彷徨う剣の行方
シーグルと両親の過去の事情編





  【3】




 事務局の長椅子に座って、ウィアは大きな溜め息をついた。
 シーグルの事を考えれば考える程、溜め息しか出てこなかった。

 あの後、シーグルと別れ、ウィアは今日の仕事の日程を延長してもらうか断るかを依頼主に尋ねる手続きをしに、事務局へとやってきていた。
 手続き自体はすぐに終わったものの、すぐに帰る気にもならなくて、事務局で時間を潰していたのだ。
 帰れば、フェゼントとラークがいる。
 彼らに会う前にどうにか少し頭を冷やした方がいい。
 だが、こうして座っていても煮詰まるばかりで、ウィアは先程からずっと顔を顰めて負のオーラを撒き散らし、回りの者を座らせない、長椅子の主となっていた。

 ――俺じゃだめなんだ。フェズが言わなきゃ、シーグルは救われない。

 分かってはいたのに、我慢が出来なかった。
 フェゼントに言わせてシーグルと和解させる筈だったのに、ウィアが言ってしまった。フェゼントが言った彼を拒絶する決定的な言葉を、それが違うのだと否定するのはフェゼント本人でなければならない。

 ――俺って、本気で気が短いなぁ。

 軽く自己嫌悪に陥ってもいたウィアだが、それよりも、あまりにも救われない考え方をしているシーグルに対する怒りやらやるせなさやら焦りやらがごちゃまぜになって、自分でもどうしていいのか分からなくなっていた。
 いくら考えても、というよりも、考えてしまえばどうしても、感情に振り回されてマトモに頭が回らなくなる。
 基本、考えたり、悩んで迷ったりなんて事はウィアはしない。
 だから煮詰まりすぎて、いっそ暴れたいくらいの気分になっていた。
 そうして座ってからずっと一人百面相をしては顔を顰めて考え込んでいたウィアは、あまりにも自分の考えの中にいた所為で、隣にずっと誰も座っていなかった事も、けれども今、見知らぬ男が座った事にも全く気付いてはいなかった。

「ども、初めまして、女の子みたいに可愛い神官の坊や」
「なんだとっ」

 考え込んでいても反射的に反応したウィアに、知らない声は冷静に返す。

「おっと、ちょっと話があるんでそのままで。小さい声で話してくれても俺は分かりますんで、そのまま俺に気付かない振りしててくれますかね。俺と知り合いだと思われない方がそちらの為っスからね」

 注意深く声の方をちらりと見れば、その主が隣に座っている男なのは分かるが、ぱっと見、彼は壁に寄りかかって寝ているように見え、唇も動いているようには見えなかった。

「器用だな、アンタ」
「そりゃもう、プロっスからね。あぁ出来たら、口元見えないように、俯いてくれたりするとベストっス」

 男の姿は、灰色の髪以外、全身上から下まで黒一色。黒いマントで腰から上をすっぽり包んでいるから分からないが、もしかしたら中の服には例のエンブレムがついているのではないかとウィアは思う。

「アンタ、セイネリアんとこの人間か?」

 男の外見と今の状況だけで、ウィアだってそれくらいの予想は出来る。

「おや、なかなか鋭いっすね。正解っスよ。そんなら話は早いですかね」

 とはいえ、敵意はないものの男の気配はどこか不気味ではある。
 ただ、相手が本当にセイネリアの手の者であるなら、助ける事はあっても、ウィアに危害を与えてくる事はない筈だった。

「まぁ、早い話がですね、先程あの騎士の坊やと何話していたかが聞きたいんスけどね」

 そこでウィアは、また彼とのやりとりを思い出して溜め息をつく。

「相当に盛り上がっていたようでしたねぇ……察するとこ、おたくはあの兄弟を仲直りさせようって動いてるように見えますが?」
「そうだよ、でも、あいつがあんまりにも救われない考え方してるってのが分かってさ」
「ほう、それはどんな?」
「あいつは自分がどうなろうがいいんだ。兄弟さえ守れてれば、自分はどうでもいいって思ってる」

 声は一瞬考え込むような間をあける。
 次に返された声は、先程からの冗談めかした軽い口調とは少し違って響きが硬かった。

「そいつは……確かにやっかいですねぇ」

 それを本気で言っているのなら、やはりセイネリアはシーグルを助けるか守るように動いているのだと思う。そもそもそうでなければ、ウィアを使ってシーグルが捕まった時も、あんなにいいタイミングであの男が現れる筈はない。

「シーグルは何でも悪い事は自分の所為にしてる。自分を自分で追い詰めてる。このままだと自分で自分を壊しちまう」
 
 ウィアはまた溜め息をついた。
 それには苦笑したような気配が男から返る。

「俺の方も溜め息をつきたい気分っスね。こっちも出来ればあの坊やには無事でいてもらいたいんで」
「セイネリアの命令で?」
「そうっスねぇ……直接命令は受けてないスけどね」
「でも、セイネリアはシーグルの事本気で愛してるだろ」

 そこでまた男は一瞬黙る。
 ウィアは唇を尖らせた。

「なんだよ、事実だろ」
「いやその……ちっとお願いなんですが、その事は他人に喋ったりしないで貰えますかね」
「なんでだよ?」

 ウィアはちらりと、横目で男に視線だけを向ける。
 眠ったふりをして目を閉じていた男が薄く目を開け、髪と同じ灰色の瞳でウィアを見る。

「これ以上、あんたらとあの騎士の坊やに敵を増やしたくないなら黙っとけって事です」

 軽い口調につい気を許していたが、男の瞳に、一瞬、ウィアの背筋に寒気が走る。男が自分でその道のプロだと言っていたのを、今更ながらにウィアは実感した。

「分かったよ。……ところで、俺もあんたに質問があんだけどさ」
「何でしょう?」

 男から視線を外して、ウィアも溜め息と共に壁に背をつけた。

「さっきの俺達のやりとり知ってるって事は……アンタ見てたのか? もしかしてシーグルの事つけてたりしたのか?」

 それはちょっとした疑問だった。
 だが、それが肯定されるなら、シーグルに何かあった場合でも多少は安心出来る。少なくともこの男くらいの人間がついてるなら、余程の事態でもなければ大丈夫だとウィアは思う。

「えぇ、そうっスよ。あの坊やを見てるのは俺のお仕事だったんで。……まぁ、俺もちょっとばかり別件の仕事入ったンで、今は別のヤツがあの坊やについてますけど」
「そいつもアンタくらいデキるヤツなのか?」
「まぁ、俺程じゃぁないっスけど……無能はウチにはいないんで。あぁいや、いないとはいいませんがね、ちゃんとマトモに使える人間しかあの坊やにはつきませんよ」

 言いながら僅かに男が笑ったのが気配で分かる。
 男の目を見てから緊張が抜けなかったウィアは、男の空気が柔らかくなったのを感じて驚いた。

「そんじゃぁ、俺はこんなトコで。あんま道草食ってる訳にはいかないンで」

 言いながら男は今起きたとでもいうように欠伸と背伸びをして、わざとなのだろう、少しふらつきぎみに席を立つと、出口に向かって歩いて行ってしまった。







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次回はシーグルの回想回です。


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