古き者達への鎮魂歌




  【7】



 谷、と呼ばれるだけあって左右を崖に囲まれたこの場所は、中央を貫く小川の周囲は湿地帯であまり背の高くない草木が群生し、それを囲む崖の下周辺に背の高い木が生い茂ってちょっとした森を作っていた。

「よーし、よし、お前も一緒にここで待ってんだぞ」

 シカと話をしていたら少し遠出していたらしいシーグルの馬もやってきて、勿論主を乗せていない事にがっかりしたもののそれでも少しほっとしてグスはその体を撫でてやる。仕事での遠出の場合はシーグルの乗っているのは騎士団の馬だから、ここで主をどうしたなんて聞いても仕方ない。

 それに一応、シーグルの居場所も分かりそうではある。

 テスタがシカと話したところだと、シカは最初からトレムという魔法使いがする事を止めたくてこちらに声を掛けて来たということで……当然、シーグルのいる場所までは案内してくれるつもりだったらしい。
 懸命にシーグルの居場所を聞き出そうとしていた自分の苦労が馬鹿みたいだと思ったが、ここはもう結果オーライと考えて割り切るしかない。グスとしてはいろいろ納得出来ないところはあるものの、とにかく最終的にシーグルを助けられればいいだけである。

「で、ここから遠いのか?」

 馬から一部の荷物を降ろしながら聞けば、シカとの交渉役となっているテスタは自信がなさそうに答えた。

「んーいんや、遠くはなさそうなンだが……うまくそこまでいけるかは怪しそうでよ」
「どういうこった?」
「トレムじゃなきゃ入れないトコ、らしくてな。トレムってのが魔法使いならなんか魔法的な封印とかしてンじゃねーかと思うんだよな」

 言われれば確かにそうではある。とはいえ、どんな状況かは行ってみないと分からない。

「つまり、行けばすんなり隊長を助けられる、なんて思わない方がいいって事だな。だがとりあえずは、どんな仕掛けがあるかは行ってみないと分からねぇってことだ」
「まぁ、そりゃそうだ」

 シカの方を見れば、こちらの準備をじっと見てまっている。動物というのは表情が分かりづらいから、何を考えているのかなんて分かる訳がない。それでも騙そうとしているようには思えないし、どちらにしろ信じて付いていくしか今のグス達に手はなかった。

「おい、皆準備はいいか? いくぞ」

 声を掛ければ全員待っているところで、自分が最後だというのが分かってグスは頭を掻いて誤魔化すハメになった。






 先をシカが歩いて、それをシーグルの部下達が追いかける。当然隊の先頭はシカとの話し役であるテスタで、それにグスが続き……最後尾のアウドは焦る気持ちを抑えて辺りに警戒をしながら歩いていた。

 シーグルが魔法使いに狙われる理由をグス達はハッキリとは分かっていない。だがアウドはシーグルに剣を捧げた後、キールからこっそりと言われている事があった。

『もし魔法使いにシーグル様が捕らわれる事があったら〜ですねぇ、出来れば貴方が真っ先に見つけて他の皆さん達にあの方の姿が見られないようにぃ……出来るといいんですけどねぇ』

 その言葉の意図を聞いても教えてはくれなかったし、それ以降その話は聞いていない。だがあの魔法使いの……アウドがシーグルの部下になった事情をある程度知っていそうな素振りからすれば思い当たる事がある。

――まさか……そういう意味で狙われてるってのはないだろ。

 だが自分だけが見て、他の人間に姿を見せないように……なんて言い方をされればそれは確定じゃないかと思わなくもない。なにせ、純粋に誰よりも高潔な騎士であるシーグルを崇拝しているだけの連中と違って、アウドは彼の影の部分を知っている。見ているだけでなく、実際加害者として彼を貶めた一人であるのだから。

「成程……これがウロ、か」

 湿原から森へ入って暫く行けば、丁度崖沿いになっているところに木の根と蔓系の植物らしきものが絡まりまくって入口を作っているような穴があった。

「うん、そうだよ」
「綺麗な人、はこの中か?」
「そう」

 穴を覗いてみれば下方面に続いているようで、先が暗くて見えない。そこですぐに入らず、一旦皆で話し合う。

「入るしかねぇのは確かだが……全員で、っていうのはやめるべきだな」

 最初にそういったグスの言葉には反発の声が上がる。

「なんでですか、向うの戦力が分からないなら全員で入るべきです!」
「見張りを一人残して、あとは全員ってことか?」
「残るなら誰が残れっていうんだ?」

 特に若い連中が声を上げる中、アウドはグスを睨んで言った。

「俺は何があってもいくぜ。あの人に何かあったら俺はここにいる意味がないからな」

 そうすれば即座にそれに続く声がする。

「俺もだ」

 普段滅多に話す事がないこの隊一大きな体を持つ男は、そう言うと静かに立ち上がる。基本喋らない男が発する一言はぎゃんぎゃん騒ぐ若い連中の声を止めるだけの強さがあって、一瞬、皆で口を閉じた。

「……いやラン、お前は残れ」

 だがグスが返した言葉はそれだけで、無口な男はそれに反論の声を出す代わりに睨み返す。

「いいか、魔法使いの能力もこのウロってのがどうなってるかも今は何も分かってない状態だ、それで全員で行って全員捕まったりした日には目も当てられねぇだろが。だから何かあった時に戦力になり難い俺達年上組みがまず行く。ただ若い連中だけだといざという時抑えられないでつっこみそうだからな、その止め役でラン、お前だけは残ってくれ」

 グスの真意をアウドは正しく理解していた。つまり、何も分からない危険な状況では出来るだけ若い連中は連れて行きたくない。そしてそれは、家庭を持っているランに対しても同じことなのだろう。
 ……ただし自分と同じ、シーグルの盾となるその役目を果たせなかった彼としてはそれに納得は出来ないだろうが。

「それじゃランの代わりに若い者代表で俺を連れてってください。なぁに、何かあったらオッサン達がとろとろしてる間にさっさと逃げて助け呼びに行くんで」

 グスとランが睨み合う中、その空気を払うように明るい声でマニクが言った。
 アウドとしては『もしも』の状況を考えれば連れて行きたくない人間だが、グスはランを了承せざる得ない状況にするためもあるのだろうが、それに頷いた。

「分かった。だがお前は本気で報告役だ、何かあったら真っ先に逃げて皆のとこへ知らせに行く役だからな」
「分かってます。俺の足に任せてくださいよ」

 確かにマニクはこの隊で一番足が早くてすばしこい。彼自身もそれを分かっているから手を挙げたのだろう。

 ――そこからまた多少はいろいろ揉めたものの、結局はグス、テスタ、アウド、マニクがまず様子を見にウロへと行ってみて、その他はウロの外で待機をするという事になった。状況によってはキールが来るのを待つか、どうにかして彼と連絡を取るようにしろという事にして、ともかく先行組みは思い切って中に入る事になった。

 テスタがシカから聞いた話によると、ウロの中には扉があって、そこから先はトレムではないといけないらしい。だからそこまではシカが付き合ってくれるという事で、とりあえず中に進んだ訳だが――。

「暗いな」

 中へ入れば、内壁はびっしり入口と同じ蔓というか根というかなものに隙間なく覆われていて、その所為なのか、それとも元から地中だからなのか真っ暗だった。一応まだ今は昼間で外からの光が入っている分ランプがなくても歩けるが、夜ならランプをつけなくてはまったく何も見えないだろう。
 シカは夜目が利くのか、薄暗い中をひょいひょいと軽快に進んでいく。頻繁に足を止めて待ってくれるからいいが、マニク以外の親父連中は追いかけるのも正直きつい。特に奥へ行くほど足場が見えなくなるから慎重に歩かざる得なくなる。
 入れば割合すぐに扉があるのかと思っていたのは間違いだったようで、途中通路の分岐もありながら思った以上に深く進ばねばならなかった。幸い、完全に外からの光が届かなくなった辺りから通路にランプが置かれていたから、そこからは楽に歩く事が出来たが。

 だが、そうしてとうとう扉らしきものの前まできて足を止めた一行は、そこでまた迷う事になる。
 扉は一見ただの木の扉だった。確かに鍵といえるものがありはしたが蔓で何重にも縛っている程度のもので、剣で斬ればそれで済みそうではあった。

「魔法が掛かってて斬れないってんじゃないのか?」
「んー……いや、斬れるな」

 試しにアウドが蔓の一部を剣で斬ってみた。それなりの硬さはあるが、斬れることは斬れる。

「トレムだけしか入れない、ってのはこの蔓の所為じゃないのか? シカや動物の手じゃこれをどうにかは出来ないだろ、確かに」
「そういうことかね……」

 全部一度にというのは無理があっても、数本ずつ斬っていけばやがて扉を止めていた蔓を全て断ち切ることが出来た。そうっと扉を押してみても特に抵抗はない。押すままに開いていく扉の先には広い空間があって、入ってすぐは地下湖とも言える水場があった。

「なんだ、ここは? ……おいマニク、お前はそこで待ってろ」

 グスが言って、マニク以外の三人で入って中を見渡す。相変わらず内壁は全て蔓のようなもので覆われていたが、細い通路と違った広い空間に驚いてからふと振り返れば、マニクだけではなくシカも中に入らずに扉前で止まっていた。

「どうした? なにか結界みたいなモンでもあんのか?」

 テスタが声を掛ければ、シカは聞き取りにくい声で一言、返した。

「怖い、から、嫌だよ」
「怖い?」

 更に聞き返そうとテスタがシカの方へ向かおうとしたところで、アウドは周囲の異変に気づいて叫んだ。

「マニクっ、逃げろっ」
「へ?」
「いいからお前は逃げろ、中の様子だけを皆に伝えろっ」

 言い切った時には、異変は誰にでも分かるように――周囲を覆っていた蔓達が動きだしていた。

「早く行けっ」
「うわぁ、はいっ」

 マニクが駆けて行く。その姿はすぐ見えなくなったが通路にある蔓も動いていれば逃げられるかは怪しい。
 やっぱりすんなり入れたのは罠だったか――アウドは既に蔓に絡めとられて動けない足を見て舌打ちした。グスもテスタも同じく足に蔓が絡まって身動きが取れなくなっている。剣で斬ってはいるが、周囲全部を囲まれた状態ではすぐに次の蔓が絡まってきてキリがない。蔓はどんどん上へ浸食してきて、不自由なアウドの右足はすぐに腿まで完全に蔓に絡めとられてしまった。

 もう一度入口の方を見ればシカは動かず立ったままで、その奥までよく見てみれば通路の方の蔓は動いていないように見えた。もしかしたらマニクは上手く逃げられたかもしれない――そう思ったところで、聞いた事のない声が背後から掛けられた。

「……うん、いつか来るとは思ってたけど少ないな。全員じゃないね」

 既に腕も蔓に絡めとられ、殆ど動けない体で顔だけそちらに向ければ、そこには確かに杖をもった人物――魔法使いがいた。つまりこいつがトレムだろう。
 だが、余裕の表情でゆっくり近づいてきた魔法使いは、急に立ち止まって表情を顰めた。

「シャーレ、お前が彼らを連れてきたのか?」

 魔法使いの目は確かにシカに向いていた。
 その声は少し驚いたようだったから、少なくともあのシカが最初からこちらをハメるつもりで連れて来た訳ではない、というのは確定だろう。

「トレム、だめ、だよ。僕たちもう十分、だから」

 だが魔法使いの表情は険しいままで、彼は杖を前に掲げる。
 そうして、何かつぶやくと同時に扉は閉じ、シカの姿はその向うに消えた。

「さて……まぁ全員でなくてもいいか。どうせ見捨てて逃げたりはなさそうだしな」

 魔法使いの目がこちらを見る。蔓は今では首まで上がっていて、完全に身動きが取れなくなっていた。

「あの人をどうしたっ」

 アルドが怒鳴れば、魔法使いは妙に自嘲めいた笑みを唇に乗せる。

「生きてるよ、殺す気はない。……だが、返す気もない。出来ればあんた達も殺したくないんで黙って帰ってくれるなら即谷の出口まで案内してやってもいいくらいなんだけど……」
「ふざけるなっ」

 叫んだのは三人ともで、魔法使いは肩を竦める。

「でも、手遅れだったら帰るしかないよな」

 不穏な魔法使いの言葉と共に、拘束していた蔓達が動き出す。魔法使いが歩くのに合わせて、蔓が動いてこちらの体を運んでいく。水の上を抜けて、殊更厳重に蔓と蔓が密集して盛り上がっている場所を目指して。
 アウドは酷く嫌な予感に祈る思いで目を閉じた。



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おっさんばかりの話になってすみません。次はシーグルから。



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