四ツ目屋の風呂敷包み ――七ツ道具 久志理編――

家守 ここからは四ツ目屋で売られていたであろうグッズ、いわゆる四ツ目屋の七ツ道具というのを取り上げていこうと思う。
初美 七ツ道具ねえ。
家守 実を言うと、江戸時代の四ツ目屋でどんなものを売っていたのかは、ある程度しかわかっていないんだ。だから溪斎英泉という浮世絵師だった人が著した『枕文庫』のなかの「閨中女悦の具」というのを下敷きにしていくつもり。
初美 薬の代表は長命丸というものだったでしょ。だとしたら、「女悦の具」の代表的なものはあるのかしら。
家守 四ツ目屋の広告では、長命丸の左右対に嬉契紙という文字が見えるけど、道具の真打ちといえば、やはり張形(はりがた)につきるだろうね。
初美 ああ、これね。見るのは初めてだけど、名前は聞いたことがあるよ。けっこう有名なもの。
家守 張形の歴史はかなり古く、『阿奈於加志』という本では「平城の京となりて高麗百済などの手部どもが呉という国より多くひさぎ出す水牛というものの角にて作りはじめたるが、様かたちきわめて美しく、綿を湯に浸してその角のうつぼなるところを押入るれば、暖かにこいふくだみて、まことのものと何ばかりのけじめもなきを……やや古き世には、つののふくれとて歌にもよみける」となっているそうだよ。これを信じれば奈良時代には日本で作られはじめたということになる。もっともこの本は幕末に書かれたものだけどね。地方に行くと五穀豊穣を願って、石製の巨大な張形が祭られていたりするでしょ。あれが原型でだんだん小型化していったんじゃないのかな。遊郭時代の吉原でも内所という見世の主人がいる間の神棚に張形が飾られていた。もっとも、この習慣が始まったのも江戸の後半のことだけどね。
初美 奈良時代に初めて伝わってきたものは水牛のツノでできていたのね。
家守 右のは鼈甲製。ほかに、木、クジラの歯などで作ったものもある。一般的に張形の長さは、実物とほぼ同じ14〜18cmぐらいで、紐がついていたり、なかにはイボつきや反り返っているものもある。また、これより短いものは、久志理(くじり)、つめ形、やそ形、せせり形なんて呼ばれている。指にはめてくじるんだね。
初美 紐がついてるのは女同士用で、一人が腰に巻き付けるとか? そのう、ペニスバンドみたいなもの。
家守 いや、張形はときには男が女を責めるときに使われただろうし、女同士で使うこともあったと思うけど、基本的には一人用。江戸城に勤める奥女中や町人では後家さんなどが慰みに使っていた。だから、ご用のもの、箱入り息子なんて異名もある。紐を足首にゆわえ、足を動かして出し入れして使うこともあったようだ。右の絵みたいにね。
初美 これって、からだの硬い人だと大変じゃない。また、からだの軟らかな人でも、手で持ったほうが楽だと思うけどなあ。
家守 自分の経験上の話? っていうのはともかく、別に紐があったって使わなきゃいいじゃん。ところで、張形にはこんな逸話があってね、大店の娘なんかが嫁入りする前に、家のばあやがこれを使って娘をめでたく女にしてやったことがあったんだそうだ。「明日からは旦那さんになる人とこういうことをするんですよ」って、春画を見せて説明したりしながら。
初美 えーっ、絵を見せるのは性教育だからありうるとしても、実際にしちゃうのはあんまりだよ。初めてが道具だなんて……。
家守 だから、ちょっと半信半疑ではあるんだ。後にも先にもそんな話は、一度読んだきりだから。
初美 ちょっと疑わしいわね。
家守 長い歴史があるから、そんな人がいたとしても不思議じゃないけれどね。また、話にしか聞いたことがないけど、初夜のときは旦那とではなく、別の男と寝る初夜権なんてもあったそうじゃない。
初美 すっかり忘れていた。初夜なんて言葉があったよね。
家守 先ほどの女同士用という話だけど、その場合は互形(たがいがた)というのを使っていた。別名、両首(りょうしゅ)。張形2本の底と底をくっつけたような形で、つなぎめのところが刀のつばみたいに張り出している。
初美 いまも同じようなのがあるよ。
家守 双頭バイブとか呼ばれているね。これを互いに入れて腰を動かすと、男としているのと同じような感じなんだって。
初美 でもさあ、これって誰が使うの? 江戸で女性は3〜4割しかいなかったんでしょ。すると、男性より少ない女性は引く手あまたじゃない。「まわりは男ばっかり、もう天国よ。きゃあ、きゃあ」なんて感じだよ。
家守 だから奥女中なんかが使ったんだよ。奥ってのは旗本以上の妻子が生活していた場所で、側室もここにいた。もちろん、この人たちを世話する人もいて、多いときには1人に3〜4人がついたこともあったらしい。それに、とくに江戸城の大奥ではいろんな役割を担当する人もいて、合わせて500〜600人はいたと言われている。これがすべて女だったんだ。だから、後述するように張形に関する川柳では局がよく出てくる。
初美 奥様、奥さんの語源だね。
家守 ちなみに「かみさん」というのは、「いろは歌」の「有為の奥山」からきている。山の上は奥だから、かみさんになるってわけ。知ってても役に立たない蘊蓄だけどね。
初美 君の話もどれも役に立つとは思えないけど?
家守 身も蓋もないこといわないでほしいな。


初美 ところで、女性用があったということは、男性用も当然あったんでしょう。
家守 こんにゃく、きゅうり、ふやけきったカップラーメンなんてのもあるよ。
初美 現代の話じゃないってば。それにきゅうりって何よ?
家守 いや、カップラーメンはともかく、そのほかは実際に使われたものなんだ。
初美 きゅうりをお尻に入れちゃうの? (*^o^*)
家守 そうじゃなくて、きゅうりってのは種が取れるぐらいになると長さが50cmにもなり、実もけっこう柔らかくなる。それぐらいに成長したものを使うんだ。
初美 どのように?
家守 頭と尻を切り落としたら、なかをくりぬいて種を取り、筒状にしたものをお湯のなかに入れて温めておく。次に布団をぐるぐる巻きにして、きゅうりを挟み込む。そこへいたすというわけ。これがいいものなんだそうだよ。
初美 大きくなりすぎちゃって、食べられなくなったきゅうりの利用法のひとつだね。こんにゃくはいまでも使う人がいるみたいだけど?
家守 普通は板状のこんにゃくをお湯で人肌に温めて二つ折りにして使うんだけど、このやり方がすでに江戸時代にあり、今日にまで伝わっているというのは驚きだよね。こんなことにすら歴史の重みがあるんだから。また、こんにゃく玉が手に入れば、それから女のそこに似せてこんにゃくを作ることもやったらしい。そのさい、コショウや丁子の粉を混ぜるんだけど、これが「まことに上品の開に少しも違うことなし」とある本に書かれている。
初美 洗えば何度も使いまわしがきくってか。
家守 たぶん、それはしただろうね。江戸時代は衣類にせよ何にせよ、徹底したリサイクル社会だったんだけど、こんにゃくもそのひとつだったんだろう。
初美 でも、きゅうりとかこんにゃくって安いものでしょ。そんなの使うのって悲しくならない?
家守 知らないよ、そんなこと。実際にやったことのある人に聞いてみてくれ。で、だからというか、ちゃんとした道具もあるんだ。陰戸形とか吾妻形というやつ。薄い鼈甲製で穴が開いてて、そこにビロードの布を張ったもの。これもきゅうりのときのように巻いた布団に挟み込んで使用した。
初美 ビロードって滑らかで触ると気持ちいいもんね。
家守 それが、なかにザーメンなんか出しちゃうとたいへんで、ビロードについちゃうと落ちなくて、ビロードも縮んじゃうんだって。
初美 次に使えなくなっちゃうんだね。
家守 乾くと固まってばりばりになっちゃうからなあ。
初美 ふうん、そういうものなんだ。
家守 ちょっと使い方にコツがいるよね。そこで、ビロードの代わりに革を使用したものもあって、こちらは革形と呼ばれている。
初美 ところでさあ、こういうのって、いくらぐらいしたものなのかしら。
家守 それが実のところ、よくわからないんだ。張形でも鼈甲製はそうとう高かったらしいんだけどね。
初美 どのくらいに?
家守 「はした銭では張形は買えぬなり」とか「小間物屋割りのいいのはへのこなり」などという川柳が残っている。多くは小間物屋が奥女中に呼ばれて内々に売ったものだったからね。
初美 買ったら大切にしたんでしょうね。なにせ、箱入り息子だから。
家守 また川柳だけど、「己がのは昔細工とつぼねいい」とか「長局四五本持ってそねまれる」なんてのもある。


初美 前回の終わりごろにゴムみたいなものがあるって言ってたよね。
家守 それは兜形(甲形。かぶとがた)ってやつだね。鼈甲か水牛のツノで作ったもので、お湯で温めといてから使う、というもの。小さくてちょうどナニの頭にかぶせて使う形をしている。右がそれ。
初美 ぎゃははは。何よ、これ。張形の首だけ取れちゃったみたいじゃん。それに、この形だとはずれちゃいそうよ。
家守 カリのところへひっかけるんだろう。肌の覆いを最小限に防いでいるわけだから、考えているものではあるんだけど、自分に合ってないと、なかへ置き忘れることがあったかも。
初美 回りから洩れちゃいそうなことも心配ね。
家守 一応、「陰汁を玉門の中へもらさぬための道具にて、懐胎せぬ用意なり」となってはいるけどね。だから、その意味では茎袋(きょうたい)というもののほうが安全だと思う。これは唐革という輸入ものの薄い皮でできた袋で、すっぽりとかぶせたら、ついてる紐で根元をしばる仕組み。
初美 そういえば、それと同じようなものが外国にもあったって話を聞いたことがあるよ。うろ覚えなので勘違いかもしれないけど、たしか動物の腸かなんかで作るんじゃなかったかしら。
家守 ふうん。腸って腸詰めにして食欲を満たしたり、性欲を満たしたりと、いろいろ使い道があるんだね。でも、やっぱり兜形にせよ、茎袋にせよ、気持ちよさは半減するだろうな。やっぱり、使うなら超極薄ジャストフィット6段締めゼリーつきだよ。コブつきもいいんじゃない?
初美 真珠を入れてる人がたまにいるけど、痛いだけであまり気持ちよくないって話もあるよ。私は知らないけど。……うーん、つい、つられて話を合わせちゃったけど、うら若き乙女になんてことを言わせるんだ。もうやめたいぞ。
家守 大丈夫。現世ではあんたが誰なのかは誰も知らんよ。それと「うら若き」なんてフレーズ、とうの昔に死語になってるから使わないように。
初美 そういう君のことを知ってる人はいるんでしょ?
家守 (゜o゜)
初美 自業自得ね。
家守 ……。
初美 どうしたの?
家守 ……動揺が収まらないのでしばらく休憩しよう。

つづき  


嬉契紙 会合せんと思う脇、一物に唾よくつけ、この紙1枚頭に貼り、玉門に静かに押入あたふたすべからず。この薬力まわらぬうちはしばらく動かさず、様子をうかがうべし。一物常体より太くなるべし。そのとき女は、顔色赤くなるか、あるいは鼻すすり、または手足を動かすべし。この薬のまわりしときと心得、それより静かにあしらうに、いかほど慎みよき女、または遊女の類なりとも、覚えず男にしがみつき、声を挙げて喜悦の姿をあらわし、真の気湧き出ること泉のごとし。もっとも一生このときの交を忘るることなしと云えり。(四ツ目屋の広告文句より) →本文へ戻る


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