写楽 
 
浮世絵図
99/05/13

監督の篠田正浩さんは、大島渚さん、吉田喜重さんらと時を同じうして松竹ヌーベルバーグと世に謳われた方です。そんな巨匠の編集を阿部さんは任されました。この一世一代の大チャンスをさぞかし厳粛に受け止めていたことでしょう。
『写楽』クランク・イン当初、阿部さんは『KAMIKAZE TAXI』編集の真っ最中で、僕というお荷物をしょって昼も夜もなく働いてました。そして、『KAMIKAZE-』の終了を待って『写楽』にスライドしていったのです。
『KAMIKAZE-』で阿部さんになんとか認められた僕は、光栄にも『写楽』の編集助手セカンドの地位を任されました。
先に、ラッシュ組み等の準備を進めていた編集助手チーフの宮島さんが出迎えてくれます。『KAMIKAZE-』の項で述べたように、別班編集室としていいように扱われた経緯から、とりあえず水月に一発頂戴しました。
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篠田さんが来るまでまだいくらか日があったので、阿部さんにはしばしの休息を取ってもらうことにし、宮島さんと僕とで引き続き準備を進めることになりました。

ある日、いつものように作業をしていると主演の真田さんが陣中見舞いに駆けつけてくれました。
お土産を頬張りながらほくそ笑んでいると「とぉるるる・・・」と電話が僕を呼びつけます。
受話器の向こう側でボスゥ、声を震わせながらボスゥ、
と鼻歌まじりで出ると「岩下ですが」の声。
「ん?そんな人、スタッフにおったかな」と宮島さんを見やると、ドスを構えるポーズ。
「はわわわ、ごっ、極妻!
そう、岩下さんは、篠田さんの奥さんなのです。
恐縮しつつお声を拝聴していると、岩下的チェックラッシュをしたいとのこと。大女優ならではのお達しに、僕達は岩下さんの出演しているシーンを繋げ、一路IMAGICA(現像所)に向かいます。

出演者に限らず、今作のスタッフは大御所揃いです。怪獣大戦争です。
『写楽』本編にも、蔦谷重三郎を始め、十遍舎一九、喜多川歌麿、葛飾北斎、鶴屋南北に滝沢馬琴とそうそうたるメンツが一大絵巻を繰り広げますが、それらがマンマ飛び出してきたようなもんです。特に、ネガ編集の南とめさんは、黒澤さんの時代から現役バリバリでやってきた御大です。
「とぉるるる・・・」電話が僕を呼びつけます。
「ちょっとぉ、この説明書わかんないわよぉ」
南さんです。
再び僕達はIMAGICAへと向かいます。
「気苦労が絶えませんなぁ」と宮島さんと励ましあっていました。
しかし、これらのことは、これから始まるツイスターのほんの序章に過ぎなかったのです。
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さあ、満を持しての監督入場です。脇には、監督補佐の鯉渕さん、助監督の成瀬さんが付き添います。

篠田さんは、とてもサッパリとした方で、それは出で立ちにも表れていました。いつもパリッとしたスーツを身にまとい、小麦色に焼けた肌に白い歯をキラッとのぞかせていました。とても60過ぎには見えません。立ち居振舞いもさっそうとしていて、終始身体を動かしています。反面、落ち着きがありません。
夕方5時頃にもなると、理由もなくイラ立ちます。ポケットに手を突っ込み、小銭をジャラジャラさせてたかと思うと、次の瞬間「もう結構!」と言い放ち、スカイラインGT-Rをかっ飛ばして帰っていきました。
編集部は狐につままれたようです。でも、翌日には「ワッハッハッハ」と編集室に現れるのです。

ある日、阿部さんがフィルムを転がしていると、「君!こんな手動のやり方じゃ音にムラができるじゃないか!ウェストレックス(定速回転の投射機。スタンド型)を持ってきたまえ!」と御発憤。編集部には青天の霹靂です。助監督の成瀬さんに助けを請う視線を送ると、彼は涼しい顔をしてMacのトラックボールをいじくってます。
四方を探し回って、なんとかウェストレックスとやらを見つけました。
気を良くした篠田さんは早速実践してみせます。
「こうやるんだよ、君!」
バタバタバタ・・・・・バチン!
ものの見事にフィルムは真っ二つです。
結局、業社からスティンベック(定速回転の投射機、デスク型)を取り寄せ事無きを得ました。
阿部さんの頭が日に日に薄くなっていく様がわかりました。
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でも、そんな理不尽なことばかりじゃありません。
僕が宮島さんの誕生日をカレンダーにマークしていたのを見つけて、「ほぉ、そうかね。それでは食事と洒落込もうじゃないか」とご馳走を振舞ってくれました。
これに気を良くした僕は調子に乗って、「劇中、真田さんが岩下さんとの情事で「い、痛いよ」と言わせるシーンがありましたけど、篠田さんも家では言わせてるんですか?」と質問しました。
周囲の石化を尻目に「ワッハッハッハ」と余裕の高笑い。さすがです。
また、『瀬戸内ムーンライトセレナーデ』で再び仕事をさせてもらった時には、ラストでの圭太少年のエピソードをモチーフにお題を提出。僕が描いて持ってきた絵コンテを見て喜んでくれました。

そして、いつだったか、『写楽』から数年経って篠田さんの編集室にお邪魔した時、伊丹さんの悲報を受けて、他人事ではない、あらわし手たる心中を語って聞かせてもくれました。あの時の篠田さんは普段見せない顔をしていて、今でも印象深く僕の胸の中に残っています。
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『写楽』はその年のアカデミー賞を総ナメにしました。
阿部さんは大金星です。篠田さんもたいそうご満悦です。

目下、篠田さんは『梟の城』を鋭意製作中で、さらには、次回作予定の『ゾルゲ』に闘志をたぎらせています。
この『ゾルゲ』は『写楽』の頃から悲願としていた大作で、篠田さん自身それをもってして有終の美を飾ろうと考えているようです。

今日もどこかで、白い歯を光らせながら、さっそうと高笑いを轟かせていることでしょう。
「ワッハッハッハ」


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