彷徨う剣の行方
シーグルと両親の過去の事情編





  【1】




 早朝の空気は、昼間より冷たく、朝露をまとって湿気を帯びている。
 激しい動きと共に大きく吸い込んだ空気は澄んでいて、熱い肺の中身を心地よく冷やしてくれる。

 誰もいない早朝の森の中、剣が空気を斬る音が響く。
 息継ぎの音や、唾を飲み込む音さえもが耳にハッキリと届く静けさの中、シーグルは只管に剣を振っていた。
 型から型へ、途中に仮想敵の攻撃を躱しながら、流れるように正確に軌道を走る剣先。騎士の剣は化け物相手ではなく、本来人間を敵とした物である。相手が取るだろう動きを予想し、敵の剣先を頭に描いて、速く、正確に、剣の重量をコントロールして敵の攻撃に対処し一撃を与える。

 体力のないシーグルでは、打ち合えば打ち合うだけ不利になって行く。だから即座に相手の動きを見切って、先に傷を負わせないと敗北に向かって行くだけだ。
 速い踏み込みと速い剣の振り、自分の弱点をわかっているからこそ、軽い体重の利点を生かして体捌きを磨くしかない。頭の中で幾パターンもの戦い方を想定して動きを体に馴染ませて置くのは、実際の戦闘時に出来るだけ判断から体が動くまでの速度を上げる為だった。いくら体が速く動いたとしても、判断から動き出すまでのタイムラグが多くては何の意味もない。

 重い剣を振っていれば、その為に必要な筋肉は自然と付く。振りつづければ体力も出来る。だから一番基本の鍛錬はただ只管武器を振る事だった。
 朝、起きてすぐに森へ出て、シーグルは剣を振る。特に急ぎの仕事が入っていない限りは、毎日続けられている日課だった。

 ただし、このところは、こうして剣を振るだけの時間が長くなっていたのだが。

 戦っている時、こうして剣を振っている時は、それだけに集中して何も考えずに済む。シルバスピナ家で暮らし始めてから騎士になる為に訓練を始めて、体を動かしている時だけがシーグルに心の負担を忘れさせた。
 だから精神的にきつい事があれば、シーグルはそれを忘れる為に兎に角体を動かす。剣を振る事は一番手軽な方法だった。冒険者になってからは、余計な事を考えられない程度には難しい仕事を受ける事も、精神的な負担を紛らわす方法だった。
 その所為で、体に無茶をさせすぎて倒れた事も何度かある。
 死を近くに感じた事も1,2度ではなかった。

 ――俺は、死にたいのだろうか。

 そう思った事も数度。死ぬかもしれない、と思った時に、死にたくない、と思った事がないからだ。ただ、その度に死ぬ訳にはいかないとは思ったから、こうして生きてはいる。

 流石に息が上がって、疲労の所為で腕が思う通りに動かなくなったのを自覚したシーグルは、剣を下ろして休憩を取る事にする。
 切り株に腰を下ろして一息つくと、荷物から水袋をとりだして少しだけ喉に水を流し込む。
 空を眺めれば、思った以上に太陽が高くなっていた。いつもであればとっくに街に戻って朝食を取っている時間だった。

 ――道理で力が出ない筈だ。

 ミルクと極僅かのパン程度でも一応栄養にはなっているらしい、と思って、だがもうこれから街にわざわざ戻るのが面倒になったシーグルは、荷物袋を再び開いた。
 そこから、茶色の小さな実を取り出し、口の中に入れる。冒険者達の非常食の定番ともいえるケルンの実は、歯で噛んだ途端、口いっぱいに味覚がおかしくなるような酷い苦味が広がる。
 勿論、味的には不味い。
 けれども、味を気にするまでもない程酷い味だからこそ、まだシーグルは食べる事が出来た。食べ物、というよりも薬だと思えばいい。どちらにしろ、この程度の量を摂るだけで、マトモな栄養を体に取り込めるのだからありがたい。
 口の中で噛み砕いて、再び水袋に口をつけると、水と共に無理矢理流し込む。
 未だ残る苦味に舌が痺れている。それに苦笑いをして、シーグルは溜め息をついた。

 ――何年、ぶりだったろうか。食事を美味いと感じたのは。

 口に広がる苦味はいつもの事で、これを食事などと思った事はない。
 食べ物だと思った途端に、食べ出してすぐ飲み込むのが辛くなっていくのがいつもの事だった。

 けれども昔は、そうではなかった筈だった。

 幼い昔、食事の時間、いつも兄と一緒に母の料理が出てくるのをテーブルで楽しみに待っていた。
 皆の笑顔の中で、懸命に口に頬張って腹一杯になるまで食べた。
 あの、幸せな時間を、思い出せば思い出す程今は食べられなくなっていた。

 けれどもフェゼントの料理は、あの時のなつかしい味だった。
 母親の作ってくれた料理と同じ、あの幸せな日々の味だった。

「今更、だ。今更……もう俺は家族ではない」

 シーグルはきつく掌を握り締め、目を閉じる。
 だが、微かな空気の違いを感じて目を開けば、目の前の木立から歩いてくる人影が見えた。
 全身黒い服に身を包んだ灰色の髪の男。その人物に、シーグルは見覚えがなかった。
 けれども、相手に敵意はない。そして彼の気配には極僅かに覚えがある気もした。
 男は、シーグルが見ている事を察すると、その場で笑みを浮かべ、優雅な動作でお辞儀をして見せた。

「こうして顔を見せるのは初めてになります。……俺が何者かなんかは、大体そちらも分かってるんじゃないかと思いますけどね」

 黒い服、ほぼ気配を感じさせないこの男は、恐らくセイネリアの部下だ。
 セイネリアが、シーグルを部下に監視させているという事は大分前から気付いてはいた。姿をきちんと捉える事は難しかったから確信は出来なかったものの、仕事中に何度かこちらをサポートしたような形跡がそれを裏付けていた。

「何の用だ。セイネリアからか?」

 男が予想通りの人物であるなら、姿を現したのには理由がある。
 シーグルが問えば、彼はにんまりと顔に笑みを浮かべた。

「流石にそれくらい分かってくれてたようで。まぁ、今回はボスからの用事じゃなく、俺個人の……ちょっとしたサービスってとこっスよ」

 ふざけた言動の男であるが、気配を感じさせない足取りといい、身のこなしといい、男がかなりの手練というのが分かる。体のあちこちに小型ナイフのような投擲武器を大量に差しているところを見れば、今のこの距離は、彼の間合いであってシーグルの間合い外、つまり男が自分に有利な位置で話している事も分かる。

「つまり、何が言いたい?」

 男が顔の笑みを消す。
 すっと細めた髪と同じ灰色の瞳は、昏い光を持っていた。

「今日、アンタの兄さんと神官が二人で仕事に出かけたって話を聞きましてね。そん時にどうやら二人程つけて行ったヤツがいたとか。……たまたま耳に入りましたンでね、一応教えて差し上げようかと思いまして」

 シーグルは目を見開いた。

「ついでに教えておくと、今日の兄さん達の仕事は薬師に頼まれて材料取りに行ったそうで、南の森からアウグスト山の方に向かって歩いて行くと聞いたような聞いてないような……」

 そこまで聞けばシーグルには十分だった。
 男に一応の礼を告げ、シーグルはすぐに馬に乗った。









 ――さて、ここにいる男達は何処の手の者だろう。

 ウィアはどう見ても追い込まれている余裕のないこの状況で、そんな事をまず考えた。

 やっと自分達でも問題なくこなせそうな仕事を見つけたウィア達だったが、まさかこんなに、待ち構えてたようにすぐトラブルが発生するとは思いもしていなかった。
 一応、襲われる可能性を考えていなかった訳ではない。
 ただシーグル絡みならば、まだこちらに対する優先順位は低いだろうと高を括っていたというのが本音だった。

 受けた仕事は、薬の材料採取。基本は南の森で、遠出してもアウグスト山の方まで行けば十分だと思われた。その辺りまでなら、猟師やら騎士団の結界巡回やらの人間に会う事も多いし、ウィア達と同じような目的の冒険者達も少なくはない。
 だから、この程度は危険という場所ではないだろうとウィアも思ったのだ。

「神よ、光を彼の盾に……」

 自分の前にいるフェゼントに、ウィアが呪文を掛ける。
 敵は二人、身なりはいかにも下っ端冒険者という感じで、安めの皮鎧と一部だけ金属の防具をつけた程度の、腕にそこそこ自信があるごろつきといった風情の男達だ。
 少なくとも、この間のようなその道のプロではない。
 弱いとは言わないが、フェゼントの方が強いのは明らかだ。
 とはいえ、相手は二人。
 今のところは悉く敵からの攻撃を防ぎきっているフェゼントだが、余裕があるとまで言える状態ではなかった。

「いい加減、諦めちゃいな、お嬢ちゃんみたいな騎士様」

 同時に襲ってきた男達の剣を、フェゼントは体をずらして片方を避け、片方を剣で受け流しながら踏み込み、マントを払って敵の足を後退させる。

 実際、フェゼントはよくがんばっていた。

 襲われてすぐに、ウィアは光の魔法が込められた石を空に投げていた。
 強い光を発するそれは主に目くらましで使う魔法アイテムだが、空に投げれば助けを求める意味を持つ。
 つまり、待てば助けがくる可能性が高い。こんな首都の傍なら、恐らく確実に誰かの目に止まった筈だった。
 フェゼントは時間稼ぎだと分かっているから、無駄に攻撃したりはせずに、相手の攻撃を払う事に徹底している。ただ、体力を極力使わないように、最小限の力で剣を受け流しているのは見て分かるものの、それでも彼に疲れの色が見えて来ていた。

 無理もない、とウィアは思う。

 フェゼントの体は騎士というには小柄で、それなりに鍛えてはいるもののまだ戦士として出来上がっていない。細いがぎりぎりまで鍛えているのが分かるシーグルとはまた違う、明らかにまだ未熟な筋肉。
 それで二人相手に、ずっと後ろのウィアを気遣いながら戦っているのだがら、体力は勿論、その緊張した精神からくる疲労も半端ではない。

 ウィアは先程から何度も盾の呪文を重ね掛けし、余裕があれば目くらましも使っていたのだが、最初の頃に比べて、術を使う間隔が短くなってきていた。つまり、それだけフェゼントがウィアのサポートに頼らざる得なくなってきているという事だった。

 男達がまた、何度目かも分からない攻撃をしてくる。
 あわせたようにぴったり同時に攻撃してくるという事は、相手も完全な馬鹿ではない。
 だが、今回はフェゼントが躱すより早く、一人が彼の剣の届かない位置から回り込み、後ろにいるウィアに向かってこようとした。

「ウィアっ」

 思わず振り向いて叫ぶフェゼント。
 だが彼の目が見たのは、紐に結ばれた赤い球が頭にぶつかり、その場で頭を押さえている男の姿だった。

「フェズ、こっちは気にすんな。寄せ付けないだけなら出来るからさ。それより術掛けられなくなるから気を付けろよっ」

 ウィアは普段から護身用として、長い布の先に硬い木で出来た球をつけたものを腰に巻いている。武器というには単純すぎるものだが、兜をつけていない相手ならば、頭のいいところに当たれば脳震盪くらい起こせる。
 戦闘においては素人とはいえ、自分の武器よりもリーチの長い攻撃手段の相手は嫌なものだ。男は警戒するように距離を取って、ウィアの様子をじっと見ていた。

「ウィア、無茶しないで下さいね」

 視線を敵に戻したフェゼントが言う。
 ウィアまでもが戦闘に直接参加した事で、男達は警戒を強め、攻撃の手を止めて様子を見て来ている。時間を稼ぎたいウィア達としては都合がいい。ついでにこの機会に術を掛けて置く事も出来る。

「ったく、怪我ぁさせんなって事だったのにな……」


 襲撃者達の呟きが聞こえて、ウィアはごくりと喉を鳴らした。
 すぐにまた男達は襲いかかってくる。
 ただし、ウィアの相手の男の方は、飛んでくる球を避ける為に足を止め、忌々しげに舌打ちをした。

「このガキが……」

 ウィアは球を振り回して、フェゼントから離れすぎない程度に男へ数歩近づく。それにあわせて男は後退するが、タイミングを見計らい、意を決して走り込んでくる。
 ウィアは球を敵に向けるが、男は持っている剣を前に出して、布毎球を絡め取った。
 今度は舌打ちをするのはウィアの番だった。
 男は笑みを浮かべて剣を試すように引き、ウィアはそれに引かれるまま男に一歩近づく。力比べになれば、当然ウィアに勝ち目はない。
 優位性を確信した男は、次は片手を剣から離し、その手で手繰り寄せるように思い切り布を引っ張った。
 だが、ウィアが体勢を崩したと思った途端、布のもう片方の先につけてある球が男の頭に当たる。痛みに思わず布を引き寄せていた男の手が離れる。

「てぇっ、このくそガキっ」

 内心、ウィアは『やった』と思って顔に笑みを浮かべていたのだが、不味い事にそれだけで終わりにはならなかった。
 頭を押さえた男が、怒りを露にして布を絡めたままの剣を引く。
 油断していたウィアは、今度は本当に体勢を崩してそのまま地面に転がった。

「ウィアっ」

 フェゼントが叫ぶ。
 と、同時に、余所見をしたフェゼントの手から剣が叩き落された。
 重い金属が地面を叩く音に、流石のウィアも血の気が引く。

 けれど、フェゼントはまだ諦めていなかった。

 剣を落とした事で気を抜いた男の隙をついて、倒れているウィアの前まで行き、今度は腰から両手に短剣を抜いて持つ。それで構えをとったフェゼントに、男達が驚いた顔をして見せ、だがすぐに笑い出した。

「そんな獲物で二人を相手にするのかぁ」

 顔に笑みを張り付かせたまま、男の一人が斬りかかって来る。それをフェゼントは二本の短剣で受け止め、すぐに横に払って攻撃を躱す。
 男達の顔から笑みが消えた。
 今度は本気だと分かる顔で、男達は同時に剣を構え、フェゼントに向かってじりじりと間合いを詰めてくる。
 ウィアは起き上がるよりもまず、その体勢のままフェゼントに向けて盾の呪文を唱えた。それからすぐにめくらましの呪文も唱え始める。
 だが。

「何をしているっ」

 聞こえた声に、ウィアは一気に安堵して体から力が抜けた。
 すぐに銀色の甲冑に包まれた騎士が、男達の後ろに姿を見せる。

 流石に、明らかに格の違う相手が現れた事で、男達が狼狽しているのが分かった。
 男の一人がそれでもこちらを盾に取ろうとしたのか、近づいてきたのをフェゼントが上手く躱して転ばせる。
 シーグルが剣を抜いて、男達に構えながら近づいてくる。
 ここまでくると男達も無駄なあがきは諦めたようで、彼らは顔を見合わせた途端、倒れた男は起き上がり、すぐに二人で全力で走り出した。
 シーグルはそれを追おうかと一瞬体を乗り出したが思い直し、男達が森の中で姿が見えなくなるまで見送ってから、視線をフェゼントの方へ向ける。

「大丈夫か?」

 剣を納めながら近づいてくるシーグルに、ウィアは笑顔を浮かべる。

「あー、どうにか。フェズががんばってくれたおかげでさっ」

 言いながら起き上がろうとすれば、ウィアを庇うように立っていたフェゼントの体が急に傾いで、ゆっくりと地面に向かって倒れ込む。

「フェズっ」

 急いで起き上がったウィアだったが、間に合う筈はない。
 けれども、倒れたフェゼントが地に付く前に、シーグルがその体を抱きとめた。
 ウィアはほっとして、立ち上がったその体勢から崩れるように膝をついた。
 シーグルはフェゼントをそのまま抱き上げる。

「フェゼントに、怪我は?」

 聞かれたウィアは、思わずその様を見蕩れていた事に気付いてはっとした。

「あー、多分大丈夫、敵の攻撃がまともに当たったのは見てない。……フェズさ、すっごくがんばって戦ってくれてから、一気に気が抜けたんだと思う」
「そうか……」

 安堵した様子のシーグルは、優しい視線を腕の中のフェゼントに向ける。
 ウィアも眠るフェゼントの顔を見て、そして自然と目から涙が滲み出してくるのを感じていた。
 きっと本当に、フェゼントは限界ぎりぎりまで気を張っていたのだ。ウィアを守ろうとして一生懸命、諦めずに。

「ならば医者ではなく、運ぶのはウィアの家の方でいいだろうか?」
「あ、うん。それで大丈夫、俺も多少は診てやれるし、兄貴もそのうち帰ってくるだろうしさ」
「ではウィアは、フェゼントの武器を持ってきてくれ」

 言われた通り、ウィアがフェゼントの武器を拾ったのを確認すると、シーグルは彼がやってきた方向へ向かって歩きだす。
 いくら小柄でも、鎧をつけたままのフェゼントは相当に重い筈だった。
 それを軽々とまではいかないものの、抱き上げて運んでいるシーグルは、見た目からは想像がつかないくらいに力があるのだろう。
 だから思わず、ウィアも呟いてしまう。

「シーグルってさ、結構、力あるんだな」
「そうでもない。力では……全く適わない事の方が多い」

 苦笑して彼が思い浮かべる適わない相手というは、あの化け物のような黒い騎士の事だとウィアは即座に理解した。あれは規格外だから仕方ない、とは思っても、あの男に勝てないならば力がある意味がないと、シーグルがそう考えても仕方ない。
 どう声を掛けようかと考えたウィアは、だがシーグルが足を止めた事で驚いて前を見た。

「誰だ?」

 シーグルの声に、木の向こう側にいた気配が動く。
 それが分かったウィアもまた、聖石を握りしめて、その木の方を睨みつける。

「いやすまん、敵じゃない。助けを呼ぶ光が見えたのでね、やってきてみたのだが……もうそれは解決した後という事でいいのかな?」

 声を聞いて、ウィアは緊張を解く。
 木の影から現れたのは、一人の男。ただし、手を上げて敵意がない事を示している。
 だがシーグルは、未だに男を胡散臭げに睨んでいた。

「ならば何故、隠れて見ている必要があった」

 それでバツが悪そうに頭を掻く男もまた冒険者なのだろうが、身に付けている装備は安っぽくはなさそうで、こげ茶の髪に僅かに混じる白髪といい、いかにもベテラン冒険者といった風情に見える。

「いやその……出て行くタイミングを逃したというのもあるんだが……立ち去るには、その、少し気になった事があってね、確認したくて見ていたんだよ」
「確認?」

 シーグルが眉を顰める。

「もしかして君は……アルフレートの息子じゃないかね? アルフレート・レクス・リア・シルバスピナの」

 シーグルの瞳が見開かれて、今まで纏っていた緊張が解ける。

「父を、知っているのですか?」

 明らかに表情を柔らかくして、声音さえ変わったシーグルが男に聞き返す。

「あぁ、やはりそうか。いやぁ本当にアルフレートにそっくりだ、君は……となるとアイツの二番目の息子でいいのかな?」

 シーグルが頷くと、男はまた笑って、今度は眠っているフェゼントに目をやる。

「となれば、そっちはもしかして上の子かな。あぁ本当に、聞いていた通りだな、こちらはエーレに瓜二つだ。彼は……どうしたのかね?」

 エーレというのは母親の名前だろうか。
 確かにフェゼントは母親にそっくりだと、ウィアはシーグルからもラークからも聞いていた。

「フェズは気が抜けてちょっと倒れただけだよ、そんでこれから俺の家に運びに行くとこ」

 すぐに返事をしなかったシーグルを見て、ウィアが前に出て代わりに答えた。
 そこで気付いたように、シーグルが男に礼をする。

「そういう訳なので、今は出来るだけ早く彼を運びたいのです。申し訳ありませんが、話はまた後日に」
「あぁ、そうだな。それがいいだろう」

 男は言って、道を開けるように前を退いた。

「私の名前はシェン・オリバーと言ってね、君のご両親とは昔パーティーを組んでいて、君の父上とは親友と言ってもいい仲だったんだよ。もし気が向いたら、当分は首都の『赤い角笛亭』というところにいるから尋ねてきてくれ」

 細めた黒い瞳は、優しげな笑みを浮かべていた。





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はい、本編再開です。初回はシェンさん出すまで書きたかったからちょっと長めです。

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