嫌われ子供の子守歌




  【6】




 夕食には少し早いから、自分の部屋で茶を飲みながら今日の成果を聞かせてほしい。
 と、バーグルセク卿に言われて、シーグルはこの館の主の部屋へ来たのであるが、部屋に入る前に、自分の後ろに立つ大男に向かって振り返った。

「やっぱりお前も来るのか?」

 ランは当然のようにこくりと頷いて、シーグルもそれ以上何も言えなくなった。
 グスから見たら、それだけ自分の危機管理能力が信用出来ないのだろう、とシーグルは軽く落ち込むところもあったのだが。

「おぉ、よく来てくださいました。わざわざ部屋にまでお呼びしてしまって申し訳ありません」

 シーグルが部屋に入った途端、人のよさそうな笑みを浮かべたバーグルセク卿が出迎える。

「おや、そちらの方は?」

 やはり言われるか、と思いつつも、シーグルは申し訳なさそうに領主に礼をする。

「彼は私の護衛役です、どうかお気になさらないでくださると幸いです。……実は、ここへ帰ってくる前に、刺客に襲われまして、念の為にこうして一人は常時護衛がつく事になったのです」

 バーグルセク卿は明らかに少し不満そうな顔をしたが、それでも仕方ありませんな、とシーグルを部屋の中に通した。
 実は、元からグスがこう言えといった通りにいっただけなのだが、嘘をつくのはシーグルとしても心苦しくて、どうにも申し訳ない気持ちになる。
 シーグルが勧められるままに椅子に座れば、ランはその後ろに立つ。
 バーグルセク卿は、使用人に茶の準備をさせながら、テーブルの上を見てふと顔を顰めた。

「ふむ、カップが2つしかありませんな。もう一人分用意させましょう」
「いえ……」

 無口な大男はそれだけしか返さない為、後はシーグルが言う事になる。

「彼の分は必要ありません、どうぞお気遣いなく」
「そうですか……」

 しばらくすれば、使用人がやってきて茶を入れていく。
 そうしてようやく、バーグルセク卿は本題に入るように話をふってきた。

「まずは、よくご無事であそこから帰って来てくださいました。貴方のご無事な姿を見かけた時には、私も本当に安堵しましたよ」
「ご心配をおかけして申し訳ない」

 喜ぶバーグルセク卿の顔には、嘘の影はないとシーグルは思う。少なくとも、自分達が無事な事を喜んでいるのは間違いないだろう。
 バーグルセク卿は深く椅子に腰掛け、手に持ったカップに口をつけた後、優雅に香りを楽しんでからテーブルに戻す。それから少し表情を引き締めて、軽くシーグルに向かって身を乗り出して聞いてくる。

「……しかしそうなると、ドラゴンには会わなかったという事でしょうか?」
「はい、ドラゴンが我々の前に姿を表す事はありませんでした」

 シーグルもまた、言うとカップに口をつける。
 流石に領主のいれさせた物だけあって、相当の高価い葉でいれた品だという事は香りだけで分かった。口の中でよく味わっても、舌に異様なしびれ等も感じる事もなく、シーグルはそれを飲み込んだ。

「ふむ、奴め、あなた方に恐れをなしたのかもしれませんな」

 だが、笑って言われたその言葉に、シーグルは眉を顰める。
 定番のおべっかにしても、うすら寒すぎる。あまりにも浅はかな台詞は、彼に好意的であった分不快だった。
 だがバーグルセク卿も、その言葉でシーグルが気を悪くしたのは分かったのか、慌てて苦笑いを浮かべて弁解をした。

「いやいや、さすがにそれは冗談としても、そうなると奴はもういないのかもしれませんなぁ」

 まるで話を逸らすようにも聞こえる流れだが、シーグルとしては、こちらが言おうとしていた事を言ってくれた所為で話を元に戻しやすい。

「はい、皆恐れてだれも近づかなくなった所為で、獲物がなくなって、どこか別のところへ行ったのではないかと」

 グスとの打ち合わせで立てておいたシナリオを向こうから言い出すのは、それだけこの話が向こうにとっても都合がいい展開だからだとも言える。
 彼を出来れば信じたいシーグルとしては、そう考える事はあまり嬉しくはなかったが。

「そうなると我々は、いないドラゴンに怯えてあの山を避けていた訳ですな。まったく、もっと早く分かっていれば、皆安心出来たでしょうに」

 卿の言葉を半分聞き流して、シーグルは沈む気分のままカップにまた口をつける。

「しかしまだそうと決まった訳でもありません。我々は明日もう一度行って、それで本当にドラゴンがいないかどうか調べてきます」
「おぉ、そうして頂ければ安心だ、是非お願いします」

 善良そうなこの領主の顔に、引っかかるほどの邪な影は見えない。
 それでも、あまりにも単純すぎる、という思いは拭えない。本当に、気のいい男なのか、それともその裏で何か考えているものがあるのか……シーグルはまだ見極められないでいた。
 シーグルはカップをテーブルに下ろし、真剣な顔をバーグルセク卿に向ける。
 彼はシーグルの空気の違いを読んだのか、その顔を僅かに緊張させた。

「……ところで、村の方で聞いたのですが、過去、貴方はあの山へドラゴンの討伐隊を送ったとか。昨夜はその話をお伺いしなかったので、確認しておこうと思いました」

 明らかにバーグルセク卿の顔には焦りがでる。
 狼狽した彼は、しばらく声もでなかったが、シーグルの冷ややかな視線に耐えられなくなったのか、どもりながらも言葉を返し出した。

「あぁ……申し訳ない、どうにもその話は……なにせ、大事な兵を無為に亡くしてしまって……我が無策を責められるかと思いまして……いや、黙るつもりはなかったのですが……街の者達もその話はしてはいけない禁句のようになってましてな……その……」

 懐からハンカチをだし、汗を拭きだす太った男の姿は、焦った小心者そのものの姿だ。いくら彼がシーグル達を騙したとしても、ドラゴンの名を借りて、何人もの被害者を出した黒幕にはとても見えない。

「私に貴方を責める権利などありません。わざわざそれを報告する義務もありません。ただ、実際にドラゴンの相手をする我々とっては、戦う前に出来るだけ詳しい敵の情報を手に入れる事がどれだけ重要か分かっていただきたい」
「はい、それはもう、本当に申し訳ない」

 バーグルセク卿の狼狽え方は、哀れに見える程だった。
 でっぷりとした体を縮こませて冷や汗を拭う姿は、見た目だけで人を判断する事を嫌うシーグルにさえ、見苦しいと感じさせた。

 そして、自分の父親を『醜い』と言った少年に、少しばかり同意したくなっている自分に、シーグルは我ながら嫌悪感を覚えた。







「ちぇ、邪魔だなぁ、あいつ」

 暗闇の中、光る鏡を見つめ、少年は忌々しげに呟いた。

「仕方ないね、今日は諦めよう。とりあえず、少なくともまだ明日があるみたいだしね」

 少年の傍にいる青年の声に、少年はぷぅと頬を膨らませながら振り返った。

「でもさー、折角今はチャンスなのにさ。彼の部下も大半は遊びいっちゃってるみたいだし、ホント、あいつさえいなきゃ、全部計画通りに出来るのに」

 責めるように青年を見つめ、少年は座っている椅子の上で足を前後にばたつかせる。
 青年はそんな様子にため息をついて、鏡の中、美しい騎士の青年の後ろにぴったりとつく大男を杖でこつんとたたいた。

「ふむ。でも困ったね、彼はおそらくずっと側にいるよ」

 少年もまた、鏡の中のその男を忌々しげに指ではじく。

「んー、どうしよっか。殺しちゃったら、余計警戒されちゃうよねー」
「殺すのはだめだね。不自然に引き離すのもだめだな。自然と離れてくれるようにし向けられればいんだけどね」

 少年の側に立つ青年は考えるように杖で鏡の縁を叩く。少年は所在なげに足をぶらぶらと揺らしながら鏡を睨みつけていたが、急に思い立ったように顔に笑みを浮かべて、青年に再び振り返った。

「……僕ね、思いついちゃったかも」
「ほう、どうするんだい?」
「あの大男、真面目そうだよね。だったら、さ……」

 くすくすと笑って、少年は青年に耳打ちをする。
 青年はそれを聞いた後、人の悪い笑みを浮かべ、少年の頭をなでた。

「まったく君は、大人を揶揄う事にかけて天才だね」

 少年は無邪気、というよりも、どこか妖しい笑みを浮かべて頭の青年の手をとると、それに頬をすり寄せた。

「ふふ、うまくいったらシーグル様の乱れる姿も見れるかもでしょ。あの大男に細いシーグル様が組み敷かれて犯されちゃう姿とか、エネルダン様も見たくない?」

 エネルダンと呼ばれた青年は、声をあげて笑う。
 杖を持ち、フードつきの長いマントをひきずる姿はどこから見ても魔法使いで、ただ、女性と見紛うような美しい顔に浮かべる笑みは狂気を伺わせる程に不気味だった。

「いいのかい? 他の者にやらせて自分の方が後で」

 魔法使いは、空いているもう片方の手で、少年の髪を優しく梳く。

「いいよ、だってシーグル様って、どうせさんざんヤられちゃってるんでしょ?」

 ふふふ、と少年も喉を震わせて笑い声をあげれば、魔法使いもまた笑う。

「あぁそうだね、いかにも清廉潔白という顔をしているのに、体はさんざん男を知っている淫乱さ」

 魔法使いが背を折って、少年の柔らかい髪の中に鼻を埋める。愛しげに頭全体を手で覆いながら、少年の髪の匂いを舐めるように鼻で梳く姿はどこから見ても異常だった。

「ふふ、楽しみだなぁ」
「そうだね、楽しみだ」

 言うと少年は、青年に抱きついてキスをねだる。
 生々しい唾液の絡む音が、暗闇の中に響いた。




---------------------------------------------

ちょいちょい出てる怪しげな人達はもうちょっとで動き出します。
てか本とに前置き長いなーorz。



Back   Next


Menu   Top