束の間の遊戯




  【2】




「ふむ、匂いだけなら美味しそうじゃないか、しーちゃん」

 火を焚いて、料理をして、掃除をして。そうしている内にすっかり暗くなってやっと帰ってきたセイネリアは、ほこらに入ってくるなりそう言って荷物を下ろした。ただ、それが取ってきた動物ではなく、布の固まりだったことでシーグルは聞いてみた。

「外で、捌いてきたのか?」
「あぁ、この周辺に血の匂いをつけない方がいいだろうからな、とってきたところで処理をしてきた」

 布を開くと中にはバーナブの葉で包まれた肉の固まりがあって、そのサイズをみてシーグルは僅かに驚いた。

「結構な大物だな」
「砂オオトカゲだ、確かになかなかの大物だったな」
「……まぁ、この量の肉がとれるんだから大物だろうな」

 内蔵は勿論、骨や皮、爪などというものが殆ど入っていないことからして、それらや食べるのが面倒な箇所は捌いたその場においてきたのだろう。――食べない箇所は出来るだけ人の通らない場所に捨てる、というのは冒険者としての基本ではある。余ったそれらは他の動物のエサになり、生命が継がれる――とはいえ、日もくれたこんな時間に一人で動物を捌いてくるなんて、普通なら正気の沙汰ではない。動物避けの結界の中か、火の側でもなければ危険過ぎてやってられないというのが常識だ。

 まぁそれだけ、彼の場合は動物程度におそれる必要はないのだろう――とは納得できるが呆れもする。

 やけに楽しそうに、手際よく肉を串にさしていくセイネリアを見ていると、どうにもシーグルはため息ばかりが出てきてしまう。
 彼は『最強』という噂通り出鱈目に強くて、あまりの自分との差を実感する度に惨めな気持ちになってしまう事は少なくなかった。彼が何故そこまで自分を気に入っているのかは分らないが、彼と組むとシーグルはいつも相反する二つの思いに悩む事になる。彼の強さを見て純粋にその凄さに感嘆しわくわくする思いと、自分の弱さを思い知って惨めになる思いと――それでも、彼と行く事で新たな戦い方を知ることが出来る喜びや、その力を見たいという思いの方が強いから、結局シーグルはセイネリアの誘いを断った事はないのだが。
 冒険者としてのセイネリアの評判といえば、強さを賞賛されている、というよりも、強さを恐れられている、と言った方が良く、『逆らえば死ぬより恐ろしい目にあう』なんて言われているだけあって、彼と彼の持つ傭兵団の黒い噂は絶えなかった。ただし、実際にどんな悪い事をしたかという話は真偽が怪しいものばかりだし、シーグルは一緒に仕事をしていて彼が冒険者として違反するところも、人道的に許されざる事をする事も見た事はない。
 彼くらい圧倒的に強くて、冒険者として成功しているのなら、妬みの対象として悪い噂を囁かれるのも当然だろう――という事で、今のところシーグルとしては彼の悪い噂はほぼ信用していなかった。冒険者仲間の何人かは彼の噂を持ちだして忠告をくれているが、シーグルは自分で見て確信した判断を信用する事にしていた。

「よし、そろそろ肉も焼けたろ、さっさとメシにするぞシーグル」

 声を掛けられて慌ててシーグルは返事をすると、鍋の蓋をあけて中身を器に入れ始めた。渡せばセイネリアはそれを啜って、それからすぐ微妙な顔をした。

「少し、味が薄くないか?」
「薄いなら好きに塩を入れろ。入れ過ぎて味がおかしくなったらどうしようもないが、足りない分には足せばいいだけだろ」

 それは味付けに自信がないからこそ、シーグルが出した料理に対する方針だった。食べにくい味にして捨てるのは食材に対して申し訳ないが、味が薄いだけなら後で足したい奴が足せばいいのだ。

「お前は薄いと思わないのか?」
「俺は自分の味覚を信用する気はない」

 そうすればセイネリアは声を上げて笑いだし、暫くその笑い声は止まらなかった。

「なるほど、お前は普段が食わないしな」
「そうだ」
「ケルンの実常食となれば、味覚がおかしいという自覚があるという訳か」
「そうだ」

 そうしてまた彼は笑う。
 シーグルは明らかに顔を顰めたりはしなかったが、不機嫌そうに口がへの字に曲がるのは仕方なかった。

「さっさと食え、のんびり食ってると匂いに誘われて何がくるか分からないぞ」

 言えばセイネリアはそれでまた食べ出したが、口元をにやにやとさせたままこちらをちらちらと見てくるその視線はシーグルとしてはかなり気まずい。

「お前は苦手な事があれば必死に努力するタイプだが、こればかりは克服のしようがないという訳か」

 それには、うるさい、と心の中だけで呟いて、彼の視線を無視して炎を見る。
 そうすれば突然、目の前に肉を刺した串が現れて、シーグルはそれを差し出した男を睨んだ。

「なんだ?」
「なんだじゃないだろ、お前も食え」

 あぁそういう事かと受け取ろうとしたシーグルだったが、はたと気づいて上げかけていた手を止めた。

「俺はいい」
「食わないのか?」
「あぁ、俺はいらない」
「そっか、しーちゃんは肉は食べないのかぁ」

 茶化されると思わず睨んでしまうが、差し出した肉を自分の方に持っていって、豪快にかぶりついている男を見るとなんだかすごい惨めな気分になってしまう。
 一方のシーグルといえば、干してカチカチに固くなったパンをスープに浸してちびちびと食べるだけで、あんな風に大口を開けて肉の塊を食らうその様を羨ましいと思うのはいつもの事だ。
 肉は食えない、という訳ではない。
 だが、あの量は絶対に食い切れないと断言できる。だから断ったのだが、ああやって気持ちよくばくばく食べられたら気分がいいだろうな、とは思う。シーグルにとってはこのスープとパンでさえ結構いっぱいいっぱいで、それ以上食べるのは余程調子のいい時でもないと無理である。ただ、体はそれだけではもたないのは知っているから、後でこっそりいつも通りケルンの実を食べておかなくてはならないだろう。
 出来るだけ見ないようにはしていたのだが、それでも羨ましそうに見ていたのはバレてしまったようで、何度目かに彼を見たとき目が合ってしまった彼が笑って言ってくる。

「食いたいならやるぞ?」
「いらないと言っただろ」

 即答すれば、黒い騎士は指先で器用に食い終わった串をくるりと回す。

「まったく、お前は固形物が食えるのか?」

 そうしてそれを床に置くと、二つ目の串を取ったセイネリアはまた肉を噛み切る。

「少しは歯ごたえのあるモノを食わないと、顎が弱くなるぞ」
「ケルンの実を食べている」

 言えばまた、セイネリアは喉を震わせて笑う。

「あぁ成程、確かにアレは多少は歯ごたえがあるな」

 干したケルンの実は、果肉だけでなく種を割ってその中身も食べるのがお約束である。種はそれなりに固い為そう主張してみたシーグルだが、我ながらそれに情けないと思うくらいの自覚はあった。

「ま、食えるようにならないと強くなれないぞ、シーグル」

――そんなの、痛い程分っているさ。

 気楽そうに言って、気持ちよく豪快に肉を食べる男を睨んでシーグルは心で言い返す。あんな風に食べられても彼のように強くなれるとまでは思えないが、この年齢の男の普通くらいには食えたなら自分はもっと強くなれている筈だった。
 いくらケルンの実で補っていても、細くて軽い体と、そのせいで足りない体力と腕力はある程度は諦めるしかない。目の前の男を見れば、その体のどこを取っても男として、戦士としては文句のつけようがなくて、見れば見る程羨ましくなってしまう。

 彼、みたいだったら。

 彼みたいな体格だったら、彼みたいに自分を通せる性格だったら、彼みたいに自由だったら、彼みたいに強かったなら。そうして、そこまで自分にない、自分が欲しかったものを持っている男に対して――憧れてしまうのは仕方ないではないか、とシーグルは思うのだ。少なくとも、こんな風に生きられたら、と思う人物が目の前にいて、それを見てみたいと思うのは当然だろう。






 いくら砂地は動物が少ないとはいえ、ほこら程度の建物では見張りなしで二人とも寝るなんてマネは出来る訳がない。だから当然交代で見張りして寝る訳になるのだが、シーグルはパーティーで野宿の場合、それでぐっすりなんて眠れた試しはない。
 なにせ、この容姿の所為でよからぬことを考える馬鹿に言い寄られる事が多い為、寝ている間にいたずらをされそうになったことが少なくないからだ。幸い、冒険者として慣れない最初の頃組んだ者達は皆いい人間でその手の心配はなかったが、少しづつ他の連中と組むようになって大分その手のトラブルが増えた……だからもう慣れた、とも言える。
 セイネリアに関して言うと、前にやはり二人で野宿した時実はほぼ一晩起きていたのだが、彼は火を挟んだこちらに近づいてくることもなかった。だから今回は少し安堵して、うとうとくらいはしていたのだが……意識がいい感じにまどろんでいた時に、シーグルはふと気配を感じて目を覚ました。

「セイネリア?」

 目に映った動く影を見てそう発言すれば、特に焦った様子もない声が返ってくる。

「起こしたか、悪いな」

 彼はこちらに近づいていてきたというのではなく、どうやら何かの理由で火から離れてほこらの奥へ行った後、火の前に帰ってこようとしてこちらの近くを通ったらしい。セイネリアの動作を追ってそう判断したシーグルは、そこでほっと息を付いた。

「いや……何かあったのか?」
「何、トカゲが見えてな。石を投げてみたら当たったから取りにいっただけだ」
「そうか」

 確かに火の傍に座り込むと、彼は持っていたトカゲを指でつまんで見せた。

「まぁ、たいして食える肉はついてないがな」
「……どうせお前が食うんだ、俺は関係ない」
「まぁな」

 セイネリアはまたそれで笑う。

「交代まではもう少しある、寝てていいぞ」

 じっと座り込んでいるその様を見て、それからシーグルはまた火に背を向けると目を瞑った。

「あぁ、ならそうさせてもらう」






――さすがに用心深いか。

 パチパチと爆ぜる火の音が小さいほこらに響く中、焚火の明かりごしに揺れる銀髪の青年の後ろ姿を見て、セイネリアは口元に苦笑を浮かべた。
 暇つぶしにトカゲを狙っていたのは本当だが、セイネリアとしてはついでに帰り際にシーグルの寝顔くらいは見てやろうとは思っていた。だがそれは、少し近づいただけで彼が起きてしまった為叶わなかった。

――まぁこいつが用心深くなる理由も分かるがな。

 彼の容姿では、寝込みを襲われそうになったことも少なくはないだろう。というか、これくらいは用心深くなくては、今まで『無事』ではいられなかったろうと思われる。
 セイネリアの見立てだと、シーグルはまだそういう意味の『経験』はない。
 既に男を知っていたらこの程度の警戒では済まないだろうし、もっとぴりぴりしているか怯えるか……もしくはそういう意味で見られているのを察するかだと思われる。このウブすぎる反応はまだ男を知らないと思っていい。
 そうであるなら、シーグルの考える事は簡単に予想出来る。セイネリアが男を襲うような人間でなければいい、憧れる理想の強い冒険者でいて欲しい――まったく、可愛いものだと笑いたくなってしまって困る。

 人は信じたいものを信じるものだ。だから人を騙す時は、人が自分に対して望んでいる通りの行動をしてやればいい。
 身勝手で傲慢だが戦士としては文句の付けようがなく強い男――シーグルの思うセイネリアのイメージなどそんなところだろう。それを崩さないようにするのはそんな難しい事でもない。強さで彼を失望させなければ、強さと自信故の強引さや傲慢さは想定内であるだろうし、態度を特に作る必要もない。注意するのは彼が道徳的に許せないという程の犯罪をおかさない事くらいで、それも表だってしなければいいだけなら簡単だ。
 いまのところは仕事仲間として、シーグルはセイネリアを信用している。

――信用、か。

 まったく、育ちがいい人間というのはこういう時に本当に簡単だとセイネリアは口元の笑みを深くする。そもそも騙され慣れていない分、『人を疑う』という事に関しての感度が鈍い。セイネリアのような男をこれだけ簡単に信用するなんてありえないだろうと我ながら思う。いくらその行動が信用出来るとしても、常人なら直感で『ヤバイ』というくらいは感じるだろう。

 それとも、感じて尚、信用したいと願う強い意志があるのか。あるいは、自信があるのか。

 どちらにしろ、彼が自分を信用すればするだけ、騙されていたと分かった時の彼の反応は見ものだろう。打ちひしがれるのか、怒るのか、どちらにしろそこで徹底的に奪い尽くしてやれば、ここにいる彼という人間は無くなる。
 その時を楽しみに思う反面、それで彼という人間を失うのは惜しいとも感じる。まだもう少しはこの友達ごっこを楽しんでいようと思うくらいの未練はある。

 どちらにしろ、所詮ただの遊びだ。
 遊びなら急ぐ必要はなく、逆に楽しめる時間は出来るだけ長い方がいい。
 そう、思いながら、自分を見つめるあの真っ直ぐな青い瞳が絶望に染まる様を想像するだけで、自然と湧く笑みをセイネリアは抑えられなかった。




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 思った以上に長くなったので、更新はまったりお待ちください。


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