剣を持つ者は愛を知らず





  【4】



 それは、遠くに首都セニエティの町並みが僅かに見え出した、海岸沿いの林を抜けるところで起こった。
 林の出口に黒い騎馬の影を見て、シーグルは馬を止めた。

「って、どうしたんだ?」

 木の隙間から見える海を見ていたウィアは、明らかに緊張を纏ったシーグルに驚いた。
 そして、訳がわからず混乱しているウィアに彼は振り返ると、降りて欲しいと言って手を伸ばしてきた。

「面倒が起こった。言った通り、ウィアは隠れているか、先に首都に戻っていてくれ」

 そうしてシーグルは、ウィアを降ろすと、状況の説明を求めて疑問を投げ掛けられるのも無視して馬を進ませる。それを見たのか、遠くにいる影もゆっくりとシーグルに近づいてくる。
 シーグルはまだ距離があるところまで近づくと、その鼻先を相手の正面に向けたまま馬を止める。武器を構えはしないものの、相手に意識を集中し、緊張しているのがその背からも分かる。
 相手に対して敵意を発しているシーグルに、ウィアは最初、冒険者の手柄狙いの者がいたのだと思った。サインのついた仕事の依頼書や、討伐した化け物の印(爪とか牙とか)を盗んで、自分の手柄として事務局に持っていく、そういう輩に襲われたのだと思ったのだ。
 だが、考えてみれば、それにしては様子が違う。
 そういう相手なら、ウィアにも援護をしろと言ってくる筈だし、そもそも面倒事なんてぼかした言い方をする必要はないと思う。

 ――言い方からして、本当は俺に見られたくないんだろうな。

 それは予想出来たものの、好奇心が強いウィアは結局その場に隠れて様子を見ることに決めた。
 シーグルがフェゼントの弟ならば、自分の弟みたいなものでもある、と自分にいいきかせ、好奇心を心配だからと言い訳する。
 それでも一番はやはり気になるという一言なのだが、心配なのも本当だった。
 シーグルがいろいろ精神的にきつそうな状態なのは、今回のことでウィアも分かった。だからこれ以上、あまり彼に悪い事は起こって欲しくなかった。

 そのウィアの願いはもちろん、裏切られる事になるのだが。

 相手に意識を集中し、動かないシーグルの元に、馬に乗った黒い影が近づいてくる。
 馬上で構えるわけでもない相手は、だが手には槍を持っていて、シーグルの近くまで来るとその槍を彼に向けて放り投げた。
 それはもちろん攻撃ではなく、シーグルに向けて槍を渡すための動作で、実際シーグルはそれを受け取り、槍を渡した相手は引き返して距離を取った。
 ウィアは混乱する。
 シーグルの緊張から、これから戦闘が始まるのだと思っていたウィアにとって、相手の行動がよくわからなかった。
 だが、シーグルにはそれで通じたようで、彼は受け取った槍を確認すると、今度は盾を手に取る。更には荷物から何かを取り出して、どうやら兜の顎辺りに付けたようだった。普段は口元が見えていたシーグルの顔が完全に隠れている。
 見れば相手も槍と盾を手に持ち、馬上でシーグルの準備が出来るのを待っていた。

 ――つまり、槍で戦えって武器指定してきたって事なのかな?

 そうとしかとれないが、相手の意図がウィアにはわからない。
 どう見てもこれは、襲ってきた相手のとる行動ではない。状況的には、シーグルに危害を与える事が目的ではなくて、彼を打ち負かすのが目的だけのように見える。
 けれども、そうだというには、シーグルの様子は不自然すぎた。ウィアを降ろした時の彼が纏っていた、張り詰めた空気と硬い声からは、これが遊びの戦いだとはどうしても思えなかった。漂う緊張感で、見ているだけのウィアでさえ体が震えていた。

 シーグルが槍を構える。
 それと呼応するように、人影も槍を構える。
 そうして互いに睨み合って、唐突にほぼ同時に二騎の騎馬は走り出した。

 ウィアは下っぱ冒険者で、しかも聖職者だ。
 だから騎士同士の戦いなんて知らないし、人同士が争うのなんて喧嘩くらいしか見たことがない。
 馬が全力で走っているところだって、ウィアが見たのは初めてだった。
 馬が大地を蹴る音と勢いはウィアの予想以上で、その速度のまま真っ直ぐに正面衝突をしようとしている二人が無事で済む筈はないと思った。
 それでも今度はウィアは目を細めるだけで瞑る事はせず、思わず歯を食いしばりながら、二人がぶつかるその瞬間を目に納めた。

 低くて鈍い、質量同士がぶつかる音、そして破壊音。
 互いに相手を狙って槍を突き、破壊音はどうやら槍が折れた音のようだった。

 ちゃんと見届けようとしていたウィアは、だが、馬上でシーグルの体が後ろへと仰け反ったのを見て、怖くて目を閉じてしまった。
 馬はすれ違った後も勢いのまま走り、しかし次第に速度を失って足を止めたのが音で分かる。
 ウィアが祈りながらそっと目を開ければ、馬上の人影はどちらも無事のようではあった。
 だが、葦毛の馬の銀の騎士は体勢を崩し、落ちてはいないものの背を曲げてどうにか落馬を逃れただけの状態に見えた。息も荒い。あれだけの打ち込みの後では仕方ないと思う。対するもう片方の騎士が、余裕さえもって背を伸ばして馬を宥めている姿を見れば、ウィアでも勝敗は理解出来た。

 シーグルより、相手の方が強い。

 二人が近い場所にいると、その体格差がウィアの位置からでも分かった。
 それでもシーグルはどうにか体勢を立て直し、馬の上で背を伸ばす。無事な姿にウィアはほっとするものの、戦いはこれで終わりにはならなかった。
 黒い騎士が、手に持っていた槍を捨てて馬を降りる。気付いたシーグルの方も馬を降りて、二人はほぼ同時に剣を抜いた。
 双方が地面に降りると、その体格差はさらにはっきりと分かる。
 シーグルはそれなりに背は高い方だと思うが、相手の方は更に高い。大男とはいわないまでも戦士らしい立派な肩幅のその人物は、遠くからは黒い影に見えたのだが、本当に黒い鎧に黒いマントと黒ずくめの格好をしていた。上から下まで黒で固めたその甲冑姿は、銀色の鎧のシーグルとは対照的だった。
 二人は剣を構えて近づき、一定の距離までくると足を止めた。
 間にある緊張感に、見ているウィアが息を飲む。

 最初に攻撃を仕掛けたのはシーグルの方だった。一瞬彼の胸がちかりと光ったのを見れば、ウィアには彼が盾の術を使ったのが分かる。
 シーグルの剣は勢いをもって黒い騎士を突き、しかしそれは鈍い金属音を鳴らしたものの相手に避けられる。
 すぐにシーグルは身を引くが、今度は黒い騎士のほうが持っていた剣を横に薙ぎ払う。シーグルは剣を食らう事はなかったものの、その体はかなり体勢を崩し、必要以上に距離をとって、体制を整え直す。
 黒い騎士は誘うように剣を下げ、わざと構えさえ解いた。

「しーちゃん、芸がないなぁ。正面から突っ込んできたら勝てないのは分かってるだろ」

 騎士のイメージとその茶化した言葉遣いが合わなくて、思わずウィアは口をぽかんと開く。シーグルはそんな事を気にしていないのか、それともそんな余裕もないのか、緊張感を纏ったままで、剣を構えながらじりじりと少しづつ横に移動していた。

「エレメンサの子供を殺したのは……お前か」

 シーグルの声と、その言葉の内容にウィアは驚く。

「まぁな、親を殺したなら子供も殺すしかない。それは分かっているんだろ」

 シーグルは何も言わない。
 ウィアにはその理屈は分からないが、人肉を覚えたドラゴンを殺さなくてはならない理由のように、殺さねばならない理由があるのかもしれない。

「甘ちゃんのお前じゃ殺せないだろ。だからついでに殺しておいた」

 つまりこの男は、ずっと自分達をつけていたのか。
 そして、シーグルはそれに気付いていたのだとウィアは思った。

 シーグルは剣を構え直し、再び黒い騎士に突っ込んでいく。今度は突くのではなく、僅かに重心を横にずらして身を低く保ち、その場で薙ぐ。音だけなら軽いながらも当たった音はするのだが、やはり騎士はその攻撃を躱して剣は空を斬るだけだった。
 すぐさま落ちてくる相手の剣を、シーグルは地面に転がって避け、その反動のままに起き上がる。だが間合いは十分ではなかったようで、黒い騎士の長身から剣を伸ばせば、シーグルの胸にその剣がぶつかる。
 その金属の音に、ウィアは思わず目を瞑りそうになったが、シーグルはよろけたものの、特に怪我を負ったようには見えなかった。多分鎧で防げたのだとウィアは胸を撫で下ろす。
 けれどそれでほっと出来る程、悠長な相手ではない。

 すぐに今度は黒い騎士が剣を振り下ろし、シーグルはそれを剣で受け止める。そのまま、シーグルが反撃出来ないように相手は剣を何度も振り下ろし、時折角度を変えてシーグルの体勢を崩そうとする。
 鍛えた鉄同士がぶつかる音は高く、鋭い。当たる度に火花が飛び散り、その衝撃のすさまじさを伝えてくる。見ているウィアの不安は増すばかりで、組んだ掌にぎゅっと力を入れる。
 シーグルは何度かもう少し間合いを取ろうとするが、相手の攻撃の激しさに身動きが取れないようだった。けれども、意を決してシーグルは剣を押し返し、そのまま頭から前に出る。
 ウィアはひやりと背すじを凍らせた。
 兜があるとはいえ、シーグルの頭が無防備に黒い騎士の前に出る。
 だが、シーグルの頭に攻撃がくる事はなく、相手はその体制からシーグルの胴を狙って剣を払う。それを受け止めつつもその力を利用して、シーグルは相手から距離を取る。
 再び間合いが開いたところで、黒い騎士は声を上げて笑った。

「そうだ、ハンデは最大限に利用するべきだな」

 再び術を掛けたシーグルは、今度は相手の後ろに回りこみながら突っ込んでいく。
 ところが、不思議なことに騎士は後ろを振り向かず、一見棒立ちに見える体勢のままシーグルの攻撃を受けた。
 鋭い金属音が鳴る、今度こそシーグルの剣が当たったのだと思ったそれは、腰を捻って振り下ろされた黒い騎士の剣がシーグルの剣を弾く音だった。
 シーグルが予想外の方向からの攻撃に思わず体制を崩す。
 先程までは何度か立て直すことが出来たものが、だが今度は立て直すことが出来なかった。
 よろめいたシーグルに、黒い騎士の剣がマトモに鎧の上からシーグルの胴を叩く。
 流石に鎧上からでは胴を斬られるような事にはならなかったものの、地面に手を付くはめになったシーグルを、騎士の脚が蹴り上げた。
 銀色の姿が吹き飛び、地面に落ちる。
 すぐに起き上がる事が出来ないシーグルに、黒い騎士はもう一度金属に覆われた脚でシーグルを蹴りつけた。
 シーグルが咳き込む音が聞こえて、ウィアは口を押さえて自分の悲鳴を殺した。

 ――殺される。

 それだけはどうにかしなければと思って、ウィアは目くらましの術を唱えようとした。なにもするなといわれても、彼が殺される事だけは後で恨まれても見過ごす訳にはいかなかった。
 だが。

「負けたからには、どうなるか分かってるな、シーグル」

 黒い騎士が自ら兜を脱ぎ捨てる。
 黒い鎧の上に現れた黒髪に覆われた顔、その中の金色の瞳を見て、ウィアは背筋を震わせた。



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次は黒い騎士×シーグルの無理矢理H。



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