夢見た日々
駆け出し冒険者シーグルのある日の冒険話。



  【5】



 基本は、敵を倒す。
 方針はそれで、だが無理はしない。
 幸いな事に今回は『ヤバかったら光の術で追い払える』という手が使えるから、積極的な案で皆合意してくれた。基本的に移動時の隊列は昨夜と同じで、役目もほぼ同じと言ってもいい。ただ昨夜は敵の姿を見る事を第一の目標としていたが今日は倒すつもりな分、戦闘に置ける役割と動きがもっと細かく決めてあった。

 昨夜と同じく、暫くは暗闇の森の中をただ進む。
 肉食獣というのは大抵は毎日得物を食わなくも良くはあるから、もしかしたら今夜は出ない可能性もある。だがもし本体がエネルギーを蓄えておけるだけの容量のない小動物であるならそれはない。そして毎晩得物を取っているなら、大抵狩に出かける時間というのは同じになる。つまり、昨夜奴を見つけた時間周辺が一番怪しい。
 空を覆う木々の間からたまに見える月はもうかなり高い位置にいて、歩いている内にそれが頂点の高さを過ぎ、やがてまた下がりだす。そこから暫くして――昨夜奴に会った時間より少し遅れた頃、また森の中に何かの動物の高い悲鳴が響いた。

「いくぞ、皆準備は?」

 グリューの冷静な声がそれに続いて、各自がそれに了解の返事を返す。
 そうすればすぐグリューは歩きだし、シーグルとパーラが位置を入れ替えてそれを追う。走りはしないが慎重に、それでも急いで、彼らは闇の中を歩ていく。途中までは昨夜同様気配を極力殺して、だが敵に近づいてからは歩みを緩めて、白い影が見えたと同時にグリューが手を上げて合図をすると一人で駆けていった。

「神よ、光を彼の盾に、我の願いを力に、彼を守り彼を傷つける何物をも……」

 すかさずクルスが『盾』の術を唱え出す。だがこれは普通の『盾』の術ではない、持続呪文だ。普通に掛ければ一回だけ攻撃を防げるこの術は、持続呪文として使われれば呪文を唱え続けている間はその人物を守り続ける。勿論それでも完全な防御にはならない。少しでも呪文の詠唱が途切れればその間術は無効になるから、術者の息継ぎ等の間に攻撃を受ける可能性がある。しかも術者は術に集中し続けるから無防備で、長引けばミスをしやすくなるというのもある。予備でかけておけば不意打ちを防げる通常の術の方が使い勝手はいい。
 それでも今回は敵がどんな相手か分からない分、使う意味がある。クルスが術にかかり切りになっても、シーグルが彼を守っていざとなれば光の術で敵を追い払う事が出来る故の作戦だ。
 グリューが堅い防御状態で敵にぶつかる。
 ピギャァと高い鳴き声とともに白い塊がグリューを襲う。グリューはそれを盾で受ける。
 敵の姿は確かにこの間と同じ白い大きな化け物。ただ前回見た時と同じようではあっても、手の数が微妙に違う気もした。前回が見間違いだった可能性もあるが、本当に前回と手の数が違うのだったらあの白い姿はただの幻術という可能性は高くなる。
 グリューは敵の攻撃を受けては剣を振り回す。剣は奴の白い体を斬るものの向こうにダメージはまったくない。だが振り回される複数の腕の攻撃を受けるグリューの衝撃は確かにある。シーグルは辺りへの警戒はしたままで敵の姿がある周辺をじっと観察した。
 そうして、敵の姿から少し後ろで何かが頻繁に動いているのを見つけると、目を細めて凝視し、その姿が見えた途端に声を上げた。

「パーラ、今俺が出ても大丈夫だろうか」

 シーグルの仕事は無防備なクルス達術士を守る事。だが、戦闘中周囲の動物の気配をパーラが探っているから、彼が問題ないと言った時ならグリューの手助けをしていい事にはなっていた。

「あぁ、今は大丈夫だ」

 聞いた途端、シーグルは自分で自分に『盾』の術を入れた。

「少し頼みます、見えました」

 そうして兜のバイザーを下げると、見えた敵の後ろにいる『何か』に向かって走り込んで行く。
 白くゆらりと浮かびあがるような化け物の姿。だがその化け物がグリューに向かって手を振り下ろすのに合わせ、飛び上がってグリューに向かって行く動物らしきものがいる。大きさは確かにパーラが言っていた通り犬くらい、爪と角がある黒っぽいずんぐりとした姿で、飛び跳ねる姿は相当に速い。
 それでもシーグルだって、剣の速さには自信がある。
 更にいえば、敵は完全にグリューへと意識が行っている。
 だから、出来るだけ音を立てずに走って、敵が飛び跳ねて攻撃した後、着地しようとするタイミングに合わせて剣を真っすぐに伸ばす。ブツ、と刃が重いモノを刺した感覚が手に返る。グガガッという唸りとも鳴き声ともつかない声が刀身の先から遅れて聞こえて、次にそれが暴れたのか剣に振動が伝わってくる。

――焦るな。簡単には逃げられない、かなり深く刺さっている。

 剣に化け物の重さが掛かっている間は、敵は剣に刺さったままだという事だ。暴れて抑えるのに苦労するが、シーグルはそのまま剣を押して地面に突き刺した。
 地面に突き立てても、暫くは手に振動は返る。
 だがやがて、その手ごたえも消える。
 そうして視線を下ろしたシーグルは、絶命した化け物の姿を見た。
 思わす安堵の息が漏れる。肩の力を抜いて顔を上げれば、おそらく幻影だったろう白い化け物の姿は消えていた。





 結局、化け物の正体はオオツノヤマネコというこの辺りに昔からいる凶暴なネコ科の動物だったのだが、問題はそれが突然変異でかなりの魔力を持って生まれた個体だったという事だった。やはりあの白い化け物の姿はそいつが使った幻術だったらしい。その所為で各地でたまに報告されている部分的に実体がある実体のない魔物も同じタイプではないかと一部で騒がれる事になった。
 おかげで事務局に対する貢献があったという事で評価ポイントには特別ポイントがプラスされ、シーグル達にとっては当初の予定よりも実入りのいい仕事となった。

「いやいや流石だなぁ、やっぱ若いのに大したもんだぜあんたは」

 グリューが既にもう赤い顔で、そう言いながらシーグルの肩を軽く叩いた。シーグルは大人しく叩かれたが、正直を言えば酔っ払いは力の加減が出来ていなくて少々痛い。

 仕事が終わった後は酒場で宴会が冒険者のお約束、という事でとりあえず事務局の報告が終わって酒場へ皆できた訳だが、この面子の場合飲むのはグリューとパーラの2人だけで、シーグルとクルスはミルクで乾杯というところがなんだかシーグルは店に対して悪い気分になる。
 まったくもって年齢的にその通りではあるのだが、おそらく店側には『保護者二人と新人二人のパーティ』に見えるのだろうなとシーグルは思う。

「トドメを刺したのが俺なだけで別に俺の手柄じゃない。クルスがグリューを守って、グリューが敵を止めてくれて、そしてパーラが辺りを警戒してくれたから俺が動けんだ」

 そう、シーグルがこの仕事が終わってあまり楽しそうな表情をしていなかったのには理由があった。事務局での報告で、全員が仕留めたのはシーグルと言って、更に剣の記録からもそれが確定された事でシーグルには更にポイントが加算されてしまった。更にはリーダーとしてのポイントまで追加されて、別に自分が一番活躍した訳ではないのにこんなにやたらとポイントがつけられてしまった事が申し訳なくて嫌だったのだ。

「いーんだよ、お前さんがガンガンポイント上げてくれりゃ組んでるこっちもイイコトがあるんだからさ」
「そうなのか?」
「そうそう、割りいい仕事も貰えるし、扱いもよくなるしさ。ま、仲間の為と思ってさっさと偉くなってくれよ」
「だが……どう考えても今回、一番危険な役をやって、全体を仕切ってくれたのはグリューじゃないか。追加ポイントはどちらもグリューが貰うべきだった」

 言ってもグリューは赤ら顔で、いーのいーの、と言いながら楽しそうに笑うだけで、あとは何度もシーグルの肩をポンポンと叩いてくる。
 たまに力が入り過ぎるとやっぱり痛いのだが、彼がやけにご機嫌な分文句を言う気にもなれない。

「なんか……これじゃいかにも貴族冒険者のパーティみたいで……俺はあまり嬉しくない」

 リーダーやトドメを刺したものは余分にポイントが貰える――その制度を利用して、よく貴族の馬鹿息子が冒険者になる場合、馬鹿息子にリーダーと最後のトドメだけをやらせて、後はお付きの連中で全部どうにかする、というのはよくある話だった。そういう連中が許せないシーグルとしてはどうしてもこの状況が気に入らないのだ。

「ばっか言え、そりゃ違うだろっ」

 そこで思い切り背中を叩かれて、シーグルは痛いどころか机につっぷしてむせた。

「今回はちゃぁぁぁんとあんたが自分の仕事をきっちり果たしたからだろ。そらぁまぁリーダーポイントは貴族様の名前でもらったようなモンかもしんねーけどよっ、トドメ刺したのは間違いなくあんただし堂々としてりゃいいんだよっ。いいかっ、そもそも貴族のボンボンパーティーなんてどんだけお膳立てされたってそれで上級冒険者になれた奴はいねぇんだぞっ。悔しかったらあんたはそいつらを後目にさくっと上級冒険者様にやってやらぁいいんだよっ」

 それでまたバンバンと追い打ちをかけて背中を叩かれたシーグルだったが、それには文句を言わずに黙った。

「おい、グリュー、さすがに若様殴り過ぎだ、やめとけ」
「えぇ、グリュー、ちょっとやりすぎです」

 さすがに何度もシーグルが叩かれるに至って、パーラとクルスがグリューを止めに入った。

「俺ぁ殴ってないぞ、これはぁあれだ、喝を入れるってぇ奴でなぁ……」

 だがそこまで言って、急にグリューの頭がぐらんと揺れるとそのまま椅子の背もたれにもたれかかって寝てしまった。

 シーグルとクルスがその様子に顔を見合わせる。するとパーラが軽く咳払いをして、二人に向かってウインクをしてきた。

「これもクネートの術でね。血の流れをちょっと弄って眠気を引き起こしたり、怠くしたり、逆になんか緊張した気分にさせたりする事ができるのさ。普通はそんなに急激な効果はないんだが、まぁ、相手が酔っ払いだから抵抗がまったくないってあたりかな。本当は動物避けとして使って見せるつもりだったんだが、まさかこんなところで役に立つとは」

 そうして笑った彼に合わせて、シーグルもクルスも一緒に笑った。




    * * * * * * * * * * *



 話が終わると、将来は騎士になるんだといつも言っているナットがすかさず声を上げた。

「神官様っ、それでシーグル様は上級冒険者になったの?」
「ナット、それはもう少し先のお話です。その時のあの方はアレルトくらいの歳でしたからね、そんなすぐには上級冒険者にはなれませんよ」
「でもシーグル様はちゃぁんと鍛えて強くなって上級冒険者になったんだよね?」
「えぇそうですよ、彼はとても努力家で強かったんです。それでも決して驕らず、常に鍛えてもっと強くなって……大切な人を守れるようになるのだと言っていました」
「うん、俺も守れるように強くなるっ」

 少年が瞳をきらきらと輝かせて言えば、他の子どもたちも口々俺も私もと声を上げる。その元気な子供達の様子にクルスは満足そうに微笑んだ。

――シーグル、私は、貴方の傍にはいられませんが、それでも貴方がどれだけ強くて優しかったか、皆に伝える事は出来ます。まだ駆け出しの冒険者だった貴方が、どれだけたくさんの人を助けて、幸せにしてくれたかを伝えていくことができます。

 そうして――クルスは考えてくすりと思い出し笑いをする。

 彼の話をするのは何も彼のためではない。本当は自分が、彼の事を話しているだけであの頃の彼を傍に感じられる気がするから、彼の事を話すのが幸せだから――だと。



>>>END.


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 そんな訳でクルスさんこっそりシーグルのお話を広めてました。
 



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