STAR DROP


 どうも、留美です。あの、私、見ちゃったんです。とっても恐ろしくて素敵な物語を。物語って言っても、それは私の目の前で、実際に起こったことで、つまり、実話なんです。
 でも、今になってみると、それがほんとうのほんとうに実際に起こったことなのか、私にもわからなくなっているところもあって、んー、だから、何ていうのかな、まあ、なんでもいいや。
 とにかく、この一ヶ月に起こった出来事を、私はここに書いておきます。まあ、人が読んで面白いかどうかわかんないけど、でも、きっと面白いよ。ははは。
 じゃあ、始めるね。


一日目。

 或る、ひとけのない公園で。
「留美。…おい、留美」
と、私を呼ぶ声。
「だあれ?」
と、私の質問。
「あれ、見てみろよ」
「あんた、誰よお」
「いいからさ」
 仕方なく私がそいつの指差す方を見ると、そこには、めがねをかけていないときのタモリにちょっとだけ似ている、高校生くらいの男の子がいたんです。
「あいつ、何してると思う?」
「さあ」
「見ててごらん」
「うん」
 私が素直に見ていると、その男の子はそこにうずくまり、「うぅ、うぅ」ってうなりはじめました。私は(具合でも悪いのかなぁ)って思って見てたんだけど、しばらくすると男の子は急に笑い出し、すくっと立ち上がったのです。
 私は思わず「ありゃりゃりゃりゃ!」
 だってぇ、なんと、なんと、その男の子の顔が!!
 ひぇーっ。
 いつのまにかさっきの人は、私の隣にはいません。
 私は男の子の後をつけました。何処へ行くの、ミラクルボーイ。
 だけど男の子はその後、自分の家に帰っただけでした。あんな顔で帰ったら、家族の人はびっくりしちゃうんじゃないかなぁ、って私は思いました。
 彼の家は、とってもお金持ちみたいでした。


二日目。

 その公園で、私は例の男の子に再会。
(いやぁ、それにしても昨日は驚いたなあ)
 不思議なことがあるものです。なんたって、タモリ似だった彼の顔が、一瞬にして草刈正雄みたいになっちゃったんだもん。そしてその草刈顔は、その日も健在でした。


三日目から十七日目まで。

 エアロビ始めたの、私。
 そしたらね、毎日百グラムずつ痩せました。


十八日目。

「えっ?」
「…」
「嘘でしょ。嘘だって言ってよ」
「ご、ごめん」
 紅茶のおいしい「柏原」という喫茶店。「えっ?」っていうのと、「嘘でしょ。嘘だって言ってよ」っていうのが私のセリフで、あとの二つが真弓のセリフです。
 だってぇ、真弓ったらひどいのよ。真弓は言ったわ。
「私、やっぱり男の子の方がいいの」


十九日目。

 私は一日中泣いていました。


二十日目。

 気晴らしに渋谷の町をブラブラしていた私の目に映ったものは、な、な、な、な、な、なあぁーんと、あの草刈顔と、真弓のツーショット!
 なんで、なんで、なんで? どうしてどうして、どうしてぇーっ。
 ふたりは、腕まで組んでいたのです。
 それを見た私は、心の中でこう叫びました。
(真弓、そいつは本当はタモリ顔なんだよぉっ!)


二十一日目。

 私は、一日中草刈顔の家の前で張っていました。
 しかし、動きなし。
 帰ってから、真弓の家に、何度も電話しようとしたんだけど…、でも、どうしてもできませんでした。


二十二日目。

 私は、一日中草刈顔の家の前で張っていました。
 しかし、動きなし。
 帰ってから、ママのつくったチーズケーキを食べましたが、これがとってもおいしかったのでした。


二十三日目。

 私は、一日中草刈顔の家の前で張っていました。
 そして夕方…。
「動いた!」
 草刈顔はランセルのバッグを小脇に抱え、少し慌て気味に出てきたのです。
(何処へ行くの?)
 私はもちろん草刈顔の後をつけていきました。
 草刈顔は、郵便局の前で立ち止まってキョロキョロ辺りを見回し、そしてポストの前にうつむいて立っている女の子を見つけると、ニコッと微笑んで近づいていきました。女の子は真弓じゃありませんでした。まだ若い子でした。中学生かも知れません。
 草刈顔は女の子の肩に手を回し、ゆっくりと歩き始めました。
 以下、草刈顔と女の子の会話。奇数行が草刈顔で、偶数行が女の子です。
「寒くない?」
「うん、寒くない。暑い。だって夏だもん」
「えぇっ? 今、夏だったの?」
「ううん、嘘よ」
「ああ、びっくりした」
「ほんとに? ほんとにこんなことでびっくりした?」
「ばかだなあ、涙ぐむやつがあるかよ」
「だってぇ…」
「『だってぇ…』じゃないっ!」
「ところで、あたしたちが結婚して子どもができたら、男の子なら一(始め)、女の子なら一子(いちこ)って名付けようよ」
「偶然だなあ。僕も今、同じことを考えていたよ」
「まあ」
「いやぁ、偶然ってのはあるもんだなぁ」
「そうね、本当にそうね」

(変な会話)
と、私は思いました。 
 でも、二人の会話は確かに変だったけど、でも、なんて言うのかな、ありふれたカップルの会話だと言えなくもないと、そんなふうに思います。
(それにしても草刈顔め。真弓にこのことを話してしまおう。うん、それがいい。真弓はだまされているんだわ)
 その日の夜、私は真弓の家に電話をかけました。でも、誰も出ませんでした。


二十四日目。

 午前五時、私は何故か目を覚まし、何か見えない力にいざなわれるように表へ出ました。
(あっ!)
 私の家の前で、ねぼけまなこの私の前に立っていたのは、ほらっ、公園で草刈顔を初めて私に紹介した、あの人だったのです。
「留美、ついておいで」
「う、うん」
 小鳥の鳴く声。冷たい空気。きれいな、きれいな、朝でした。
「ねえ、何処まで行くの?」
「いいから、ついておいで」
「う、うん」
 しだいに自動車も増えてきて、ガヤガヤしてきて、そして早起きなおばさんたちがあちこちの家で、何故か微笑みながら玄関に出てきていました。
「まだぁ? ずいぶん遠くまで行くのね」
「ちょっとね」
 ふと気がつくと、空が紫色になっていました。なんだか指先がしびれちゃって、貧血っぽい、いやな感じもしてきました。
「ねぇ、まだぁ?」
 そう言って振り返ると、もうだれもいません。
「あれれっ。どこ行ったのよぉ」
 空は相変わらず…、ううん、いっそう紫で、そこは、まるで地球じゃないみたいでした。



  おわり