こんなことがありました  私は霧雨魔理沙。幻想郷で普通の魔法使いをやっている常識人だ。何、慧音の立場がなくなるようなことを言うなって。何を言う、この幻想郷の数多の事象に照らし合わせて見れば私の常識人ぶりが分かるだろう。  えーと、あの冊子はどこにやったかな、一時期調べてたことがあるんだ。え、何をだって?それはな、外の世界にいろいろな習慣、ぶっちゃけると奇習・奇祭と云ったものがあるだろう。  髪を額から頭頂部に掛けて剃ってその上で髪を結ったり、とても乙女の口からは言えないようなお祭りとかな。それと同じように幻想郷の変な習慣とかを書き留めていた時期があったんだよ。お、あった、これだ。げほげほ。大分埃がたまってたな。じゃ、まずは……。 「おぉ、霊夢何処に行くんだ」 「何、魔理沙、暇そうね?」 「ちょうど暇だったんだ、私の暇つぶしのために付き合ってやるぜ」 「なんで、そこで偉そうにするのよ」  偶然霊夢と出くわしたので、暇つぶしに付き合ってやることにした。何でも幽々子に用があるらしい、結界がなんたらとか珍しく巫女らしいことを言っている。異変の前触れか。  とか考えたら陰陽玉をぶつけられた。痛い。 「お邪魔するわ」 「邪魔するぜ」 「ようこそ、いらっしゃいました」 「いらっしゃい」  出迎えるたのは白玉楼の主従の二人。 「魔理沙、霊夢が来ることは幽々子様から伺っていたが、貴女が来るとは伺っていなかったのだけれど」 「用事はない。敢えて言うなら、ここに来るのが用事だ」 「暇人なのか」 「ここに来るという用事があるから暇人じゃない」 「まぁまぁ、妖夢、いいじゃない、お客様の一人や二人。別にどこぞの図書館のように、魔女が好みそうなものも大してないじゃない」 「大してということは少しあるのか」 「帰れ」  おう、妖夢さん、そんな業物を喉元に突きつけないで頂けないでしょうか。 「仕方ないからお茶で我慢としく」 「ねぇ、そろそろ上がってもいいかしら」  霊夢が呆れた表情でこっちを見ていた。 「あ、申し訳ございません」  妖夢が謝ると本当に申し訳なさそうに見える。見習いたいものだぜ。 「すまなかったな、霊夢」 「魔理沙が言っても、全然すまなそうに聞こえないわね」  縁側で幽々子の飼っている猫と一緒に寝ていたら、霊夢に蹴られた。 「ほら、話は終わったわよ」 「あぁ、退屈な話は終わったか」  まだ少し頭が覚醒しきっていない。 「まったく、人の家まで昼寝をしにきたのか」  妖夢にそんな憎まれ口を叩かれる。すかさず切り替えしておくことにする。 「でも、そうゆう妖夢も霊夢と幽々子の話を退屈そうに聞いてたじゃないか。幽々子の後ろに控えているときに、幽々子から見えないことをいいことに、欠伸をかみ殺してたじゃないか」 「ちょっと、そんなことはっ」  マジになってる。適当に出任せを言ったのに、どうやら直撃したっぽいな。 「って、楼観剣はよせ。な、話せば分かる」 「知らねば長生きできたものを。一罰百戒……」 「まぁまぁ、妖夢は身体を動かすほうが好きだから仕方ないのよ」 「ゆ、幽々子様、フォローになってません……」 「いいじゃないの、ん、もうこんな時間ね。二人ともウチでご飯食べていく?」  幽々子が女神に見える。幽霊だが。 「もちろんだぜ」 「最初からそのつもりよ」  女神の誘いを断るわけにはいかないな。  妖夢が諦めたような顔をしている。妖夢も大変だな。  私と霊夢と幽々子は縁側で並んでお茶を飲んでいる。その背後では、妖夢の指示で幽霊が座卓に料理を並べていく。もうすぐ私のお腹に収まるであろう料理たちの香りが鼻腔をくすぐる。  お茶でその香りを流し込むが、それでもすぐに再び進入してくる。今日は本当に来て良かったと実感していると、幽々子が声を掛けてくる。 「ねぇ、二人ともいいかしら」 「ん、なんだ?」  霊夢も幽々子の方を向いている。 「二人とも、ウチの中でもてなすのは初めてよね?」 「私は初めてだな」 「私もよ」 「そう。なら、一つだけ。家には家なりの習慣があるの。それは決して犯してはならないものよ。あ、怪訝な顔をしないで、貴方達の迷惑になるようなものじゃないわ。でも、みんなには守ってもらっているのよ、紫にもね」 「ねぇ、それってどうゆう……」  霊夢が尋ねようとするが、それは妖夢の声によって遮られた。 「霊夢、魔理沙、幽々子様、夕餉の準備ができました」  幽々子が幽かに笑みを浮かべながら、妖夢に返事をして立ち上がる。  霊夢も微妙な表情を浮かべたままながら立ち上がるので、私もならって立ち上がるしかなかった。  座卓では私と霊夢が、幽々子と妖夢と向かい合う形で座った。これ以外の座り方は不自然なので当然だが。 「さぁ、頂きましょうか」  幽々子が満面の笑みで、いただきます、というので、私達も続いていただきます、をした。 「さぁ、いただくぜ」 「魔理沙、そんな腕まくりしなくても」 「そうゆう霊夢こそ、もうそんなに食べてるじゃないか」 「そうしないと、私の分がなくなりそうじゃない」 「私と妖夢の分はちゃんと残しておいてね」  そう言いながらも幽々子は、自分の煮物の皿を空にしている。  そんな中、妖夢が箸を動かしていないことに気づく。  というか、妖夢の前には箸が置かれてすらいない。ただ、私達の食事風景を眺めている。嫁いびりか?  ただ当の本人はあまり気にしていない様子で、主に幽々子の食事を見ている。 「あら、妖夢ごめんなさいね。今日のご飯がおいしいものだから」 「いえ、そう言っていただけると、幽霊も喜びます。私も嬉しいですが」 「じゃ、妖夢もそろそろ食べないとね」  幽々子が妖夢の前に置かれた皿から、煮物の筍を箸で掴む。  私と霊夢の視線が集中するが、幽々子と妖夢はそんな視線は気にしていないようで、幽々子がそのまま妖夢の口に筍を運んでいった。  妖夢が筍を噛み砕いている。  妖夢が筍を咀嚼している。  妖夢が筍を嚥下した。  妖夢が筍を噛んだ回数は22回だった。思わず数えてしまっていた。  妖夢の口が空いたのを見計らうように、妖夢の口元には幽々子の箸にのっているご飯が待ち構えている。  そしてそれを妖夢は何の恥じらいもなく口に運ぶ。  霊夢の口があんぐりと開いている。はしたない。あ、私の口も開いていた。はしたない。  幽々子は親鳥のように次々と妖夢の口に食事を運んでいく。それを妖夢はそれが当然であるかのように、平らげていく。  私と霊夢の箸の進みが急激に遅くなる。なんというか、目の前で繰り広げられている光景が気になって仕方がない。だが、妖夢は嬉しそうに、でもいつも通りですという表情で、幽々子の箸から食事を摂っている。一方、幽々子は楽しそうにしている。自分の食事は進んでいないが、そんなことは気にしない様子で、妖夢に食べさせることに集中している。  私は我慢できずに、思い切って聞いてみることにする。 「まぁ、幽々子、その、なんだ……」 「ん、何かしら?」  幽々子が満面の笑みで問い返してくる。 「妖夢にその、食べさせているよな」 「ええ、西行寺家では美味しくご飯を作ってもらったら、主人が作ってくれた人にお礼として食べさせてあげるのよ」 「ん、魔理沙、それがどうかしたのか?」 「そりゃ…」  妖夢がこっちを見た。その瞬間、背後に剣呑な気配を感じた。  私は僅かに振り返り、後ろを見る。  蝶が羽ばたいていた。  死蝶が。  1、2、3、たくさん。  体温が一気に3度ほど下がった気がする。 「ねぇ、魔理沙どうしたのかしら?」  幽々子が満面の笑みで、私に問いの続きを促してくる。  その間も妖夢の口に食べ物を運ぶのは止めない。 「あぁ、あ……」  死の気配に口が動かない。  既に窓から既に夜の色に染められた空に北斗七星が見える。あんなところに星あったかな、あぁ、あれがかの有名な死兆星か。蝶が背中にとまるのを感じる。絶賛Graze中。衣服三枚の外には「死」が存在している。背中にとまっている気配がどんどん増えていく。重さを感じるはずがないのに、背中に鉛を押し付けられたような感覚に襲われる。背中を汗が伝わる。その汗を蜜と勘違いした蝶が吸いにくる妄想に囚われる。あぁ、妖夢、霊夢助けてくれ。でも、口に出した瞬間、私はどうなってしまうんだろう。 「ねぇ、幽々子、魔理沙この煮物の作り方を教えて欲しいらしいんだけど。あまりにもおいしくて口が動かなくなってるみたい」  霊夢がそう言った瞬間と、背中の気配が発散する。 「あ、あ、あぁ、そうなんだ、妖夢、今度来た時教えてくれないか」 「普通の煮物だと思うんだが」 「まぁ、いいじゃないの妖夢。妖夢の作ったのが美味しいって言ってくれてるんですもの。ほら、こんなに美味しい」  幽々子が満開の桜のような笑みを浮かべながら、煮物をもう1つ妖夢の口に運ぶ。 「幽々子様がそこまでおっしゃるのでしたら…」  妖夢が照れた様子ながら、満更でもない様だった。 「あぁ、よろしくな」  私はそう応えながら、幽々子の笑みが脳裏から離れない。霊夢の無理矢理な方向転換がなかったら、今頃どんな光景が繰り広げられていたんだろう。  食事が終わった後、幽々子に泊まりを薦められたが、やりかけの実験があると言い訳をして霊夢と一緒に白玉楼を辞した。  妖夢にはお土産に例の煮物をお重につめてもらった。  それを渡されたときの、幽々子の笑顔がまた忘れられない。  白玉楼の階段を下っても、私は幽々子の笑顔が脳にこびり付いて離れなかった。 「あの習慣……、紫も守っているって言ってたわよね」  霊夢が口を開く。 「そういえば、そうだったな」  思い出して寒気が全身を覆う。 「あれは紫だろうが、誰だろうが、邪魔できないぜ」 「そうね」  しばらく無言で階段を下り、ようやく現界へと辿り着いた。 「なぁ、今日はお前の家に泊めてもらっていいか。そのなんだ……」 「一人じゃ怖い?」 「なっ、そのっ、あぁ……うん……」 「仕方ないわね、代わりに布団干すの手伝ってね」 「あぁ、お安い御用だ」  こうゆうとき霊夢には救われる気持ちになる。  そして、この時はまだ煮物の入ったお重を返しに行かないといけないことを失念していた。  こんなことがあったんだ。私は読んでいた冊子を閉じる。うん、そのことは記事にはしないでくれよ。あのときの感覚は今でも思い出すと鳥肌になるんだ。そのすまない、他に記事になりそうなことがあればいくらでもネタは提供するから。  え、これ、眼鏡?うん、文字を読むときたまに掛けるんだ。え、眼鏡を掛ける前のアレ?アレって眼鏡を掛ける前には必ずするものなんだろう。身内にいつも眼鏡を掛けているのがいてな、そいつがいつもしてるしな。 頭の上に眼鏡を置いてから「眼鏡、眼鏡」って言うのは。