沖 雅也の死

 昭和58年6月28日午前4時59分、東京・新宿にある京王プラザホテルの最上階(47階)から、沖雅也(本名・日景城児)が飛び降り自殺を図った。

 ガードマンの「待て!」の声を振り切った沖は、後ろ向きのまま体を崩して、128メートル下の7階にあるプールサイドに落ち、全身を強打、即死だった。


ホテルに残された遺書の全文

 今……
 プラザホテル様へ
 大変申し分けなくおゆるし下さいませ。
 つかこうへい様 あなたの名、つかを使いし僕をゆるせるものならおゆるし下さい。
 人は病む。いつかは老いる。
 死を免れることはできない。若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。
 人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。
 老いと病と死とを超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることが、正しいものを求めることと思うが、今の私は誤ったものの方を求めている者。

(便箋裏)

"おやじ 涅槃で まってる"
沖 雅也


自宅に残された遺書の全文その1

 私は生きる気力を失い苦しさに負け、死を選びます。
 私の死は、私自身の人間としての問題で有り、沖雅也としてでなく日景城児として、死んでいきます。
 一、日景家一同様、名を汚して申しわけ有りません。許してください。
 一、日景忠男殿、あなたにうけたあたたかい思いやり、身にしみて感じておりました。一五年、大変お世話になりました。楽しい日々でした。お元気で、ありがとう


自宅に残された遺書の全文その2

私 沖雅也は生きていく
気力を失い自殺します
この自殺は私個人の問
題で有り人をきづつけ
た私のせめてものおわ
びです、死という弱い
ひきょうなことでしかおわびの
方法を知らない私をおゆるし下
さい
他人にめいわくのかからぬ様死
にたかった

日景忠男殿
あなた様のこの一五年の心苦
いかばかりか さっするにあ
まりあります
あなた様から受けた人生道、人
間道、身にしみて、心より感謝
いたします
一心同体で歩いてきた道ですが
途中で投げ出す私をおゆるし下
さい。あなた様に何もしない
で何も言わないで死んでいく
私を、おしかり下さい。
私のごとき男がそばにいては
あなたの人生がダメになりま

有りがとうございました
お世話になりました。



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