ある男の昔話
7話「憎しみの剣が鈍る時」の前の話。サーフェスと、気持ちを自覚したセイネリアの話。



  【前編】



 部屋の中には窓がないからランプ台の明かりをつけなければ暗いままだが、それでも部屋周りの気配や音で朝が来たのはセイネリアも理解する。
 今日は朝の用事は入っていないから、別に早く起きる必要はないが――思いながらも、セイネリアはベッドから起き上がった。

 黒の剣傭兵団の長、セイネリア・クロッセス。逆らったら死ぬより恐ろしい目に会うと噂されるその彼は、実は今、自分でも自覚があるくらい腑抜けていた。
 幸い今は大きな仕事の準備段階だから、セイネリアは状況が動くの待ちではある。だから現在、細かい仕事は全部エルに放り投げるか後回しにして、ここ数日セイネリアは傭兵団の中で一見ぼんやりとも取れる状態で一日を過ごしていた。

 ただ、仕事はしていないに近くても報告類を聞く時間は取ってある。
 そしてその時、団内関連の報告が終わったあとの追加報告が、今のセイネリアにとっては一日のウチで一番心待ちにしているものだった。

「シーグル様は本日から仕事を再開して、早朝から出かけたそうです」
「仕事内容は?」
「オオヤマギントカゲの退治です。そこまで狂暴ではないので、シーグル様なら問題ないかと」
「誰がついてる?」
「フユが」
「そうか……」

 それなら病み上がりの彼でも万が一の問題が起こる事もないかとセイネリアは安堵の息を吐いた。
 それからすぐに、自分が安堵したというその事に気付いて嗤ってしまう訳だが。

「カリン、俺はおかしいと思うか?」

 思わず聞いてしまえば、忠実な部下である彼女は少し間を置いてから答えた。

「はい、おかしいです」
「……そうか、おかしいか。だろうな」

 セイネリアは喉を鳴らす。なんというか、自分の感情が自分の意思でうまく制御出来ないというか感情を持て余しているような状況なのだ、今は。
 自分がおかしいという自覚はある。妙にふわふわとした現実味のない感覚の中にあって何をしていても思考が定まらない。
 自分自身を冷静に分析してみても、今までに感じた事のない感覚だから分からない。

 理由は分かっている。
 自分はシーグルを愛している、そう、自覚したからだ。

 だがまだセイネリアの中では疑っている部分もあった。これが本当に『愛』というものなのかと。ただ確実にこの感情は『気に入っている』程度の感情とは違う。大きく違うのは何かといえば……彼に対して自分が強く、求めている感覚があることだろうか。
 単に『気に入っている』だけであれば、その人物の好ましいと感じる部分を伸ばして、あるいはその能力を発揮出来る状況において、その姿を見るのを楽しみたいと思う。

 けれどシーグルに関しての感情は、それを含んではいても、それ以外の感覚が多すぎる。特に、彼に感じる欲求とも言える感覚は他人は感じた事がなかったものばかりだ。
 まず第一に、彼をずっと見ていたいと思う。
 その存在を傍に感じたいと思う。
 真っすぐこちらを睨み返すあの瞳を思い出すだけで心が高ぶる。手を伸ばして、抱きしめて、離さず自分のものにしたいと思う。

 そして一番おかしいのは、それが出来ない事に自分は不安を感じる事だ。
 我ながら馬鹿馬鹿しい事を考えていると遠くから見ている自分がいるのに、その自分を否定はしたくないとも思う。まったく、全てが矛盾しているとしか言えない。

「ボス」

 呼ばれて、セイネリアは思考の中から意識を浮上させる。
 忠実な部下であり、現在情報屋部門を取り仕切っているカリンは、セイネリアを見て静かに告げた。

「ドクターから伝言を頼まれています。気が向いたら話しにこないか、と」
「話?」
「はい、自分ならボスが欲しい答えの欠片くらいは分かると思う、とそう言っていました」

 紫の髪と瞳を持つ医者の魔法使いの顔を思い浮かべてセイネリアは苦笑する。

「分かった、後で行ってみる」

 確かに彼なら、少なくとも自分よりは『愛』というモノに詳しいだろうとセイネリアは思った。








「やぁ、マスター」

 彼の診察室兼自室に行けば、薬の調合をしていたらしい魔法使いはやけに陽気にそう声を掛けてきた。

「まぁ座りなよ、僕も『医者』として貴方の心の診察をしとかなきゃと思ってね」
「心の診察か」

 確かにな、と我ながら笑ってしまえば、逆に今まで笑みを浮かべていた魔法使いの顔から笑みが消える。

「僕達は貴方に命を預けてるからね、ここで貴方がへんな方に暴走したり、投げやりになったりされたら困るんだ」
「確かに、お前達からすればそうだろうな」

 セイネリアにも自覚はある。今の自分を考えれば自嘲の笑みしか出てこない。
 セイネリアは大人しく部屋の隅に置いてある椅子に座った。そうすればここではドクターと呼ばれる男は、自分の椅子の向きを変えてこちらを向いた。

「一つ、話をしようか。ある男の昔話だ――その男は臆病で、勿論力なんかなかった。けれど子供の頃、村に医者としてやって来た魔法使いから魔法の手ほどきを受けたおかげでその医者が使うような魔法が多少使えた」

 そこまで聞けばその話が誰の昔話かなんて聞く必要はない。彼がこの傭兵団に入る時にある程度の事情は聞いていたが、それはあくまでセイネリアに叶えて貰いたい『目的』のための事情であって『原因』や『理由』は聞いていなかった。

「だから弱くて臆病でも、村人は男を医者代わりとして頼りにしてくれた。男はそれが嬉しくて、もっとちゃんとした医者になりたくてかつて魔法の手ほどきをしてくれた魔法使いのところへ行って弟子にしてもらったんだ」

 それが彼が植物系魔法使いになった経緯か、とセイネリアは思う。
 自分の話をまるで他人事のように話すのはこの魔法使いの特徴でもある。つまり彼は自分を客観視出来るタイプの人間でもあるという事で、だからこそセイネリアも彼を割合気に入っていたというのがあった。

「ところで……実は男には幼馴染の女性がいたんだ。別に恋人だと言ったことも将来の約束もしたことはなかったけれど、男はいつも医者になる夢を彼女に語っていて彼女もそれを応援してくれていた。だが男が師のもとへ行って村へ帰ってきた時、彼女は冒険者になりに首都に行ってしまっていた。男は悲しかったが3年も留守にしていたから仕方ないって思ってた。だけどある日、彼女は村に帰って来て男に言ったんだ。『貴方が医者になるっていうから、私はリパ神官になったの。これで2人でどんな人でも救えるわね』。それから2人は一緒に医者として自分の村だけではなく、近隣の村へも行って怪我や病気の人々を見て回った」

 勿論セイネリアにはその『彼女』が誰かもわかっている。そしてこの幸せな話が、不幸な物語として終わる事も知っていた。

「けれど……ある日、いつも通り近くの村へ向かった2人は盗賊にあった。弱い男はあっさり押さえつけられ、彼女は追い詰められて崖から飛び降りた。男に向かって『大好きよ』と言ってからね」

 この後どうなったのかは彼がセイネリアと契約をした時に聞いていた。
 彼は後先考えずに植物を成長させる魔法を全力で唱えた。本来なら緻密にイメージやら計算やらをして使わなければならない魔法を、とにかく最大限で使って……気付けば辺り一帯、木の根やら蔦が伸び捲って彼はその中に埋まっていたという。盗賊達は逃げたか、割れた地の下に落ちたかしていなくなっていた。
 彼は彼女の遺体を回収した。
 そうしてその日から、彼の生きる目的は彼女の疑体を作って彼女を復活させる事になった。

「ねぇ、マスター。もしこの『男』が貴方で、『彼女』があのシーグルって人だったらって想像してみてくれる?」

 そこで唐突に言われた言葉にセイネリアは自分が酷く動揺したのが分かった。

「貴方はこの話の男とは違って弱くないから同じ事になるとは思わないけど、それでも、あのシーグルって人が貴方の目の前で貴方に笑いかけて自害する事を考えてみてよ」

 セイネリアは思わず口を手で押さえた。そうして、その手が僅かに震えているのに、歯を噛み締めながらも唇が嗤いに歪むのが分かった。
 さぁっと血の気が引いて感覚がなくなっていくようなこの感じは、部屋を開けて血濡れの彼が倒れていたのを見た時と同じだった。

「彼女が死んだとき、男はたくさんの後悔をした。勿論最初は、もっと早く魔力を暴走させれば良かったとか、この道を通らなければ良かったとか、護衛を頼むべきだったとか……こうすれば彼女は死なずに済んだって事をひたすら考えた。でも……生き残った盗賊達を探して全員を殺した後に一番悔いたのは……彼女に好きだと告げられなかった事だったんだ。臆病過ぎて、男は彼女の気持ちを確認するのが怖かった。だから彼女に好きだと告げたい一心で、彼女を復活させようなんて事を考えた」

 セイネリアは溜息をついた。
 胸に重苦しいものが詰まっていて、酷く息苦しい。『彼女』が死んだときの話は前にも聞いた事があるのに、今はそれを平然と聞く事が出来なかった。




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 後編はサーフェスサイドからの話も。
 



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