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騎士団に入ってからのシーグルの日常話。 【１】 自由の国クリュース。 冒険者制度という、国に冒険者として登録さえすれば仕事の斡旋やら冒険者用の各種のサポートを受けられる、そんな制度がこの国にはある。 その所為で、冒険者として大成する事を夢見た者達がこの国にやってくるようになり、この国の人口は日々増えるばかりだった。 人が流れれば物も流れる。おかげでこの国の首都セニエティは近隣諸国の貿易の中心となり、国力を増したこの国に表立って戦を仕掛ける国もなくなった。 とはいえ、戦争がないから軍がないという訳にはいかず、王立正規騎士団と呼ばれる機関がこの国の常備軍という位置付けになっていた。そうは言っても当然ながら、このところ大きな戦がないこの国ではそこまで多くの兵を常時置いている意味が薄く、正規騎士団員の内半数は常時騎士団務めとはならず、前期組みと後期組みに分かれ、年間２交代で仕事につく半所属のような状態であった。 ちなみに、冒険者として正規騎士団員ではないもの達も騎士の称号を持っているものは予備兵扱いとされ、普段は騎士団の仕事に従事する必要はないが、有事の折りには兵役の義務が生じる。 幸いなことに、この国が冒険者制度を取り入れて以降、正規団員以外の騎士が強制で呼ばれた事は未だにないが。 ただ、騎士でなくとも腕っぷしに自信がある連中が多く冒険者としてこの国にいる現状が、他国からすれば、常備軍である騎士団の人数とは別の潜在的な戦力として恐れられていた。 話は逸れたが、この、騎士団の中でも半数にあたる２交代制で騎士団務めとなる団員達は、首都の騎士団本部に所属する中でも予備隊と呼ばれる部隊に所属していた。彼らの仕事は名前の通り仕事内容も予備で、基本的には人手の足りないところへ回される部隊な訳だが、平時の仕事の殆どは訓練で暇といってもいい状態であった。 そういう理由もあって、貴族出の騎士が騎士団に入った場合は、まずこの隊の隊長に任命される事が騎士団ではお約束のようなものになっていた。 だから、旧貴族の家柄で、しかもその跡取であるシーグルもまた、入ってすぐにこの予備隊の隊長という役職を言い渡される事になる。 首都防衛部隊所属第７予備隊隊長――それが、騎士団に入ったシーグルの肩書きであった。 「ま、自由の国、なんつって騎士様になったとしても、所詮ココじゃ平民は平民って訳だぁな」 「何を今更、ここで上にいけるのはお貴族様だけだってのは分かり切ってる事じゃねーか」 「所詮貴族でここくるような連中は、貴族でも金なし権力なしの三流どもだしな、おまけに貴族様は騎士試験もなく騎士になれるときてる、どんなもやしがくるか楽しみだ」 当然の事ながら、役職のない一般の団員は皆が皆平民の出である。そんな彼らがこの騎士団の体制を心よく思っていないのは当然のことだった。そしてこの平和なご時世、彼らの言う通り地位も金もあるような裕福な貴族は危険のある仕事などしたがる筈もなく、騎士団にいるのは落ちぶれ貴族が貴族の特権で偉いふりをしたいだけの――所詮『使えない』人材ばかりというのが彼らの認識だった。 だから、予備隊の新しい隊長がやってきたといえば新人の貴族騎士がやってきたということであり、また使えない馬鹿が来たか、というのが大方の団員達の感想だった。 「あぁでもな、今度の隊長様は旧貴族のちゃんとした跡取だそうだぞ」 「へぇ、そらまた酔狂な」 平時の場合、予備隊の騎士団での仕事は殆どが訓練である。 だから今も訓練時間になるのだが、なにせ隊長が交代という事で今は丁度監視役不在の為、隊の連中の殆どがさぼって雑談に興じているのは仕方ない。 「なんだったっけかな……確かシルバスピナ……の若様だったかな、どっかで聞いた事ある名前なんだけどな」 マニクがそう言えば、この隊では一番の古参に当たるグスが、だるそうに半分閉じていた目を開いた。 「成る程、そんなら期待出来るかもだな」 「知ってるのか？」 何故か楽しそうに古参の騎士は口ににやにやと笑みを浮かべる。 「ばっかおめぇ、歴代の騎士団長やら遠征軍の指揮官の名前によく出てくる名だぞ。今でも貴族は王国の騎士ってのを貫いてる割りとご立派な家だ」 グスの言葉を聞いて、へぇと感心した声を上げるのは主に若手の者達。古参連中は、少し考えるような素振りをして、だらけていた表情を心なしか引き締めていた。 「前の代は早死にしてあんま上にいってねぇからな、若い連中が知らなくても不思議はねぇか。まぁ、実力はおいといても、中身は少なくとも他の貴族騎士様よりゃぁマシなのは来るんじゃないかね」 だから、古参騎士達の微妙な緊張具合に首を傾げつつも、大抵の者は、期待しすぎないくらいで期待しとこうか、くらいの認識であったのだ。――少なくとも、その本人を見るまでは。 シーグルは、正直嫌になってきていた。 何が、と言われれば、自分の覚悟というか気を引き締めていた部分とは別の意味で振り回されている現状に。 クリュース王国における貴族とは、本来は王国のために戦う騎士の事であった。建国時、王に協力した騎士達が貴族の称号を受け、以後国を護る事を誓約した筈なのに、平和に慣れきった現在、名のある貴族で本来の騎士として国に仕えるものは殆どいない。冒険者制度によって名前だけなら『騎士』が溢れてしまったのも理由ではあるが、それにしても、騎士団にいる貴族騎士は名前だけの貴族ばかり、というのが常識になっているのは酷い現状だと思わずにはいられなかった。 おかげで、ちゃんと王位継承順位がついている旧貴族の直系であるシーグルに対して、ここにいる役職のある騎士――つまり貴族騎士なのだが――達の反応が面倒な事極まりない。 団に正式登録された初日であるから、団長やら現状の高官連中に挨拶周りをするのは当然ではあるし、それ自体には文句をいう気はシーグルには欠片もなかった。だが、騎士団としての役職では上になる彼らが自分にする態度は、どこか遠慮がちというか腫れ物に触るような様子で、酷い者になると明らかにこちらにへりくだったような媚びる態度を取りさえした。 一応、一部だけは、新参なのにそんな扱いを受けているシーグルに明らかに不快だという視線を投げてきたが、本来ならばそれが普通であろう。 結局、現在の騎士団の上層部は、巷で言われているように、自分の仕事と役割にプライドがないような輩が多いのだろう、とシーグルは思わざるえなかった。 騎士団が何の為にあるのかを考えれば、この危機感のなさは苛立ちにしかならない。 そんな彼らの相手を延々とし、時には薄汚い欲を混ぜた目でまで見られれば、シーグルの我慢にも限界がくるというものだった。 一通り役職持ちの連中の顔合わせが終った後、団内の案内をするというのを断わって、シーグルは現在自主訓練中だという自分の隊の者達のところへ行く事にした。勿論、それにも案内についてくると言った者を断わったのは言うまでもない。 こんな上司ばかりではさぞ下の者もやる気がないだろう、と思った通り、言われた訓練場に行けば隊のものは皆揃ってさぼって雑談の最中という有様で、だがその彼らを怒っても仕方ないとすぐに諦めた。この状況では、言われた通り規律を守れといったところで上っペらだけの薄い言葉になるだけだ。 だからシーグルが最初に彼らに掛けた言葉は、ただの確認の言葉だった。 「失礼、聞きたいのだが、あなた方が第７予備隊で良いのだろうか？」 シーグルが近づいてくるのに気付いてから驚いて雑談を止めていた者達は、顔がはっきりと確認出来る程傍まで来た時には急いで取り繕うように整列をはじめていた。 シーグルが声を掛けた時にはどうにか列の形にはなっていて、列の先頭にいる者が、敬礼と共にシーグルの問いに肯定を返した。 ――まぁ、奴ら（上の連中）に比べればまだ、まともな反応だ。 例え、列が多少乱れていても、格好が中途半端だったり上半身裸だったりする者がいたとしても。そこにいたもの全員が整列しているというだけで、細かい事をどうこう言う気はシーグルにはなくなった。少なくとも、本来すべき行動がわかっているという事ではあるので、今後の見通しもまだ立てられるというものだ。 列が整って、動くものがいなくなったのを確認してから、シーグルはやっと彼らに名乗る。 「私は、本日よりこの隊の隊長に任命されたシーグル・アゼル・リア・シルバスピナだ。騎士団員としてはあなた方よりも経験がない若輩の身ゆえ、こちらの方が教えてもらう事が多いと思う。以後宜しく頼む」 だがその後の彼らの反応を見て、自分の認識はまだ甘かったかとシーグルは思う事になる。 「へ、もう先行ったって？ いやまぁ、確かに遅れたのはこっちですけどね、てかまぁ、誰も私の事を言ってくれなかったんですかねぇ、酷い話です」 騎士団の長い廊下に、話の内容の割りにのんびりとした口調の声が響く。 声の主はまだ二十歳を過ぎたばかり程度の若者で、騎士団という場所にはどうみても場違いな風貌の、長いローブとフードのついたマントに身を包んだ人物だった。おまけにその青年の手には本人の背丈近くある杖が握られていて、誰がどう見ても彼が何者だと聞かれれば『魔法使い』と答える格好をしていた。 彼は、今話を聞いたばかりの見張りの兵士から目的の人物の居場所を聞くと、他人からは余り急いでいるようには見えないが、本人的には急いで、教えられた場所へと歩きだした。 彼は、見た目の通り、魔法使いだった。 風景的には場違いに見えるものの、実は騎士団に魔法使いがいるのは別に不思議な事ではなく、だから彼のような者が団の中を歩いていても誰も驚く事はなかった。 騎士団や遠征用に編成された部隊など、クリュースの軍では、ある程度の事務仕事が必要になってくる地位にいる者には、サポートとして魔法使いや神官等、その方面の知識や能力が高い文官が付くのが伝統となっている。 入ったばかりとはいえ貴族騎士として既に隊を一つ任されているシーグルにも、もちろんそれが当てはまる。 一応、お抱えの者がいたり指名があればその人物を付ける事が許されているのだが、シーグルは特にその申請をしていなかった為、貴族院の方からその為の人物が送られてきたという訳だった。 ……実は、事務の手違いなのかそれとも何処かの思惑が入ったのか、シーグル本人にはそういう人物が付くという話が一切行ってはいなかったのであるが。 だからこそシーグルは彼を待つ事なく隊の者達のところへ行ってしまったのであるが、置いてけぼりを食らったその人物の方はそれを知らないのか、歩きながらもぶつぶつと未練がましい文句を言いつづけていた。 「はぁ、若いってのはせっかちですよねぇ、どうせ早く行ったとこで今日は挨拶だけなんですしね。真面目だってぇのは聞いてましたけど、ここじゃせかせかしてても得なんかないんですけどねぇ……」 のばしているというよりも、不精でのびたままの長い黒髪を後ろで一つに纏め、ところどころ皺はあるもののそこそこ上物のローブを着ている所為でどうにか一応は文官としての格好にはなっている青年。容姿は特別美形でも不細工でもなく、平凡な上に表情は常にぼーっとしている彼はどうみても有能には見えない。 大抵の者が彼に持つ第一印象は、よれた学者、といったところか。 ちらちらと見える無精髭を手で撫でながら廊下をだるそうに歩く姿は、誰が見ても彼が今急いでいるとは思わないだろう。 「あぁまったく、若いのに面倒そうな人物ですねぇ。真面目すぎるってぇのは、楽させてくれないってぇ事でしょうしね。――ねぇ、貴方もそう思ってませんか？」 ぴたりと足を止めて、彼は振り返る。 彼の後ろには特に人影は見えない。それどころか彼が今いる廊下には、少なくとも彼から見える位置には誰もいなかった。 だから当然返事は返ってこないのだが、彼は特に気にした様子も間違ったという様子も見せず、にこにこと何故か上機嫌な笑みを浮かべてまた歩きだした。 その、彼の姿が殆ど見えなくなってから、柱の後ろから音もなく現れる人影。 その人物は、髪の色と同じ灰色の鋭い瞳で、ただ無言で去っていく男の後姿を見つめていた。 前言撤回。 と、シーグルが思わず心の内で呟いてしまう程、挨拶の後の彼らの反応は酷かった。 ヒュウ、と口笛が鳴ったと思えば、列の中でも後ろの方にいた男が頭をずらしてシーグルの顔を見ようとしてくる。 「こりゃまたすっごい美人さんですなぁ」 その人物の行動をまるで合図にでもしたように、そこから彼らの整列は乱れる。 口々にシーグルに対しての感想というか独り言のような質問を言いながら、彼らの新しい上司の顔を見ようと皆身を乗り出してくる。 王国設立時から続く旧貴族の一つ、シルバスピナ家は代々銀髪の者が継ぐ事が決っていた。だからシーグルは見事な銀髪で、それに意志の強さを示す少し釣りあがった濃い青の瞳は、色素の薄い顔の中ではかなり強い印象を見る人に与える。それが貴族らしく綺麗に整った顔を作れば、まず初対面の者はその顔に見蕩れる。更に幼少からの少食が祟って、体は騎士とは思えないくらいに細く、幸か不幸かシーグルはその容姿の所為で騎士としての実力を軽んじられる傾向があった。 今回も彼らがシーグルに対して言っている言葉は、殆どがシーグルの容姿に関する言葉だ。中には調子に乗って、シーグルに男と寝た経験があるかを聞いてくる者までいた。 シーグルはだがそれを怒って怒鳴りつけたりはしなかった。 暫くは彼らに言いたいだけ言わせておいて、それから一言。 「それが、お前達の思うところの、私に対してすべき態度だという事か？」 途端、時が止まるように彼らの口と行動が一斉に止まる。 シーグルは瞳を閉じ、彼らの反応を待つ。 暫くは固まっていた隊員達は、ぎこちなく互いに顔を見合わせると、黙ったまま気まずそうに先程まで整列していた位置へと戻っていく。 だがそこへ。 「いあー、先行くなんて酷いなぁ、こっちの仕事の説明してる暇がないじゃないですかぁ」 今、シーグルが作ったばかりの場の緊張感を一気に崩すような間の抜けた声が聞こえてきて、さすがにシーグルも閉じていた目を開いて声の主に振り返った。 シーグルの視線を確認した男は、その場でぺこりと、やはり緊張感の欠片もなさそうなお辞儀をして見せた。 「あぁ、私はキール・サティパと申しまして、今日からシーグル様付きの文官となります」 「文官？」 シーグルの眉間の皺に話しが通っていない事を察した青年は、どうしようかと苦笑いをしつつ頭を掻く。 「んー……やっぱ聞いてなかったんですねぇ、えーとですねぇ、ここじゃぁ偉いさんには事務仕事の助手というか――まぁ人によっちゃ助手どこかそういうのは全部任せちゃえなんてぇ人もいますけどね――なんといいますかねぇ、武人さん達はそういうお仕事は苦手じゃないですか、で、私みたいなのがつく事になってるんですよ」 男の間延びした口調と話の内容に眉間の皺を更に深くしたシーグルは、一応は男の話を了解したとして、分かった、とだけ告げた。 だが、それで男の間延びした話が終らせられると思ったシーグルの思惑は打ち砕かれる。 「とりあえずここに来る前にですねぇ、一通り貴方の執務室の説明をさせて貰いたかったんですけどねぇ、なにせ最初だからこそいろいろ事務手続きが山積みになってる訳でして、今日はこっちには挨拶程度で向こうを優先させて貰いたかったんですけどねぇ」 彼の言う事は理にはかなっている。だからそれにも了承の言葉を返したものの、どうやらその人物はシーグルが彼に付いて行こうとするまでは引き下がる気はないらしく、恨みがましい目でじっとシーグルを見つめてくる。 シーグルはちらと、今は整然と並んでいる隊の者達に目を向けた。 「隊長、ご心配なさらずとも、この後はちゃんと自己訓練に戻ります。しなかった奴は、俺がケツを蹴っておきますので」 言いながら一歩前に出た人物は、古参なのか、明らかに他の者に比べて年齢が高く見える。落ち着いた物腰で緊張を見せずに極自然に背を伸ばして綺麗な姿勢をとっているその姿は、十分信用に値するだけの人物には見えた。 シーグルは僅かに目を細めて、彼の特徴と事前に見ていた書類の項目を頭の中で照らし合わせる。 「貴方の名前は、グス・タ・レンでいいのだろうか？」 「左様です、隊長殿」 名を呼ばれた事で、グスは僅かに口元に笑みを浮かべた。 「では、すまないがあとの事は任せる。出来れば訓練終了後に、こちらに報告をしに来てくれると助かる」 「了解しました」 どこまでも姿勢の良い銀髪の青年騎士と、猫背の魔法使いの姿が見えなくなると、皆が一斉に肩から力を抜く。声を出してまで溜め息をつく人間さえいて、一部のものは地面に座り込んでいた。 「おらっ、だらけてないでちゃんと訓練についとけや」 座っていた一人の尻を蹴って、古参騎士のグスは声を張り上げる。 「ちょ、グスさっきのは本気か？」 「あぁ？ 本気だ本気、お前らもこれからは今までみたくサボれるとは思わない方がいいぞ。多分あの隊長さんにゃ、見た目だけちゃんとやってればいいやってのは通用しないからな」 にやにやと口元に笑みを浮かべているグスの顔は、他の者にはやけに嬉しそうに見えた。 「まぁ、ここいらでちょっと真面目にやってみとけよ。あの隊長さんの下なら、ちゃんと鍛えておいて損はないと思うぞ」 言われた者は顔を見合わせて、それから周りを見回す。 グスに言われるまでもなく、隊の者の半数程はどうやら自主的に訓練を始めたらしく、きびきびと動き出す周りを見て、彼らも焦ってそれに混じりに行った。 「さぁって、俺らも少し鈍った体を動かそうかね」 全員が動き出したのを確認したグスが首と腕を回しながら呟けば、傍にいたやはり古参に入る騎士のテスタが剣を抜いて彼に笑い掛ける。 「それじゃ久しぶりにお手合わせいただこうかな。ってかグス、おめぇ随分あの隊長さんが気に入ったみたいじゃないか」 グスは了承の代わりに自分も剣を抜くと、ここでは一番長い付き合いの友人に歯を見せて笑った。 「そらなぁ、むさいおっさんに従うよりゃ、美人の姫君の為のがやる気出るだろ」 「あぁ、そりゃま確かに」 言いながら二人は、回りのやけにはりきり出した若い連中を見て皮肉げな笑みを浮かべる。 特にグスが蹴るまでもなくきびきびと動き出した連中は、シーグルがいる間はずっとその顔に見蕩れていた者達であった。シーグルの容姿が彼らのやる気を引き上げたのは疑いようがないだろう。 「でもまぁ、そんだけじゃないだろ。見込みがありそうかね、今度の隊長さんは」 「んなの、お前だって分かってんだろ？」 「まぁな、この歳までここに残ってたカイがありそうってモンだ」 言いながら二人は剣を合わせる。 後はもう会話はない。 実は、シーグルの挨拶の後、わざと彼を茶化した発言をしたのはテスタであった。 グス達古参は、新しい隊長を試すつもりでわざと彼を怒らそうとしたのだ。――最悪、多少の罰は覚悟で、どうせ騎士団を辞めさせられても困る歳でもない、と。 結果的に彼に関して分かった事は、基本的に真面目で、歳の割りには冷静、事前に隊の名簿を頭に入れてくるくらいにはやる気があって頭もいい、貴族だといって無闇と威張る事もない――十分に期待出来る人物だと思われた。 やる気の方はまだ若いからこそともとれるが、それが萎れないように盛り立てていくのはこちら次第かと、グスはこれからの事を考えると楽しみで仕方がない。 「いやーでもありゃ目の保養だな。やっぱあんくらい美人だと男でも勃つよなぁ」 「テスタ……お前さん元気だな」 「グス、そっち方面に頭がいかなくなると老けるんだぜ」 ただ、あの容姿は少し厄介事を引き起こすかもしれない、と手合わせが終った休憩中の会話で、溜め息と共にグスは思った。 --------------------------------------------- 銀の拍車〜の別シリーズ、シーグルの騎士団編最初の話です。 このエピソードは主にこのシリーズに出てくるキャラの紹介編みたいな感じになります。 |