魔法都市と天才魔法使い
<クノームの章>





  【5】




 ――あんなに怒るとは思わなかった。

 と、いうのが正直なティーダの感想で、彼は実は本気で困っていた。
 正直なところ、ティーダはクノームとの関係を本当に深く考えてなかった。こんなところで隠居生活をしていても一応男であるから、性欲が全くない、という程でもなく、やりたい盛りの養い子が他の人間とじゃ出来ないなら仕方ないなぁ、という程度で相手をしたという経緯がある。
 ティーダにとってクノームは、弟子で養い子で……同志だ。彼が自分に対して恋愛感情に近いものを持っているのは知っているが、彼は彼でティーダの事情も状況も全部理解しているから線引きすべきところを分かっている。
 対してメイヤなのだが……気分的な事を言えば、懐いてくる近所の子供を見る老人の気持ち、というのが一番近い。
 好きだ、と言われたところで、どうにも返せなくて面歯がゆい気持ちになるだけだ。

「恋愛感情なんてのは……あいつを諦めた時点で捨てたさ」

 呟いて、思い出した影にティーダは苦笑する。そういえば、自分にも好きだからその人に抱かれたいと思った時があったんだなと。

 ――昔過ぎて、もう、あいつの顔さえ思い出せないけど。

 目を閉じたティーダは遠い日々に意識を飛ばしながら、押し寄せてくる眠気にうとうとと身を任せた。

 そうして、居眠りをしていたのはどれくらいの時間だったのだろうか。
 起きれば既に外は暗く真っ暗な部屋の中で、ティーダは一つ大きく背伸びをすると立ち上がった。それからすっかり固まった筋肉をほぐすように首や腕を回しながら、杖で部屋の各所を叩いて明かりをつける。
 メイヤが帰ってくる前に起きれたのだけは良かった、と思いながら、動いた途端空腹を覚えた自分にティーダは呆れた。
 どうやら、最近はいつも時間時間でぴったりと食事が出てきていた為、体が条件づけされているらしい。

「別に、食わなくても良かった筈なんだがなぁ……」

 苦笑に喉を震わせて、さてどうしようかと彼が思ったところで、外から人の声が聞こえた。





 
「帰っては来たが……ずいぶん遅くなったな」

 辺りを見回してぽつりと呟いたクノームの声に、メイヤは心の中で同意する。そしてその原因が自分だという事が分かっている分、微妙に顔を下ろしてしまう。
 帰ってきた森の中は、木々に空を遮られた所為だけではなく、完全に陽が沈んで真っ暗になっていた。
 クストノームを出てきた時は、まだ少し沈んだ太陽の明かりが残っていて空は僅かに明るかった。だからあの魔法都市はここよりもずっと西の方にあるのだという事が分かる。

「ありがとうございます」
「あぁ、感謝しろ」

 一応礼を言って、メイヤはクノームを見送るつもりだったのだが、彼はすたすたと家の方に向かって歩き出しているところだった。

「何処いくんですか」

 言われたクノームは足を止め、わざとらしくメイヤに振り返った。

「この時間に来たんだ、おまえこれから夕飯作るんだろ。感謝してるなら俺の分も用意するのが当然だな」

 笑顔で見送ろうとしていたメイヤの顔が途端引き攣る。

「分かりました。でも、食べたらすぐに帰ってくださいね」

 クノームもメイヤの意図が分かっていて、顔に笑みを浮かべた。

「それはどうするかな。泊まっていってもいいかもな」

 メイヤはクノームの豪華なローブの端を引っ張って、殊更笑顔で言い返す。

「帰るべきじゃないですか? 地位ある魔法使い様がこんな森の中に泊まりなんてとんでもない」

 クノームも一応は笑顔を顔から消さない。消さないものの、声が喧嘩ごしなのはもう明らかになっていた。

「お前、やっと正式に見習いになった程度のくせに、俺様に意見とかどんだけ偉くなったのかな」
「貴方が偉いといっても、他人の家で我がモノ顔なんて中身の方が伴っていないんじゃないですか?」
「残念ながらな、ここは俺が育ったところで俺の家も同じだ」

 互いに顔だけは笑顔なのだが、嫌味の応酬を続ける二人は、間違いなく仲が悪かった。

「まぁお前等、いい加減にしとけ。特にクノーム、お前は歳考えろ、大人げないぞ」

 という彼らの師匠の声が入って、二人のやりとりは終わる。にこにこと笑顔を浮かべる彼の姿に、内心二人がほっとしたという事は、この際おいておいて。







 結局のところ、クノームは夕飯だけは食べたものの、それからすぐにすんなりと帰っていった。彼いわく、俺もこれで忙しい身だからな、という言葉からすれば、本当は最初から帰るつもりだったのだろうとメイヤは思う。
 だからそれをティーダに言えば。

「十中八九、泊まろうかなーとか言い出したのは、お前を揶揄う為に決まってるだろ」
「性格悪いですね、あの人」
「まぁ、育ての親である俺が鍛えたからなぁ」
「師匠……」

 この人これを本気で言っているんだろうなぁ、と思えばメイヤもがくりと項垂れるしかない。
 ティーダの発言は、基本真面目な事も不真面目に言うので、その真意を掴みとるのは難しい。
 人生経験の差と言ってみればそれまでだが、聞きたい事は上手くはぐらかされてしまうので、どうにもうまくかわされてしまうのが常だった。

 本当は、いろいろ聞きたい事がある。

 何故ここにいるのか、ここから出られないのか。
 ここにくる前、何をしていたのか。
 そして、今日の彼女の事――ティーダに聞けばきっと分かる、けれども聞いたら絶対に彼の笑顔は曇る。それは、クノームとの約束分を差し引いても、絶対にメイヤとしてはしたくない事だった。
 メイヤは、この、全てを諦めたように穏やかで寂しそうな彼を、せめて笑顔にしてやりたかった。彼の生活を少しでも楽しいものにしてあげたかった。

 けれど――本当にそれだけが自分の望みなんだろうか?

 メイヤはじっと彼の師匠である、顔だけは綺麗な魔法使いを見つめる。
 陽に当たらない所為か白い肌、力仕事をしないほっそりとした体と、中性的な顔立ち。黒く長い髪と、深い湖の湖面のようにキラキラと光る緑色の瞳は、じっと見つめていても見飽きる事はない程綺麗だと思う。
 けれど、楽しそうに笑顔を浮かべていてさえ、その緑色の瞳の中にはどこか寂しげな影が見える。
 メイヤはそっとその彼に手を伸ばす。
 優しい彼の師は甘えてくる弟子に苦笑してやって、だが、その意図を読みとり損ねた。
 メイヤの手がティーダの首に回され、そしてそのまま首を伸ばして、唇と唇を合わせる。
 暖かくて柔らかいその感触にうっとりと目を閉じ、けれどもすぐに唇を離せば、彼の師は弟子の行動を諫めるように顔を顰めて見下ろしていた。

「お前、不意打ちはちょっと卑怯だぞ」

 メイヤはぎゅっと唇を引き結ぶ。
 それから目だけをあげて彼の師を見つめれば、なんだか目から涙がこぼれてきた。

「どうしたんだ、お前?」

 様子がおかしいメイヤに、ティーダは更に顔を顰めて首をひねる。

「今日……俺、キスされて……」
「キスなら前に俺もしてやったろ」
「そういうのじゃなくて、その……もっと……レベルが上の……舌入れたり、とか……」

 だから、それが貴方以外とだったのが悔しかった、とそこまでは言えなくて、けれども思い出せば悔しくて涙が止められない。
 だが、つい勢いでそこまで言ってしまってから、メイヤはすぐに後悔した。思わず口が滑ってしまったが、彼女の事はティーダに言ってはならないのだ。だからどう誤魔化せばいいかを考えて……考えたが、その必要はすぐになくなった。

「あぁ……まぁ、あそこには、そういう性質が悪い奴がいるからなぁ」

 何でもない事のようにそう返されて、メイヤは一瞬呆気にとられる。

「見習い成り立ての魔法使いなんざいいカモだしな。どっかの綺麗なおねーさんについていったら、キスされたんだろ?」
「えぇ……まぁ」

 ティーダの憶測は間違っていないが、何か違う気がメイヤはしていた。

「で、薬使われたか術使われたか、くらっとしたとこでキスされて体からすうっと力が抜けちまった……てとこだろ、違うか?」

 状況的にはほぼ正解なのだが、何かまだ違う気がして、メイヤは返事をする言葉を迷っていた。

「体から力が抜けたのはさ、生気を吸われたんだよ。いるんだよな、いかにも若くて未熟なのを見かけるとさ、味見とばかりに生気いただいちゃう魔女スレスレの奴らが。そうやって細々ちょいちょいいろんな奴から生気吸ってさ、自分の若さを保ってたりするんだよな。いやもうアレなのになると、今日はお肌のハリが悪いからちょっと外行って誰かの生気貰ってこようかしらってノリの連中までいっからなぁ」

 そこまで聞いて、やっとメイヤは何が違っているのか気がついた。
 つまり、状況と起こった出来事はほぼ同じだが、想定している相手の目的が違うのだという事を。
 メイヤはほっと胸を撫で下ろす。
 こんなに都合よく勘違いをしてくれているなら、へたに誤魔化そうとせずにそのままにしておけばいい。

「結構ある事なんですか……」
「まぁな、一応人間から吸うのは違反なんだけど、その程度は被害らしい被害もないからギルドの方も多目に見てるのさ。あそこじゃ知らない奴についてくのは危険だってのがよく分かったろ」

 ほっとしたのと同時に顔を俯かせたメイヤの様子を、更に都合よく彼の師匠は誤解してくれていた。

「そっか、それがショックでンな強引な手に出たのか……」

 にやにやと笑ったティーダは、今度は自分からメイヤの顔に手を伸ばす。
 そうして、メイヤが何が起こるのか理解出来ないで目を丸くしていると、顔を近付けてきてキスをした。しかもそれは、前にしたような唇の感触を感じる程度のものではなく、舌を入れてくるような本気のキスだった。

「ンンッ……」

 甘く、絡めとられるその感触に、メイヤの意識も溶けそうになる。それでもただ流されるだけではなく、これが欲しい相手からのキスだという事を理解して、夢中で自分からも彼を求め、その口腔内を感じようとする。
 唇を離してほうと溜め息をついたメイヤは、今起こった出来事に放心して暫く何も言えなかった。
 だからその甘い沈黙を破ったのは、声を出さなければ妖精と見紛うばかりに綺麗な彼の師匠の方だった。

「どーだ、これが大人のキスって奴だ。どっかの魔女にされて悔しかったんだろ? だから今回はお使いの駄賃も兼ねてサービスな」

 余韻に浸っていたメイヤは、甘い空気を壊したその無神経な声になんだか腹が立ってきた。

「貴方は……こういう事をそんな気楽にする訳なんですか」

 更に、それに返したティーダの言葉が、決定的にメイヤの中の抑えていた部分を吹き飛ばした。

「なんだ嬉しくないのか。可愛くないなぁお前」

 本当に、黙っていれば綺麗なのに、何故この人はこんなに無神経で思慮が足りないのか。
 頭にきているメイヤは、普段なら冷静を保って自分を抑えておける理性を、この時ばかりは無視する事にした。

「俺の気持ちを分かってて、こんな事する貴方が悪いんです」

 言ってその細い手首を掴み、腰を支えて足をひっかける。体術などちゃんと習った事もないだろう魔法使いの青年は、それで簡単にメイヤに抱きかかえられる体勢になった。

「大好きです、師匠」

 何が起こったのか分からずに目を見開いて天井を見ていたティーダに、顔を近づけてメイヤは言う。
 それから、ゆっくりと彼の体を床に下ろし、起きあがれないように体で押さえつける。

「お……前っ、何してんだ……」

 さすがにメイヤの意図が分かったティーダが顔に怒りを浮かべる。
 だからメイヤは今度は顔を悲しそうに歪ませて、じっと彼の瞳を見つめた。

「俺は本気で貴方が好きなんです。それなのにあんなキスしてそれで終わりじゃ俺の気が済む訳ないじゃないですか。酷いですよ、貴方は俺の気持ちが分かってて、俺を揶揄っているんですか?」

 その言葉に、ティーダの目から怒りが消える。
 床に押し倒された体勢のまま、緊張感のない溜め息をついて頭を掻き、小さな声で悪態をつく。

「――だから我慢しませんて? これだからガキは……」
「俺は貴方が好きで、貴方が欲しいんです」

 目に涙をにじませてさえメイヤが言えば、ティーダは嫌そうに顔を顰めながらもメイヤから視線を外す。

「それでとうとう実力行使出たって訳か?」
「そんな事をしません」
「はぁ、この体勢で何いってんだ?」

 ティーダが大声をあげてメイヤを睨む。
 ここまで来ても、実のところ、いくら不用意な彼の発言に頭がきたからといっても、メイヤは大好きな人を無理矢理手に入れようとは思っていなかった。
 だからじっと真っ直ぐ彼の顔を見て、真剣な声で彼に告げる。

「貴方が許してくれないのならこれ以上はしません。でも俺は貴方が好きです、貴方を……抱きたいです」

 ティーダはじっとメイヤの顔を睨み返し、だが、再び大きく溜め息をつくと目を閉じて頭を床に預けた。

「……ったく、本当にお前は狡いな。それを計算ずくでやってるならエライ策士だ」

 頭を掻いて、目の上を押さえ、口を思い切り苦そうに引き結んでから頭を軽く左右に振る。
 それからようやっと思い切りがついたのか、彼は腕の下からちらりと目をのぞかせると、メイヤを睨んで嫌そうに呟いた。

「ったく、仕方ねぇなぁ。せめてベッド連れてけ、ここでこのままはやめてくれ」



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ちょっと急展開ですが、次回は二人の初Hです。
でもエロを期待しないでください。えぇ、攻側が立場下な上に初めてだとギャグにしかならないという話になってます。


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