起こりえなかった物語の歌




  【3】




 めでたしめでたし、とでも締めくくりそうな歌の結末を待って、カリンは大きく息をついて、それから恐る恐るセイネリアを見る。

「ただの想像にしても、随分と面白い話だな」

 思った通り、不機嫌な様子の彼に、カリンはまたため息をつきたくなる。

「はい、これが私の想像の話だと言われても、否定したりはいたしません。ですが貴方なら、この話があの銀髪の麗しい青年の性格上、起こりえる話だという事も理解されている事かと思いますが」

 詩人はあくまでも笑顔を崩さない。セイネリア相手に大した度胸だと思うが、カリンとしてはこの人物自体がかなりのくせ者であるとの認識も新たにする。
 対するセイネリアは、すぐに返事を返す訳でもなく、ただその琥珀の瞳に普通の者なら逃げ出すであろう凄みをきかせて詩人を見るだけだった。
 やがて、セイネリアは軽く目を閉じ、唇に自嘲の笑みを乗せて軽く笑い声をあげる。
 詩人はそれでも、仮面のように変わらない笑顔を浮かべていた。

「それで、あの時俺が助けなければ、俺があいつを求めるのではなく、あいつが俺を求めるようになると示して、それで何を聞きたい?」

 そこでやっと、吟遊詩人は顔の笑みを消す。

「今、お話したのは、貴方が騎士団であの青年を助けなかった場合の話です。いえ、私自身、これが本当にそちらの選択肢を選べば実現したのかはわかりません。なにせ証明できませんし、こういうものが見えるのはケーサラーの気まぐれともいうべき希な事なのですよ」

 軽く苦笑を浮かべた詩人であり神官でもある男は、それから一度大きく息を継ぐだけの間をあけてから、セイネリアの瞳をじっと見つめた。

「私がお聞きしたいのは、この話が本当になりえたと仮定した場合、貴方はそちらの選択肢を選べば良かったと後悔するのか、それともやはり自分が選んだ今の道が正しかったと思うのか、それだけです」

 聞いた途端、セイネリアが珍しく人前で顔を俯かせる。カリンが思わず声を掛けようとしてしまえば、それより先にセイネリアの肩が震えて、彼が喉を鳴らす笑い声が聞こえた。
 やがて顔を上げたセイネリアは、皮肉げに口元を歪めたまま、喉で笑い声をあげながら、詩人の顔をじっと見つめ返した。
 それは、あれだけ平静を保てていた詩人でさえ、表情を強ばらせる程の凄惨な怒りの瞳で、カリンでさえぞっとして体が固まる程だった。

「あいつ自身が壊れてもいいなら、俺はいつでもあいつを手に入れられた。お前の言う、もう一つの選択肢の話なぞには何の意味もない」

 セイネリアの言葉に、カリンはなぜかほっとする。彼ならば、起こり得なかった架空の話に引きずられるなどあり得ないとは思っても、あれだけ求めても手に入らない相手に向こうから求められるというなら、心がぐらつく事がありえるのではないかとも思ったのだ。いくら強い彼でさえ、迷っても仕方ないと思えるだけの苦しみを、彼は今もずっと抱いている筈なのだから。
 詩人は僅かに瞳に驚きを浮かべ、それから静かに、低い声で、もう一度、セイネリに尋ねた。

「……ではもし、そちらの選択肢の物語なら、貴方の手に、最強の剣も手に入る事がなかった――としたら、どうですか?」

 セイネリアの口元から笑みが消える。一瞬だけ忌々しげに引き結ばれた唇は、だがすぐに自嘲の笑みに移り変わった。

「それでもだ。――確かに、壊れたあいつと会っても、俺はあいつを愛したかもしれない。それはそれで俺は満足したとも思うさ。だがな、今のあいつを知っているならば、それが失われなかった事実だけでこの選択が正しいと言える。……たとえ、俺がどれだけのモノを失っていてもだ」

 声は彼にしては穏やかすぎて、カリンは自分の耳を疑った程だった。
 どんなに苦しいのだとしても、この最強と呼ばれた男にとっては、あの青年の存在が心の中の救いであるのだと、カリンは改めて実感する。そして、彼の苦しみを思う程に、シーグルに向けて叫びたくなるのだ。
 何故、貴方はこの男をそんなにも拒否出来るのだと。

「これで、気が済んだか?」

 セイネリアのその言葉を、詩人は深く礼をした体勢そのままで聞いていた。
 それから彼は、そのまま床へと膝をつくと、頭を下げたまま返事を返した。

「はい、十分です。貴方という人が思った通りの人物であるという事が分かりました。それだけでも、貴方に会った意味があります。……そして願わくば、このまま貴方のお傍に、歴史の記録者として置いていただけますようお願い致します」

 セイネリアは、暫く詩人を見つめていたが、そこで徐にカリンを振り向く。

「お前はどう思う?」

 いきなり話を振られた事で、カリンもらくしなく動揺し、言葉を詰まらせすぐに返事が出来なかった。その様子をみたセイネリアが僅かに口元を歪めるのを見て、彼女は肩の力を抜いた。

「使い処は難しいですが、いれば役に立つでしょう」

 セイネリアはそこから笑みを浮かべたまま、詩人にまた向き直る。

「いくつか聞く事がある。一つはお前の使える術に関してだ。場所にある物の記憶を『見る』といっていたが、歌を聴いた限りでは、行っていない場所に関しても見えているとしか思えなかったが?」
「場所というのは何処も繋がっていますからね。関連した事柄なら、他の場所で起こった事も辿る事が出来たりします。勿論、遠すぎると無理ですけどね」
「なら、お前は今回の歌を作るのに、どれくらいの期間を費やしてあいつの事を調べたんだ?」
「そうですねぇ、彼の住んでいた村にいったりもしましたから、かれこれ1年近く掛かってるでしょうか」

 それにはカリンも少しだけ驚く。『見る』事が出来るというわりには、時間が掛かりすぎている、と。その反応は本人も予想できていたらしく、彼はちらとカリンを見るとすまなそうに肩を竦めた。

「『見る』というのも簡単ではないのですよ。人と違ってモノが覚えている記憶はゆらぎが大きくて、見れる場面は断片的だし、見えていた筈が急に見えなくなったりと、望みの記憶だけをずっと続けて見られるモノでもないのです。繋げる作業が偉く大変で根気が要ります。ただ、予言や先程のような起こりえなかった話などは、自分の意志で見る事が出来ない分、見えれば一瞬でかなり先までを見る事が出来たりしますが」

 少しばつが悪そうに頭を掻いた詩人に、セイネリアがくすりと笑みを漏らす。

「お前がそこまでして、あいつのことを調べた理由はなんだ?」

 ただでさえ少し困った様子だった詩人は、その言葉で完全に観念したのか、はぁと大きく溜め息をつくと苦笑いと共に口を開いた。

「えぇ、実は私、元々はシーグル様の噂を聞いて、彼の歌を作る為にずっと彼の跡を追って調べていたのですよ。なにせあの容姿に家柄、能力も申し分ない上に、冒険者時代の仕事の話だけでも十分歌が作れますからね。彼は確実に後世に名を残す、そう思いませんか?」
「そこは否定しないな」

 そうでしょうとも、と詩人は満足げに頷く。
 益々セイネリアの口元が大きく笑みに歪んだ。

「シーグルの歌を作ろうとしていたのなら、何故俺のところにきた?」

 だがそう言われたは詩人は本気で固まると、気まずそうに苦笑いをする。

「あの……言わなくては、なりませんか?」

 セイネリアはじっと詩人の様子を見つめている。
 正直なところ、カリンとしては、ここは一言、『シーグルを調べている途中で、もっと興味をひく人物が見えてしまったから』と言えばいいだけの事としか思えなかった。話の流れ的にはそんな事は分かりきっているため、今更隠す必要もないことではある。
 だが詩人は困った顔をするだけで、なかなか言おうとはしない。そしてセイネリアも、そこで軽く表情を崩すと、姿勢も崩して椅子の背に寄りかかった。

「言いたくないならいい。最後の質問だ。シーグルを追っていて、剣を手に入れた後の俺は『見えた』か?」

 それを言うと同時に笑みを収めたセイネリアを、詩人も笑みを消して見返した。
 2,3呼吸分の無音の後、詩人は溜め息をついた。

「見えませんでした。シーグル様を助けた時の貴方の姿は見えたのですが、その後にシーグル様と貴方がいる筈の場面でも、貴方の姿だけはいつもぼやけて、見えなかったんです」
「朝言っていた、俺の昨日の行動は見えていたんじゃないのか?」
「あれも正確には貴方の姿を見ていません。見えていた馬や、足跡からの憶測ですね。……実は、あの起こりえなかった物語なら貴方が剣を手に入れなかったのではという推測は、そちらでは貴方の姿が見えていた、という事からもあるのですけどね」

 セイネリアは肘掛に肘をついて手で頬杖をつく。その格好からもそうだが、次に出された彼の声も穏やかで、彼の意図が読めずにカリンが不安を覚えた程だった。ただし、話の内容が穏やかだったかまでは、カリンには判断出来なかったが。

「なら、どうやって俺のあいつに対する気持ちを知った?」

 少し、冗談めかしているようにさえ聞こえるその質問の内容は、恐らく、彼にとっては重要な意味を持つ筈だった。だからなのか、詩人も酷く言い難そうな様子を見せていた。

「それは……シーグル様を辿っていて、彼の反応を見て、ですね」

 その答えは、セイネリアにとって納得出来るものだったのだろう。彼は目を閉じた。

「そうか」

 セイネリアは、笑みというよりも、穏やかな微笑みを口元に浮かべ、満足げな息を吐く。だからカリンは、セイネリアのこの後の返事もすぐに分かって、さて彼をどう扱うべきかと考え出した。



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セイネリアさんが見えなかった、という件については理由はまたそのうちに。
次回にエロがあります。短いですけどね。



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