愛を語るは神官の務め





  【2】



 最初に見えたのは、金髪にも近い明るい茶の頭が、大柄な男達の合間で控えめに動いているところだった。次に、建物の奥を見る為か、ひょいと男達の影から覗かせたその顔は……ウィアは最初、女の子だと思った。それくらいには可愛いといえる容姿の、多分男だった。というのも、恐らく彼と思われる人物がしている格好は男ものの鎧で、女だとしたら男装というレベルの服装になるからだ。
 ウィアの瞳が大きく開き、声も期待に明るくなる。

「身長は同じくらいかなー、ちっとだけあっちのが高いかな。いやまぁそんくらいは誤差だ誤差。格好からすっと剣士かぁ。あ、髪長いのかな、いいねいいね、いいんじゃねっ」

 剣士なんていう泥くさい職業には見えないその人物は、優し気な女性ぽい顔立ちで、明るい茶色の髪は長そうで、どうやら後ろでまとめているように見えた。
 ウィアはすぐに椅子から立ち上がると、頭のフードを下ろして、列の中にいるその人物に向かって歩いて行った。

「ちょっと、いいかな」

 声を掛けると、その人物は、目を丸くしてウィアの方を向いた。
 近づいていけばよく分かる、大きな空色の瞳に控えめな唇の可憐な少女のような青年。金髪に近い、やわらかな明るい茶の髪は思ったよりもずっと長く、ゆったりと後ろで纏められて腰近くまで伸びていた。恐らく背はウィアよりもすこしだけ高いのかもしれないが、正面に立ったときの目線は殆ど同じくらいだ。
 その見た目で鎧を着ているのは不思議ではあるが、外見的な部分では、ウィアの理想をほぼパーフェクトに満たしているといえた。

「さっきから何かを探してるみたいだけど、どうかしたのかな?」

 ウィアが、出来るだけ柔らかい笑みを浮かべてその青年に話し掛ける。自分が可愛い顔という事を重々承知しているウィアは、初対面の相手に警戒させないで話し掛ける事は得意だった。ついでにリパ神官の印の肩掛けをみれば、少なくとも悪い意味で心当たりのあるような連中以外はまず警戒なんてしない。

「あー……」

 空色の目を更に大きく開くと、青年は少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめて頭を掻いた。

「いえその、探してるというか、並んではみたんですがここでいいのかなと……」

 それで列の頭の方の様子を伺いたかったもののなかなか前が見えなかった、と言いながら、青年は照れ隠しにかにっこりとウィアに笑い掛ける。心中、それだけで心の鐘が鳴り捲ってテンションが上がっているウィアは、負けじとばかりにこちらもにっこりと笑みを浮かべた。

「この列は評価列かな。化け物や害獣を倒してきた時に、その戦利品をみせて評価点を貰う為の列だよ」

 聞いた青年は、今度は嬉しそうに笑った。

「あぁ、ならここでいいんですね。わざわざ教えてくださってありがとうございます」

 あぁ可愛いなぁ、なんて、ウィアが思っている事なんて知りもせず。ついでにいえば、実は青年の方も、それでまた笑ったウィアを見て可愛いと思っていたのだが。お互いに笑って話している二人に、微妙に視線が集中している中、当り障りのない会話をどうにかしてウィアは続ける。

「ところで、その様子だと首都は初めてとか?」
「初めてではないのですが、ここで評価して貰うのは初めてで。普段は別の街にある事務局に行っていたので」

 他愛ない会話で近づいて、相手が気を許しだした頃合をみてこの後の予定を取り付ける、というのがウィアの計画なのだが、最初から警戒した様子を全く見せないおっとりとしたこの青年を見れば、まず出だしは成功と思っても良さそうだった。

「じゃぁ、首都だと紹介所は事務局の中にないのって知ってるかな?」
「あ、そうなんですか?」

 キョトンと目を丸くして驚く顔は、あどけないといえるもので。ウィアは彼の反応に心でガッツポーズを決めた。

「一箇所にするとと混雑しすぎるとかで、別の場所になってるんだよ。紹介所自体も一つじゃないし、首都だけにしかない冒険者用の施設もあるし。えぇっとその……俺この後ヒマなんで、もしよければ案内しようか?」

 この時のウィアの笑顔は、それはそれは人の良さそうな、更にいうとどう見ても実年齢よりは5つ程下に見えるくらい可愛らしい笑顔だった。たとえ内で考えている事は、羊の皮を被った狼よろしく、下心丸出しだとしても。

「あー……」

 少し間の抜けた声を上げながら考え込む青年の顔を見て、ウィアは笑顔の下で、期待と下心に胸をドキドキさせて返事を待っている。

「では、そちらに迷惑でないなら、ぜひ」

 歓喜の叫びを心であげつつ、この後の展開をウィアが頭でシミュレーションしていたのは言うまでもない。

「俺はウィア・フィラメッツ。見ての通りリパの準神官。出身はテマだけど、首都にきてからもう4年になる」
「私はフェゼント・セパレータといいます。一応その……騎士、です」

 何故か恥ずかしそうに騎士だと小さな声でいう彼に、ウィアはちょっと首を捻る。確かに胸当てをよくみれば、騎士の印である騎士団の紋章が胸についていた。

「騎士なんだ、すげーじゃん。それじゃ見かけによらず実は結構強いんだろ」

 いわれたフェゼントはとんでもないというように、顔を赤くして左右に激しくぶんぶんと振った。

「い、い、いいいえ、私はそんな強くないですし、なれたのが不思議というか、そのっ、騎士と名乗っていいのか自分でも……」
「でも、騎士って名乗るなら、ちゃんと試験にパスしたんだろ?」
「え、えぇまぁ……」

 この国において騎士と呼ばれるのは、騎士試験に合格したものを指す。
 騎士の称号を持っている場合、信用が高いとして割のいい仕事を貰いやすいのもあって、腕に自信がある冒険者は騎士になりたがるものが多い。騎士団への入団希望をしない限りは、一月に一度訓練に参加する事くらいしか強制されるものはないので、自由度も高く、冒険者としては都合がいいというのもある。もっとも、派兵が必要な事態になれば真っ先に集められる事になる訳だが、現状のところ、ここ何十年もクリュースはそこまで大規模な他国との争いはない。

 ついでにいうと、ウィアはそのへんの勉強大好き神官達と違って腕っぷしに自信はあるが、所詮補助魔法と治療がお仕事の立場なので、騎士様とお近づきになれるなら、冒険者の仕事的にもとても都合がいい。

 ――とりあえず知り合いになっておけば、後でいくらでも誘う口実が出来そうだ。

 こんなにも都合がいいことだらけだと、これぞまさに運命の相手と思ってしまっても仕方ないじゃないか、とウィアは思う。欲を言えばフェゼントが女性ならばもっと問題はなかったのかもしれないが、男にしては細いものの、残念ながら女性という声ではなかったし、ほんの少しだけではあるが喉もでっぱりがありそうだった。だが、最初から性別はウィアにとってはそこまで大きな問題ではなかったので、それが障害にはならない。

「えーと、フェゼントってのは言い難いんでフェズって呼んでいいかな。俺の事はウィアって呼んでくれ」

 ちょっと俯いてしまった相手に、ウィアは殊更明るい声で話を振る。フェゼントは驚いたように顔を上げて、それから照れくさそうに微笑んだ。

「は、はい。構いません、ウィア」

 戸惑いがちにこちらの名前を呼ぶ仕草は、ウィアとしてはかなりのツボであった。そこからあらぬ妄想が頭に浮かびそうになるが、ぐっと抑えて、顔のにやつきをただの笑顔に変える。

「それじゃフェズ、早速いこうぜ♪」

 そう言って騎士の青年の手をとると、ウィアは上機嫌で歩き出そうとした、のだが。

「あ、あのっ、待ってください」

 引っ張られて体勢を崩しながら、フェゼントが申し訳なさそうにウィアに言う。ウィアは振り返って一瞬考えたものの、フェゼントがいる周囲の男達の視線を見て、ポンと手を叩いた。

「あー、そかそか。評価貰うんで並んでたんだよな。ごめんごめん」

 照れ隠しにカラカラと笑うウィアを見て、フェゼントは本当に申し訳なさそうに、小さな声で言う。

「出来れば、評価が終わるのを待っていただけると嬉しいのですが……荷物が重くて、少々このまま動き回るのはきついんです」
「了解了解、あー評価終わってもここでそのまま売っぱらわないで、ついでだからいい商人紹介してやるんでそっちで売るといい。多少でも高く売れた方がいいだろ」

 化け物を倒した証拠の毛皮や牙、珍しい鉱石やら薬になる植物は、見せればその入手難易度によって冒険者としての評価点が加算され、そのまま事務局で買い取ってくれる。ただし事務局で買い取るのは、商人や、原料としてそれらを欲しがる医者や職人達に売れる値段よりはもちろん安く、そのあたりに詳しい冒険者達は自力で高く買い取って貰えるところに売りに行くのがお約束だ。

「ちょっと多いのですが」

 心配そうにいうフェゼントが持つ袋は、見れば確かにそこそこの膨らみがある。重いのだろうか床においてあるあたり、売りさばくには少々手間かもしれない。
 だが、ウィアとしてはそれもまた都合がいい。なにせ、売るのに時間が掛かるという事は、その所為で彼と長く一緒にいる口実が出来るのだから。

「問題ないよ、案内はそっち行きながらも出来るしな」

 彼を安心させる為に、ウィアはとびっきりの笑顔を浮かべる。
 つられるようにフェゼントもにこりと笑って、二人はそのまま雑談をしながら列に並んだ。

 そして、実際のところ、荷物を全て売り切るのは、ウィアの予想以上に時間が掛かる事になった。







 日はすっかり暮れて、沈んでしまった太陽の光が空の裾を少しだけ縁取り程度に黄色く照らす、夕焼けも終わった頃。
 首都セニエティの街の中では、街灯に魔法の火を入れて回る役人が、のんびりと鼻歌を歌いながら歩いている姿があちこちで見れる。薄暗い街角に、てらてらと黄色い明かりが浮かんでいく様は、何度みても一種の感動を覚える美しさがあって、思わず足を止めて眺める人々も多い。

「これで全部終了、かな」

 4件目の店のドアを閉じて、外の暗さに驚いているフェゼントにウィアは言う。
 フェゼントの袋は一ヶ月分の成果という事で、量が大変な事になっている上に種類もいろいろと多かった。その為、それにあわせて店をあちこち回る事になり、案内どころかそれだけで日が暮れてしまった。
 事務局で売る場合は、どれだけ種類があっても一括で買い取ってくれるから、手間を考えると多少安くなるのは仕方ない、と事務局売りする者が多いのも分かるとウィアは初めて思ったくらいだ。

「こんな遅くまでつきあって頂いてすいません。本当に、ご迷惑だったんじゃ……」

 明らかに狼狽しているフェゼントは、ちょっと泣きそうな声になりながら、何度もウィアに頭を下げる。言われた当のウィアとしては、もちろん迷惑なんて事はなくて、『困った顔も可愛いな』なんて事を考えていたのだが。

「いやー、気にしないでくれよ。俺こういう交渉とか好きだしさ」

 とはいえ、返す態度は出来るだけ紳士を装って。最初の印象は大事なので、ここで焦るとよい結果を生まないというのが分かるくらいには、ウィアはこの手の場数を踏んでいた。

「でも、本当にこんな遅くまで、何かお礼をしないと……」
「え、いや、いいよ、いいって。そういうつもりじゃなかったし、ホントに暇だったからさ。フェズと知り合えただけで十分俺としては嬉しかったし」

 最後の言葉は本心で。ただし、実はそういうつもりじゃなかったというのは半分嘘なので、こんなに申し訳ない顔をされると少しウィアの心も痛む。お礼ときいて、一瞬即飛びつきそうになった自分自身が恥ずかしい。

「俺もほら、久しぶりの奴等にも顔出せてよかったしさ。俺の仕事だとあんまあのオッサン達に持ってくようなモンでないからなぁ」

 言ってもフェゼントの顔は晴れない。ウィアはちょっと困りながらも考えて、そしていい事を思いついた。

「あー、じゃぁほら、いい時間だしさ、どっか夕飯食べに行こうぜ。ここの近くで、安くてうまい店知ってるからさ。んで、フェズはそこで俺に一杯奢ってくれりゃぁいい」

 そこでフェゼントは少し驚いたように瞬きをしてから、納得したのかにっこりと笑った。

「あぁでは、一杯なんていわずに食事代は私が出しますよ。貴方のおかげで予定よりもかなり収入がありましたし、お礼代わりにぜひそうさせてください」
「え、えぇぇえ、いやそこまではー」

 ウィアとしては、ここでさよならでなく食事に誘えさえすればよかったので、そこまでさせるのはちょっと気が引けた。かといって、言い淀むウィアにフェゼントが心配そうに笑顔を崩したのを見ると、仕方ないかと諦めた。

 ……どっちかといえば、こういう時は自分の方が奢りたかった、というのはウィアの男としてのプライドなのだが、相手も男だという事はこの時のウィアの頭にはない。

「それじゃ、悪いけどお言葉に甘えちゃおうかな」

 返事を聞いたフェゼントがほっとした笑顔を浮かべ、思わずウィアはそれに見とれた。






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