倫理。神の領域。糞食らえ、だ。 己の生命を絶つのはこの世界で唯、己のみ。 それが最も「自然な」死。 それが生きると云うことの正しいあり方だ。 己が命脈を絶つと云うことが、絶望によってのみ 為されるとは思わない。 幸福の絶頂にある者が、それを永遠とする為に死を選ぶことも あってしかるべきだろう。 いずれにせよ、終止符を打つのは常に己である、そのことが 己が人生を生きると云うことを意味付ける。 故に。 あらゆる生命は、決してその他の、自己以外の要因によって 絶たれるべきではないと信じる。 それが例え寿命、と呼ばれる老化現象であろうとも、だ。 生きる努力をするも、死を受け入れるも、すべては己の、 「世界」から切り離されたところにいる自己ただひとつの、 望みによって為されるべきだ。 それは、決して他が介入して良い領域ではない。 無防備な生を肯定する気は無い。 殺人の否定をする気も、無い。 己を守るも、守らぬも、己次第。 その上で。 「生きる努力」そのものを否定することを、 私は許容しない。 生きよ、と云うことでは決してない。 その選択に介入することを、私は許したくないのだ。 だから。 その選択肢を保証する、全ての手段を私は許容する。 倫理。神。命の重さ。 敢えて言おう。 糞食らえ。 戻る