字も見当たらない有様になっていたから、彼女が懸命に運んでいるのは窓から離れて本棚に囲まれて守られていた本達であった。触れば崩れてしまいそうなものや、実際触った途端本として閉じられていたものがバラバラになったものがあったが、彼女はそれらをかき集めるようにして丁寧に空間の中に詰め込んでいく。

 けれどそんな時、夢中になって本を詰め込んでいる彼女を見ていたセイネリアは、階下から女の悲鳴があがるのを聞いた。
 メルーを見れば、案の定、彼女は夢中になりすぎてそれに気づいていない。

「下で何かあったらしい、ここはお前一人でも問題ないな」
「えぇ、大丈夫よ」

 こちらを見もしないで言う彼女を鼻で笑って、セイネリアは階段を駆け降りる。
 見たところ、あの部屋にはセイネリアが対処担当になりそうな危険はない。なにかあったとしても魔法関連のモノだろうから、彼女自身の担当だ。
 セイネリアとしては、まだ何か隠していそうな内に彼女には死なれたくないと思っている為、一応は彼女の安全を気には掛けている。
 ただ、あそこで間抜けに女のお守りにつったっているのに少し飽きていたというのもあり、だからいい口実が出来たという思いも少しはあった。

 行きは女の後をのんびりと上っていたというのもあって、下りるのはさほどかからない。だが面倒なのは、明かり役の魔法使いがいないせいで少しばかり暗すぎるということだった。一本道の階段は暗くても感覚で下りれはするが、だだっ広いホールは行く方向が見えないと少し困る。
 それでも今が昼という事もあって、遠い窓から落ちる光はところどころ暗闇に窓の形を描いて、目さえ慣れればどうにか辺りの輪郭は分かる。声は確かに女のものだったから、エル達の組、つまり2階のどこかで彼らに何かあったのだろうとセイネリアは判断する。
 各自に別れた場所から階段に上り、2階の廊下に出る。都合がいいことにこちらの方がまだ明るい為、捜すのは思いの外楽ではあった。
 どうやら、彼らはまだ2階に来てからそこまで移動した訳ではなく、あがってすぐ、廊下に並ぶ部屋の扉の一つが大きく開き、小柄な少女の姿だけが廊下に立っているのが見えた。更に言えば、部屋の中では今まさに戦闘中でもあるのか、なかなかに派手な物音も聞こえている。
 セイネリアが少女に向かって走っていけば、少女はその足音に驚いて怯えた顔を見せたものの、それが誰か分かると、途端に顔に安堵を浮かべる。
 既に剣を抜いていたセイネリアは、足を止めて少女に何か聞く事もなく部屋の中へと向かった。
 入ればすぐ敵も状況も理解が出来て、セイネリアは僅かに眉を顰める。
 部屋の中、エルとウラハットが戦っている相手は飛んでくる椅子や机といった家具達だった。他に人がいる訳でもなく飛び回る物達は、どう見てもセイネリアの管轄外の相手だ。

「誰かが魔法を使ってるのか?」

 言って廊下の少女に目をやれば、彼女は急いで首を振る。
 ならば実体のない化け物の類か、と思うと同時に、そうである場合の対処が思いつかない。

「ったくおいっ、見てないで助けろっ」

 エルが叫ぶが、セイネリアは動かなかった。
 それは確かに対応のしようがないからというのもあったが、別にセイネリアには思うところもあったのだ。
 どうやらこの敵は、少なくともエル達を殺そうとまでしている訳じゃない。
 というのも、エルやウラハットを襲うモノ達は、確かに彼らに向かって飛んでいくものの、いいところぶつかってふっとばす程度までしかしてこない。押しつぶそうと落ちてきたり、倒れたところに追い討ちを掛けたりという事さえない。
 部屋の中を見れば、飾りではあるのだろうが剣などの武器の類や、割れたガラスのようなものも見える。それらを飛ばさずに家具をぶつけてくるだけとは、まるで脅してさっさと追い出そうとでもしているようだとセイネリアには思えた。

「とにかく、部屋から出てこい」

 言われると、エルとウラハットは頭を武器で守りながら部屋から飛び出してくる。
 そうすれば。

「え?」

 今まで宙に浮いていた家具達はあっさりと床に落ちる。
 拍子抜けしてエルは廊下で放心しているが、セイネリアは一歩だけ部屋に入ったその位置で、じっと部屋の中を眺めて気配を伺っていた。
 そうすれば、部屋ではなく、廊下の方から足音が聞こえてくる。

「何がありましたかぁー?」

 間抜けに響くその声はラスハルカのもので、セイネリアは軽くそちらに視線を向ける。
 ひょろっとした戦士とは思えない風貌の男は、ぼーっとした表情のまま部屋の中を見て、それから苦笑したのがセイネリアには見えた。

「この部屋に入った途端、椅子やら棚が勝手に浮いて、こっちにぶつかってきやがったんだよ」

 エルに顔を向けたラスハルカは、やれやれと肩を竦めて見せてから、部屋の方へ再び顔を向けた。

「それはですね、ここに住んでらっしゃる方が貴方に出ていけって言ってるんだと思いますよ」

 のんびり顔のままに彼が言った言葉に、エルが顔を引き攣らせる。

「……住んでるって?」
「えぇ、そりゃぁこういう廃墟ですから、一人二人十人百人、死んでも死にきれないってタイプの方々が未だに住んでいたとしても不思議はないでしょう」

 陽気に見えるくらい笑って言うそのセリフは、冗談かと思う程明るいが、本気なのだろうとセイネリアは思う。

「……やめてくれ、あんまそういうのは想像したくねぇ」

 げんなりした顔でエルがラスハルカの肩に手を置いて脱力する横で、アリエラがウラハットの後ろに隠れる。
 おそらくラスハルカと共に来たのだろうクリムゾンは、彼も相手がラスハルカの言う通りなら自分の管轄ではないと思っているせいか、こちらを見て様子見といったところのようだった。サーフェスの姿は見えないが、彼は走らずに遅れてくるか、メルーのように資料探しに夢中になっているのかもしれない。
 セイネリアは、妙に落ち着いているラスハルカの顔を確認すると、僅かに口元を歪める。
 そして、部屋に視線を戻すと、その中に向かってわざと大声を張り上げた。

「俺達に出ていけと言われても、それは無理な話だな。折角来たのにあっさり帰れるはずがない」

 途端、一時は静まり返っていた部屋の家具達がガタガタと音を鳴らして再び動き出す。

「おいっ、何考えてやがる」

 折角収まったとこだったのによ、とエルが騒ぐ中、セイネリアに向かって宝石箱だろうか、豪華な小箱が飛んでくる。それをセイネリアが剣でたたき壊せば、すぐに飛んでくる、今度は小型とはいえ机。

「さっさと部屋出ろ、何やってんだ」

 エルの叫びに、だがセイネリアはただそこに立ったままだった。
 部屋の中をじっと見据え、飛んでくる机を構えて待つ。机がぶつかって来てもそれを手で押さえると、一歩も動かず投げ飛ばす。そうすれば、今度は机よりももっと重い大きな鏡台が宙を舞う。

 けれど、それがセイネリアに向かってくることはなかった。

 鏡台が飛んでくるより早く、部屋の中にラスハルカが何かを投げ込む。それからすぐ、辺りに高い笛のような音が響き、それに重い質量が落ちる音と木が割れる音が続く。もちろんそれは鏡台が床に落ちて床が割れる音であり、派手な破壊音の競演が終われば、嘘のように部屋は静寂を取り戻す。
 しんと静まり返る部屋の中、そこへラスハルカが入って行って、セイネリアの腕を掴んだ。

「まったく、何やってるんですか。あんまり苛めないであげてください」
「やはり、子供か」

 セイネリアがラスハルカにそう返せば、彼は表情を硬くする。

「見えてたんですか?」

 セイネリアは軽く笑った。

「いや、俺は見えないぞ。ここは子供部屋だろう、だからそう思っただけだ。見えたのはおまえの方じゃないか? なかなか見事な手並み、といったところか」

 セイネリアがこの部屋をじっと観察して気づいた事は、埃をかぶったり壊れていたりしてわかりにくいが、人形や子供が好みそうな遊具の類が転がっていたり、家具類が小さめな事だった。それに気づけばこの部屋の主の予想は難しい事ではない。
 他の者に聞こえない程度の声でそうラスハルカに言えば、彼は表情を硬くしたまま目を逸らして、彼もまた小声で返した。

「……たまたま、アルワナのお守りを持ってただけですよ」

 セイネリアはそれにまた笑う。
 ラスハルカはもう、セイネリアの顔を見なかった。




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冒険モノお約束的展開。後は誰かさん(バレバレっすが)用伏線回でした。


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