変わり行く者




  【2】



 フユが捕まえた襲撃者達をつれてくると、セイネリアは退屈そうに彼らをちらと見ただけで、後は興味がないとでもいうように視線を外してフユの顔を見た。

「確かに『使えそう』な奴だな」

 おそらく命を狙われていただろうこの状況で、彼が動揺していない事は別段不思議ではない。それだけ、彼が強いというだけだ。
 だがフユは、それでふと気づく。
 先程話し掛けた時、彼は、もうすぐ何かが起こるような事を言っていた。それはつまり、この襲撃を彼が知っていたという事ではないか、と。そもそも、こんないかにも襲ってくれといわん場所に彼がいたのも、もしかしたら襲撃者達にさっさと仕掛けさせる為だったのではないかとフユは思う。
 確かに、この程度の連中、彼に怪我一つでも負わせられるとは思えないが、それにしても呆れた話ではある。彼ももう、多くの部下を持って、それなりの地位を築いた人物だ。そんな立場の人間なら、この手の手合いは護衛の部下にでも任せるのが普通だろう。いくら強いと言っても、一人でこんなところにきて、わざわざ襲わせてやったのだとしたら、その気が知れない。
 しかも、それで呆れ返るフユに向かって、セイネリアは更に言ったのだ。

 そいつらはもういいから、放していいぞ、と。

「殺さないんですか?」

 フユは彼の考えが理解出来なかったが、言う通りにする以外の選択肢もある訳がない。仕方なく、縛っていたものを解いてやり、困惑している元襲撃者達を睨んだ。

「殺すだけじゃつまらんだろ。ペナルティをつける程の腕でもなさそうだしな、その程度なら放していいぞ。……まぁ、次があれば腕の一本くらいはもらうが」

 さらりと軽く言うからこそ、それは本気なのだろう。解放された男達はセイネリアの言葉を聞くと顔を青くして、すぐにその場を逃げ去っていく。

「――逃がした理由が分からないか?」

 どうにも納得出来ないのが顔にでていたらしく、フユはらしくなく動揺する。自分でも情けない事だが、どうにもこの男に対しては普段の通りの平静を保つ事が出来なかった。

「はい」

 否定しても仕方ないかと思い、フユは正直にそれを肯定する。そうすれば、男は楽しげに喉を鳴らした。

「懲りずにまたやってきたら、おもしろいだろ」
「……おもしろい、ですか?」
「あぁ、失敗しても、懲りずに何度もくるような奴程おもしろい。くる度に、前より進歩があるやつなら尚いいな」

 先程から感情をほとんど見せないのに、そんな事をいう時は本気で楽しそうにいう男に、フユはうすら寒いものを感じた。

「……随分と危険な趣味ですね。狙われる度にそんな事いってたら、命がいくつあっても足りないのでは」
「ただの退屈凌ぎだ。まぁ、大抵は一回失敗したら終わりだしな。心が折れるか、失敗して処分される」

 確かにそうだろうな、とそこは妙に納得してしまう。一度でもあの男に正面から睨まれたら、次にまた襲ってこようと思える者はそうそうにいまい。
 ただ、いくら自信があったとしても、彼程の有名人になってそんな事をしていたら、敵が増えすぎて気の休まる時がないのではないかとも思う。

「貴方は死にたくない、とは思わない訳ですか」

 ふと、口からでた言葉は、フユとしては全く聞く気のない言葉だった。言ってから自分で驚いた程、何故聞いてしまったのか悩む言葉に、だが黒い騎士は気分を害する事なく笑っただけだった。

「死んだら終わるだけだな。その後の事を考える必要もなく、それだけだ。俺が死ぬのなら、俺がそこまでの人間だったという事だ――お前は違うのか?」

 そこでフユは、初めてこの男で理解出来た事があった。
 男の言葉に、数年前なら同意出来たろう自分だからこそ、気づけた事があった。

「いえ、俺は死にたくないです」

 言えば男は少し驚いたようだった。
 フユは口元に笑みを浮かべた。

「死にたくない理由も、死んだ後に気を揉む理由も、今の俺にはありますンで」

 男も僅かに口元に笑みを浮かべる。

「命を掛けてもいいのに、死にたくない、とは矛盾していないか?」
「そうですか? まぁ、矛盾しててもそう思うのだから仕方ないです。感情ってのはそんな理論的に割り切れるもんじゃないですからね」

 男は喉を震わせて笑い声を上げる。
 フユも今度は見せかけではなく、本気で笑みが顔にでる。この男に対する畏怖とでもいうべき感情は変わらないものの、フユは、いつの間にか平静を保てている自分に気がついた。

「もう一つ聞いておこう。死にたくない、のは、失いたくない者の為か?」
「はい」

 フユは即答した。
 男はフユがそれに肯定を返すと分かっていたのか、口元をゆがめたまま静かに目を閉じた。

「なるほど。それなら確かに矛盾でもない。つまり、自分が生きていてそいつが死ぬという状況が一番嫌な訳か」

 フユも思わずくすりと笑ってしまった。

「そうですね、俺のわがままです。俺はそいつに会うまでは、本気で楽しいと思った事も、本気で怖いと思った事もなかったんスよ。ところがそいつといると楽しくてですね、もうそいつがいない日には戻りたくないって思った訳なんですよ」
「『犬』として育てられたお前が、死にたくないと思う程、楽しい、と思った訳か」
「えぇ、どうやらそいつといてですね、『犬』は自分が『人間』になれた気がしちまったらしいんですよ」

 黒い騎士は笑う。
 目を閉じたまま口をゆがめて、楽しそうに喉を鳴らす。
 それから、黒いマントを揺らして、男はフユに背を向ける。
 暗殺者に向けて背を向ける、それが意味する事はひとつ――。

「おもしろい奴だな。気に入ったぞ、お前が俺と契約する気があるなら、お前の望みを聞いてやろう」

 主にそうするように、フユはその場に膝をついて頭を下げた。
 その日から、フユは最強と呼ばれた男の部下となった。




 その時のフユには分かっていた。
 彼には、恐れるものがないのだと。
 失いたくないものがないのだと。
 彼は彼独りだけで帰結しているからこそ強いのだと。

 そして、その分、心が空っぽなのだろうとも。

 かつての自分がそうであったように。
 フユには分かってしまった。
 けれども、その彼の心さえ動かすような何者かが現れるなんて事はあり得ないと思っていた。

 フユは、眼下の光景に目をやる。
 そこにいる、主である黒い騎士と、銀髪の青年の姿を見つめて目を細める。



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フユさんの回想一旦終わり。
次回は視点切り替わってセイネリアとシーグル。




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