信じていた日々・1〜初めての魔法編〜
フェゼントとシーグルの子供話。おっとり兄とやんちゃ弟のちょっとしたエピソード。





 フェゼントには、一つ違いの弟がいた。
 家で本を読んだり窓から外を眺めているのが好きなフェゼントとは違って、彼は気が付くと外に出て行こうとするから、こうして親が畑に出ている間、見ていているよう言われている時はいつも困る。

「シーグル、今日は留守番なんだから外出ちゃだめだよ」

 言えば彼はぷぅと口を膨らませ、ドアの前で座り込む。

「遊び行くんじゃないもん、訓練だもん」

  このまだ幼い弟は、この歳で将来は父のような騎士になるのだといって、暇さえあれば棒を振り回している。本人は訓練のつもりなのだが、とにかく、家の中では危ないからと禁じられていた。

「でも、今日はお家で待ってなさいって母さんが言ったからだめだよ」

 シーグルは聞き分けが悪い訳ではない。
 だから寂しそうにしゅんとして、ドアの前で座り込むだけだった。
 フェゼントが本を読もうといっても、積み木をしようといっても、シーグルはドアの前で座り込むだけだった。聞き分けはいいものの、強情でもある彼は、こうなったら親が帰ってくるまでそこから動こうとはしないだろう。
 だから、フェゼントが折れた。

「外に出てもぜっったいに、家の前だけで遠くへ行かないって約束できる?」

 座り込んで膝を抱えていたシーグルが、その言葉で嬉しそうに顔を上げる。

「うん、約束する」

 だからフェゼントは許してしまった。
 家の前から離れさえしなければ、留守番は大丈夫だろうと。
 シーグルは外に出して貰えると、はしゃいで、落ちてる棒の一つを拾い、それを剣に見立てて振リ出す。フェゼントはそんなシーグルをドア前に座って見ていた。
 棒を振り回すだけの何が楽しいのだろう、とフェゼントは思うが、夢中で棒を振っている彼を見るのは楽しいと思う。どれだけ一生懸命なのか、彼の顔は真剣そのもので、たまに難しそうに顰めたり、失敗したという顔や、悔しそうな顔と、一人で百面相をしている様が面白い。
 けれどその日は、彼は夢中になりすぎた。
 一生懸命にやればやる程、子供の体力というのはそんなに持つものではない。
 疲れてきたシーグルが、それでも思い切り棒を振り回し、その反動で体のバランスを崩した。フェゼントが、あ、と思う間もなく、シーグルの体が前のめりに倒れる。

「シーグル、大丈夫?」

 フェゼントが急いでかけよると、シーグルはむくりと起き上がるものの顔の辺りを抑えて振り向こうとしなかった。

「怪我したの? 見せて」

 言ってもシーグルはやはり振り向かない。

「大丈夫、大丈夫だからっ」

 そう言って、フェゼントが覗き込もうとしても、押さえたまま顔を背ける。
 けれど背けた反動で、押さえた手から血が落ちたのが見えて、フェゼントは急いでシーグルの手を持つと無理矢理顔から引き剥がした。
 フェゼントは息を飲む。
 シーグルの左眼の上が血で真っ赤に染まっている。余程傷が大きいのか、血はまだとくとくと落ちていて彼は片目を瞑っている。ふと転んだ地面を見れば、彼が振り回していた棒の枝に血がついていて、その怪我の原因をフェゼントは知った。

「すぐ母さん呼んでくるっ」

 けれど、青ざめて立ち上がろうとしたフェゼントの手を、シーグルが掴む。

「だめっ、母さんには言わないで、お願いっ」
「だって、酷い怪我だよ」
「嫌だっ、言わないでっ」

 母親は軽い怪我なら魔法で治す事が出来る。だから彼女を呼びさえすればいいのに、シーグルは頑なにフェゼントをとめようとする。

「痛くないっ、大丈夫っ、お願い……見たら母さん泣くもん」

 傷からすれば相当痛いだろうに、我慢強い彼は泣きもせずにそんな事を言う。
 それでも彼をこのままにしてはいけない事は、フェゼントも分かっていた。
 だから。

「兄さん?」
「……傷、見せて」

 幼い兄弟は既に村の神殿でリパの洗礼を受けている。だから、胸には聖石がある。
 フェゼントは石を握り締めると、母親がよく傷を治していた姿を思い浮かべた。

「神よ、その慈悲深き救いの手をシーグルに……」

 治癒の術は相手に対する『想い』が重要だと、フェゼントは母親に聞いた事がある。だから懸命に弟を直して欲しいと願えば、その祈りは奇跡の力を手繰り寄せた。
 シーグルの傷からは血が止まり、痛みも止んだのか、彼がかつての傷口を触って確認している。それから、彼は満面の笑みを浮かべた。

「すごいや、兄さんっ」

 フェゼントは驚いていた。本当に出来るなんて思っていなかったから、最初は自分でも信じられなかった。けれども、シーグルの顔を見て、ゆっくりそれを実感できると共にフェゼントも笑みを浮かべた。

「兄さんすごいっ、絶対母さんみたいな神官なれるよっ、俺は騎士になるから、俺と一緒に冒険者やろうねっ、絶対だよっ」

 
 ――それは、幼い兄弟が交わした子供らしい約束。二人がまだ、このままずっと一緒に大きく成れると信じていた頃のお話。





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