魔法都市と天才魔法使い
<クノームの章>





  【3】



 魔法都市、と呼ばれるだけあって、この街には魔法使いの為に設立された機関や施設が集まっている。
 それらは全て街の中心の島に集められ、他所から来たものでも、いかにも街の重要な機関がそこにあると一目で分かる様相になっている。
 その中央にある建物の一つ、ある意味一番重要な機関ともいえる魔法ギルドの建物。
 登録されている魔法使い達全般の為にある地上階の施設と違って、地下は魔法使いギルドの中でも中心となってその方針と重要事項の決定をする『判定者』と呼ばれる者達の為の空間となっていた。
 その中でも一番広い円形の部屋は『判定者』達の会議室にあたる場所で、その部屋の壁にそって並べられた椅子に、今、数人の魔法使い達が座っていた。椅子の数からすれば半数にも満たない数だが、彼らは皆、長い杖を持ち、その立場を伺わせる豪奢なローブに身を包んだ者ばかりだった。

「森の賢者殿が弟子として向かえたとなると、その人物は相当の魔力の持ち主か、何か特殊な力を持っているという事なのかな?」

 椅子に座った一人が言えば、椅子に座らず、中央に立っていた金髪に豪奢な仮面をつけた魔法使いがそれに答える。

「魔力は低い、特殊な能力がある訳でもない。特に注意するような人物ではないな」

 そうすればまた別の椅子に座っている魔法使いが尋ねる。

「ならば何故、賢者殿がわざわざ?」
「前に、あの森に迷い込んだ子供がいるって報告をしたろ。その時の子供だ。剣士パララテスの家の子供だそうで、やたら躾られてて行儀がいい事だけは保証する。まぁ、なかなか頭は回るから、普通にイイ魔法使いにはなるだろうよ」

 クノームのその発言は周りの者にとっては納得いかないものだったらしい。当然だろうな、と言った本人のクノームも思っていたが。
 ざわついた空気の中、それでも特にフォローをする訳でもなく彼らの言葉を聞いていれば、収集がつかないと思ったその内の一人が立ち上がって場を締める。

「特に問題がない人物ならそれでいいではないかね。報告者自身が保証している訳だしな」

 それで周りも一応の納得を示して口を閉じる。
 内心うんざりしながらも、クノームも黙って了承を返した。
 つまるところ、問題がない、といったからには本人が責任をもってその人物を見張れという事だ。勿論、何かあった場合には、事態を収めるのもクノームの仕事になる。

 ――別にいいが。
 まぁ、行儀だけは良過ぎるくらいに良い奴だから、問題を起こす事はないだろう。そもそも、あの森からでてくる事も滅多にないだろうし。

 ここに立つ時点で予想してきた事なので、今更どうこういう気もない。

 現在、見習いではなく魔法使いと呼ばれる者達は、基本は魔法ギルドに皆所属している事になっている。その中でも、特に魔力が強かったり、長く生きて知識が豊富な者が『判定者』と呼ばれてギルドの方針を決めている。
 更に言うと、『判定者』達の中でも大きく分けると、クストノームにあるギルド本部に直所属する者と、首都セニエティの城の敷地内にある導師の塔と呼ばれる場所に所属する者がいて、表面上は特に対立しているような事はないものの、その実意見が分かれる事が多かった。
 クノームが魔法使いとして認められた後、その力の強さですぐに『判定者』の称号を与えられどちらかに所属する事になったのだが、クノームは迷わず導師の塔の所属を選んだ。単にギルドの方に極力行きたくなかっただけだが、現在ではそれなりの実績を上げて、宮廷魔法使いとして王の居城へも上がる事が自由に出来る身分になっていた。
 なので、普段は導師の塔の会議にだけ出席している為、この部屋に来たのはかなり久しぶりの事だった。気分的には二度と来たくなかったところだが、クストノームに来ている時に呼ばれたら断わりようがない。
 あの馬鹿弟弟子の所為で――と思わない事もなかったが、そろそろ一回顔を出しておかないとまた勝手に調査の人間を寄越したりしかねなかっただろうし、いい機会ではあったとクノームは思う事にする。

 『あの』森の賢者が新しい弟子を取ったという事は、判定者達の間でも問題事項として現在一部でかなりの議論を巻き起こしていた。何せ賢者本人は森から出る事がない筈である、クノームのようにギルドが連れていったのでなければ、そもそも彼が他の人間に会う事はない。だから、それぞれの名前の上に『大魔法使い』とつくような連中は、メイヤに特殊な事情があるのではないかと勘ぐったのだ。
 実際は、特殊、というよりは、単に偶然が呼んだ結果だがな。と、無害極まりない弟弟子の顔を思い浮かべて、クノームは苦笑いをした。
 とはいっても、実際に会っていない彼らにはそんな事が分かる訳はない。せいぜい不毛な議論を続ければいいさ、とクノームは思って、中央から退いて自分の椅子へと腰掛けた。

「まぁこの際、その弟子が本当に無害かどうかというよりも、森の賢者様に外と接触する為の『駒』が出来た事の方が怖いのよ、あいつらは」

 クノームの隣に座っていた女が、クスクスと楽しそうに笑いながら耳打ちしてくる。

「監視する者をこれ以上増やしたくないって事だろ」
「そういう事」

 優雅ともいえる動作で、女はうっとりと自分の赤い爪先を眺めながら答える。若く美しく美女といって構わない彼女だが、この席に座る以上、勿論彼女も見た目通りの年齢ではない。『判定者』の最年少はクノームの筈であるから、少なくとも自分よりは年上の筈である。おそらく、多少、どころではなく。
 さてこの魔女はその若さをどうやって補ってる事か、と心の中で毒付きながらも、それでも判定者達の中では、彼女の事をクノームは嫌いではなかった。
 やたらと疑い深く、頭の硬いジジィ共と比べれば、基本他人に関わる気がなく、その時の気分と状況に応じて付く陣営を選ぶ彼女はまだ話が分かる。

 森の賢者、と呼ばれて表面上は奉り上げられてはいても、ティーダの存在は判定者達にとっては要注意人物扱いである。過去において、彼はギルド分裂の危機を招いた人物であるし、今でもその火種は残っている。存在しているだけで頭の痛いくらいの人物であるのに、それでも判定者達が大人しくティーダの事を賢者様などと言っていられるのは、彼が森から出てくる事が出来ないからだ。
 本当に、辛気くさい事ばかり考えて長生きだけしている人間というのは胸くそが悪い奴ばかりだ、とクノームは思う。

 やがて、議論にも飽きたのか、この中では最年長になる魔法使いが終了を告げ、今日の会議は終わりとなった。
 この部屋には出口がない。次々と転送魔法で部屋を去っていく彼らを横目に見ながら、クノームはふと思いついた事に唇を歪ませた。

 ――あぁ、一つ報告忘れがあるとしたら、あの少年は絶対にギルド側で懐柔しようとするのは無理だ。なにがあっても絶対にティーダにつく、完全なティーダのシンパだ、と。
 ……そして、自分も。






 魔法都市クストノーム。一般的な田舎町と違って、石畳と石壁、それにレンガで作られたこの街は、住んでいる人々の性格的なものもあるのか、それとも魔法によって補修や清掃でもなされているのか、一目で分かる程に街が綺麗だとメイヤは感じた。少なくとも表通りと中央の島部分については、道の舗装も建物のつくりも、明らかにしっかりしているし整然とした印象を受ける。
 それを案内してくれている女性――名をファナティットというらしい――に聞いてみれば、彼女は笑って答えてくれた。

「街の建物の並びも全部、中央の魔法陣の一部ではあるらしいって話さ。つまり街全体で一つの魔法陣を描いてるって訳。だから建物は勝手に建てられなくて、建てるって申請した場合、家の形状から高さまでかなり細かく指定されるらしいね」
「それでこんなに綺麗に揃ってるって印象を受けるんでしょうか?」
「かもね。後、掃除はまぁ確かに、夜の間にそういう魔法が使われてるって噂を聞くけど、本当かどうかは知らないねぇ」

 どうやら彼女はかなり長くここに住んでいるらしく、メイヤが聞く事には殆ど丁寧に答えてくれ、いかにも市民に秘密にされてそうな事以外はまず知らないと返してくる事はなかった。
 魔法の知識がまだまだ乏しく、ついでに田舎の生活しか知らないメイヤにとっては、街のシステムやら市民の普段の生活方法を聞く事が面白く、大通りを歩くだけでも彼女の話であっという間に時間が経っていた。

「流石に私もしゃべり疲れたわね、少し休憩しないかい?」

 大通りを一周し終わった所で、彼女からそう提案をされ、メイヤもそれに同意した。休憩場所として彼女が指さしたのは、大通りから裏路地にほんの少しだけ入った店で、そこへ行けば厳密にはクノームの言いつけを破る事になる。だが、そうは思ったものの大通りからすぐ見える場所ではあり、それならば問題ないだろうとメイヤは判断した。
 実際店に入ってみれば、先程クノームと入った店よりは小奇麗で明るく、少しだけひっかかりもあったメイヤは安心して席につく。どうやら彼女の方はこの店の常連であるらしく、店主と軽いやり取りをしてから、メイヤにお茶のポットを運んできた。

「疲れが取れるハーブ茶さ、もし匂いがダメだったらいいなさいな」

 メイヤの前に置かれたカップに、言いながら彼女は半分程ポットの中身を注ぐ。
 メイヤはカップをそっと持ち上げて匂いを嗅ぐと、まだ熱いその中身をそっと啜った。

「どうだい?」
「いい香りですね、後味がスーっとするのもいいですね」
「そう、それなら良かった、私はいつもコレだからね」

 笑顔で答えたメイヤに笑顔で彼女も返して、彼女も自分のカップにお茶を注ぎ、それを一口飲んで見せる。
 メイヤもそれを見て、少しだけ冷めてきた自分のお茶をこくりと飲む。
 その様子をファナティットは嬉しそうに眺めていた。

「ねぇ、あんた見習いって言ってたけど、その様子じゃまだ見習いになって間もないんじゃないかい?」
「……えぇ、そうです、けど?」

 メイヤが答えると、彼女はローブの下から取り出すようにして、右手に小さな木の棒――先端に赤い宝石がついたそれを持った。

「だからかね、おまえさんまだ『杖』を持ってないね」

 彼女が持っている『棒』は彼女の手の手首から中指の先程より少し長いくらいだろうか、彼女の話から、もしかしてそれが彼女の『杖』なのかと思ったメイヤは、だが彼が持つ『杖』のイメージとは違ったその外見に驚く。

「まさか、それが?」
「そう、これが私の『杖』さ。私はそんなにいろいろな術使える訳じゃないしね、持ち歩くのにも便利だし、出来るだけ小さいものにしてるのさ」
「はい……そんな小さな杖は初めて見ました」

 杖といえば、ティーダが持っているような身長程ある長いものをまず想像するメイヤとしては、彼女の杖は興味深かった。確かにあんないかにもな長物を持つよりも、彼女くらいの方が使い勝手がいいと思う。

「私がどんな魔法を使えるか、教えてあげようか?」

 笑顔で彼女が言う言葉に、メイヤは少しだけ不審に思う。
 確か、知らない相手に自分の能力を明かす事は、魔法使いなら出来るだけしたがらない、と師から聞いた事がなかっただろうか、と。

「私はね、幻術と暗示が得意なの、例えば、ほら……」

 何故か無性に嫌な予感がしたメイヤは、反射的に立ち上がった。
 けれどもそれは既に遅い。
 立ち上がって出口を向いたメイヤの目には、ただの石壁しか映らなかった。しかも振り向き直って彼女に問おうとすれば、小さかった筈のテーブルは10倍くらい長く伸び、彼女の姿はそのテーブルの先にあって、邪な笑顔を浮かべて椅子に座ったままだった。

 ――何処までが幻術で、どこまでが真実だろうか。

 術に掛かる前であればまだ抵抗出来た可能性もあるが、掛かってしまった今は区別が難しい。
 更には。

「ラーデ・グル・フェセン」

 杖を持った彼女が笑顔でメイヤを見て呟く。
 途端にガクリと体から力が抜け、メイヤはテーブルの上につっぷすように倒れ込んだ。

「私がただ好意であんたに近づいたんじゃないって事はもう分かってるね? となればさっきのお茶にも一服盛られているのは当然って事さ」

 彼女が歩いてくるのが気配で分かる。
 彼女の気配をすぐ傍に感じるまでは然程の時を必要とせず、少なくとも、彼女は今さっき見えたような遠い場所にいたのではないというのだけは分かる。

 ――暗示か、幻覚か。どちらにしろ、既に術に掛かっている今では目で真実を認識するのは無理だ。

 目を閉じ、耳を澄ます。
 彼女の足音、椅子を引いた音、それらが壁にどれだけ反響しているかで部屋の大きさを測る。――少なくとも部屋は狭い、木造ではなく壁は石だ。彼女のほかには人がいない、つまり入った時ちらとみえた店主も幻覚――とはいえ、外の音がしない、出口の位置を掴めない……この状況を打開する方法が見つからない。
 何よりも、この状況で体に力が入らないという事は、暴れて強引に相手を組み伏してどうにかさせるという手は取れないという事だ。

 焦りでパニックに陥りそうになる頭を、メイヤはどうにか落ち着かせようとする。
 冷静に、冷静に。
 冷静でいれば、チャンスが訪れたときにそれを逃さなくて済む。

 ファナティットの手がメイヤの髪の毛を掴み、無理矢理顔を上げさせる。
 見下ろしてくる彼女は未だに笑みを浮かべていたが、どこか狂気じみた薄ら寒い笑みだった。

「安心なさいな。何もあんたに危害を加えたい訳じゃない。ただちょっと聞きたい事があってね……」

 作り物じみた気味の悪い笑みが、彼女の顔から消える。

「あの方は生きているのかい?」
「あの、方?」
「あんたの師なんだろ? ティーダ様よ、あの方は何処にいらっしゃるの?」

 メイヤはぎゅっと口を閉じた。
 何故か今、彼女に師の事を言ってはいけないと直感で思う。
 メイヤの様子を見たファナティットは、残念そうに眉を寄せた。

「言う気にならないかい? なら……ちょっとだけあんたの理性を削ってみようか」




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メイヤ君ピンチ?
まぁ、BLなんで、大丈夫?



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