導師の塔に住む者達
<成長編・2>





  【4】




 クノームから呼び出しがあったのは、それから丁度一週間後の事だった。
 しかも2日前からその日が大丈夫かという事前連絡があった事もあり、今までとは少々勝手が違うと最初から匂わせてもいた。
 基本、クノームがメイヤに用事がある時は、突然やって来て『ちょっとこいつ借りてくわ』の一言で連れて行ってしまう為、わざわざ約束を取り付けてまでとは何の用事だと身構えるのは仕方ない。その為、行く前から緊張していたメイヤだったが、連れて行かれた場所について、ある程度は覚悟していたのにやはり驚く事になった。

 ついた場所は、また、メイヤの知らない場所であった。

 ただ、それ自体はそこまで問題という訳でもない。
 問題というかメイヤが驚いたのは、着いた途端、そこはずらりと並ぶ人々の前だったという事で、これで驚くなというのが無理という話だ。しかも、こちらは思い切り驚いても、前に並ぶ者達の方が全く驚いていないのを見れば、騒ぐどころか声を上げる事も出来ない。驚いたもののそれを必死で抑えて、メイヤはじとりとクノームを睨んだ。

「そういう訳で皆、彼がメイヤだ」

 何の前置きもなくそう言われて、メイヤは一瞬頭が真っ白になった。
 気づけば、人々の視線は一斉にメイヤに向かって来て、そのプレッシャーに緊張しすぎて体が固まって何も出来なくなる。
 しかも、そうしてメイヤの方は事態に全くついていけていないのに、ここの面々には段取りがついているらしく、今度は次々と一人一人が前に出てきて、メイヤの前にやってきた。

「サラネダです。よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします」

 品のいい老夫人といった女性が、そう言ってメイヤににこりと笑みを浮かべて去っていく。彼女もまた魔法使い、というより、ここにいる者が皆魔法使いと言う事は、その特徴的な服装と杖で分かる。

「コアンだ、よろしく」
「よろしくお願いします」

 次にメイヤの前に来たのは、少し気難しそうな、メイヤの父くらいの歳に見える男。

「パーラットです。賢者様は元気でいらっしゃいますか?」
「はい、元気です。よろしくお願いします」

 次々とやってくる人々に、とにかくメイヤは頭を下げる事しか出来ない。
 ずらりと並んでいた……ようには見えていたものの、数えてみれば人数は全員で20数人と言ったところで、最初の印象よりは少ないかと微かにメイヤは安堵する。ただし、いくら記憶力はそこまで悪くないメイヤであっても、全員を今回の紹介で覚えきれる自信は全くなかった。
 全員との顔合わせ、といっても名前と一言程度のやりとりである為、それ自体はさほど時間を掛けずに終了し、とにかく列がなくなった時点でメイヤはほっと一息ついた。……のだが。

「では、ここで解散する。後は『仕事』の連中だけが残ってくれ」

 その一言で、今度は部屋にいた人々が、一人、また一人と姿を消していく。自分を取り残して回りが勝手に進んで行っているような事態に、またメイヤは茫然とするしかなかった。
 あれだけいた人々は次々といなくなり、とうとう部屋にはメイヤとクノームを除けば3,4人しかいなくなったところで、残った者達がこちらに向かって集まってくる。つまり彼らがこれから『仕事』の者達なのだろうかとメイヤは思う。

「クノームさん、ザダの奴、信者は何人くらいでしょうか?」
「んー正確な数を把握出来ちゃいねーが、まだ信者は集め始めたばっかだからそんないねーとは思う。5、6人いりゃいいってとこじゃないか」

 しかも、こちらを全く無視して彼らは『仕事』の話らしきものを始めだしてしまった。ここに置いているのだから聞いてもいい話だとは思うものの、メイヤとしては状況がまったく掴めない今、彼らの話が頭に入る筈もなかった。

「なるほど。その程度で見つかって良かった。奴らが増えると手間が掛かって仕方ない。上手く眠るか動けなく出来ればいいんだが、人数がいるとどうしても何人か漏れる」
「まぁ、今回はそういう漏れ対処要員がいるからな。そのへんのケチなごろつきくらいなら、多少漏れてもどうにかなる」
「そこは期待させてもらおう。何せ本人はともかく、ただ力任せに襲ってくる一般人の方が我々にはやっかいだ」
「ま、最初だからちっと動きは悪いかもしれないが、度胸は座ってるから大丈夫だろ、な、メイヤ」

 と、クノームから突然話を振られたメイヤは当然驚く。それはもう、間抜けにも顔を見たままパクパクと口を動かすだけで声が出ないくらいに。

「あ、あのクノームさん、話が見えないんですけど」

 言えばクノームは少し考えて、それからかるーく答えた。

「あぁ、そういやお前にはまだ何も言ってなかったか」
「クノームさんっ」

 いつもならここで嫌みの一つ二つ返してやるところだが、この見た目だけは上品そうな兄弟子と違ってメイヤは育ちが良かったため、そこはあえて文句を飲みこんで平静を纏った。もちろん、抑えられたのは、他人のいる目の前だった、というのが大きくはあるのだが。

「ただ来いといって連れてこられただけですから。最初からちゃんと説明してください」

 言った後にひたすら視線で抗議すれば、何故か他の者達の同情的な視線を感じて、さらには失笑とでもいうべき音さえ聞こえてくる。
 その笑いが、自分ではなくクノームに向けられているところからして、彼はこの手のことをよくやらかしているらしい、というのが予想出来た。

「お前が仕事手伝ってくれるってことになったから、早速出てもらおうと思ってな。仕事が何かってのはもう言ってあるから、まずはあれこれ言うより実際に現場へ行った方がいいだろと思った訳だ」
「それならそれでいいとしても、せめて初仕事ってことだけでも事前に言ってください」
「ティーダに誤魔化して言う必要があっだろ」
「現場を手伝ってもらう、程度にぼかせばいいじゃないですか」
「ンな事考えるだけめんどーだな」

 あぁ本当に、この人っていくら偉かろうが、見た目が貴族みたいだろうが、やっぱりティーダに育てられてるんだなぁと、なんだかしみじみメイヤは思う。
 あれだけ仕事に関して深刻な内訳を話してくれたくせに、実際のその仕事の段取りがあまりにも大ざっぱすぎる。
 先ほどの様子だと、クノームはその『賢者派』の中心人物で、少なくとも『仕事』に関しては彼が仕切っているのだろうとまで予想は出来る。だが、こんな人に仕切られるのはさぞ大変だろう……と、他のメンツの顔を思わず見渡せば、彼らは苦笑して、やはりメイヤに同情するような顔をしていた。

――あぁ、やっぱりこの人達も苦労してるんだな。

 なんて事を実感してしまうくらいには、彼らの表情からそれが読み取れた。ただ、上がここまでいい加減だと下がしっかりする、というのもよくある話で……もっともそれは、それでも組織がちゃんと回っている場合の話になるのだが。それでメイヤは、周りの顔をまたちらと見回してから、多分、彼らの様子からしてそれは期待していいだろうと判断した。
 そうであるなら、確かにこれ以上クノームに話を聞くより、実践部隊の人たちに話を聞いた方が早そうだ。

 そして、予想というか希望通り、上がこれ以上なく大ざっぱな分、現場の人間はしっかりしていた。

「まーお疲れさまというか、あれは慣れるしかないからねー。クノーム様も忙しいし」
「あの人は表に立ってもらってるせいでいろいろ気苦労させてるからな、そーゆー細かい事は多めに見てやってくれ」

 妙に悟った、というよりもフォローし慣れた様子で言われれば、メイヤも苦笑いしか出来ない。

「……わかってますけど……ですね」

 ため息まじりに言うメイヤの背中を、今度は後ろにいた男が力強く叩いてくる。

「そりゃ、お前さんあの人の弟弟子だそうだからな。俺らよりヘタすっと慣れてるとこだろうよ」

 背中の本当に真ん中にいい具合に入ったらしく、メイヤでさえもそれはかなり痛かった。だから背を手で撫でながら、軽く眉を顰めてそうっと振り向いた。

「俺の名はアッファイだ。さっきも一応言ったがね」

 メイヤでさえもが視線が上になる人物は、豪快に笑いながら、親指で自分を指してウィンクをしてみせる。ローブに杖という魔法使い基本の格好はしているものの、風貌も言動も、どうみても魔法使いらしくない男だった。

「私はメーイよ。まぁ、さっきので覚えてるなんてのは、さすがにそっち方面に特別な能力ある人くらいだろうから、覚えてなくても仕方ないわね」

 今度は視線ががくっと下がって、かなり下を見る事になったメイヤは、にこにこと笑う見かけだけなら少女にも見えるメーイに向かって頭を下げた。

「すいません、よろしくお願いします」

 誰もが『見習い』ではなく正式な魔法使いであるからには、メイヤとしては恐縮するしかない。

「まぁ、そんなに緊張しないでくれ。今回の仕事はそこまで手間取らなくて済む筈だしね。いくら細工師殿でも、慣れない者をいきなり大仕事に出す程大ざっぱではないから」

 そうであってほしいですが、と思わず心で返して、メイヤはまた頭を下げる。
 ただまだほっと出来る事と言えば、クノームにしては人選だけはかなり良かったという事だろうか。少なくとも彼らは皆慣れていそうで、そして性格的にも難しくなさそうな人物に思える。……なにせ魔法使いというのは、人付き合いが苦手な気むずかしい人物が多い為、付き合いやすいタイプというのは珍しい方に入るくらいだからだ。

「あぁ、私はマスカレーダだ、よろしくな。おそらく君は当分我々と仕事をともにする事になると思う」
「はい、よろしくお願いしますっ」

 彼らとならやっていけそうな気がする、と思っていたメイヤとしては、その言葉が嬉しかった。
 メイヤの歯切れのよい返事を聞いたマスカレーダが、よろしい、とにっこり頷く。

「さて、では早速仕事の話に入ろう。君は我々の仕事がどのようなモノかは説明を受けているかね?」
「はい、その……派閥の事に関しても……」

 マスカレーダはそこでまた咳払いを一つして姿勢を正す。

「よろしい、では前提は話さなくてもいいという事だね。では、今回の我々の仕事だが、捕獲する人数は一人、ザダ・グリックという魔法使いだ。彼はまぁ、ギルドの禁止事項にふれてしまってね、魔女認定されている。しかも一般人の取り巻きがいるからやっかいだ」

 そこでメイヤは、先ほどの彼の話からある言葉を思い出した。

「それが、信者、ですか?」

 マスカレーダが意外そうに片眉を跳ねる。
 それからまた咳払いをして、話を普通に続ける。

「あぁうん、そうだね、我々は信者って呼んでる。まぁ早い話、彼の考えに同調して集まった手下ってとこだ。これがまぁ、困ったモンでね、大抵名前の通り信者レベルで魔女の言う事を聞くんだ。しかも彼らは、魔法で操られてる訳じゃなく、自らの意志で魔女に従ってるんだ」
「それは、何故ですか?」

 魔女に自ら従う理由、というのがメイヤには良く分からなかった。しかも信者レベルと言われれば、更にどうしてそこまで従うのか、考えてもピンと来ない。

「んー、うまく丸めこまれているとしか言いようがないね。後は魔法でそれなりに彼らに何かしてやってるか。まぁそういう訳で、ただ魔法で操られているのではなく、彼らの意志でこちらに刃向かってくるのだから、彼らにはそれ相応の事はしてもいい事になっている」
「それ相応の事?」
「つまり、怪我をさせてもかまわない。状況によっては殺しても、だ」

 さらりと彼が言った言葉に、メイヤはごくりと喉を鳴らした。

「魔女に自ら協力した彼らも同罪、という扱いではある。ギルドとクリュースの上の方でもそれで話はついている」

 予想通りの説明をされても、それで割り切れというのは自分には無理だとメイヤは思った。だから、考えるよりも反射的に返していた。

「でもっ、魔法を使えない一般人なのでしょう? それなら、魔女さえいなくなれば無害な人達なんじゃないですか? 殺す程の危険人物とは思えないのですが」
「……もちろん、殺さないで済むなら殺さないよ。我々も殺したくない」

 興奮するメイヤを宥める、マスカレーダの声は落ち着いていた。
 彼も、メイヤをじっと見つめる他の二人も、真剣で、そしてその瞳は少し苦しそうにも見えた。

「けれど、向うがこちらを殺す気な場合、こちらが死なない為には、絶対に向うを殺さないようにするなんて言ってられない。分かるね?」

 そう言われればメイヤの頭も冷静になる。
 剣の師である父は、メイヤによく言っていた。殺す気できた敵なら、殺す事を迷うなと。殺すのをためらったら殺される、それでも相手を助けたいなら、こちらが圧倒的に強くなくてはならない。相手に全く危機感を感じない程に強ければ、殺さないという選択肢も出来る、と。
 じっと見つめてくるマスカレーダの顔を見たまま、こくりとメイヤは頷いた。
 彼は僅かに表情を崩して、よろしい、と呟いた。

「かつて、目標の魔法使い以外は殺すなって言われていた時期があってね、その時はよくこちらにも犠牲が出た。だってね、追い詰められて信者達を盾にされたらこちらは何も出来なかったからね。だから、今では『自らの意志で従った者』については同じ罪人扱いという事になっている。出来るだけは捕まえて警備隊に引き渡すという前提にはなっているが、いざとなったらこちらで処分しても構わない、とね」

 それから彼は、今度はにこりと笑みを浮かべる。

「我々は出来るだけ信者も魔法使い当人も殺したくない。そうしないで済むように動く。君もその為に真剣に役割をはたしてくれたまえ」

 落ち着いたマスカレーダの声と瞳に、メイヤは、はい、と強い声で返した。





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アッファイ……体育会系。マスカレーダ……インテリ教授風。メーイ……見た目14、5歳のおばさんzz




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