夢見た日々
駆け出し冒険者シーグルのある日の冒険話。



  【1】



 騎士シーグル16歳。
 いくら騎士の称号持ちと言っても冒険者としては駆け出しであるから実力を示すポイントはまだ全然ないし、騎士とはいっても貴族だから実力とは思って貰えない。なにより若すぎてどうしても実力が疑問視されるのは仕方なかった。ただ幸い、貴族ということで最初から信用面が高いためそこそこ割りのいい『おつかい』の仕事だけは貰える……と気合いが空回りしていたシーグルだったが、あるきっかけで一人の男と知り合ってからは話が変わった。

「さてリーダー。で、今回はこれとこれとこれ、どの仕事がいいかな?」

 グリューは以前、仕事で雇い主を殴ってしまって信用ポイントががくっと落ちてしまったのだが、信用の問題さえ解消されればそれなりにいい仕事が取れるくらいには実力を示すポイントは高い。だからシーグルと組む事で信用面が引っかからなくなり、彼いわく『前よりいい仕事も取れるように』なったくらいだとの事だった。
 ちなみにパーティとしての信用はパーティーリーダーの評価が一番影響するからシーグルがリーダーにならなければならないのは仕方ない。経験的にどうしても『リーダー』なんてやれる立場ではないと自覚しているが、ここであれこれ言い訳を言うくらいなら少しでも早く『リーダー』を堂々と名乗れるくらいの実力と経験を身に着けるべきだと思う。

 グリューが今回事務局から紹介された仕事はどれもいわゆるちょっとした化け物退治で、シーグルが子供の頃から冒険者として思い描いていた仕事である。本音を言えばどれも内容を読むだけで心が躍って、どれもやってみたいといいたいくらいだ。
 それでも、逸(はや)る自分の心を抑えてシーグルは言う。

「すまないが、まだもう少しの間は仕事選びはそちらに任せてもいいだろうか。やっぱり俺ではまだ……知識が足りなくて自分の適性が判別できない」

 彼との仕事は今回で4回目、今までもずっと仕事は全部彼に任せてしまっていたからそれは言いにくい言葉ではあった。とはいえ、まだ自分には実戦経験が足りないという自覚がシーグルにはあって彼に任せるべきだと思ったのだ。
 気のいい男はそこでニカっと笑ってシーグルの頭に手を置いた。

「まったく、本当に貴族の若様とは思えないくらい謙虚だなぁ、あんたはさ」

 ぽんぽん、と頭を撫でられる感覚は4歳の頃父にしてもらった時ぶりで、なんだかシーグルは恥かしさと嬉しさで表情を作るのに苦労した。

「んー、じゃぁまぁここは見るからに危険すぎる奴は避けて、暫くはあんたが経験を積めるような面白そうな仕事を優先しようじゃないか。……うん、そうだな、今回はこの近場のロードレスコ村の奴なんかどうだ?」
「あぁ、任せる、準備は何が必要だ?」

 すぐそう返したシーグルに、グリューは肩をすくめて笑った。

「おいおい、準備っていってもさすがに今回のはどれも二人だけじゃ無理なレベルだ。メンバーによって準備も変わる。まぁ治癒役は一人はほしい、出来れば補助に狩人あたりもほしいとこだが……ってとこで」

 そうしてグリューがこちらに向けて片目を瞑ってみせたから、シーグルは破顔して答えた。

「なら勿論、クルスに声を掛けよう」

 シーグルがシルバスピナを名乗ってから初めて出来た友人である、リパ神官のクルス。出会った時はまだ神官見習いだった彼は今では正式に準神官となって冒険者登録でも神官扱いになっていた。
 前回、偶然神官になったクルスと会って彼と仕事をする事が出来たから、今では彼とは正式にパーティー登録をしてあっていつでも連絡を取って誘う事が出来る。勿論今回の仕事も最初から彼を誘うつもりではあったのだが、どうにもそれが当然の事すぎて気が急いてしまったらしい。

――確かに、まず彼に確認を取らないとな。

 もしかしたら彼は既に別の仕事の約束があるかもしれない。まず彼から了承を貰って、準備はそれからというのはグリューの言う通りだ。

 そうしてシーグルはその後すぐにクルスに連絡を取り、無事彼から了承の返事をもらった。ただグリューがやはりもう一人入れたいと言い出した事で、最終的には今回の仕事は四人パーティで行く事になったのだが。







「あー……パーラ・ティーオだ。見ての通りいいジジイだがよろしく頼むよ」

 仕事当日になってグリューが言っていたもう一人の人物、パーラと会って正直なところシーグルはほっとすると同時に、グリューが本当にこちらの事を考えてくれているのだというのが分かって嬉しくなった。
 パーラは水の神クネートの神官で、確かに見ての通り冒険者としてはかなりベテランに入る年齢だった。水神の神官は穏やかな人間が多いと聞いた事がある通り口調はゆっくりと優し気で、彼が信用出来るいい人物だというのはすぐに分かった。

「今回もよろしくお願いします、グリューさん」
「だっからグリューでいいって、あんただって神官様って言われたくねぇだろ?」
「そうですね、では今回もよろしくお願いします、グリュー」
「おうよ、こっちも頼むぜ」

 前回の仕事の時で十分彼らは仲良くなってくれたらしく、シーグルとしては大切に思っている二人が笑いあっている姿を見るのがうれしかった。

「あー……ちなみその、気を悪くしてないかな? いやっ、あんたが頼りないって訳じゃなくて、念のためっていうかさ、森探索のプロを入れたかっただけでな」

 グリューのその言い方に、シーグルはやっぱりこの男は人への気遣いが出来る人物なのだと思う。

「分かっています、私もまだ神官になって間もないですし、少し慎重なくらいのメンバー構成で行った方が気が楽で有難いとおもっています」

 グリューの顔がほっと安堵に緩む。

「そっか、そんなら良かった。俺はなんというか見ての通りガサツで腕力勝負みたいな人間だからさ、その……お行儀のいいリパ神官様にはちょっときついなーって行動取るかもしれないけどよ、そういう時はガンガン文句言ってくれていいからな」
「はい、でも多分大丈夫だと思いますよ」

 おそらく、クルスのような華奢なタイプの人物と組んだ経験が少ないだろうグリューは、言いづらそうだが心配そうな顔で言っている。彼らのやりとりを目を細めて見ていたシーグルだったが、そこに割り込んでいったパーラの声で軽く吹き出した。

「そうだな、きついときはそこのリパ神官の坊やが言う前にまず俺が文句をいうと思うがね」

 それにはシーグルだけではなくクルスも笑いだし、グリューも、言った本人であるパーラも笑って、皆で笑い合った。人々に囲まれて笑い合うなんてシーグルにとってはシルバスピナを名乗ってから初めてで、良い人々と出会えた事をリパの神に感謝するしかなかった。






 親切で優しくて、しかも強い人々。
 彼らとの仕事がクルスにとっては何よりも楽しい事で、そうして――『彼』の近くに居られる事がクルスにとっては何よりも幸せな事であった。
 クルスには秘密がある。
 初めて彼を見た時から、彼が大好きだった。
 貴族なのに真面目で親切で、強い少年。外も中身もクルスが知ってる誰よりも綺麗な人。
 この気持ちを彼に知られてはならない。
 望むことはただ、少しでも彼の傍に長くいられる事だけ。ずっと、なんて望まない。身分を考えれば今こうしていられるだけで奇跡のような事なのだから、これ以上の幸せなんて望みはしない。

 本当に、シーグルと出会えた事はクルスにとって奇跡でしなかった。

 怪我をした彼に治癒を掛けることが出来て、その所為で彼と仲良くなることが出来て、この時程クルスは自分が神官を目指して良かったと思った事はなかった。
 彼とあった日からクルスの世界は変わった。
 いつでも強者に虐げられて小さくなって生きてきたクルスは、彼と会う事で全てが良い方向へ向かうようになった。彼と会える事を考えれば、どんな事も気にならなくなった。

「クルス、疲れてないか? 少し顔色が悪く見える」

 心配そうに彼が見つめてくれるだけで嬉しくて、クルスは笑う。

「いえ、大丈夫です。疲れてなくはないですが、私も術士枠とはいえ体力をつけないと」
「あー疲れたなら交代するぞ、こっちも多少は歩かないと余計足腰が弱るからな」

 馬上でパーラが言って、皆で笑う。
 ロードレスコ村に向かう道中、自分に厳しい彼は自分の馬なのに乗らずに一番の年長者である水神の神官を乗せて歩いている。それはとても彼らくして、クルスは目を細めて眩しそうに彼を見つめてしまう。

――神様、今この時を私に与えて下さってありがとうございます。

 今が幸せだからこれ以上は望まない。彼の傍でこうしていられるだけでそれ以上は望まない。
 けれども、もしもう一つだけ願うとすれば、彼の役に立てる事。これだけの幸せをくれた彼に、少しでも何かを返せればこれ以上望むものはなかった。





「お、やっと見えて来たぞ」

 先頭を歩いていたグリューは丘の上を登り切ると、手を目の上に置いて遠くを眺めながら言った。
 時間はもう夕方近く。ロードレスコ村は首都から比較的近い場所だがそれでも歩けば半日以上掛かる。早朝出発だったから明るい内には着けたが、流石にこの時間では疲労も考えて村についたらまず宿探しだろう。

「すみませんシーグル、疲れていませんか?」
「あぁ、大丈夫だ」

 馬上から申し訳なさそうに言ってくるクルスの声に、シーグルは笑ってそう返した。馬はシーグルのものだが今回シーグルはここまでの道で一度も馬に乗っていなかった。いくら自分の馬だと言っても戦闘職として神官や年配者がいるのに一人で馬に乗っていられる訳がない。最初はずっとパーラを乗せていたが途中からは疲労が見えたクルスに交代して、シーグルは体力づくりもあるからちょうどいいといってずっと馬を引いて歩いていた。

「あれがロードレスコ村という事は、問題の森はあの奥のだろうか」
「だろうな、街道沿いの森じゃないそうだからそうだろう」

 まだ村を眺めて足を止めているグリューは、シーグルに言われて更に目を細めた。

 グリューが選んでくれた今回の仕事は、村の近くの森に最近やってきたらしい化け物の調査で、襲われているのは森の動物だけだから今のところ人間側に被害はないが、まずはどんな化け物か正体だけでも調べてほしいという内容だった。
 当然、退治出来ればしてもらいたいが退治が無理ならそれでいい。ともかくどんな化け物か誰も見た事がない分不気味でへたに村人が森へ行けなくて困っているという事だ。

「村へ行ったら宿探しだな」

 シーグルが言えば、グリューがすかさず答える。

「あぁ、今夜の宿は決まってる。村長さん家で泊めてもらえる事になってんだ。こっちにゃ騎士様がいるから厩舎がある宿はないかって聞いたらな、そういう事になった」
「……手際がいいな」
「いやいや、馬持ってる騎士様って言ったら偉い人間ってのは分かるからな、あんたのおかげさ」
「……そうか」

 我ながらその返事は少し不本意だという気持ちが入ってしまったらしく、グリューが背中を叩いてきた。

「貴族で損することもあるし得することもある、まぁ得出来るトコは利用してやりゃいいのさ、実力が認められたらそんな事気にしなくてもよくなる」
「……あぁ、分かってる」

 自分でも子供っぽいとは思うが、こういうのは割り切らなくてはならないのだろう。ともかく焦らず、まずは冒険者として慣れる事が先決だとシーグルは思う。慣れて、自分の実力を見極められて、自分にあった仕事を自分で探せるようにならなくては初心者から抜けられない。少なくともグリューに頼っている段階で、偉そうな事を言う権利はまったくないというくらいの自覚はシーグルにあった。



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 シーグル16歳、子供っぽいけど気負ってるぼっちゃんぶりをお楽しみください。
 



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