日記
Journal
(1/1 2001〜)

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2002年

12月13日

 今月25日発売の「エロティクス・エフ」(太田出版)にマンガを描いた。単行本収録のためにリメイクした「新聞記者涼子」だ。このマンガは1997年12月に同人誌で発表したもので、涼子はこれでデビューした。つまり初めての涼子モノである。当時の鬱屈をゴンブローヴィチの「フェルディドゥルケ」を読んで吹き飛ばした余勢で描きあげたものだ(そんなことがありうるからなかなか文学は捨てがたい)。コマ割りは変えなかったが、絵は全面描きかえ、わずかにセリフや擬音も変えた。作業中は失われていた初心が立ち返ってくる心持ちがした。来年は少年誌での連載の予定もあるので、初心にかえって望みたい。ところで、この場合の初心とはたんに初々しさとか新人の気持ちとかいったことを意味しない。自分の全ての技量をかけて細心の配慮とともに大胆に世界に臨み出そうとするような態度である。まさに初心忘れるべからずというわけだ。忘れかけていたけど。


 映画「マイノリティ・リポート」を観てきた。なんだかんだいって僕は、局地戦のメカニズム描写を可能にした「プライベート・ライアン」の戦闘シーンの革新が大好きだし、スピルバーグはまたなんかやってくれないかと期待したのだ。実際、「ライアン」のせいで本当に以前の戦争映画の戦闘シーンは古びてしまった。アニメ「キングゲイナー」のキャラデザとマンガ化をやっている中村嘉宏がまた「ライアン」好きなのだが、彼にペキンパーの「戦争のはらわた」を観せてやった時にも、僕自身があれれこんなだっけかと不足を感じたほどだ(もっとも中村くんはわりと気に入ったようで、その後スタイナー軍曹が持っていたロシアの機関銃のモデルガンを手に入れて戦争のはらわたゴッコをしていた)。その後ジェームズ・コバーンが急逝して、はからずも追悼上映になってしまったのだが。

 で、映画「マイノリティ・リポート」なわけだが、面白いVFXシーンはたくさんあったけれども、なんだか物語が複雑でわかりにくいわりにその難解さに見合うだけの充分な達成を感じさせないものになっていた。ディックの原作が犯罪予知システムの自己言及的特異点をめぐる短編だったのに対して、映画は長編化するためノワール的な陰謀に重点が移っており、この長編化の過程で奇妙な複雑化が起きたらしい。脚本に問題があるといっても、メジャー娯楽作にありがちな受け狙いの単純化によるのではないのだし、意欲作とは言うべきか。とはいえ、変な複雑さは減らしてわかりやすくしつつ、なおかつ真に複雑で面白くすることはできそうだ。僕が見る限りでは、使い尽くされていない主題が多く放置されたまま終わっていた。どうすれば面白くなるかなどついぼうっと考えてしまう。とりあえず、予知映像をアラン・ケイばりに?パワーグローブで処理するトム・クルーズの手の動きがイマイチ神経不足に感じられたので、そこは狂言サイボーグ野村萬斎に演技指導してもらおう、とか。映画「陰陽師」は野村萬斎の身体だけ抜群に面白かったしね……。



11月6日

 くそ〜、小長元坊の単行本はまだか〜〜〜! あ、俺のもだ(笑)。

 「ザ・リング」を観てきた。トールキンじゃなくて鈴木光司の方の、ハリウッドリメイク版だ。中田秀夫監督の「リング」はわりと好きだったので(「女優霊」ほどじゃないけれども)、気になっていた次第。ハリウッド版はかなり忠実な日本版のリメイクだった。話によるとハリウッド版はラストが4候補用意され、アンケートで票の多かったのが公開版になっているはずなんだが、わりととって付けたような感じが漂うあたり、副案の方が残ってしまったようだ。まあ、やはりアレが一番怖いオチということか。

 日本版「リング」には、映画というもの自体の怖さ、つまりフィルムに写るということ、その絶対性に対する畏れ(例えば死者すらもそこではいきいきと動き続ける……)という、「女優霊」以来の中田秀夫の作家的主題がそこここに反映しており、それが面白かったのだが、さすがにハリウッド版からはこの主題は抜け落ちてしまう。とはいえこのハリウッド版、集合住宅やお通夜や連絡船の描写などやたら日本的で驚くほどだ。もちろん舞台もロケも役者も外国のものなのだけれど、にもかかわらずこれは日本か、と感じるのだ。ひょっとしてハリウッド映画で真の日本が描かれた最初の例になってしまうんじゃないか? つまり、ハリウッドのカメラが日本に来て撮ろうと、彼らが撮ってしまうのは彼らがもともと持っていた日本のイメージ、オリエンタリズムに過ぎない。だから僕らは違和感を覚える。ところが、このハリウッド版「ザ・リング」は日本版「リング」を忠実にリメイクするあまり、はからずも「リング」に映る日本の映り方そのものを模倣してしまった。そのようにして撮られたアメリカは日本と化す(ハリウッドに撮られた日本がアメリカと化すように)。ハリウッド版はそう撮ることこそを最重要と考えたらしい。つまり、日本版「リング」を見たハリウッドスタッフが、真の恐怖の対象としてそこに見出したのは、なによりもそこに映った日本の映り方、日本そのものだったわけだ。



5月10日

 ネームは通ったので原稿を鋭意作成中。掲載雑誌は後日お教えする。


 報道やテレビなどメディア上で問題視されている個人情報保護法案と人権擁護法案については、7日の読売新聞などで与党見送りとの報道があったものの、8日には首相や官房長官らが改めてそれを打ち消し、今期国会成立を全力で目指す、と談話した(公明党は成立は難しいとしている)。今国会で見送りになったとしても、こうしたメディア規制法案の契機が、欧米や国連規約人権委員からの(それ自体は健全かつ正当な)圧力にある以上、繰り返し上程されるはずであり、僕たちとしては、現在の法案がもっているような「官」の権限拡大のための性質といった負の部分が抜けきったまともな法案が上程されるまで、これもまた繰り返し注視していく必要がある(こうした問題点に関しては朝日新聞の特集がよくまとまっている)。


 個人的には大問題なのだが、コラムなど紙面の仕事で主張するのに向かないことこそ、やはりここに書きつけるべきだろう。レディーボーデンというカップアイスがある。ハーゲンダッツが入ってくる前までは高級アイスの定番だったオーストラリア産のアイスだ(輸入はロッテ)。こいつが美味い。大好きである。だが、現在ではコンビニなど主要な流通からはほとんど排除されてしまった。雪印のアイスも好きだが、やはり流通から排除され気味である(件のもろもろの不祥事以前からそうだ)。コンビニで支配的なのは下は明治のスーパーカップ、上はハーゲンダッツなど、90年代以降に流行った手作りシャーベット風味、ジェラート風味のものばかりだ。僕はそうした一色化した流行アイスにうんざりしていた。

 あるブランドがどうコンビニ流通で支配的になるかという仕組みは大変興味深いことだが、ここではおく。雪印アイスは駄菓子屋など古い流通で強く、そうしたところで購入できることは以前から知っていた(最近の製品「トルコ風アイス」はレディボーデン系かつなめらかな舌触りの新食感系でヒットである)。つい最近、レディボーデンが近所の百円ショップで買えることも判明(300円だが)。わずかに喜んだりしている。さて、何が言いたいのか。つまり、皆さんも近所でレディボーデン(または雪印トルコ風アイス)を探し出して、ぜひ食べてくれ!、ということだ。




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