魔法使い達の円舞曲




  【5】




「くそぅ、きさまぁぁぁっ」

 周りの男達も魔法使いの様子に慌てて、シーグルから気が逸れる。その隙にどうにか立ち上がって触れている男達を突き倒し、彼らから多少の距離を取ったものの、まだ逃げられたという状況には遠すぎた。
 それでも、シーグルが思った以上に、魔法使いのダメージは大きかったらしい。
 刺された手から、まるで魔力が漏れるように光が漏れ出す。それと同時に、あたり一面の草原の風景が、少しづつ別の風景に切り替わっていく。
 おそらく、2重に空間の膜を作っていたのだろう。考えれば、見える風景を偽装する手段があるなら、ここがどこかシーグルに認識させない為にもずっと嘘の風景を見せていて当然か。
 見渡せば、未だに周囲は広い草原の中ではあった。だが、見せかけていた程の途方もなく広い草原ではなく、山も、森も、その風景の中で存在を主張していて、おまけに見える山々のシルエットだけで、シーグルには大体の今の位置と方向が掴めた。

――後は逃げる手段か。

「何をやってる。そいつを捕まえておけっ、そいつさえいればいくらでも補充は出来るっ」

 魔法使いは顔を押さえて叫ぶ。
 それはおそらく、魔力が流れ出た所為で外見を維持出来なくなってきているためなのだろう。だが、魔法使いの声で混乱から立ち直った男達がシーグルに向き直り、未だピンチを脱出できていない事をシーグルに教える。
 いくら魔法による妨害がなくなったとしても、最初の時ならまだしも、今はもう逃げられるだけの体力がない。
 シーグルはそれを十分承知していた。今の体力では、いくらとるにたらない雑魚達だとしても、この人数から逃げる事は不可能に近い。

 けれども、まだ、運はシーグルに味方していた。

 最初は、ぼこり、とただ地面の土が盛り上がったものだけが、そこにいる全員が見えたものだった。
 だが、すぐにそれは土自体ではなく、土から飛び出した何物かが大きく伸びているのだという事が分かる。正しくそれが何かが分かった時には、辺りには既にパニックが広がっていた。

「どういう事だ」

 シーグルは呆然として、そのあまりにも予想外の事態に驚く。
 それは、とにかくひたすら大きな植物だった。しかもそれは未だに成長を続け、逃げまどう男達の逃げ道を塞ぎ、更には男達の体に絡まって動きを封じたりもしていた。
 一瞬の驚きの後、だがそれが魔法による植物操作だとわかったシーグルは、新たにいるだろう別の魔法使いの姿を探した。
 けれど、魔法使いではなく、もっと予想外の声がシーグルの耳に入る。

「まったく、あまり手間掛けさせないでほしいもんっスね」

 シーグルが振り返ると、見覚えがない筈がない灰色の髪と瞳の男が心底疲れた顔をして立っていた。彼がいるのなら、少なくとも今のこの事態はこちらに悪意のある魔法使いの仕業ではないのかとシーグルは思う。
 けれど、シーグルが彼にそれを問おうとしたところで、今度は例の魔法使いがいる方で何か騒ぎが起こったらしく、人々の叫び声につられてそちらを見れば、直後にゆっくりだがよく通る声が響いた。

「さぁって、ギルドの連中がくる前に、諦めて撤退したほうがいいんじゃないかな。結界が切れた段階で、君の負けだと思うよ」

 キールとは違う意味での落ち着いたこの声に、シーグルは聞き覚えがあった。セイネリアの元にいた時、医者と言っていた魔法使いの青年だ。名前は確か、サーフェスといっていたと思う。

「祭りって事で、うちの魔法使いさんも首都に来てたのは幸運だったっスね」

 それを聞いて、シーグルもこの事態を大まかに把握する。そして、頭が理解するより早く、気の緩みが体に直結して、足ががくりと力を失ってその場に崩れる。その体の上に、ふわりといつでもシーグルの監視役だった男のマントが掛けられた。
 視界の中、シーグルを嬲っていた魔法使いはこの状況を不利と悟ったのか、くやしそうに悪態をつきながらも仲間達に逃げるよう指示を出す。巨大植物の林の向こうで次々と逃げていく男達を、シーグルは呆然と見つめる。
 それを馬鹿にする言葉で見送った紫の髪と瞳の魔法使いが、奴らが消えたのを確認して、くるりとこちらを振り向いた。

「……彼も、植物系の魔法使いだったのか」

 自分を助けたのが植物だったとわかった時、実はシーグルは一瞬だけ、末の弟がきたのかと思ったのだ。ただ、見習いの彼ならこれだけ自在に複数の植物を操る事は出来ないはずだと思って、すぐ違うと理解したのだが。
 ただ考えれば、植物系統の魔法使いは大抵が医者でもあり、ラークも医者志望である。だから、セイネリアの傭兵団のお抱え医師が弟と同じ系統の魔法使いな事は、そこまで驚くべき事でもなかった。

「そ。あんたの弟と同じ系列の魔法使いっスね。魔法の方も医者としての腕も信用出来る事は確かっスよ」

 フユが言えば、こちらに歩いてきた魔法使いは、にっこりとシーグルに笑いかけた。

「久しぶり。相変わらずぽいねぇアンタも。……と、ついでにいろいろ話はあるんだけど、その前にここを移動したいんだよね。……歩ける?」

 言われたシーグルは、力が抜けそうになる下肢に力を入れてどうにか立ち上がる。体はあちこち軋むものの、歩けないとまではいかないし、幸いなことに丁寧に慣らされたお陰か痛む場所はない。ただ、立ち上がった途端、どろりと体内から足に流れだした生暖かい液体の感触にはぞわりと背筋を震わせて、すぐには身動きが取れなかったが。

「申し訳ないっスね。抱き上げたりは俺じゃやってられないんで、肩をお貸しするくらいで許してくれますかね。……あ、ドクターはこの人の服持ってきてもらえますか?」
「はいはい、仕方ないなぁ」

 紫髪の医者は、面倒そうに周りに散乱しているだろうシーグルの服を拾っている。
 それからは魔法使いの言葉通り、まずは急いでその場を離れた。

「結界がないとこでこれだけ派手に魔法使っちゃったからね、急がないとすぐにギルドの連中がやってきちゃう。残念だけど僕は結界能力はないからさ」

 ほとんど走っているくらいの速度で歩きながら、わりと気楽そうに、医者でもある魔法使いのサーフェスは話しかけてきた。

「そんなにすぐに、来るものなのか?」

 祭りの間、魔法ギルドが魔法使い達を見張る為に警戒しているらしいとは聞いていても、シーグルには全くそれが実感出来なかった。何せ祭りが始まってから、シーグルに挨拶程度から悪意を持って近付いてくる魔法使い達は、ギルドに隠れてこそこそしているようには見えなかったし、実際ギルドの監視体制などどこにあるのかと思う程簡単に近付いて来ている。

「来るよ、ちゃんとね。何せアンタは今じゃギルドの方では要保護の重要人物だからね、アンタに何かあった事が分かればすぐに動くさ」

 笑いながらもうそう返すサーフェスの言葉に、だがシーグルはやはり疑わずにはいられない。

「その割には祭りに入ってから、魔法使い連中には相当世話になってるんだが」

 そのシーグルの憮然とした様子に、溜まらずサーフェスは声を出して大笑いする。

「あー、ほら、今回アンタに実際手を出してきた連中って、皆結界能力持ちばっかだったでしょ。隠せる自信があるから、これだけ監視されてる中でも行動起こしてきたわけさ。頭の方だけじゃなく、能力的にも、相当ヤバイ連中、ばっかだったんだ、けど……ね」

 楽しそうに笑いながら、それでもさすがにこれだけ一気に話せば息があがってきたらしく、そこから暫く魔法使いは無言になる。
 シーグルが今来た方向をちらと振り向けば、相当遠くなったそこに、ちかちかと何かが光っているのが見えた。おそらく、サーフェスの言っていた通りなら、魔法ギルドの者がやってきたのだろうと思われた。
 シーグル達は林の中に入り、暫く奥へいってから足を止める。
 流石にこの状態で急げば、シーグルでさえ軽く息を切らしていて、フユは平然としていたものの、魔法使いは完全に座り込んで肩で息をしていた。

「ここまでくれば大丈夫かな。こーゆーとこなら、僕でも結界紛いの事もできるしね」
「そんなに、来た連中に見つかるとまずいのか?」

 ぐったりした様子のサーフェスにシーグルが聞けば、彼は難しい顔をした後に、軽くため息をついて頭を掻いた。

「うーん、実は本気でマズイって程の事態にはならないんだけどさ。僕はギルドから追い出されてるけど、立場的には認められてるしね。ただ、状況説明しなきゃならないし、小言やら愚痴やらいろいろ面倒なんだよね。アンタも、その格好を連中に見られるのは嫌だろうし、出来るだけさっさと帰りたいでしょ?」
「それに、奴らに借りを作るのも嫌っスからねぇ」
「そういう事」

 フユの言葉に、サーフェスは含みのある笑みを浮かべる。
 とりあえずこの魔法使いは、犯罪者扱いではないが、魔法ギルドには属していないらしい。セイネリアの元にいるのだから何かしらの事情があるのはある意味当然か、と妙に納得出来たシーグルは、だがそれならと思うものがあった。

「俺を、魔法使い共が襲うのは、黒の剣の所為だと聞いたんだが」

 フユと何かを話していたサーフェスが口を閉じて、じっと値踏みするような目でシーグルを見てくる。

「奴らは俺の中に黒の剣の力が入ってきているといった。どういう事か、貴方達なら分かるのだろうか?」

 セイネリアの部下である彼らが、あの剣についてなにも知らない訳もない。
 サーフェスは苦い顔をしながらも頭を掻く。

「んー……確かに、ギルドの規約に縛られてないから、僕はある程度話す事も出来るんだけど、ね。まぁ、理由は自分で考えてもらいたいかなぁ、なんてね」

 わざとはぐらかすようにそんな言い方をされれば、シーグルでさえ軽く苛立つ。

「どういう意味だ?」

 声にもそれがでてしまえば、サーフェスはシーグルの目の前で、持っていた小さな杖を左右に振って見せた。

「黒の剣の力は主であるマスターの中に流れてる。後は自分で想像してみてくれないかな。……まぁ、普段は他の連中が簡単に貰えちゃう程流れてきてないから大丈夫。ただ魔力の高まる時期はね、剣の魔力が上がって、溢れた分が大量にあんたに流れちゃうんだよね。あんたが無駄に元の魔力があるって事もこの際逆効果でさ。……いや今のアンタって、本当に魔法使いにとっちゃご馳走が無防備に歩いてるようにしか見えないだろね」

 苦笑するようにそんな事を言われても、シーグルには彼のいう事を感覚的に分かる事が出来ない。しかも、肝心の件は自分で考えろとくれば、納得出来るはずがない。
 だが、尚も抗議しようとしたシーグルは、フユの声でその言葉をなくした。

「かつては、ボスは完全に黒の剣を押さえていて、その力が漏れるなんて事はなかった。それが、あんたの中に流れてるって意味を考えろって事っスよ」

 フユはシーグルの顔を見ない。
 彼の声は一見軽く聞こえて、その実冷たい。
 それでシーグルは、考えたくない可能性を考えるしかなくなった。




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傭兵団の人達のお話でした。でも一応今回は、シーグルもある程度自力で逃げたといえなくもない……ですよね。
毎回助けて貰うお姫様じゃ立場ないですからね(==;;



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