何故主観によってのみ生きられない? 何故客観に門戸を開く? 何故中庸にしかなり得ない? 何故矛盾を容認できない? 何故それほどまで「世界」に固執する? それは何も受け入れないということではなく。 今見ている「世界」のすべてが主観によって 成り立っているのだということを認識する、ということ。 情報。 処理する主観。 取り込めるものとそうでないもの。 神と理想郷は、常に我と共に。 戻る