黒い騎士と黒の剣




  【10】




 後はもう深く考えないようにして、昨日決めた通り、再び城の中へ出発する事にする。行くのはまっすぐ例の広間。ある程度身が守れる連中だけで行くかという話も出たが、結局は全員一緒にいたほうがいいだろうという結論になって、全員でまた敷地内で一番大きな建物へ向かった。
 既に開いている正面の門から入り、真っ直ぐ廊下を歩けば例の部屋につく。
 とりあえず、今日も今のところおかしい事はない。
 だがやはり部屋の入り口までくれば、中に入る前にまず足が止まるのは仕方ない。
 誘うように大きく開け放たれた豪奢な扉、けれども入り口で既に分かる、恐らく、部屋の中まで続くだろう人骨の群れ。
 慎重に、今度は3人の魔法使いの分の杖の明かりで中を照らす。そうすれば、そこはやはり謁見の間と思われる広い部屋らしく、装飾が彫られた立派な柱が並び、その先の部屋の奥の壁、その中心には玉座らしき見てすぐ分かる椅子があった。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 入り口でさえ、既に折り重なって散らばっていた人骨達。
 それらは玉座に近づくにつれてさらに増え、山となって積み重ねられていた。
 一体、どれほどの死体がここにあったのかと、それを想像するだけで背筋が寒くなる風景だった。

「怪しいとすれば、あの山の辺りだろうな」

 確かにそうだろうとは誰もが思うだろうが誰も近づきたがらないそこへ、クリムゾンとセイネリア、腕に自信がある二人は平然と歩きだす。
 彼らにとっては人骨の山さえただのモノに過ぎないのだろう、途中の邪魔な骨は蹴りながら、歩く彼らに恐れは見えない。
 ただおかげで、彼らの後を歩けば既に邪魔な骨が避けてある為、少しは安心して歩けるとも言えた。
 骨の山を通り抜け、玉座へと近づいていく。
 ここの恐ろしさをおそらく感覚で掴んでいるだろう魔法使い達は、一番後方からこわごわと歩いてくる。
 そして。

「……いかにもこれだってものがあるぞ」

 馬鹿にしたように笑ったセイネリアの気配と共に、前を行く二人の足が止まる。
 エルも近づいて見てれば、確かに、一際豪華な装飾品をまとった白骨死体が、まるで抱くように、一振りの剣を持って玉座傍の床に座っていた。
 だがエルはその剣をみた途端、反射的に後ろへ下がり、顔をその剣から逸らした。

 ――あれは、見てはいけないものだ。

 なぜだか急にそう思ったエルは、剣から目を離して荒い息をつく。
 どうしてそう思ったのかは分からない。
 だが、あの死体の持つ剣――その剣の不気味な黒い刀身をみた途端、エルは胸が急に掴まれたように苦しくなり、とにかく目を逸らさなくてはならないという気になったのだ。

「これが、例の剣か。見た目からして、なかなかハッタリが効いているな」

 こんな時なのに、セイネリアの声には全く動揺がない。
 一緒に前にいる筈のクリムゾンはなにも答えず、他の連中はまるで剣に魅せられたかのようにその方向を向いて立ち止まっていた。
 いや、唯一まだ動いていたのは、最後尾にいたメルーだった。
 彼女は周りの人間の反応を見ながら、そこから遠ざかるように少しづつ後ろへと下がっていっていた。
 やはり彼女は、これがどれくらいヤバイものなのかある程度分かっているのだ、とエルは思う。
 なら今ここで問いただしてやると、彼女に声を掛けようとしたエルは、けれども結局声を掛ける事は出来なかった。

「おい、まだ触るな」

 セイネリアの声が聞こえて、エルは咄嗟に前にいる彼らを見る。
 剣を見ないようにしてセイネリアとクリムゾンの姿を追ったエルは、赤い髪の若い戦士が、ゆっくりと前に歩いていくのが見えた。

「やめ……」

 エルが声を出すよりも、セイネリアが彼の肩を掴むよりも、クリムゾンの手は早かった。
 のびた手は剣に届き、その柄を掴む。
 ガラリと剣を持った骸骨が崩れる音がして、赤い髪の青年が剣を持ち上げ、刀身が彼の目の前に立てられる。

 ぞっと、何か分からない気配にエルは全身を総毛立たせた。
 頭の中で不安が膨れ上がり、思わずぶるりと震えて両腕を押さえる。

 その途端、耳をつんざくように、甲高く部屋に響いたのは悲鳴だった。
 寡黙で無愛想な青年の、何処から出ているのかと思うほどの高い悲鳴に、エルは思わず目を閉じかけて、それから耳を手で塞いだ。
 だがその後、膨れ上がる不安感急かされるように、エルは目を見開いてクリムゾンを見た。
 いや、それは既にクリムゾンだった者と言ったほうが良かった。
 彼の特徴とも言える赤く長い髪は風を纏って宙を流れ、赤い瞳は大きく見開かれているだけではなく、そこから赤い血の涙を流していた。それでも唇は楽しそうにつり上がり、体はガクガクと震えながらも、立ったままぐるりと首を回して辺りを見回す。
 人間というよりも操り人形のようなぎこちない動きに、エルはぞっとしつつも固まったように動けない他の連中に向かって叫んだ。

「ヤバイっ、早く逃げろっ」

 声だけでは反応出来ない彼らを、エルは手で押して部屋の外へ出そうとする。
 だがそこへ、唯一この状況でも冷静な声が響いた。

「最強の剣か……まぁ、予想通りだな」

 一人だけまだクリムゾンの近くに立っている彼は、剣を構えて、人間でさえ無くなってしまったような赤い髪の青年に近づいていく。

「今の内に逃げるんだ、早くっ」

 言っても見ているだけの連中は、何かに縛られてでもいるかのようにその場で固まってしまっていて、エルが押す事でやっとのろのろと下がっていくだけだった。
 そこへ、ギィン、と。
 剣同士がぶつかったにしては鈍い音が聞こえて、エルは思わず振り返った。
 セイネリアの剣を受けるクリムゾンの姿が見える。
 剣同士はぶつかったまま、その力は拮抗しているかに見えるが、セイネリアが僅かに顔を顰めているのがエルには見えた。しかも、ぶん、という空気毎放り投げられるような音がしたかと思えば、あのセイネリアの長身が宙を舞って壁に叩きつけられていた。

「嘘だろ……」

 エルは彼と何度も仕事をした事がある。
 いつでも彼は圧倒的な馬鹿力とその頭の良さで、劣勢にたたされているところなんか見た事がない。
 それでもまだセイネリアは声もあげず、叩きつけられた壁からそのまま立ち上がる。
 逆に悲鳴をあげたのは、セイネリアではなくクリムゾンの方だった。……いや、悲鳴ではなく何か言葉を言っているのかもしれないが、金属がこすれ合うような音は高すぎて、なにを言っているのか分からない。
 それからすぐ、何か、見えない力がセイネリアにのしかかる。
 セイネリア自身は倒れないが、彼の立つ周りの床が、ぼこ、ぼこ、と見えない力に押されたようにへこんでいく。力は見ている間にも強さを増しているらしく、ミシミシと床が軋む音が更に増え、時折ペキリペキリと割れる音が混じって大きくなっていく。音と共に、へこむ程度で済まなかった床板が飛び散り、セイネリアが立っているその場所は、ぼこりと大穴でも開いたかのように落ち窪む。そしてとうとう、セイネリアでさえその中心で膝を付いた。
 そこで更に、またクリムゾンが叫ぶ。
 エルはその耳障りな音に耳を塞ぎつつも、目を半分閉じてしまった。
 だがそれでも、エルはどうにか見る事が出来た。
 今度はクリムゾンが走ってセイネリアに剣を下ろそうとしているところへ、膝を地面につけていた黒い騎士が、そこから立ち上がって赤い髪の青年の剣を弾いたところを。
 おそらくまだ、セイネリアには相当の力が掛かっている。それでも彼は立って顔を上げ、背筋を伸ばし剣を構える。暗闇に光る琥珀の瞳を鋭く見開き、口元には壮絶とも思える笑みを浮かべる。

 正に今、『化け物』となってしまった赤い髪の青年相手に、笑うこの男もまた『化け物』には違いない――。
 エルでさえ、口元に引き攣るような笑みが湧く。エルには何故か、やはりこの状況でもセイネリアが負ける気がしなかった。

 再び、クリムゾンの剣がセイネリアに向けて振り下ろされる。
 だが今度は剣を弾いただけでなく、セイネリアはクリムゾンの腹を蹴り上げ、背を曲げた彼の後ろに回り込むとその体を押さえ付ける。
 それから――セイネリアの考えてる事が分かったエルは、大急ぎで叫んだ。

「おいやめろっ、だめだっ」

 セイネリアの片腕が、後ろからクリムゾンの首を絞める。そうしてもう片手がクリムゾンの持つ剣の柄を掴んだ途端、まるで空気が抜けたように、がくりとクリムゾンの体から力が抜けた。
 セイネリアの動きが止まる。
 彼が放したのか、崩れるように床へと倒れていく赤い髪の青年。
 残された人影は彼一人、クリムゾンを狂わせた呪われた剣を持ったセイネリアだけがその場には立っていた。

 ――最悪だ。

 エルは思った。セイネリアが剣に操られ、クリムゾンのように暴走したならもう止められる者はいない。ただでさえ最強と呼ばれた男に最強の剣がついて暴れるなんて、考えただけでも最悪のシナリオだ。
 だが部屋の中は静まりかえったまま、クリムゾンがあげていた高い声をセイネリアがあげる事はない。
 黒ずくめの騎士は彼の姿に溶け込む黒い剣を持ったまま、じっとその場に立っていた。
 何もいわずに、動きもせずに。
 彼はただ、剣を持ったままその手を見下ろし、身動きひとつせずに立っていた。

「なるほどな」

 呟きは小さく。
 けれどもその口調は確かに普段通りのセイネリアのもので、少なくとも彼が正気であるという事がエルには分かった。

「おいっ、大丈夫なのか?」

 エルが急いで近づいていけば、セイネリアはやっとその顔をあげる。

「まぁな。あまり欲しくもないが、貰えるものは貰っておくさ」

 エルはセイネリアのその言葉の意味がわからなかったが、ともかくも、彼が確かに正気であるという事がわかってほっと胸をなで下ろした。



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セイネリアが剣を手に入れたのは、外から見ると割とあっさりな感じですね。
この時、セイネリアに何が起こっていたのかは、核心部分ですのでまたその内。
あくまで番外編ですので、重要な部分は明かさないままでもお許し下さい。


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