復讐者という名の予兆
<番外編・セイネリア×シーグル>


※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。




  【3】


 体の中に、嫌な音が響く。
 空気を潰した醜く淫猥な音が、水音とともに下肢から生じて体の中に響いている。

「ふ……うぅっ」

 その音がいくら嫌でも、聞かずに済ます術はない。
 足は掴まれ、大きく開かされている。
 その間では、自分を組み敷く圧倒的に強い男が、体の中の音に合わせて動いていた。
 ぐぷ、と体の中で鳴れば、男の吐息が吐きかけられる。
 引き抜かれれば、ちゅ、と水が吸い出されるような音がして、体の中を埋めていた圧迫感が一瞬だけ消える。
 それが交互に、永遠とも感じる長い間、自分の体の中で鳴っている。

「嫌、だ……くそっ」

 見下ろしてくる琥珀の瞳が、うっすらと笑みを浮かべて細められた。
 体の中に響くのは、穿たれたセイネリアのものがたてる音。自分が男に犯されているのだという事を嫌でも自覚させられて、シーグルの精神を追い詰める。

「嫌?」

 セイネリアは鼻で笑う。

「嘘をいっちゃだめだよしーちゃん。こんなに俺の事を美味そうに締め付けてきてさ」

 僅かに顔に汗を浮かべたセイネリアが、腰をゆるやかに動かしながら、体を倒してシーグルの耳を舐め、そして囁く。耳元でも、唾液が鳴らす水音が声と同時にして、シーグルは思わず嫌がって顔を左右に振った。
 すぐ近くにいる彼の体から、逃げるように身を捩る。
 腕で押し返したくとも、その腕は後ろ手に背後で縛られていた。
 だから相手に向かって胸を突き出すような体勢になるのは仕様が無くて、セイネリアの手はずっと、腰の動きのようにゆっくりと掌で胸全体を擦るように撫ぜている。

「体の方は喜んでるよ。本当は、もっと激しく中を擦ってもらいたいんじゃない? こんなじゃ物足りない、もっと強く、激しく、ぐちゃぐちゃにして貰いたいって体は言ってるよね?」
「違うっ、黙れっ」

 シーグルが叫べば、セイネリアはわざと深く奥を抉る。

「うぁっ」

 思わず声を上げた後に、シーグルはきつく口を閉じた。
 セイネリアが笑みで喉を鳴らして、撫ぜていた胸の手を止め、親指で捏ねるように胸の朱い頂きを執拗に弄る。
 シーグルは目を閉じて感覚を耐えた。
 けれども、視覚が失せれば逆に他の感覚をより強く感じる事になる。体の中に響く音も、胸の感覚が体に与える切ない疼きも、征服者を受け入れるその部分の肉がひくひくと蠢く様さえ分かってしまう。

「シーグル、見ろ」

 セイネリアがシーグルの頭を引いて、その上体を僅かに起こさせる。
 言葉に釣られて目を開いてしまったシーグルは、セイネリアの手が今まさに掴もうとしているものを見てしまった。即ち、自分の、はっきりと欲望の形に膨れた性器を。

「これじゃ言い訳出来ないな。お前は感じてるんだ、男に、つっこまれて」

 セイネリアの笑い声が空気を震わせる。
 シーグルの視界の中で、セイネリアの手がそのままシーグルのものを掴み、緩やかに擦る。シーグルが目を閉じて、それだけで気が済まずに顔を逸らせば、セイネリアの顔が再びシーグルの耳元に降りてくる。
 そして、囁く。

「分かるだろ、俺が奥まで入る度に、お前の中は俺を締め付ける」

 セイネリアが一度止めていた動きを再開する。
 深くまで体を抉られる感触に、シーグルは縛られた手を強く握りしめた。
 体の下になっている手が痛む。けれどももっと痛みが欲しかった。体の中に燻(くすぶ)り、自分を追い上げてくる疼きを消し去る程の痛みが。

「こうしてお前のものは勃ち上がって、嬉しそうに俺の手を濡らす」

 腰を引かれれば足の指先が伸びて、口からは溜め息が漏れる。
 その度に体の内に音が響いて、シーグルはそれを拒絶するように顔を左右に振った。

「やめ、ろ……くそぉっ、やだっ……嫌だっ」

 シーグル自身、自分が感じている事は分かっていた。
 男を受け入れさせられる苦しさが、こうしている間に快感と呼べるものになっている事は既に分かってはいたのだ。
 それでも、それを認める訳にはいかなかった。
 快感という名の、甘く昏い地の底からの誘いを受け入れる訳にはいかなかった。
 たとえ、体は既に受け入れていても、心だけは受け入れてはいけなかった。
 心だけは、シーグルの持つ、たった一つの自分の物だったから。

「う、くっ」

 食いしばった歯から、耐え切れず声が漏れた。
 セイネリアの手が、握ったシーグルの欲望の先端を強く擦りながら、腰の動きを速くする。
 勢いよく突き上げられ、肉と肉がぶつかって乾いた音を立てる。
 ゆっくりと擦られていた中を激しく擦られ、下肢を覆う甘い疼きが膨れ上がってくる。シーグルは声を抑えるのに必死で体の制御にまで意識が回らず、セイネリアに揺さぶられるがまま、腰を揺らめかせ、腹を波立たせ、足を広げた。
 体の中に響く音は益々激しくなる。
 体の中の熱がシーグルの逃げ場を塞ぐ。

「く……うぅっ」

 顔を背け、肩を跳ね上げ、歯を食いしばったシーグルが体をぶるりと震わせた。
 途端、セイネリアの笑い声が響き、力をなくした体がより乱暴に揺さぶられる。

「う、う……やめ……ろ」

 達したばかりの体はまだ強く快感を引きずっていて、これ以上の感覚を拒絶するように意識せず体が跳ねる、腿が痙攣する、中に穿たれた雄を締め付ける。
 頭を振ってこの先を否定して拒絶しても、その時は強制的に迎えさせられる。
 体の中に、広がる熱い流れ。
 強く深くを抉った後動きを止めたセイネリアは、体の中に征服した証を注ぎ込んでくる。
 シーグルの濃い青の瞳から涙が落ちる。
 憎むべき男に、快感に屈した自分の体が悔しくて、声を出さずに涙だけが溢れた。

「しーちゃん、すごく気持ちよさそうだよ。俺の精液は美味しかったかな?」

 あまりの快感の反動で呆けていたシーグルは、だがその言葉を聞いた途端、瞳に正気を戻してセイネリアを睨む。
 琥珀色の瞳が、愉悦の色を濃く映してシーグルを見つめ返す。

「そうだなぁ、例えばさ」

 体の中を埋めていたセイネリアの肉塊が去っていく。
 それに自然と吐息と体が震えてしまったシーグルを、セイネリアの手が一度持ち上げて、ひっくり返すとうつぶせにした。そこから、腰だけを上げさせて足を開く。

「この格好のまま、両足をどこかの木に縛りつけて夜まで放置したらどうなるかな? ここは街に近いから、きっと誰か通る筈だよ。こんないかにも犯して下さいって格好でいたらさ、何人くらい犯してくれると思う?」

 シーグルの顔が青ざめる。
 セイネリアは喉を震わせて笑う。

「その前に助けてくれる人が現れるかもだけど、こんな格好を他人に見られちゃうのは確定だよね」

 セイネリアの言葉に誘導されるように、シーグルの頭の中にセイネリアの言った通りの情景が浮かぶ。自分が今どれだけ酷い格好にされているかをまざまざと感じてしまう。
 シーグルの体は小刻みに震え出す。それを抑えようと、シーグルは歯を食いしばった。
 だが、そんなシーグルの尻を撫でていたセイネリアの手が止まったかと思うと、唐突に指が後孔へ押し込まれる。
 思わず、シーグルの口から小さな悲鳴が漏れた。

「なんだぁ、想像しただけで欲しくなっちゃった? ここひくひくさせて精液零してさ、涎垂らして欲しがってるみたいに見えるよ」
「ふざ……けるな」

 羞恥に顔を赤くしたシーグルが、搾り出すように言い返す。
 だが、すぐに言葉は悲鳴に変わった。
 再び体の中に、セイネリアの熱く滾る欲望が入り込んでくる。
 衝撃を受け止めて、シーグルの体全体が緊張に力が入る。
 セイネリアは、だが入れただけで動こうとはせず、地面に顔を押し付けられて固く目を瞑っているシーグルの顔近くまで顔を寄せると、わざと掠れた声で囁いた。

「冗談だ。お前は俺のものだ、他人に触らせるものか」

 同時に奥深くを突き上げて、シーグルは殺した喘ぎの代わりに小さく呻いた。
 ゆっくりと、セイネリアが腰を揺らし始める。

「いいかシーグル、よく覚えておけ。お前は俺のものだ、他の誰かに抱かれるのは許さん。だから、お前が自分で自分の身の守れているなら、そのまま自由にしておいてやる。だが他の誰かに抱かれたら、お前を放しては置かない。その前に俺の元に来い、そうすれば護(まも)ってやる」

 言いながらセイネリアは緩く、しかし深く、シーグルの中を突き上げる。
 快感の熱が再び燻り出した自分の体を考えないようにしながら、シーグルは噛み締めながらそれに言い返した。

「煩い、ふざけるなっ……お前に護って貰う必要などないっ」
「そうだな、今はまだ、お前でもどうにか出来る」

 こんな行為の最中であるのに、犯すセイネリアの声に乱れはない。
 そのことが、自分だけがただ嬲られているのだという事を、シーグルに痛い程自覚させる。

「だが、どうにか出来なかった時お前はどうする? 大人しく何処かの誰かの慰み者になるのか? ……こうして、俺にされるように」

 言いながらセイネリアの手が、再びシーグルの性器に触れた。
 シーグルの唇が開かれ、唾液が地面へと吸い込まれていく。セイネリアの動きが少しづつまた速くなっていく。喘ぎの代わりの荒い息継ぎが、声になるぎりぎりの音になる。

「お前の体は男に抱かれる快感を知ってる。他の誰かに犯されても、きっと体は喜んで男を受け入れるぞ」
「煩いっ、煩い、うるさ……い……うぁっ」

 だからシーグルは喘ぐ前に叫ぶしかない。
 けれどもやはり開いた唇から快感に染まった声が出そうになって、シーグルは懸命に歯を食いしばった。
 揺さぶられる体のままに、地面に頬が擦り付けられる。土と緑の青臭い匂いが鼻一杯に広がって、口の中に僅かに土が入り込んだ。
 体勢の所為か、先程よりもより体の深くまでセイネリアに犯されている。
 大きく上げられた尻から零れてくる液体が、足を伝って落ちてくるのが分かる。
 声はどうにか抑えても、瞳から落ちる涙を止められなかった。
 無様で、酷く惨めだった。
 体の中に響く音は先ほどよりも大きくなっている。
 下肢には力が入らなくて、なのに、男を受け入れているその肉だけは強く締め付けて、犯されているという感触を自覚させる。
 やがて、再び体の中にセイネリアの精が流し込まれる。
 先程よりもより深く、より奥に、体の中を侵食するように広がってくる熱い感触に、シーグルの唇からは快感に濡れた溜め息が零れた。




「気を失ったか」

 くたりと力を失くしたシーグルの体を持ち上げて、セイネリアは笑みを浮かべる。
 力ない体を繋がったまま再びあお向けに寝かせようとして、ふと気付いて手首の戒めを解いてやる。そうして体勢を変えて寝かせてから、その顔をじっくりと見つめる。
 ずっと顔を地面に擦り付けていたせいか、白い彼の容貌の中、左の頬だけが酷く土で汚れていた。それを手で軽く拭ってやってから、セイネリアは顔を近づけると薄く開いた彼の唇を舌を出して舐める。
 少しだけした土の味に笑みが湧いて、今度は深く彼に口付けた。
 意識のない所為で拒む事が出来ない、彼の口腔内を思う様味わう。
 力ない舌を絡め取れば、びくりと時折反応するのが愉しかった。

「ん……」

 起きていたら出す事もない甘い吐息を吐いて、口付けに応えるシーグル。
 胸を弄ってやれば、あわせた唇の隙間から僅かに喘ぐ。
 開いていれば強い瞳で睨む青い目は閉ざされ、瞼だけがぴくぴくと震えている。あの強い瞳がないと子供じみて見える顔は、眉を寄せて素直に快感を受け入れている。
 セイネリアは再び腰を揺らしだした。
 突き上げると同時にぴくりと彼の体が跳ねる。

「う……あ、あぅ」

 唇が甘く喘ぐ。
 意地でも耐えようとする彼と、気を失って無抵抗で快感を受け入れるその彼の、その落差がまたセイネリアを愉しませる。
 体に力が入っていなくても、柔らかく腰が揺れて雄を誘う。
 がくがくと揺れるその顔は、快感に耐え切れないというように泣くような顔で甘い吐息を漏らす。
 セイネリアは抽送を速めながらも、無防備に晒された彼の喉を舌で舐め、軽く歯を立てる。

「うん……う……くっ」

 けれども、それも長くはない。
 青い瞳が姿を表せば、それは一瞬驚きに開かれ、そこから表情が一転して憤怒の形相へと変わる。向けられる憎しみの瞳が心地良く、セイネリアはより乱暴に、より強く彼を突き上げた。
 口を閉ざして快感と戦う彼の姿を琥珀の瞳に映し、思うままセイネリアは自分の快感を貪(むさぼ)る。

 彼程セイネリアを愉しませる人間はいなかった。
 彼程セイネリアを興奮させる相手もいなかった。

 だから、絶対に自分のものにしてやると。だが、その執着が何であるかを今のセイネリアには理解する事が出来なかった。





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