自分で書いておいてこれが百合なのかそうでないのか未だに判断できません。  ですが百合フィルターをかければ百合なのか確実ですので、百合耐性がない方は避けられたほうが無難です。  魔理沙が地霊殿に着くまでしばらくお待ちください。 「お邪魔するぜ」(相変わらず可愛いな)  魔理沙さんが地霊殿を尋ねてくるのは、異変のときから二回目です。  私と会うのも二回目です。それなのに、魔理沙さんの心から漏れ出してくるのは、 (やばい、やっぱり可愛すぎる) (どきどきが止まらない) (勢い込んで来たけど、どうしよう) そんな心ばかりです。  正直どう対応すれば良いのか分かりません。 (こんなに可愛いのに、もっと近くで見れないなんて生殺しだ)  どうしろと言うのですか!  あ、ご紹介が遅れました。私、地霊殿の主、古明地さとりと申します。  お客様がいらっしゃったのであればお茶を出さないわけにはいきません。  ペットがなかなかお茶の淹れ方を憶えてくれないので、自分でお茶を淹れるようにしているのです。  せっかくのお客様ですし、お茶は最初は目で楽しむもの、というのが私の信条です。  ガラス製のティーポットにお湯を注ぐと、茶葉がティーポットの中で踊り、花が咲くように開いていきます。  いつ見てもいいものです。そして辺りにお茶の香りが漂います。  それなのに魔理沙さんは全然、お茶を淹れるところを見てくれません。  私がお茶の準備をしている間、ずっと私のほうをちらちらと見てくるのです。 (可愛いなあ) (ふわふわしてるのかな)  そんな心ばかりが読めてしまい、私も少し頬が熱くなってしまいます。  それにしても地上の方々は皆こうなのでしょうか?  魔理沙さんと合うのはまだ二回目です。  それなのに魔理沙さんから向けられてくる心は尋常ではありません。 (かわいいよ、かわいいよ、かわいいよ)  心を閉じてしまっている妹なら露知らず、私にはちょっと刺激が強いです。  魔理沙さんのこの心はなんなのでしょう、もしかしてこれが噂に聞く恋というものなのでしょうか。  恋という言葉を思い浮かべた瞬間、私の顔が一気に赤くなったのが自分でも分かります。  非常にまずいです。  あぁ、そう思ってる間に、お茶用の砂時計の砂が落ちきっていました。  私はお茶をカップに注ぎながら魔理沙さんの様子をうかがいます。  魔理沙さんの様子は特に変わらず、相変わらずこちらをちら見してきます。  それでも私が顔を赤らめたことに対しては特に何も反応はなく、読んだ心と一致します。  私の顔が赤くなっているであろうことには気付かれてはいないようです。 「どうぞ、粗茶ですが」 「おう、頂くぜ」(いい香りだな、地底でも地上とお茶の香りが変わらないのは驚きだな)  魔理沙さんがお茶に口を付けたのを確認して、私もお茶を喉に通します。  少し時間が長かったのが逆に効を奏したのかいい香りです。今日の茶葉はこれくらいが良いのでしょう。  魔理沙さんも気に入ってくれたようで、褒めてくれます。  それなのにその褒めている途中で私が読み取った魔理沙さんの心は、また私を赤面させるものでした。 (どんな香りがするんだろう、きっとこのお茶より良い香りなんだろうな)  私を見ながらそんなことを思われてしまったら、動揺するに決まっているではないですか。  私は激しい音を立ててティーカップを置いてしまいます。 「す、すいません、手が滑って」 「お、おう、大丈夫か? こぼしたりしてないよな」(大丈夫かな、お茶かかったりしてないよな) 「ええ、ご心配なさらずに」  魔理沙さんが結構真剣に心配してくれています。  もしこぼしていたとしてもほんのちょっとで、大したことないって分かっているはずなのに、こんなに心配されると、ちょっと良い気持ちです。  って私は何を言ってるんでしょう。  魔理沙さんに地上の話を色々伺います。  魔理沙さんのフィルターを通した地上は遠い昔、まだ私達が地上で暮らしていた頃よりもキラキラと輝く世界になったようです。  きっと醜いものあれば殺伐としたものもあるに違いありません。  それでも魔理沙さんの話を聞いているとそのようなものがあっても、もっと良いもの、善いものが覆い隠しているように聞こえてきます。  地上への憧憬を覚えたのは、久方ぶりです。  妹や可愛いペット達、そして魔理沙さんと一緒に地上を歩いてみたい、そう思ってしまいました。  ただ、今最も気になることはそのことではありません。  魔理沙さんが身振り手振り、オーバーアクションで話をしている間にも飛んでくる魔理沙さんの思念です。 (ああ、やっぱり可愛い) (こんな可愛いなんて、さすが地底なのかな) (ずっと見ていたいぜ……)  私とて少女です。ここまで思われて、悪い気はしません。  むしろ心を閉ざしてしまった妹やペットに囲まれて過ごしてしまっていて、大きな変化のない毎日に「その心」は私も自然と閉ざしてしまっていたようです。  「その心」が徐々に、魔理沙さんの心を読んでしまうたびに、ほころびるのを感じます。  私が呆として相槌を打ち損ねたからでしょうか、魔理沙さんの話がふと途切れてしまい、私の思考も現実に戻されます。 (いいかな、言っちゃおうかな) (変だよな、しかも駄目って言われてさとりに嫌われたらどうしよう) (でも、もう我慢できない) (どうしよう、どうしよう)  私の心臓が跳ね上がります。魔理沙さんの逡巡を読み取って、私も魔理沙さんの真剣さを感じてしまいます。  魔理沙さんも私も押し黙ったまま、微妙な間が続きます。  ここで私はようやくはたと、気付きました。  魔理沙さんは私の能力を知っています。それならば今自分の考えが筒抜けなのも分かっているはず。  分かっていて悩んでいるのでしょうか。  心が読めるのにその奥深いところまで読めない「さとり」の能力を恨みます。  目の前に表層的な心すら読めなくて悩んでいる人間がいるのに、贅沢な悩みであることは分かっているのですが。  魔理沙さんの心は、言ってしまうか、でも嫌われたらどうしよう、でループしています。会話が途切れてから、もう二十回はループしたのではないでしょうか。  私は、大きく深呼吸します。  そして魔理沙さんに私の気持ちを伝えます。 「いいですよ、魔理沙さん」 「ん、何のことだ?」 「魔理沙さんがずっと考えてることですよ」  言っちゃいました。心拍数が跳ね上がって、心臓が破裂しそうです。  そして魔理沙さんも顔を真っ赤にしています。しかも手を握り締めてます、緊張してますね。 「本当にいいんだな」(やった、やったぜ) 「ええ、私も嫌ではないようですから。魔理沙さんの心を読んでしまいましたが嫌悪感とかは感じずに、その……。少し嬉しかったですよ」  がたりと音を立てて魔理沙さんが意を決したように立ち上がります。 (もう我慢できん)と。 「な、なあ……」(触る、触るぞ、香りもかごう、どんな香りがするんだろう) 「何でしょう?」 「その、私、好きになっちゃったみたいなんだ……」(い、言っちゃった、ど、どうしよう、ってどうしようもないよな) 「はい……」 「その、そっち行っていいか?さとりの傍に……。そのもう我慢できないんだ」(嫌がられたらどうしよう、逃げ帰るしかないよな) 「い、いいですよ、魔理沙さんなら……。私、嫌じゃないです」 「そうか、そうか!」(やった、やった、魅魔様、不肖の弟子、やりましたよ、魅魔様、見ていてくれましたか)  生まれてこの方、会話で相手の言いたいことが言う前に伝わってくるので、今まで会話で緊張したことなどありませんでした。  それなのに今日は違います。  魔理沙さんの一言一言が私に強い緊張を強いてくるのです。  心地よい緊張でした、でもそれも終わりです。  私の受諾の返事を聞いた魔理沙さんが立ち上がり、まだ湯気を立てているティーカップの載った机を避けて私に近づいてきます。  魔理沙さんから読め取れる心はもはや言葉では表せるものではありません。  期待と興奮に塗りつぶされているようです。  魔理沙さんが手を伸ばして私に触れられる距離まで後三歩。  魔理沙さんの右手が私の方に向けられます。  私はもう目を開けていることができません。  魔理沙さん、そんな期待を向けられたら、私、私……。  ふにょり、と音がしました。  何の音でしょう。目をつぶっている私には何が起きたのか分かりません。  触覚には何も感じず、髪や服を触れられたという感覚もありません。  それなのに魔理沙さんから飛んでくる思念は達成感に満ち溢れていました。 (や、柔らかい……。思った通りだ、もう病みつきになりそう) (我慢できない、頬ずりしよう)  私の目の前で魔理沙さんが何かをしている気配はあるのです。  私が二つの目を開けると、そこには……。  なんというか、私の第三の眼を頬ずりしようとする魔理沙さんの顔が飛び込んできました。 「ああ、可愛いよ。可愛くて我慢できないんだぜ。こんなに可愛いのツチノコ以来だ」  しかも読むまでもなく、魔理沙さんの真心が声になって駄々漏れです。 「ちゅっちゅっしていいかな。そうか、いいんだな。ありがとうさとり」  魔理沙さん、私、何も返事してません。  第三の眼に魔理沙さんが熱烈なキスをしてくれやがります。 「あの、魔理沙さん、いいですか?」 「いいぜ」(駄目だ。あぁ、第三の眼可愛いよ、第三の眼。今は第三の眼を可愛がるだけで手一杯なんだ) 「……」 (ああ、可愛い、ツチノコと陰陽玉に並ぶ可愛さだぜ。私もさとりになったらあの第三の眼付けられるのかな) (第三の眼、好き過ぎて笑みがこぼれるぜ、うふふ) (ああ、第三の眼いいよなあ、魔法使いも第三の眼持てるようにすればいいんだよな)  道理で私を直接見ずにちら見していたわけです、つまりは私を見ていたわけではなかったのですね。  確かに私の早とちりだったようですが、まあ、それでも責任は取ってもらっていいですよね。 「ねえ、魔理沙さん、いいですか?」 「忙しいけどいいぜ」(はあ、可愛い) 「魔理沙さん、間接的に第三の眼手に入れられるとしたらどうします?」 「やる!」(さあ、今すぐ教えろ、でないと十割実るマスタースパークの出番だな) 「うふふ、そうですか。じゃ……」 「お、おい、さとり、どうして服を脱いで――  霊夢やアリス、パチュリー、にとりたちの元に後日届いた一通の葉書、その葉書にはこうありました。  私たち結婚しました。               霧雨 魔理沙               古明地 さとり  写真に写っているのは三人。魔理沙とさとり。  そして魔理沙の腕の中には、小さい魔理沙が、第三の眼を持った魔理沙そっくりの子供がすやすやと眠っているのでした。