HANA-BI 
 
花火のあと
99/05/13

この作品は珍しく僕が志願して受けた作品です。
これまでに北野さんが手がけた作品にすっかり魅了されてた僕はたいそう興奮し、編集室にマクファーレンTOYSを飾る始末です。

余談ですが、『RAMPO』を編集された僕のおっ師匠さんである、と思っている谷口さんも、『3ー4X10月』で北野さんと仕事をされたことがあります。『その男、凶暴につき』の頃から編集に並々ならぬ興味を示していた北野さんに、谷口さんは「自分でおやんなさい」と勧めました。以来、北野さんは太田さんとコンビを組んで編集に名を連ねるようになったのです。
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オールスタッフ(スタッフの初顔合わせ)の日、台本を渡されました。表紙には『A TAKESHI KITANO FILM -vol.7-』としか明記されてません。北野さんの作品は製作進行中、常に形を変えていくそうで、タイトルも輪郭が見えてきた時点でつけられるのだそうです。
「ふふん、特別的で素敵」と開始そうそう小躍りです。

最初にあがってきた画は雪景色でした。
あたり一面の銀世界で、行き場のない刑事、西を演じる北野さんと、余命幾ばくもないその妻を演じる岸本さんとの一幕が映し出されていました。あいかわらず交わされる言葉はほとんどありません。チェーンをはめている西の手を妻が間違って轢いてしまうというような微笑ましい(?)ふたりのやりとりが紙芝居のように描かれています。
一方で西は追ってきたヤクザとのからみで狂気じみた一面も覗かせます。
この、対極した西の内面が作品の全体像を象徴してました。
内心「なぁに?またなのぉ」と思いつつも、あがってくる画は、台本があまりに詩的だったということもあって、全く予想がつきません。がぜん興味は津々です。
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北野さんは周知のとおり非常に多忙を極めるお方で、撮影、編集のスケジュールもまちまちです。1週間バーと撮っては1週間撮休といったあんばいです。そうかと思えば収録が早めに終わったので編集をやりたいと召集の電話がかかってくることもあります。

一度だけ、太田さんも僕も召集の時間に間に合わなかった時がありました。時間がもったいないので先に始めてるとのこと。「編集部もなしにどうやって?」と思いつつ、息せき切って部屋に入ると「いやぁ、俺も昔は編集部だったんだよ」と製作管理の山崎さんがフィルムを転がしていました。遅れてきた僕達に気を使って言ってくれたのでしょう。両者ホッと胸をなでおろします。

残念ながら、山崎さんは作品の完成を待つことなく他界されてしまいました。病床でも、ずぅっと作品のことを気にかけていたそうです。
この場を借りて、ご冥福をお祈りします。
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その悲報を受けてのことか、あがってくる画は日増しに暗くなっていきました。

西のキャラクターも、妻の前ですら、当初に見せてた人なつっこい表情を出さなくなります。撮影の合間に行われる編集も、毎日のように姿形を変えていきます。特に、北野さんの撮ってくる素材は前述したように紙芝居的である為、シーン単位で組み替えても違和感がありません。パズルのように構成変えがききます。加えて今作では、西の同僚、堀部の描いた「絵」がいくつもでてきます。画面いっぱいの「絵」なもんですから、どこに入れても心象風景として成り立ちます。まあ、それだけに、入れどころは慎重を期さなければなりませんが。

この「絵」、ご存知の方も多いと思いますが、北野さんの直筆です。

僕の目からは、お世辞にも絵画とは呼べませんが、それよりも、これらの絵のいくつかを撮影中に描いていた、ということに対しては素直に頭が下がります。主演をこなし、監督もこなし、編集もこなし、TVの収録もこなしてなおかつ絵も描くというバイタリティーには、ただただ感服する次第です。
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クランク・アップです。

ラストストシ−ンはその名のとおり最後にあがってきました。

「このお話はいったいどおゆう結末を迎えるのだろう」とワクワクしながらラッシュを見ると、そこには、今までの陰鬱な世界を打ち消すような晴れ渡った青い空と海が広がっていました。浜辺に腰掛け、妻が西に対して感謝の気持ちを初めて言葉で伝えます。とても簡単な言葉です。でも、たくさんの想いがつまった言葉です。西がそれに無言で応えます。不覚にも、じぃぃんときました。

キャメラは、肩を寄せ合うふたりから波と空の入り混じる一面の青に移ります。
そして・・・・・
衝撃のラストです。

本当に衝撃でした。台本上ではこの後、ふたりはフェリーに乗ってラストを迎える予定でしたし、西が妻に対してとった行動も全く別のものでした。変更になったとは聞いていましたが、あまりの変貌ぶりに開いた口がふさがりません。
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確かに、台本に描かれていたラストではいまひとつヒキが弱いという印象がありましたし、北野さんも西の迎える然るべき終局を考えあぐねていたようです。そして、その混沌から活路を見出したのが浜辺のラストだったわけですが、そこには『その男、凶暴につき』からスクリプターを務める中田さんのアイデア、御尽力が多分に加味されていました。

北野組は、組としての在り方も独特で、必要以上に監督の「色」を重んじる組です。映画づくりの方程式にはめてしまうことで異業種監督とのセッション味が失せてしまうのを嫌ってのことでしょう。表立っての意見は控えます。それでも異議申し立てをする時は中田さんを通してやるようにします。

北野さんはとてもナーバスな方で、頭ごなしに言ってはヘソを曲げてしまい作品があらぬ方向へと向かってしまう危惧があります。そこんとこをうまぁく掻き分けて御注進できるのが中田さんなのです。まさに、北野組の名参謀と言えるでしょう。
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みなさんご存知のように『HANA-BI』は各界で高い評価を受けました。
ただ、私事で言わせてもらえば、それが正当な評価だったとは未だに思えません。
作品内容に関しては個人差があるので言及しませんが、今作の脇を固める登場人物陣の不甲斐なさはいかがなもんでしょう。特にヤクザ陣。あの白竜さんですら西の凶暴性を引き立てる為に持ってきたヤラれキャラどまりのように思えてなりません。「北野ブルー」との賞賛を受けましたが、それならば『ソナチネ』こそが「北野ブルー」の称号を勝ち得て然るべきだと思うのですが・・・・・

僕が納得できなければできないほど、『HANA-BI』は次々と賞をかっさらっていきました。
ギャフン!

ちっぽけな自信が音をたてて崩れゆくのを横耳に、時を同じうしてブームの過ぎ去ったマクファーレンTOYSをフリーマーケットで売りさばく僕の姿がありました。


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