魔法使い達の円舞曲




  【1】



 月の満ち欠けにそれぞれ神を割り当てている三十月神教にとって、満月はリパの夜の日である。
 だから、普段から満月の夜は、首都セニエティにあるリパ大神殿に一晩中明かりがついていて、日付をまたぐ丁度の時間には特別礼拝が行われる。その中でも、秋の収穫時期に開かれる聖夜祭は盛大で、リパの夜の日とその前後2日の属性神の日と合わせて5日間、首都中央広場から大神殿までをメイン会場として様々な催し物が行われる。
 普段のリパの夜の日とは違ってこの日は国をあげての祭りという事もあり、王族や王宮貴族達も人前に出て、一晩中大通りには明かりが絶えない。当然、そこまでの祭りになれば警備隊だけで警備も人の整理も追いつくわけがなく、騎士団の方も人手がかり出される事になる。更にいえば、騎士団は騎士団で、警備以外にも競技会関係のパレードでの行進なんて仕事もあったりするので、早い話、聖夜祭の期間は一年で一番忙しい5日間といっても過言ではなかった。

「えーと、出場者パレードは、うちの隊は第三班になるから、ヴィッドベレン卿の後ろ、と」

 競技会の参加者名簿をみながらテスタが呟けば、同じくそれを見ていたマニクが思い切り顔を顰めていう。

「……やっぱ隊長、出ないんだ……」

 聖夜祭にはさまざまな催し物が行われるが、その中でも目玉の一つに騎士同士の競技会がある。祭りの初日から始まって、優勝者は祭りのメインである大聖夜の式典で、月の勇者として聖火を灯す役目が与えられるのだ。

「あれ、何で出ないんだ。文句なく資格あるだろあの人じゃ。ってか、年齢制限でもあったっけ?」

 騎士団内だけの身内競技会と違って、この手の国の公式行事の競技会では、参加するには資格がいる。
 資格というのは単純明快で、いわゆる本物の騎士、つまり貴族騎士しか参加資格がない。まぁ、他国の場合はそもそも騎士となるのに貴族である必要があるから、外国からの客にあわせてその条件になっているのだろうとは思われる。
 となれば、国内の騎士事情を知っているものなら皆、いくら華々しく競技会なんて謳っていても、その参加者のレベルの低さは目も当てられない、というのを知っている。

「隊長出れば絶対優勝だろ、なんで出ないんだ、あの人?」

 マニクの不満は皆共通するところではあったが、それでも事情を察している古参組は苦笑をして、この血気盛んな若手騎士の頭を上からわしわしとなでるというか押さえつけた。

「しっかたないだろ、隊長はあーゆー華々しいとこで目立つの嫌いだからなぁ」

 テスタに頭を押さえられて、マニクはふてくされて親父騎士を睨みつける。

「あの容姿でただでさえ目立つのに、実際戦ったら更に目立つだろうからなぁ。しかも貴族院のつよーい押しもあっから、出ると決ったらそりゃもう派手に演出されまくりだ」
「いいじゃないスか、それでも。目立つ分の実力あんですから」
「いやお前、だから隊長は嫌いだろ、そういうの」

 そういわれれば、さすがにマニクも反論のしようがない。

「でも俺聞いたんですよ。ロスティサ卿が、シルバスピナの小倅なんか所詮ちやほやされているだけの腰抜けだって」

 その後には更にシーグルを侮蔑する言葉から、性的な侮辱を示す事まで言われていたのだが、さすがにそこまでは言えず、マニクはぐっと口を引き結んだ。

「ま、隊長曰くな『あんな大会に出るくらいなら、警備で走り回ってた方が鍛えられる』だそうだぞ」
「そりゃ違いねぇ」

 グスの言葉に、テスタが腹を抱えて笑う。
 マニクは、はぁと軽くため息をつきながらも、それには同意せざるえなかった。
 確かに、シーグルは目立つ事が好きではないし、自分の名声には興味がない人物であるから、こんなバカな競技会に出てくれる訳はない、とはわかっている。とはいえ、わかってはいても、部下としては、あの人がどれだけの実力があるのかを華々しい場所で披露して欲しいという気持ちも捨てきれない。

「そんでも今回は、随分貴族院から出場するように言われたようだぞ。騎士団の警備の仕事がありますので、で通したらしいがな」
「らしいですねぇ」
「ま、個人的には、もうちょっと表に出て欲しいたぁ思うがな」
「まったくな」

 結局はそれで話が終わる。どうせ、本人以外がどうこういったとしても、シーグルの意志が変わる訳もない。

「そういう訳だからな、隊長が出ないなら、今年も月の勇者はチェリアン卿で決まりだろ」

 その名が出た途端、あー、と呟いた者が数名。

「そっか。あの人だけは別格でしたね」

 セリスクが呟けば、ほかの者も思い出したように頷いた。

「隊長も、『俺が出ても優勝はないと思うぞ、馬上槍試合では負けるだろうからな』ってぇ言ってたな、そういや」

 グスが顎を摩る。
 チュリアン卿は、この国内でも一番蛮族が攻めてくる事が多い、バージステ砦の守護部隊長である。元々は貴族ではなかったが、その功績が認められて貴族位を授与された騎士団の英雄であった。
 正直、これだけ中身がスカスカになったこの国の軍隊が、それでもどうにかまだ冒険者の召集という最終手段を使わずに国を守れているのは、あの砦のおかげであるといっていい。

「まぁ確かにあの人は……ほかの連中と一緒にしたら失礼すぎるな」
「クリュースの守りの要、実力も実績も文句のつけようがないですからね」

 どうやら、『ウチの隊長はすごい』という認識が頭の中で定着しすぎて、それ以外が少々見えなくなっていたらしい。
 いくら彼らの隊長を信奉していてさえ、剣ならともかく、場上槍試合となれば分が悪い事は皆想像できる。なにせ、チュリアン卿は元々槍騎兵隊の出身で、その功績で貴族になった人物なのだから。

「やっぱ流石に隊長でも、チュリアン卿には勝てないですかね……」
「んー、いい勝負かもしれないがな。ま、隊長いわく『力と体格、なにより実践経験で勝てない』だそうだ。前二つだけならあんだけきっぱり勝てないとまでは言わねぇだろうが、最後は確かに大きいわな」

 そう言ったグスの肩に肘を乗せて、テスタがあまり性質のよくなさそうな笑みで顔を出す。

「でもな、賭けてもいいが、隊長出たら隊長が優勝だろうよ。チュリアン卿は英雄だが、家柄的には隊長とは差がありすぎる。もし隊長が出たら、チェリアン卿に負けろってお達しが行くだろうからな」

 他の面々も、それで表情を苦笑というか、引きつらせる。
 確かに、と呟きながら。
 クリュースの貴族における、新貴族と旧貴族の家柄では、立場に雲泥の差がある。しかもチェリアン卿は自分の代で貴族になっただけの、貴族としては一番の下っ端だ。今までは、ある意味騎士団の広告材料として、英雄としての存在をアピールする意味もあってそういう問題が大目に見られていたものの、シーグルが出るなら話が別だろう。

「まぁ、あり得る話だぁな。案外隊長が出なかったのは、そういう事態を予想しての事かもしれんぞ」
「ありえますねぇ、あの人そういうところ本当に真面目ですから」

 そこまで考えたからこそシーグルが競技会に出ないというのも十分あり得る、と納得する面々は、結局は『さすがうちの隊長』とまた妙に感動しつつその話を終わりにした。

「まぁ、それならそれで、この忙しい時も隊長がいるって事で安心ですな」
「あ、でも本番の式典の時は多分隊長俺らとは別だぞ」
「え? なんでです?」
「ばっか、隊長の立場考えろ。貴賓席に決まってっだろ」
「多分、聖夜祭パレードもだ。当主代理で旧貴族の騎馬の列に並ぶそうだからな」

 シーグルはまだ正式なシルバスピナ卿ではないが、その手の式典には、旧貴族は正装として家伝来の魔法鍛冶の鎧を着て出席する為、鎧を継いだ時点でそういう場に出なくてはならなくなる。
 ……もっとも、ほかの旧貴族達は、跡取りが騎士になっているものは希であるから現当主が出席するのが普通で、それなりに高齢者率が高かったりするが。

「あー……あの、いかにも普段着なれてない鎧を無理矢理着て馬から落ちるんじゃないかと皆が思う……」
「旧貴族連中は、あくまで国を守る『騎士』って事になってるからなぁ。せっかくの魔法鍛冶の鎧が泣いてるわな」

 ははは、と乾いた笑いを皆で浮かべて、彼らははぁとため息をつく。

「ともかく、祭りの間は、隊長は隊にいないことのが多いって事っすね……」






「ともかく、祭り中……特に聖夜の前後は、貴方はほとんどこっちにいないんですから、よっく注意してくださいね」

 普段は、口調自身がぽやっとした印象を受ける青年がはっきりとした声でそう告げる。
 
「いーですかぁ、祭りの間は魔法使いもこの街に集まるんです。そりゃー大抵は偉いさんの目があるからおとなしくしてますけどねぇ、人の多さに紛れて悪さしたり、味見くらいならって思ってる連中も多いんですよ」
「味見、というのは……」

 キールの剣幕にも引き気味のシーグルだったが、その言い方には顔がひきつるのを止められない。

「あのですねぇ、ともかく貴方は魔法使いにとっちゃ、ちょっかい出したくてたまらない対象なんですよ。それだけご理解して、知らない人間には絶対ついていかないように」

 どこの子供への注意だ、と思ったシーグルだったが、どうにも引っかかるものもある。

「そもそも何故、魔法使いが俺に興味を示すんだ」

 キールはそこで顔を顰める。

「申し訳ありませんが、詳しくは言えないんです。ですが〜ともかく、貴方を狙う魔法使いは多いってことを覚えていてください。平時ならまぁ、よっぽどじゃないと手ぇ出さない理由があんですけど、聖夜祭やリパの夜前後はヤバイんですよぉ。隊にいる間は私がいるからいいんですけどねぇ、式典からはほとんどこちらにはいないと思われますので」

 すまなそうにそういわれれば、シーグルもそれ以上の追求はしない。それがわかっているからこそ、キールも誤魔化さずに『言えない』と言ったのだろう。
 だがそれでも、シーグルは疑問に思う事がある。

「そんなに心配する事なのか? ……式典なら去年も出ているし、今更そんな……」

 だが、いいかけた疑問の言葉は、キールのため息とともに呟かれた言葉で止まる事となる。

「去年はまだ、貴方にそこまでの要因はありませんでしたし……それに、あの男もいましたからねぇ」

 それでシーグルの顔が強ばる。
 結局、俺はあいつに守られていたのか、という呟きは、キールは聞こえても聞いていないふりをした。







 高く澄んだ空と、さらりと素肌を冷やすすがすがしい風。秋らしい晴れ空の中、シーグル達の隊は、街の外壁周辺の巡回中であった。
 祭りの一日目の今日は、街の中は勿論だが、周囲にも厳重な警備が必要となる。なにせ、街中に宿がとれない連中や、大規模な隊商といった連中は、街の周囲にキャンプをはっているし、その中によからぬ事を企てている者が紛れている可能性も少なくない。
 普段は街周辺の警備は専門の隊がいるのだが、彼らは今、人手不足の町中の警備に回されている。予備隊は基本、足りない場所に配置されるものであるから、祭り中は特に、町周辺の警備と、海の玄関口であるリシェから首都までの警備に回される事が多かった。

「ところで、貴方がこっちにいて、リシェの方は大丈夫なんですか?」

 グスが馬を近づけて聞いてくれば、シーグルは視線を向けずに答えた。

「リシェの警備は、正式な領主である祖父が指揮をとることになっている。貴賓の迎えも領主の役目だ。……だから、俺が正式に継げば、こちらには全く出られなくはなるな」

 なるほど、と返したグスは、それで納得して離れていく。祖父ももうそれなりの高齢であり、予定ではシーグルが成人次第に正式に当主の座を譲る事になっている。だからおそらく、来年からは祭りの間、まったく隊の方にはいられないだろうとシーグルは思う。


 太陽が一番高い位置を過ぎ、少しだけ降りはじめた頃、シーグル達はやっと巡回のコースを1週する事ができた。
 セニエティの街は広い為、外周を巡回するだけでもかなり時間がかかる。とはいえ、まさか1つの隊だけで外周をすべて警備など出来る筈はなく、3つの隊がそれぞれ分担した地区を回っている。さすがに街の北に当たる城の北は険しい山々が広がっているから、そちらまでの巡回はしないしそちらは城の警備兵に任せるとして、南門、東門、西門をそれぞれ中心として警備地域を分けていた。
 シーグル達が任されているのは西門周辺の地区で、ここはリシェの港からやってくる海外の客が多い為、警備地区としてもかなり重要な地区であった。だからこそ、予備隊の中でもシーグルの隊が割り当てられた訳なのだが、シーグルが抜ける今日の夕方以降は、ことごとく重要度の低い警備に回されるようになっているあたり、この隊の価値は本当にシーグルの存在なのだと、隊の者全員が苦笑するところではあった。

「そっちも終了ですか。やっと昼食に出来ますね」

 交代の手続きを済ませて騎士団へ帰ってくると、そうシーグルに声を掛けてくる人物がいる。

「よければこれから一緒にどうですか? 祭りですからね、いろいろ特別メニューを出してる店とかありますよ」
「あぁ、そういえば、そんな時間でしたか」

 騎士団の第三予備隊の隊長である、エルクア・レック・ルーア・パーセイは、シーグルのその言葉を聞いてがくりとうなだれる。

「昼食時間はもうとっくにすぎてますよ。……ってそういえば、貴方はあまり食事はとらない方でしたっけ。俺はもう、途中から腹がへって仕方なくて、門が見えた時には思わず馬走らせたくらいでしたよ」
「まったくウチの隊長は育ちがいいから、時間時間に食べないとすぐ腹へったといいますからなぁ」
「うるさいな、体が覚えた習慣をこの歳でそうそう変えられないだろ」

 そういって部下に笑われる彼の姿を見て、シーグルも表情を和らげる。
 彼は、有能、とは言いがたいが、貴族騎士としては正直者で善良な性格のため、シーグルも彼を好ましく思っていた。さらにいえば、前は彼もほかの貴族騎士と同じく騎士団で遊んでいるだけだったのだが、最近はシーグルのように極力部下達の訓練に出て、自らもかなり鍛えていると言う。そのせいで、今では彼の部下も彼の事を認めて慕っているらしく、いつでも部下の数人を連れて歩いていた。
 ただ、彼と部下との会話を聞いていると、どうにもテスタがマニク達若手をからかっている時の会話を思い出して、部下に遊ばれている感を感じずにはいられないが。ともかく、部下にそれだけ親しまれている貴族騎士は希であるから、彼は貴重な人物ではあるとシーグルは思う。

「申し訳ない、誘いはありがたいのですが、今日の昼は一度家に帰ると兄に約束しているんです」

 部下とまだ言い合っていたエルクアは、それでシーグルの方を見て苦笑し、軽く頭を下げた。

「いや、謝ってもらう事はないです。それは仕方ない、兄上にもよろしく言っておいてください」
「ありがとう、それでは、また」


 そうして、去っていくシーグルの後ろ姿を見て、エルクアは軽く肩をすくめた。

――やれやれ、やっぱり彼にとってはお兄さんが一番なのかな。

 それを、あの男が気づいていない筈はないだろうけど、と思いつつ、エルクアは一度、シーグルの兄を彼がどう思っているのか聞いてみたいものだと思った。




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そんな訳で新エピソードは、セニエティのお祭りです。
出だしからして長くなりそうな雰囲気で始まった気がしますが、そこそこに押さえるようにがんばります。
今回はちょっとエロ頑張る……予定。




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