彩雲あとがき
 
 
 あとがきを書くと決めたのは僕自身であるのに、どうしたことか、筆が進みません。そこで、あとがきを書くために、彩雲で描きたかった要素を列挙してみました。
 F1、飛行機、RC、空、川原……それぞれに理由がありますし、話があります。例えば、F1を語るということは、僕にとってはセナを語るということであるとか、色々あります。きっと本文と同じくらい、いや、それ以上の量を書けるでしょう。
 しかし、ここで、はたと、思い当たることがありました。意識していないうちに、描きたかった要素を描いていたことにです。それは、セナでも、飛行機のことでもありませんでした。“川原”です。
 
 僕の心の原風景としての川原は、荒川放水路の川原でした。高校時代の僕は、そこに、よく、一人で自転車を転がして出かけていました。
 当時はまだ、土手の上を高速道路(中央環状線)が建設さえされておらず、中川がさらに向こう側に控えるその川幅は、広く、ごみごみとした下町の中で、唯一、空を大きく感じられる場所でした。土手に寝転がると、土と雑草の生々しい匂いがしました。そうして、空を見上げ、雲がゆっくり流れていくのを眺めているのが好きでした。それが、ただ、目の奥がすっとしていく感覚があって、気持ちよかったのです。
 当時の僕は、高校の友人達になじめず、親を信じることも出来ず、身のまわりの誰とも、まったく喋らない子供でした。少なくとも、僕自身から、誰かに話しかけようとは思わない子供でした。時折、誰かに話しかけられ、喋ろうとすると、喉がきしむような気がするほど、声を出すことがありませんでした。(きっと、そんな子供であったことを、今の友人達はだれ一人信じないでしょう)
 でも、だからといって、心を慰めに川原へ行っていたのではありません。悲愴感はまったくありませんでした。そこから見る空が、気持ちよかったのです。そして、クラブ活動や友人と遊びに出かける必要がなかった僕は、存分に、空を眺めることを楽しむことが出来たのです。
 そして、今となっては、その場所は、既にありません。
 雲よりも前に、高架上の渋滞する車の列が目に入るそこは、ドライバー達の日常的な忙しい気配、空気が満ち充ちています。一時間かけてゆっくりと動いていく雲のような雄大さ、はありません。不意に現われ、不思議な形で浮かんでいる彼らのように、ユーモラスなものでもありません。僕の心に秘かにしまっておいた大切な場所は、もう、なくなってしまったのです。
 今はよく喋り、よく笑います。しかし、時おり、ふと、どこかへ行ってしまいたくなるときがあります。それが、どこなのかはわかりませんが、あの日の川原のあの空なのかも知れません。
 そして、その感覚はセナを思うときの感覚によく似ています。
 
 ノスタルジアにどう対処していくか、それがこの作品のテーマだったのかも知れません。そして、そのことをほとんど意識せず、作品に取りかかった。そのため、とてもぶざまで読み難いものとなってしまったのでしょう。
 僕自身、どう対処すべきか、答えは出せていません。そのテーマを掘り出した自分自身に驚くことで精いっぱいでした。
 そして今では、こう考えています。自分の中のノスタルジアを認めよう。ノスタルジアに浸ることも認めよう。でも、その外にも必ず自分がいる。いなければならない。ノスタルジアを世界のすべてにしてはいけない。しかし、同時にノスタルジアに浸る自分を否定しない、大切にしていかなければいけない。そうして、初めて、自分の人格が統合されるのだと。
 
 この作品におけるセナは、僕の中のセナ、ノスタルジアの外にいる自分だったのでしょう。
 それを考えると、この作品は、僕にとって必然だったのです。セナ・ファンとセナ本人にとって、甚だ失礼な話かも知れません。でも、前述したように、僕にとって、この作品を書き上げるということは必要なことだったのです。セナに、感謝しています。僕より天上のセナにより近いセナ・ファンから、その気持ちを空に伝えてもらえれば、幸いです。

 

1998年2月末日

                   露崎真基

 
 
 
追記
 不遜なる僕は、敬虔なるセナのようには、神を信じてはいません。心の狭い僕は、“悪いこともする”神様を受け入れることは出来ないからです。
 それなのに、今回に限って、神様を頼っていました。苦しいときの神頼みって奴ですね。……せめて文学の才能のかけらだけでも与えてください、と祈っていました。
 これが、僕の能力の限界なのです。読み難い素人小説に最後までつきあってくださって、ありがとうございました。感謝致します。
 


  

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  1.彩雲(本文)   2.セナ略歴   3.彩雲解説  
 

4.彩雲(本文・絵、写真なし)text.only

 

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