束の間の遊戯




  【4】




 この周辺を襲っているというドラゴンは、決まった場所周辺に現れるというわけではないらしく、その巣を見つけるのは相当に苦労した、とその調査に実際関わったという男は言った。

 ドラゴンの獲物は主に家畜の達だが、馬を食われた旅人も多い。広い範囲で何処に出るのかわからず突然空からやってくるのだから、襲われれば逃げるのが精一杯で対処のしようがないのは仕方ないだろう。さすがに領主であるアルダレッタ卿も危機感を覚えてどうにか巣を探して討伐隊を組んだものの、被害を出して失敗するに至って噂の黒の剣傭兵団に依頼した、という訳である。

「何か特殊な魔法を使ってきたりはしたか?」
「明らかに魔法、というのはなかったと思いますが……」

 今回セイネリア達を案内するのに、領主からは5人程兵がつけられた。その内の3人が前の討伐時に生き残った者で、道中は基本、その時の事を聞きながらという事になっていた。

「あぁでも、こっそり近くに寄ろうとしたら、何人かが体が重いとか、足が動かないとか言い出した覚えがあります」
「なら何か結界のようなモノを敷いているか、もしくはそのドラゴン自体が身に纏っている魔法の効果か」

 実はエレメンサとドラゴンの違いは、単純に大きさのせいだけという訳ではない。見た目で判断するならそれが分かりやすいが、一番大きな違いは魔力を持っているかどうかある。
 そもそも、ドラゴンくらいのサイズと重さの生物が空を飛ぶのは物理的には不可能であるらしい。少なくとも自力で地面から飛び立つのは無理で、高いところから飛び降りるなら飛べるかもしれないが――というのが魔法使いや学者達の見解だ。
 だが生まれ持って魔力を持つ個体は、魔法で補う事でそれを可能にする事が出来る。だから殆ど魔力を持たないモノは一定の大きさ以上になれずエレメンサと呼ばれ、魔力があるものはその分大きくなる事が可能でドラゴンと呼ばれる。実際のところ、大きさ以外にも見てすぐ分かる程体格の違いもあり、エレメンサの体は全体的に貧弱で軽く、逆にドラゴンはがっちりとした重そうな体付きである事が多い。
 まぁ単純な話、あの種族は大きければ大きいほど、重そうであればある程、その体を飛ばせるだけの魔力を持っている、と言うわけだ。

「まぁ、全員が、ではなく一部の者だけに効いた程度なら、そこまで問題になるモノじゃないだろ」

 体が重くなる、という効果は恐らく魔力による精神的圧力だろう。ある程度の強さの魔力を受けると魔力が低い者は自然と体が竦んで動かなくなる。ただその程度なら問題ないとセイネリアは判断する……自分とシーグルが問題なければどうでもいい、という判断基準だが。

「となると問題となるのはドラゴンブレスと、後は単純に大きさとパワーか」

 人間の3、4倍の相手をするのだ、魔力やブレスがなくてもその大きさだけでとんでもなく脅威ではある。

「ブレスは盾でしのげる」

 セイネリアが言えば、すかさずシーグルが意見してくる。

「だが長くは持たないだろう」
「長く持つ必要はないさ」

 シーグルは何かまだ言いたそうだったが、経験と実力の差を自覚している分そこで黙る。その顔を楽しそうに眺めて、セイネリアは憮然とした表情の彼に言ってやる。

「シーグル、お前に一つ教えておいてやる。お前も知ってるだろうが、奴らはな、自分の魔力で飛べる分だけ大きくなる。つまり奴らは今の体重でぎりぎり飛べているんだ。……それが弱点でもあるという訳さ」







 領主の館から早朝に発っただけあって、サルーゾからドラゴンの巣がある渓谷までは夕方になる前にはつくことが出来た。
 ただ、実際の巣はここから岩を登らなくてはならない為、仕掛けるのは明日の早朝と言うことになった。まだ夜が明けきらない内に登って、出来ればまだ寝ているドラゴンをしとめたい。起きたとしても寝起きで動きが鈍い内に戦えた方がいいだろうという判断だ。
 今夜は領主からつけられた者の中に狩人出身者がいるという事で、動物避けの結界を引く分、ドラゴンに気づかれないように火は焚かない事となった。代わりに交代で見張りをする人数は2人となった……のだが。

「まさか我々がいるのに貴方様にそのような役をさせるなど、めっそうもございません」

 という事でシーグルは見張り役から除外になった。勿論シーグル本人は了承せずいろいろあったのだが、セイネリアが「人数割りするのに丁度いいからお前は寝てろ」と言った事でしぶしぶ引き下がった。
 そういう事でセイネリアは見張りを引き受けたのだが、それはちょっとした興味というか予想していた事があった為――と多少の思惑が実はあった。そしてそれは、結果として間違ってはいなかった。

 深夜、組んだ見張りの者がそっと動こうとしたのを感じて、セイネリアが顔をあげる。と、それを見た男は動くのをやめた。しかもそれは実際はその男だけではなく、男の後ろで寝たふりをしている別の男もだというのにセイネリアは気づいていた。

――やはり、こいつらはその手の命令を受けているか。

 セイネリアが軽く笑って喉を鳴らせば、向かいにいる男がびくりと体を震わせる。

「あ、あの、セイネリア殿、何かありましたか?」
「いや別に。下種(げす)の考える事は分かりやすいなと思っただけだ」

 そうして金茶色の瞳で男を見据えれば、男はその場で固まって顔を引き攣らせた。

「俺はな、隠れてこそこそするようなゴミは嫌いなんだ」

 言えば、男の表情の引き攣りは余計酷くなって……というより、脂汗を流して目を泳がせるその様は、このまま見ていれば緊張のしすぎで気絶しそうな程だった。火は焚いていないが携帯用のランプを最小限の明るさにして置いている為、その程度の表情は分かって、セイネリアは今度は明らかに口元に笑みを浮かべて言ってやる。

「あぁ、シーグルと組んでいる時はな、あいつを見てるのが俺の楽しみなんだ。だからな、俺の視界の邪魔はするなよ」
「は、はいっ」

 返事と同時に慌てて体をずらした男に、こんなものでいいか、とセイネリアも黙る事にした。起きて見張りをしている方がセイネリアの視界を遮り、その間にもう一人がシーグルに近づいて何かをする気だったようだが、流石にこれでまだ実行する気にはならないだろう。シーグルの事だから放っておいても気付いて起きたとは思うが、放っておくには目障り過ぎた。まぁセイネリアとしては、単純にシーグルを眺めるという第一目的を邪魔されるのが一番不快だった事に違いはない。

 今回、アルダレッタ卿から案内と戦力補助としてつけられた5人の人間の内、3人は前回のドラゴン討伐隊の生き残りだからいいとして、残りの二人は一応兵士ではあるが実質はシーグルの世話要員に近い。それだけなら別にただの足手まといで放っておけばいいのだが、時折シーグルに対して何か企んでいるふしが見られた。
 表面上は取り繕っていたからシーグルはどこまで気付いていたか分からないが、アルダレッタ卿は話し込んでいる間、シーグルの横顔やその身体をじろじろと下種な視線で舐めるように見ていた。そこから考えれば、何かを企んで、付けた部下に下種らしい命令をしていたとみていいだろう。
 これは、帰ったら少し脅しを掛けておくべきか、とセイネリアは思って、そのために、機会があったらあの二人の荷物を探っておくことにした。






 空の色は青。勿論青空の青ではなく、まだ日の欠片さえ見えない僅かに夜の闇が薄れた濃い青色。丁度彼の瞳の色のような……と思ってシーグルを見れば、当然ながらその瞳は兜に隠されていて、セイネリアは残念そうに肩を竦める事になる。
 岩場を登って、岩と岩の裂け目に入れば、すぐドラゴンの巣が見える。予定通り日が昇る前にここまで辿りつけたから、後は様子を見ながら外がもう少し明るくなったら仕掛ける事になっていた。

「予定通りお前は右、お前は左から弓で援護だ、お前は術で援護しろ」

 前の討伐隊に参加していた者達は全員が後衛部隊な為、前でウロチョロされて邪魔にならない分まだ使える。ただ術での援護を命じた者は、本来は剣を使う前衛ではあるらしい。リパ信徒で神官でないわりには使える術が多いという事で、前の時も後衛で術の援護専門だったらしく、今回もそちらに徹してもらう事にした。

「俺の援護は考えなくていい、防御系の術もいらん。お前達は言われた事と後衛の守り、それとシーグルの援護だけを考えろ」
「俺だけ、というのは何だ」

 予想通り抗議してきたシーグルに、セイネリアはにこりと笑ってから手に持っていた兜を被った。

「俺には必要ない。それにもしお前に何かあったら、ついて来た5人は生きて帰れてもただでは済まないだろうしな、言わなくてもそりゃ必死にやるだろ」

 彼らは彼らの主から『優先すべきはシーグル』とは言われているだろうが、ただ援護と言われたらセイネリアの援護もしてはくるだろう。だから彼らが気兼ねなくシーグルの援護だけに集中出来るように言っておいただけである。セイネリアにとっては、彼らの援護を想定して動く方が面倒であるし、それに――。

「俺の援護はお前がするんだろ?」

 言えばシーグルは抗議をやめる。
 剣を抜いて姿勢を正す。

「あぁ、そうだ」

 セイネリア達が待機している横穴に太陽の光が差してくる。薄暗いドラゴンの巣の中にも光が差し、目的の姿がはっきり目で分かるようになれば、各自が自分の配置に付き、戦闘開始の合図がされる――。

 合図と共にまず左右に別れた二人の弓手から、ロープのついた矢がドラゴンの上を越していくように放たれた。矢はそれぞれ対岸の壁に刺さり、ドラゴンの上に2本のロープを張る。これで、すぐに飛び立つ事は出来なくなる。
 そこへセイネリアが正面からつっこんだ。この為に用意してきた火の防御魔法が掛かった大盾を前に出し、右手には槍を持って、わざと大声を出してドラゴンの注意を引く。
 人間達の気配を感じたドラゴンは、そこでようやく起き上がろうとするが、立ち上がろうとしたところで張ってあるロープに頭が引っかかり、完全に起き上がる事は出来なかった。
 ドラゴンの大きさは人間の4倍クラスといったところだろう。ドラゴンの中では中型だが、その動きからまだ若く力が漲った様子が伺えた。大きさから想定したよりパワーと体力がありそうであるから、弱らせて倒すという手は使えないが、若い個体は別の弱点もあるのをセイネリアは知っていた。
 ドラゴンが叫ぶ。その声は辺りに響き、後衛の連中は思わず耳を塞ぐ。だが勿論セイネリアの動きが鈍る事はなく、魔法効力の高い兜を被っているシーグルについてもまったく問題はなさそうで、彼も彼でセイネリアの動きに合わせてドラゴンの左側に回り込んでいた。
 頭の上がりきらないドラゴンは、近づく黒い騎士の姿を見て大きく口を開く。
 そうして、それに向けて炎を吐いた。
 大きく裂けた口の中から燃えて回転する火の塊が溢れ、膨れ上がり、目の前に迫った黒い騎士の体を飲み込んでいく。

「セイネリアっ」

 シーグルの叫ぶ声が聞こえて、セイネリアは思わず口元を歪ませる。

「ふん、まだ寝起きだけあって勢いがないな」

 確かに熱いが、これなら盾で十分防げる。そして、一度防げればそれで十分だった。次にブレスを吐けるまでの時間で、決着を付けられる自信がセイネリアはあった。
 炎を吐いたドラゴンは、火炎が消えてもまだ口を開いたままだった。まぬけにもそのままの体勢でいるドラゴンに向けて、セイネリアは盾を捨てると、槍を持っていた右手を一度大きく後ろへと引く。撓る背中、ぎゅっと緊張に膨れる筋肉の軋みを感じながら、全身をバネにして腕に持つ槍を投げた。
 再び、ドラゴンの声が巣に響く。ただしそれは最初のように長くは続かずすぐに途切れた。
 その理由は単純だ。ドラゴンの喉に刺さった槍にはロープがくくりつけてあり、それは別の岩に縛りつけてあった。だからドラゴンが叫んで頭を振ろうとしたところでひっぱられ、その悲鳴さえ中断させられたという訳だ。
 もがくドラゴンに向けて、両脇から矢が飛ぶ。
 それは主に体ではなく、広げた羽に向かって次々と刺さっていく。
 横から抜けて後ろに回ったシーグルは無事その尻尾の先端を切り落とせたらしく、ドラゴンは更に暴れて、狂ったように喉に刺さった槍を抜こうと頭を引いた。

 だがそれこそがセイネリアの狙いでもある。

 引っ張られる喉を引いてドラゴンの頭が下がる。
 となればその大きな頭を支える首も手の届くところまでおりてくる。そこへ向かって跳躍したセイネリアの手には、どこから現れたのか先端に派手な斧の刃をつけた大槍があった。

 三度目のドラゴンの声は、酷く弱弱しく、そして一瞬で途切れた。




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 戦闘シーンは控えめにしときました……が、セイネリアさんの強さは出るようにがんばってます。


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