氏名 : 橋本岳真(はしもとたけま)
居住地 : 東京都八王子市
趣味嗜好 : 天文一般(特に太陽系、なかでも流星)
所属 : 日本流星研究会(NMS)
東京近郊地区流星観測者会(マル東:AMOTA)
彗星物理水曜ゼミ
八王子天文同好会
この他にも流星物理セミナー(MSS)、彗星会議'などにも顔を出します。
観測・研究対象 :
小流星群(流星群構造、進化)
主要流星群観測は単なる楽しみ(楽しく観測して、いっぱいきれいな流れ星が見れて、データになる)
世紀の大流星雨が見たい!
天文略歴
<幼稚園時代?>
●アポロの月着陸を眠い目をこすりながら?テレビで見た記憶がある。でもはっきり言って単調な画面で面白くなかった。通信時のピーという発信音を今でも覚えている。
<小学校時代>
●自然科学系統には興味を持っていたが、特に天文を趣味としていたわけではない(当時の趣味は昆虫採集、貝殻のコレクション、鉄道模型であった。)が、新聞に掲載されるような天文現象はたいてい見ていた。月食はもちろんのこと、今でも覚えているのは
・小学校3年のときジャコビニ流星群を見ようとして見れなかったこと。(曇っていたというかすかな記憶がある)
・小学校6年のときコホーテク彗星を見ようとして見れなかったこと。
また、小学校4年のときに天体望遠鏡(ミザール エース型 6cm屈経)をおこずかいをためて買った。中村繁著の「四季の天体観測」(当時の私にはものすごくむずかしかった。)を買って、月、惑星(金星、火星、木星、土星)、有名な星雲・星団、二重星などを見た。天文雑誌などはあるとは知らなかったので買っていなかった。おかげで惑星などはどこにあるかわからないので、毎晩明るい星を片っ端から見ていった。そして数ヶ月後、木星、火星、土星などを”発見”した。でも1年ぐらいで熱は冷めてしまった。
<中学校時代>
●BCLに夢中になっていて、星は全くといっていいほど見ていないが、中1のとき、唯一ウエスト彗星を見ようとしたが見れなかった。
<高校時代>
●1978年 4月 :
都立府中西高校入学。
天文ファンの友人とのジャンケンに負け、しかたなく見学しに行った地学部で怖いお兄さん達に退路を断たれて入部!(私は生物部に入りたかったのに!)。天文を始める。
●1978年夏合宿 : 流星観測を始める。
「夏合宿で流星観測をするから調べておいてね。」の一言から始まり、部長命令でやったペルセウス座流星群に魅せられて、流星観測を始める。主要群の観測を中心に5〜10夜/年ほど観測する(1978,1980のPer群は派手であった)。ただ、クラブに流星をやっている人がいなかったので流星観測は流星観測ガイドブックが頼りの自己流である。この間に写真観測(固定撮影)やFM電波観測(FRO)も試みるが、私がカメラを向けると流星が避けて通ることやホワイトノイズに耐えかねてリタイアする。この頃、NMSの存在は知っていたが、畏れ多くて入らなかった。また、マル東の存在はまったく知らなかった。
この他にも、太陽黒点観測、写真撮影などを行なう。
若気のいたりで多摩地区高等学校天文部会(HAA)の創立に参加('79年創立)。府中西、武蔵、国立、国分寺などが中心でした。いまはどうなっているやら…。
<大学時代>
●1982年4月 :
琉球大学理学部海洋学科入学。
海を渡り沖縄へ。大学に入ってからも地学部(のち天文部に改称)に入部し、天文活動を続ける。流星も5〜10夜/年ほどで相変わらずの主要群極大ねらいの観測を続ける。
●1983年 : 大学2年のときNMSに入会。
●1983年6月 :
「巨大球状星団」アイラス−荒木−オルコック彗星が天球を駆け抜ける。
●1983年8月 :
新城流星会議参加(はじめて流星会議に出席する。)
●1983年11月 :
おうし群の観測報告を間違って河越彰彦氏に送ったのがきっかけとなり”突発群フォロー情報”をとるようになる。これが後に小流星群に足を踏み入れるきっかけとなる。
●1984年8月 :
八王子流星会議参加。大学セミナーハウスで開催されたため家から通う。(最も遠くから来た 最も近い参加者)
●1985年10月8日 : ジャコビニ流星群突発!
宵の薄明の空をジャコビニ流星群が急襲。多い時は1分間に3個ぐらいのペースであの独特のゆっくりした流星が飛んだ。
観測中にユーミンの「ジャコビニ彗星の日」が流れていたのはいうまでもない。
●1986年3月 : 大学卒業
もうこれで観測できないなと思い、おとめ群の観測をする(もちろん、おとめ群ははじめての観測)。結局、これを口火に小流星群観測を始める。
●1986年 : ハレー彗星回帰!
<社会人になってから現在>
●1987年 : 就職で東京にもどる
●1987年 3月 :
東京近郊地区流星観測者会集会に初参加。以後スタッフとして活動
●1987年 : 金沢流星会議参加
●1988年 2月12日 :
「突発群フォロー情報」廃刊。主な活動メディアを1つ失いショックを受ける
●1988年 :
八王子天文同好会の創立とともに入会
●1988年 :
京都流星会議参加。小流星群分科会開催されず。地下に潜行。かろうじて宴会の席で有志と開催する
●1989年 :
広島流星会議参加。やはり小流星群分科会開催されず。昨年と同様有志で行なう
●1990年 1月 : 小流星群情報誌「Minor Meteor (Shower)
Circular」を発行
●1990年 1月 : 第15回太陽系微小天体セミナーに初参加。天文雑誌の情報欄を見て参加。このとき、三鷹塾のメンバーに会う。折しも、私の報告は「ブロルセン
− メトカーフ彗星関連流星群観測集計報告」であった
●1990年 1月 : 三鷹塾初参加。
●1990年 3月 :
奈良彗星会議出席。彗星会議初出席。
●1990年 4月 :
世紀の大彗星 オースチン(おーうそちん)彗星出現!
●1990年 :
豊橋流星会議参加。非公式分科会ながら宴会の席以外で小流星群分科会を開催
●1990年 ?月 : B.A.Lindblad博士講演会
●1991年 4月13日 : 三鷹塾解散
●1991年 4月24日 : 水曜ゼミへ初参加
●1991年 :
仙台流星会議参加 (裏)小流星群分科会開催
●1991年 : ペルセウス群突発!(HR=350) 母彗星回帰に伴う新ピーク出現
●1992年 :
榛名流星会議参加 (裏)小流星群分科会開催
●1992年 : Comet P/Swift-Tuttle 検出される
●1993年 :
高知流星会議参加 (裏)小流星群分科会開催
●1993年 6月20日 : マル東50回記念集会
●1994年 1月3/4日 : しぶんぎ群突発!(HR=100)
●1994年 7月17-22日 : 1000年に1回の奇跡 SL9木星衝突
●1994年 8月 :
大阪流星会議参加。小流星群分科会開催 正式な分科会へ復帰。
●1994年 7月 :
今度こそ世紀の大彗星ヘール・ボップ(へぼ)彗星検出
●1995年 8月 :
東京流星会議参加 小流星群分科会開催
●1995年11月17/18日 : しし群活性化!(HR=50)
●1995年 3月 : 百武彗星出現
●1996年 8月 :
富山流星会議参加 小流星群分科会開催
●1996年11月24日 :
マル東スタッフ辞任。小流星群情報誌「Minor
Meteor Shower Circular」郵送版をNo.46にて廃刊。ただし、パソコン通信版は規模を縮小してNMS同報上で継続
●1997年 3月 : ヘール・ボップ彗星現わる
●1997年 7月 : 彗星夏の学校参加
●1997年 7月 :
北海道流星会議参加 小流星群分科会開催せず
●1997年10月8日 : ジャコビニ流星群出現!
V2。母彗星回帰年の前年にもかかわらずジャコビニ流星群出現。もちろんBGMは「ジャコビニ彗星の日」である
●1998年4月13日 : MMSCのホームページ開設
●1998年6月26日 : まさかの6月うしかい群(Pons-Winnecke彗星関連群)出現!
八王子は曇りでした
●1998年8月 :
豊橋流星会議参加 小流星群分科会開催せず
●1998年10月8日 : ジャコビニ流星群出現!
V3(ジャコビニ群のまともな活動を3年間公式観測したのはたぶん私だけ!)
●1998年10〜11月 : おうし北群活発!
火球が頻発する
●1998年11月17/18日 :
しし座流星群観測。日本ではHR=50程度でアウトバーストは観測されなかった
●1998年12月13/14,14/15日 : ふたご群活発