迷う剣は心を知る






  【8】



 首都セニエティの西通り。
 中央から西門まで続くこの通りの途中から、南へ向かう道がある。
 休日の昼間、人通りが多いこの通りと違って、その道へ向かう人々はまずいない。
 その道に入る入り口で、頭からフードをすっぽり被った小柄な影が、先程からずっと行ったり来たりを繰り返していた。
 肩掛けからみれば彼がリパの神官である事が分かるが、人気のない道の前でうろうろする姿は、どうみても挙動不審者にしか見えない。

「やっぱ、ヤバイかなぁ」

 打てる手は打ったものの、ウィアの不安は高まるばかりだった。
 シーグルがどうなったのか、確認する手段はウィアにはない。
 事務局で呼び出しを掛けて貰って見たものの、何度問い合わせても、彼がこちらの伝言を受け取った形跡はなかった。
 本当はフェゼントに、家の方に彼がいるかどうかを確認して貰えばいいのだが、そうするとこの状況を彼に知らせることになる。セイネリアの事をフェゼントに言わないのは、シーグルとした約束だった。
 だからこうしていてもいられず、傭兵団がある特別区へ続く道の前で、先程からウィアは只管うろうろしていたのだ。
 ヴィセントには、協力する代わりに無茶はしない事を強く言われている。その中でも、決して一人でセイネリアの傭兵団に行くなと言われているのであるが、それでもウィアはだめもとでも行って、せめてシーグルの状態を確認したかった。なにせウィアは、じっと黙って待っていられる性質ではないのだ。
 何度も道に踏み入れて、入ってやはり大通りに戻ってぐるぐる回っているウィアは、約束を破る事も、守る事も、踏み切れずに迷っていた。
 当然、辺りを通る人間からも不審な目で見られていたのだが、只管悩んでいるウィアには周囲の事など全く目がいってなかった。
 だから、唐突に肩を叩くというより引き寄せられて、ウィアは飛び上がるばかりに驚いた。

「だ、誰だぁ?」

 振り返れば、見上げた先には、黒く長い髪の迫力のある美女がいた。

「――失礼、ウィア・フィラメッツ様ですね」

 男として泣ける程哀しいくらい視点的に見下ろされているウィアは、それでも目の前にある彼女の胸に頬を染めながら返事を返した。

「あ、あぁ、そうだけど。あんた確か、セイネリアの――」

 確か、カリンていった……そう言おうとしたところで、彼女の指が黙るように口元に立てられる。

「あの方の名はあまり出さない方がいいです。貴方に、用件があって来ました」

 この彼女からの用件ならば、多分それはセイネリアからのものなのだ。
 とすれば、ウィアの声は彼に届いたのだろうか。
 彼女は、他の人間に聞こえないよう、小さな声で話をする。

「まず、我が主が、シーグル様を開放するといっています」

 聞いた途端、ウィアの顔が喜色に輝いた。

「ただ、シーグル様の体調がかなり悪くて……リシェの屋敷の方ではなく、一旦、貴方の家の方にお連れしてよいでしょうか?」

 ウィアは飛びつくように即答する。

「うん、いい、いいよ、全然大丈夫。うち部屋まだあるしさ。そうだよな、あんな後じゃシーグル相当体厳しそうだよな。うち兄貴もいるし、治癒掛けてやれるしさ。いつでも連れてきてくれ」

 ――良かった。

 とにかく今は、それだけでウィアはほっとした。
 あまりにも安心した所為で、涙まで流れてくる。
 あの時のセイネリアの勢いでは、一生彼を監禁しそうであったから、彼が解放されるなら本当に良かったと思う。
 体調の方は心配だが、ウィアはともかくテレイズの術なら、かなり楽にしてやれる筈だった。

「良かった、ホントに良かったぁ、ありがとなぁ」

 思わずウィアはカリンの手をとって、両手で握り締めて礼を言う。
 カリンは小柄で可愛い神官のその様子を見て、一瞬、呆気に取られたものの、すぐつられるように笑顔を浮かべた。

「では、そう主に伝えておきます。今日は多分、此方の方でまだ治療をしていますが、明日には其方に送り届けられると思います」

 美女の微笑みはそれだけで眼福である。
 心配事が無くなれば、ウィアにもそんな事を考える心の余裕さえ出てきて、自然顔がにやけてくる。
 撓やかに、ふわりと音も立てず背を向けた彼女に、上機嫌でぶんぶんと手を振って送る。艶やかな長い髪が舞う後姿は、見ているだけで心が弾んだ。
 彼女の姿が見えなくなると、今度は頭を切り替えて、ウィアはシーグルを迎える準備に考えを巡らす。
 とりあえずテレイズに報告して、部屋の掃除をして……。
 セイネリア関係者が連れてくるといえば兄はいい顔をしないと思うが、事態が事態だけに反対はしてこないとウィアは考えている。いくら意地が悪いといっても、正神官で、自教徒の怪我人を放りだす程、あの兄は鬼ではない筈だった。
 だが、そうやって考え込みながら浮かれていたウィアは、一番の問題を忘れていた。
 確かに途中までは頭にあったのに、シーグルが家にくるという事で、問題点が自動的にお気楽思考処理で飛ばされていたのだ。

「あ、フェズになんて言おう」

 流石のウィアも冷や汗を掻くしかなかった。









 まだ若い、赤毛の青年が手にした剣をうっとりと見つめる。
 鍔に美しい細工が施されたそれは、見た目の美しさもだが、手に取っただけで感じる魔力は剣を使うものなら垂涎の品である事は確かだ。……ただし、抜けるのならば、だが。
 黒の剣傭兵団副長であるエルは、新人の青年を連れて、二階の武器庫に来ていた。

「んで、どうだ。使えそうなモンはあったか?」

 言われて、赤毛の青年は、首を左右に振りながら答える。

「だめです。どれもマトモに使えそうにありませんでした。鞘から抜けなかったり、重くて持ち上がらなかったり……なんですか、ここの武器は?」

 今も手に持っていた剣を棚に置いて、青年は首を傾げる。
 その様子を見たエルは、にっと歯を見せて人の悪そうな笑みを作った。

「聞いて驚け。ここにあんのは全部魔剣とか宝剣とか、その手の特殊な武具ばっかだ」
「え、えぇえええっ」

 次に抜いてみようとしていた短剣を持ったまま、赤毛の青年は肩を飛び上げた。

「た、確かになんかすごい魔力は感じましたけど……で、ででで、なんで、それを俺にっ」

 焦って手に持っていた短剣を棚に置いて、胸に手を置いて青年は大きく深呼吸した。
 この青年は腕はあるし生真面目で信用出来るのに、その真面目さの所為なのか、気が小さいのが難点だ。ただ、飛びぬけて目がいいところが役に立つので、このところの新人の中では一番の当たりなのだがとエルは思う。
 だから、ここに連れてきた。

「マスターがさ、いわゆるいろんな連中からの『贈り物』を、装飾品やら美術品なんていらないの一言で済ましちまってさ。んだけど、こういうのなら受け取ってたんで、金持ち連中が趣味で集めてたようなのがここに集まっちまったワケだ。で、あの人はコレクションして悦に入る趣味がある訳でもないし、使える奴がいるなら使っていいぞって事で、見所がある奴がいたらここに連れて来るように言われてる」
「そ、そうなんですか。だって、そんな簡単に貸したり出来る価値のものじゃないでしょう?」

 すっかり今の状況に恐縮している青年に、エルは苦笑いするしかない。
 エルだって、あの男の手に入れたモノへの執着心の無さは異常だと思っている。

「まぁ、連れてきても使えるモンを見つけられる奴なんていないんだけどな。力のある武器は気位が高いらしくて、そうそう認めてくれないらしい。しかも、殆ど一度はマスターが抜いてるからなぁ、あの人基準にされたらそうそう認めてもらえないよな」
「それは絶っ対無理です」

 青年は顔を青ざめさせる。
 エルとしては笑うしかない。

「だから念の為って程度さ。ほら、特殊な用途の武器とか、相性とか、強さだけが基準じゃねぇ奴もいるんじゃないかって」
「でもマスター基準じゃ絶っ対無理です」
「まぁなぁ」

 笑いはするが、青年の主張にはエルも同意見だった。
 セイネリアがそんな事を考えるのは有り得ないが、これだけの名品を並べられて指を銜えさせられるのは、ある意味自慢かよとエルは思う。しかも、こうして使える業物がたくさんあるのに、あの男は基本、普段はその辺で普通に手に入る程度の剣しか持ち歩かない。本人いわく、平時まで武器に頼るのは面白くない、だそうだが、埃を被っているこれらを見ているだけで、エルはいつも溜め息をつきたくなる。
 ちなみに今のところ、エルがここに連れてきた人間では武器を見つけた者はいない。けれどもし使える人間がいたら、本当にあっさりくれるだろうと思っている。……少なくとも、彼の部下でいる限りは。

「あ、エルさん、ここは何ですか?」

 考え込んでいると、周りを見回してた青年が奥の扉の前にいた。
 鉄の扉で仕切られたその先は、エルの持つカギでは入れない。

「こっから先は、マスターの専用の武器だよ。っていっても、だから入れないようになってるんじゃないんだけどな」

 誰かに聞こえて不味い話という訳ではないのに、エルの声は低くなる。
 それにつられるように、新人の青年はごくりと喉を鳴らした。

「……どうしてなんです?」

 エルの声は益々低くなる。
 はたから見れば、まるで二人は怪談話をしているようだった。

「危険なんだよ。あの人以外が間違って持ったら、狂っちまうような武器とかがあるんだ」
「くく、く、狂うん、ですか」

 恐怖で声が裏返った青年の声が耳に痛くて、エルは僅かに顔を顰めた。
 やっぱり気が小さいのが難だな、とエルは思う。

「あぁ、マスターはそういう、呪われてるみたいな武器ばっか使うんだよ。あの、黒の剣もここにある」
「黒の……剣? そういえばここの傭兵団の名前の?」

 そこでふとエルは思う。
 そういえば、最近あまり派手なところにいかない所為か、セイネリアがあの剣を使っているところを見たことがない。必要ないといえばそれまでなのだが、自分がよく使っていた武器を、触りもせずに長く放置というのはすこし不思議な気もした。

「そ、ここの名前になってる奴な。ここを作ったばかりの頃は、よく、マスターもあの剣を持って国境付近の小競合いとかに頻繁にいってたんだけどな。まぁ、あの頃は凄かったぞ。あれこそ敵に同情するくらいだった」
「そ、そんなに……凄かったんですか」

 青年の声は益々高くなる。
 いい加減エルは、裏返ったこの青年の声を聞いている事が嫌になった。

「詳しく聞きたちゃ、ここ長そうな奴にでも聞くといい。んじゃま、帰るぞ」

 震えてまでいる赤毛の青年の後ろ襟を掴んで、エルは武器庫を出て行くことにする。
 だが、青年を外に押し出して、扉を閉めようとして、そこで気がつく。

 ――あぁ、そういえば。

 思い出したエルは、もう一度中に入って、棚の中から一振りの短剣を手に取った。魔力は感じるがあまり装飾が華美ではないそれは、柄に青い石が入っていて、その石の印象が頭に残っていた。

「確か、これだったよな」

 セイネリアから、持ってくるように言われていたものは。
 試しに抜いてみようとしたが、やはりエルには抜けない。
 当たり前か、と肩を竦め、エルは武器庫を後にした。




END
 >>>> 次のエピソードへ。


---------------------------------------------

 一応、中間の山場(?)的な話だったんですが、なんかメインが傭兵団の話になっていた気がする……。
 登場人物がぼこぼこ出たおかげで、場面転換が多すぎてイマイチっすね。
 黒の剣の話がとってつけたような感じになってるのが微妙orz。
 セイネリアさんの俺様度が今後低下しそうな今日この頃。どれくらいセイネリアが余裕なくなってるかというと、しーちゃん、とかいってられなくなってるくらいです。うん、内容的に、あの口調入れられそうなシーンが無かったんです。

Back  


Menu   Top