四ツ目屋の風呂敷包み ――七ツ道具 琳の鎧編――

初美 いよいよパート3ね。前回のこと、覚えてる? 終わりのほうに出てきた兜形というやつ、ナニがちょん切れたみたいな形でちょっとグロっぽかったこととか。
家守 ああ、あれね。あれは鼈甲製でしょ。それで色が似てるからそう思うのも当然だと思うよ。でもさ、兜形もそうだけど、張形を変形させた、いわば張形の亜流バージョンみたいな形のものって多いよ。鎧形とか。
初美 ヨロイ?
家守 筒の胴に格子状の穴をあけて、上に兜形をつけたような形のもの。写真を見てもらえばわかるけど。
初美 これ、どのように使うの?
家守 男に被せて使うんだ。別名、助け船。
初美 助け船だなんて、言わんとしているところがだいたい推測つくよ。
家守 多くは老人が使ったとされている。衰えた勃起力をこれでカバーしたんだね。また、ナニがちっちゃければ太さを補うのに使ったり、早漏を防ぐ効果もあったらしい。
初美 いろいろと苦労しているのね。
家守 おいおい、何を言ってんだよ。もちろん、こういうのは自分のためでもあるけれど、女を喜ばせようとする結果でもあるんだ。それを忘れないでほしいな。
初美 その点、女は楽よね。いくつになってもできるんだから。それに比べて男は器具に頼らなきゃならなくなる。
 妃女啼輪   海鼠の輪
 
家守 トゲのあるヤツだなあ。まあ、いいや。それで、鎧形から頭の部分を取った形のものが妃女啼輪(ひめなきわ)っていうやつ。海鼠(なまこ)の輪となんてのもあるよ。
初美 くねくねしているの?
家守 ナマコを輪切りにしたところが似ているからついた名前だと思うけど、鼈甲や角革製で、カリが高くなるので女は快感が増し、男のほうはイッちゃうのを遅らせ、長持ちさせる効果があるそうだ。
初美 それで女の子を喜ばせることができるから姫泣き輪というのね。


初美 ところで、サブタイに「琳の鎧」とあるのは、金属の玉でできた鎧形みたいなものがあるということなのかしら?
家守 そうじゃなくて、琳は琳の輪と琳の玉のこと。適当なのが思い浮かばなかったので、これと鎧をくっつけただけ。でも、なんとなくすごそうな感じがしたでしょ?
初美 なんだ、聞いてみればたいしたことないじゃない。
家守 まあ、そういうなよ。で、どういうものか聞くんじゃないのか?
初美 それが私の役割だから。で、琳の輪って何?
家守 琳というから金属の玉ではあるんだけど、それに糸を通して数珠みたいにしたもの。雁際に巻き付けるんだ。
初美 雁際って?
家守 そんなこと聞くなよ。……本当に知らないのか?
初美 うん。
家守 傘の開いていない松茸の傘の下。際の部分。
初美 くびれたところね。
家守 知ってるじゃん。
初美 だって、すべての人が知っているとは限らないでしょ。だから説明を求めたの。私の役割は聞くことだって、さっき言ったよ。
家守 きょうは本当にトゲがあるぞ。
初美 ちょっと風邪ぎみで熱っぽいのよ。
家守 からだが火照るにも風邪じゃなあ。意味が違うな。
初美 ばかなこと言ってないで話を先に進めましょ。
家守 はい、はい。それで琳の輪の金属というのは主に金なんだけど、数珠玉という草の実でつくることもあったそうだ。
初美 数珠玉なんて植物があるのかしら?
家守 ハトムギなんかの仲間だそうだよ。硬い実をつけるので、これを数珠状にしたんだね。ただ、同じ巻き付けるにしても、針金はだめだと指南書に書いてある。
初美 針金なんて使ったらケガしちゃうよ。
家守 わざわざ書いてあるぐらいだから、実際に針金を巻き付ける人が本当にいたんだろう。


初美 プラスチックとかビニールがなかった時代だもんね。
家守 だから肥後ずいきなんて、誰がいつ考えたんだろうって感心するよね。
初美 えーっ、肥後ずいきってエッチグッズだったの? 以前、住宅街にある薬局に「肥後ずいき入荷しました」という貼り紙があったので、何のことだろうと思ったことがあったんだよ。
家守 原料はハスイモの茎で、それを乾燥して紐状にしたものなんだ。
初美 かんぴょうみたいなもの?
家守 かんぴょうはユウガオなので違うけど、形は似ているよね。お湯とかで湿らせて男のナニに下から巻き上げ、カリのところで折り返して、根本のところでほどけないように結んで使う。
初美 巻くのに手間取っているとちっちゃくなっちゃいそう。
家守 それはありうるね。でも、ぬるぬるしているので滑りがいいし、このぬるぬる成分で快感も増すんだそうだよ。
初美 滑りやすいよりは密着感のあったほうがいいという人もいるけどね。
家守 今日でも使われている江戸時代のアダルトグッズでは、この肥後ずいきがほとんど唯一のものといっていいぐらいだけど、でも、入手するのはそうとう困難じゃないのかな。薬局で売っていたというのには驚いたけど。
初美 後にも先にも見たのはその1回きり。それもかなり前のことで、それからは薬局の近所を訪れることもないので知らないわ。
家守 アダルトグッズのショップ広告でも、これは見たことがないしなあ。
初美 熊本のサーバーを探してみれば意外とあるかも。肥後・熊本の名産でしょ?
家守 いまでも名産なのかなあ。


家守 ところで、先ほどの琳の輪とはほとんど関連してないけど、琳の玉というのもあるんだよ。
初美 これは本当の金属製の玉のことね。
家守 うん。女のなかに入れてエッチすると、玉がころがって、とても気持ちいいんだそうだ。金でできたものもあったようで、オランダからの輸入品がもっとも上質のものだというよ。
初美 私は口に含むのかと思っちゃった。でも、そうしたら玉が歯にあたって痛いだろうし、飲み込んじゃう恐れもあるから、どのように使うんだろうと思ってた。
家守 この琳の玉が昭和の初めごろに書かれたもののなかに出てくる。それをちょっと引用してみようか。琳の玉を入れてエッチしたばっかりの女に、相手の男が聞く下りなんだけど。「『安江さん、琳の玉を入れてすると、どんなに気持ちがいいの?』『何と言ったらいいかしりませんが、奥のほうを転がりまわるので、いいわ。それに転がりまわるたびに、何だか腰の奥のあたりまで震えるように感じるのよ』『それは、玉がちりんちりんと響く音響が、肉にかすかな振動を与えて、軽い電気にでも触れるように感じるものではないかなあ』『そうかもしれないわ』『そんなことでもなければ、何もリンリン鳴るようにつくる必要もないからね。ただ、何でも丸い玉なら、ラムネの玉でもよさそうなものだけれど』『何しろ、あたしが変なことを教わって、これから病みつきになって、いつもそれを使わなければならないようになるかもしれないわ』」。だってさ。
初美 だけどさあ、入れたはいいけど、出すときが大変じゃないかな。
家守 いや、そんなことはないみたいだよ。女をうつむけにして、お尻をぽんぽんと叩けば、簡単にころがり落ちると書いてある。
初美 一緒に排出された液体もどろっと出るわけね。
家守 それはそうだけど、もう少し、ましな言い方をしてほしいなあ。
初美 ころん、ころん、どろっ。ころん、ころん、どろっ。ころん、ころん……。
家守 いつまでもそのまま続けてなさいよ。
初美 ……。でもさあ、当時のアダルトグッズをこうやって見てくると、二人で楽しむためのグッズなのだからそれはいいとしても、嫉妬とか怨念とかも激しかった時代でしょ。恨みをはらすために丑の刻参りをしたり、嫉妬心から生まれた生き霊なんてのを恐れたという話を聞くよ。その手の道具はなかったのかしら。
家守 浮気をさせないためのものとか?
初美 たとえば、そういうもの。
家守 ひとつ例をあげると、悋気の輪というのがあるよ。どんな形なのかはわからないけど、男のナニにはめる金属製の輪だった。
初美 いわゆる貞操帯ってやつかしら、男性版の。カギがついているのかな。
家守 たぶんそうだと思うよ。そして、鎖かなんかで腰に回して取り付けて、簡単に外すことができないようにしたんじゃないかと思うよ。
初美 奥さんが実家に帰ったときなんて、男はこれ幸いと浮気するから、旦那が寝ているときにそっと取り付けて、そのままカギをもって実家に行っちゃえばいいわけね。
家守 うーん。それはちょっと考えたくないことだぞ。まして長屋住まいだと内風呂がなくて銭湯だから、取り付けられて1ヵ月も帰ってこなかった日には大変なことになる。


初美 だからあまり怒らせるものじゃないわよ。あれ、家守君は独身だったけ? ところで、たしかに江戸から明治になって政治体制も社会の仕組みも人々の生活も大幅に変わったわけだけど、四ツ目屋というお店がそれと一緒になくなってしまうとはちょっと考えられないことなんだけど。
家守 うん。吉原だって第2次大戦までは江戸時代の伝統が続いていたし、四ツ目屋も少なくとも明治30〜40年ごろまで続いたらしい。ものの本によると、明治17年の新聞に「寝小便本舗」として四ツ目屋の広告が出ているそうだ。そして明治30年ごろ、化粧品の店と薬の店とに分かれたという。
初美 すると閉店したのはそのころということ?
家守 大阪新町の四ツ目屋は明治41年ごろに閉店したらしい。
初美 商品が時代に合わなくなったとか?
家守 それだったら昔ながらの商品にこだわる必要なんてないんだから、新しいものに切り替えていけばいいのさ。だけど、そうじゃなくて風俗壊乱の取り締まりにあったというのが閉店の理由だそうだ。
初美 よくありがちな話ね。
家守 それで商品は没収され、かつ、かなりの刑に処せられたらしい。それでやっていけなくなっちゃったんだね。両国のほうが取り締まりにあったのかはわからないけど、大阪のそれが関係していることは間違いないと思うよ。いまの風俗店だって少なからずそういうところがあるよね。
初美 あそこがパクられたから、こちらは自粛しようとか。
家守 細々とやっていればバレないってことはありうるとしても、四ツ目屋というのは江戸時代からの超有名店だからね、いったん、目をつけられてしまうとどうしようもないよ。

了   


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