気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【11】



 騎士団から首都のシルバスピナの屋敷までは治安のいい場所しか通らないため特に危険という事はない。とはいえ、だから大丈夫だと言っても部下たちはシーグルが一人で帰るのを許してはくれなかった。
 冒険者時代は一人で西区へだって行っていた……とはいっても聞いてくれる筈もなく、帰りは必ず誰かか家までついてくる。最初は普段からの役目的にランがついてくると言っていたのだが、彼は隊唯一の妻帯者という事もあってシーグルが断った。それで皆が当番制でついてきてくれていたのだが……アウドが前期組登録になってからは基本はアウドで、時々もう一人ついてくるのがいつもの事になっていた。
 ただ今日は少々そのアウドに話があったから、彼だけについてきてもらう事にした。

「あの二人の事、お前は一切不満そうな顔をしなかったな」

 実を言えばそれが少しシーグルとしては意外だった。アウドは騎士団の部下というよりシーグル個人に忠誠を誓ってくれている。だから彼も、騎士団ではなくシーグル個人の部下にしてほしいというのではないかと思ったのだ。

「そうですね……正直皆同様少し羨ましい気持ちはありますが、貴方は団でもいろいろ敵が多いですし、俺はこっちで貴方をお守りしようと思ってますから」
「そうか……」

 シーグルが感心するようにそう言えば、アウドはにやりと笑って言ってくる。

「それに貴方の事です、どうせ家の方の部下には自分の事よりご家族の方を優先させるに決まっています。貴方自身の傍にいたいと思ったらこっちの方がいいでしょう」
「……確かに、そうかもしれない」

 我ながら見事に行動を予想されている、と思うとなかなか情けない気分になるが、それだけ彼がいつでも自分の事を気遣って見てくれているという事なのだろうと思う事にする。

「そうですよ。貴方は仕事に真面目過ぎますからね、家の方の部下だと普段は送り迎えくらいしか貴方の傍にいられなそうです」

 だが続いて言われたその言葉に、シーグルはふと思い立って聞いてみる。

「そう……かもな。となると送り迎えはお前の仕事ではなくなるな」
「そうですね。危ない時以外はあの二人に任せないとならないでしょうね」
「それはいいのか?」
「そりゃ出来ればずっとついていたいですが……そこはまぁ、役割分担もありますし。平時は仕方ないと思いますよ。ただ勿論、危なそうな時はこっそりでもついていきます」

 シーグルはくすりと笑う。

「そうか」

 やはり自分は部下に恵まれたなとシーグルは思う。ここへ来るまで大変な道のりだったしこれからも問題ばかりが起こるだろうが、それでも今、こうして自分を気遣ってくれる部下達に囲まれて、笑い合える兄弟達がいて――自分を助けてくれる皆がいるから自分は幸せだとシーグルは思う。

 シルバスピナで過ごした子供時代はずっと孤独で寂しくて……それが今はこうしてたくさんの人に支えて貰えている。なんでも自分一人でやらなくてはならないといつも思っていたのが、今は頼ってもいい人達がいる。

 ただ忘れてはならない。
 こうして幸福だと言える自分は、『彼』を傷つけた上にあるのだと。






 なんというか、世の中というのは何がきっかけで人生が変わるか分からないものだ――とリーメリは思った。

 ウルダとリーメリは春から早速シルバスピナ家に雇われる事になった。ただ現状、シーグルは主に首都の屋敷で生活をしていてリシェに戻る事はあまりない。だから本来なら二人も首都の屋敷に行くところなのだが、それ以前にこの質実剛健で規律正しいシルバスピナ家に仕える者としての心構えや基礎知識を教える必要がある、という事でリシェの屋敷の方でまずは暫く過ごす事になった。早い話が新人研修みたいなものだ。
 側近といってもここでは一応警備兵と同じ扱いであるし、勉強もあるが当然訓練もする。というか、警備兵としての訓練に加えて勉強があるという感じで二人とも毎日へとへとだったりする。

 という訳で、リーメリとウルダは今日も部屋へ帰ってぐったりと椅子に座り込んだところで、そこでリーメリは机の上に置かれた自分宛の手紙を見つけて封を開けた。

 シルバスピナ家次期当主の側近となる事になった、と決まった段階でリーメリは母親に手紙を書いていた。どうやらこの手紙は母からのものでそれの返事らしいのだが――あれだけ自分を見下していた父親が人前ではシーグルの側近となった自分の事を嬉しそうに自慢していたという事で――最初は呆れて腹が立ったが、喜ぶ母親の文面を見ていたらなんだか途中からすっかり気が抜けてしまった。
 父の事はまだ嫌いで家に帰りたくはないが、父の事を考えて前程頭に来なくなった。まぁ呆れたというのもあるが意地を張るのが馬鹿馬鹿しくなったというのもある。

「なぁウルダ、親父の奴がさ……俺がシーグル様の側近になるっていうのを自慢してるらしい」

 ウルダのところもそうなんだろ、というのは分かってたから、親父共は調子がいいななんて軽い話で続けるつもりだったのだが。

「そりゃそうだろ。ウチの親父も上機嫌で俺を褒めまくってきたからな、きっと議会で鼻高々に自慢してるぜ。多分、お前の親父さんと一緒に」
「一緒だって?」
「知らなかったのか? ウチの親父とお前の親父、あとサッシャンの親父もな、息子がシーグル様の部下になったって段階で互いに仲良くなってさ、いろいろ仕事でも協力してるんだぜ」
「そんなの知る訳ないだろ……」
「お前は実家に興味がなさすぎだ」
「お前は教えてくれなかったじゃないか!」
「聞かなかっただろ、それにお前、実家の話すっと機嫌損ねるし」

 リーメリはそこで黙る。確かに実家の話を聞きたがらなかったのも本当だし、だからそもそも聞く筈がない。
 でも何か納得出来ないもやもやしたものが残って、リーメリはなんとなく椅子に座ってぐったりしているウルダの足を蹴った。

「っっってぇ」

 ウルダが足を押さえる。ちょっとだけリーメリの中のもやもやが晴れた。

「実家の話は基本なしだが……ただお前の親父からウチの実家も関わる話が出た時は今後は一応教えろ」

 ウルダは痛そうに足を振っていたが、それでも顔をこちらに向けるとため息と共に言ってくる。

「はいはい、わかりました、リーメリさん」

 ……実はリーメリだって分かっている、ウルダの言った事は正しいし、自分が蹴ったのは八つ当たりみたいなものでどうみても彼にとって理不尽だと。それは良くある事で、けれどウルダがそこから本気で怒ってきたことはない。だからリーメリは後からちょっと罪悪感を感じてしまう。

「……悪い」

 小さい声で呟けば、微笑みながら彼は聞き返してくる。

「何がだ?」

 分かっていて聞いてくるのは向うの意地が悪いから……ではなく、そういう時の彼がやたらと優しい顔をしているから結局文句も言えなくてリーメリは彼に背を向ける。

「何でもない。分かったならいい」
「はいはい」

 気分的にはやはりもやもやしたものが残るのだが、これは別に不快という訳でもない。そもそもウルダはこちらを怒らせることはあっても不快にさせる事はなかった。

――それは俺がこいつなら何をしても不快とは思わないから?

 ふとそう思って、それがなぜかを考えて、リーメリは顔をちょっと顰めた。

――いやいやそれは、こいつがいつも俺がいいように考えていろいろやってくれてるからで……。

 と、更に考えたら更に顔が引きつった。
 それから思う、どちらも正解なのだろうと。

 リーメリは家を出てからいろいろこの容姿の所為で嫌な目にあってきた。そのためにいろいろな立ち回り方を覚えたが……今はそんな事を考えなくていい。前なら良い状況の場合は常にそれをどう維持しようと不安だったりしたのだが、今はこの居心地のいい状況がいつまで続くだろうなんて事さえ考えない。

 それはそうだ、これからはシルバスピナ家勤めで、約束通り常に二人部屋も貰える事になったし、父だって少なくとも公の場では自分を悪く言えなくなった。上司はずっとあの清廉潔白そのものみたいな青年であるから、不当な扱いや嫌がらせ、性的暴行や理不尽な命令なんてのもある筈はない。
 それに何より、何があってもウルダがどうにかしてくれる――。

 そこで久しぶりに、ほんの少しだけ不安になった。もし、ウルダが傍にいなくなったら、と。

「ウルダ」
「どうした?」
「もし、俺と……組むのを辞めたくなったら、早めにちゃんと口で言えよ」

 多分、心の準備が相当に必要だから――そこは言わなかったけれど。
 するとウルダは暫く黙って、それから急に椅子から立ち上がるとこちらの前に跪いた。そして椅子の背もたれに抱き着くように座っているこちらの左手をそっと持った、と思ったら……まるで貴婦人にでもするように手の甲にキスをしようとした。

「ば……ば、ば、ばかかっ、何やってんだ」

 リーメリは慌てて手を取り戻そうとしたが、ぎゅっと強く掴まれてしまった。それでも焦って手をひっぱれば、ウルダがくすくすと笑いだす。

「大人しく誓わせろって」
「ち、誓うって何をだっ」
「お前の傍にずっといるってさ、一応俺も騎士だし、騎士らしく誓ってみようかなと」

 リーメリの頭は真っ白になった。いや思考はそうして一瞬ふっとんだのだが、顔はぼっと熱くなって早い話、顔を赤くして固まった。
 その隙にウルダは、リーメリの手を恭しく持ち上げる。

「私は貴方のお傍にずっといると、ここに誓います、我が姫君」

 ウルダは言ってキスをした。即リーメリはウルダに持たれた手を握りしめて、今度は引っ張らずに相手に向かって突き出した……つまり、ウルダの顔を殴った。

「誰が姫だっっ」

 ウルダは急いで顔を引いたらしく殴った手ごたえはあまりなかったが、その所為で彼は盛大に床に倒れた。どたーんと音も盛大にしたから、きっと後で怒られるだろう。

「……そうか、お前なら女王様の方が良かったか?」

 それでも起き上がりながらそんな事を言ってくる彼に呆れて、でもムカつきはしてもやっぱり不快にはならなくて、仕方なくリーメリは彼に手を伸ばした。

「いい加減にしろ、この馬鹿」
「はいはい」

 ウルダはにっと笑ってその手を取ると立ち上がる。
 それからそのまま顔を近づけてきたが……嫌だとは思わなかったからそのままキスを許してやった。



END.


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 そんな訳でやっと終了。シーグルはちょっとしんみり終わってますが、ウルダとリーメリはいかにもなラブコメエンド。
 がんばれウルダ、ツンデレ姫のご機嫌とり。



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