本作品ではアリスが「男」と結婚しますが、話の本筋ではありません。  というかアリスのネチョは存在しません。そちらを期待された方には申し訳ございませんでした。 「アリスちゃんのこと、くれぐれもよろしくね。もしアリスちゃんを泣かせるようなことしたら、貴方のこと、ブチ●すわよ」  神綺がとても朗らかな笑顔で、新しく息子となった青年に語り掛けている。 「お母さん、なんてこと言うのよ。それに彼がそんなことするわけないじゃない」  照れながら顔を青くさせて震えている新郎と、年不相応に口を尖らせて、だって、と言う母親、そして今日の主役であるアリス。  そんな三人の触れ合いをみな祝福している。  そこで行われているのは婚礼の宴。  突き抜けるような秋の青い空の下、アリス・マーガトロイドと彼女の伴侶となる、人里の男――求聞史紀に名前が載ることは一生ないであろう男――との結婚式が、魔法の森の端の広場で行われていた。  幻想郷の有名人はほとんど出揃っているのではないかという盛況っぷりである。  ほんのわずかに薄紅色の入ったウェディングドレスを着て、実質今日の主役であるアリス・マーガトロイドは笑顔であった。彼女の手は常に朝から新たに彼女の夫となった男の手と重ねられている。  誰に冷やかされようと彼女は決してその手を離さなかった。そして男も振りほどこうとしない。  そんな二人に何やかやと神綺が口を挟むが、愛娘を心配して言っていることが二人にも伝わってきて、どんなことを言われようとも笑顔で答えている。  そんな三人を囲んで、老若男女、人妖、魑魅魍魎入り乱れての披露宴が繰り広げられていた。  レミリア・スカーレットがカリスマを発揮して、紅魔館の全人員を投入しての料理に酒を振る舞い、それを遠慮なく堪能する人間や妖怪。  人間も妖怪も酒に酔って、辺り構わず肩を組んで新郎新婦を冷やかす唄を歌い出す。  二人は照れながらその祝福を受け止める。  屋外だというのに、まるで屋内でパーティを行っているような喧騒であった。すぐ隣にいる伴侶に離しかけるにも、少し声を張り上げないと伝わらないような騒がしさ。それでも二人はその喧騒が嬉しかった。  アリスのもとには代わる代わる知人友人が挨拶に来る。  人里で人間相手の小さな商店を営む夫とは違い、アリスの知り合いは多彩である。  良かったわね、と素っ気なく、それでも笑顔で挨拶をした後は黙ってしまった博麗の巫女。  彼女はじっとウェディングドレス姿のアリスを見つめている。 「どうしたの?」とのアリスとの問いに、霊夢は天気の話をするように「アリス、綺麗ね」と言った。  霊夢のそんなことを言われるとは露ほどにも思っていなかったアリスの顔が熱くなる。 「あ、ありがとう……、来てくれて嬉しかったわ。神社でお茶飲みたいから来ないなんて、言われたらどうしようかと思ってたわ」 「馬鹿ねぇ、アリスの晴れ姿を見ないわけにはいかないじゃない。ほらそこのあんた」  霊夢は新郎のほうにつかつかと近づいていく。 「お幸せに。ねえ、アリスを幸せにしなさいよね。神綺じゃないけど、アリスを泣かせたりしたら絶対に許さないわよ」  巫女とは思えない捨て台詞と共に、霊夢は新郎の杯を酒で満たして去っていった。  無言で風見 幽香がアリスに近づいてくる。  顔には剣呑な笑みを浮かべていて、アリスは思わず身構えてしまう。  幽香がいつも持っている傘をくるりと回転させる。 「えっ?」  幽香が何を仕掛けてくるのかと、待ち構えていたアリスはその意味の分からない幽香の行動に戸惑わされた。  そんなアリスの戸惑いをよそに、幽香が一振りした傘の先から赤い染みが空に湧き出してきた。  次は紫の染み、黄色の染み、そしてその染みが空で花咲いた。 「わっ、綺麗……」  噴水の様に幽香の傘から花が湧き出る。  いつの間にか幽香の後ろのいる文と早苗が、それぞれ扇と御幣をかざすと、幽香によって生み出された花々が中に吹き上げられた。  辺りから歓声が起きる。空一面に万色の花が咲き乱れる。  アリスもみなも空を見上げて、奇跡のような光景に見とれていた。  その花に見とれるアリスの写真は翌日の文々。新聞の一面を飾ることになった。  アリスが気付いたときには幽香は、会場の端のほうで霊夢に悪戯をしようとして、お札を貼られていた。  紅魔館の面々は今日は裏方に徹している。ただレミリアとフランドールは簡単に挨拶を済ませると会場の一部に陣取ってワイングラスを傾けている。  本当に簡単な挨拶しかなかったのだが、レミリアの協力がなければこのような大規模なパーティーを開くことはできなかったのだから、アリスたちにとってはそれだけで十分だった。  咲夜と美鈴が焼き立ての肉をパーティーに運び込むと、机に置く前に四方八方から伸びてくる手で皿が空になってしまう。 「幽々子様、手づかみでローストビーフを食べるのはおやめください」  指に付いた肉汁を、口で舐め取っている主に苦言を呈しているのは勿論半熟な庭師である。 「あら、手で食べる料理もそれはそれで美味しいものよ。まあ、旦那様はアリスの料理ならなんでも良いのでしょうけど」  それに、素直に頷く男にアリスは少し憮然とした表情を見せた。  まるでアリスの料理が愛はこもってるけれど、味はいま一つだ、と言ってるようであったからだ。  拗ねる妻をなだめる男を愉しそうに見ながら、白玉楼の主従は次の料理を物色しにかかった。  永遠亭の一同と守矢神社の一同が円陣を組んで、酒を飲み交わしている。  永琳と神奈子は何か縁があったのか他の人には伝わらない話をして、笑い、杯を干している。  そんな様子を傍目に他の面々も酒を酌み交わす。  幽香と文との共同作業から帰って来た早苗がてゐと輝夜に酒をついで目を輝かせている。  昔話の主人公達から本当の話を聞きたがっていた。  そうしててゐの舌で超大作に装いを新たにした、因幡の白兎、竹取物語REMIXが始まった。  鈴仙はそんなてゐの話をやれやれと想いながら、目を輝かせて聞き入る早苗を見ていた。  天界の住人達と鬼達も車座で酒を酌み交わす。  ここが一番騒がしい場所であった。  鬼の挑発に簡単に乗ってくる天人に、酔って珍妙なポーズで踊り出す竜宮の使い、そして鬼達。  そして愉しそうなその光景を妬ましい、妬ましいと言い合いながら愉しそうに酒を飲む、橋姫や土蜘蛛。  鬼同士の力比べが始まった。  会場はそれを遠巻きにしながらも盛り上がる。  新郎は小さい鬼を新婦は大きい鬼を応援し始めた。  そして空気を読んだのか、二人の勝負は引き分けに終わって、新郎、新婦の最初の対決は引き分けに終わった。  地霊殿の面々が二人に祝福の言葉を述べに来た。  そして騒ぎが大きくなったのは、こいしの一言だった。 「アリスさんのどこが好きなの?」  そう問われた男は言い澱むが、こいしの姉には通じないものだった。 「寂しそうな表情から、何かの切欠で笑顔に変わる瞬間に惚れたそうよ」  悲鳴を上げる男と茹で蛸になるアリス、そしてこいしの質問が立て続けに繰り広げられる。 「プロポーズの言葉は?」 「初めてデートした場所は?」 「一日何回キスするのか?」  そこまでよ、な質問はさすがに避けているが、男がいかに誤魔化そうともさとりの能力は止められない。  アリスにすら言ったことのないことを公言されて男は頭を下げてもう勘弁してくださいと懇願し、この羞恥プレイは打ち切りとなった。  アリスが「そんなことして欲しかったなんて」という微妙な表情をする頃には、パーティー参加者全員がさとりの口から述べられる、男の脳内の説明やら妄想を酒の肴にし盛り上がっていた。  この会場で普段と最も様子が違っていたのは霧雨 魔理沙だった。 「私は本当に嬉しいんだよ」  泣きながら酒を飲んでいる。アリスと少し離れたところで、パチュリーとにとりとで三人で酒を酌み交わしている。  魔理沙は終始泣いていた。  もうウェディングドレスを着たアリスが登場した時点で涙が止まらなくなっていた。 「魔理沙、いままでありがとう、これからもよろしく」と言われた時には、嗚咽で何も言えなかった。  それでもずっと笑顔だった。泣いては目蓋も頬も幼児の様に赤く腫らせていたけれど、笑っていた。  似たような話は今日だけで五回ほどパチュリーとにとりは聞かされていた。それでも二人とも魔理沙の言葉に耳を傾け続ける。  魔理沙はパチュリーとにとりにぽつぽつと話しながら酒をあおっている。 「私はアリスが大好きだったんだよ、うん、本当に好きだったんだ」  魔理沙は酒をあおり、にとりが注ぎ足す。 「アリスが好きな人がいるのって言ってきたときは、びっくりして、妬ましくて、でも嬉しかったんだ。  あの男のことは今でも妬ましい、と思ってる。  でもアリスが私に伝えてきたとき、『まだ誰にも言ってないの。魔理沙以外にはね』って言ってくれたんだ。  そう私とアリスの想い方は違ってたのかもしれない。  でも私達はお互いに好きだったんだ、って気付いたんだ。  だから私は素直に応援できたし、今日も祝福できるんだ。  くそっ、でも涙が止まらないぜ」  パチュリーがそっとハンカチを差し出すと、魔理沙は乱暴に目元を拭う。 「ありがとうな、パチュリー、にとり。アリスのことは大好きだけど、二人のことも好きだからな」 「あら、三股宣言?」 「大胆だねえ」 「いや、そうゆうわけじゃないけどな……、まあ、いいや、アリスが幸せでくれればいいんだ。  アリスが笑ってくれていれば、な、そうだろ、霊夢」 「あ、ええ、そうね」  周りに誰もいなくなり、手持ち無沙汰に魔理沙の方に歩いてきた霊夢に、魔理沙は突然話を振る。 「なあ、霊夢、話相手になってくれよ」 「あら、私たちだけじゃ不満なのかしら。四股宣言?」 「ブーブー」 「いや、ほらやっぱりアリスとの付き合いは、私たち長いからさ」 「そうね、もう随分になるわね」 「さっきから霊夢を呼ぼうとしてたのに、鬼と話したり天人と話したり天狗と話してたりでな」 「みんな話しかけてきて、言いたいこと言ったら、どっかいっちゃうのよ。まったく私の話は聞かないで」 「賽銭賽銭の話ばかりするからじゃないのか?」 「しないわよ、こんなめでたい席で!」 「そうだよな、こんなめでたい席ではな……」  魔理沙と霊夢、そしてパチュリーとにとりがアリスの座っていた方向を見る。  文が何か細長いものをアリスに渡している。 「あー、あー、本日は晴天なり」  文の声が会場に響き渡る。  文が持っているのは最近香霖堂で手に入れた、外の世界のマジックアイテム――マイク――らしい。 「宴もたけなわですが、日も傾き始めて、ここでアリスさんからお母様への手紙を……」  文に手渡されたマイクを片手にアリスは母への感謝の言葉を述べようとする。  肝心の神綺は既に聞く前から号泣している。 「お母さん――」  さきほどまでの騒がしさが止み、妖怪と人間とが肩を並べてアリスの言葉に耳を傾ける。  霊夢と魔理沙は、アリス親子が泣きながら抱きしめあっているのを眺めながらつぶやくように喋る。 「アリス幸せになってほしいな」 「当然よ」 「アリスを泣かせたら、あの男をぶん殴りに行こうぜ」 「殴るで済めばいいけど、マスタースパークは勘弁してあげてよね」  にとりが魔理沙の腕を掴みながら、少しばかり男に同情的なことを言う。 「魔理沙が殺人罪に問われたら、脱獄を手伝わないといけなくなっちゃうんだから」 「何なら、今から跡の残らない拷問方法について調べてもいいわよ」  パチュリーが頁をめくる。  結婚式というのに、やはり本から手を離さないパチュリーであったが、みんなそういうものであると割り切っているため気にしない。  霊夢がアリスに視点を戻すと、アリスに抱きつくようにして神綺はまだ泣いていた。  アリスは苦笑しながらも、新郎としっかり手を繋いでいる。  この式が終われば、あの二人の生活が始まるんだな、と霊夢はようやく実感することができた。  宴は幕を閉じた。  始まったときには中天に座していた太陽も、既に山々の隙間に隠れようとしながら辺りを赤く燃やしている。  紅魔館のメイド達が食器をまとめている。  咲夜や美鈴は指示出しにてんてこ舞いになっている。  妖夢や鈴仙あたりは自主的に手伝ってはいるが、膨大な参加者がいたためなかなか終わりそうにない。  妖怪にとってはいつもなら宴会は日没のこれからが本番であるが、今日は初夜ということもあり、新郎新婦は解放されて、後は各自自由にという流れであった。  ようやく泣き止んだ魔理沙が服に付いた草や砂埃を払う。 「なあ、霊夢もウチに来て一緒に飲まないか?」  パチュリーもにとりも自分の荷物をまとめていて、魔理沙と一緒に行くつもりであることは霊夢にも分かった。 「いや、今日は遠慮しておく」 「そうか、まあ、霊夢とはいつも飲んでるしな。じゃあ、アリスと今度は三人で飲もうぜ、アリスをからかうネタは今日たくさんできたしな、きひひ」 「そうね……、そうしましょ」  魔理沙とパチュリー、にとりは霊夢に別れの言葉を言うと魔理沙の家の方に向かって飛んで行った。  気がつくと霊夢は一人になっていた。  周りはまだ後片付け中で、メイドが駆け巡り、皿を落とし、怒号が飛び大変な喧騒になっている。  霊夢の隣を紅魔館の妖精メイドがバスケットを持って駆け抜けていく。  それでも霊夢の隣には誰もいなかった。 「じゃ、帰りますか」  誰に言うでもなく、そう言うと霊夢はふわりと飛び立った。  途中、近くにいた咲夜にだけお疲れ様と声をかけた。咲夜は片手を上げるだけの挨拶を返してくれた。  邪魔しちゃいけないと思い、霊夢はそのまま帰途につく。  空から見た宴の跡地は咲夜たちの指示の元、徐々に日常のただの草原へと回帰していっていた。  霊夢が神社に戻って来た時には既に日が暮れていた。  飛ばせば日が暮れる前には着けたのだが、なんとなくゆっくりと飛びたい、そんな気分だった。 「ただいま」  霊夢は習慣で誰もいない神社に上がるときでも挨拶をする。  神社には神様がいるんだから挨拶はしないと駄目、そう昔誰かに言われた記憶が霊夢にはある。ただそれが誰だったのかは憶えていない。それでも霊夢は今でもそれを実践していた。  霊夢はお茶を淹れるためにお湯を沸かそうとやかんに手を掛けるが、結局お湯を沸かすことはしなかった。  棚から酒瓶とお猪口を持ち出して、縁側に座った。  お猪口は二つ、一つは霊夢の手に、もう一つは縁側に。  そして二つのお猪口を酒で満たすと、霊夢は手に持ったお猪口を縁側に置きっぱなしのお猪口に当てた。 「アリス、おめでとう……幸せにね」  霊夢は一気に飲み干す。酒が喉を焼き、霊夢は珍しく咽る。  それでも霊夢は空になったお猪口に酒を足して、また一口であおった。 「アリス、綺麗だったな」  霊夢は、ドレス姿でずっと笑っていた、幸せそうに笑っていたアリスの姿を思い出した。 「すごく幸せそうだった」  空になった杯に一滴、水が滴り落ちた。霊夢は最初はその水滴が何だか分からなかった。  それが自分の涙だと気付いてつぶやいた。 「私、泣いてるんだ……やっと、泣けたんだ」  アリスの名前をつぶやきながら霊夢はむせび泣き始める。 「アリス、大好きだったのに。ずっと好きだったのに。  どうしてあんな男、好きになっちゃうのよ。  どうして、どうして、ねえ、アリス。何も言えなかったの。  言いたいけど言えなかった、アリスが好きって言いたかったのよ、ずっと。  言おうと思ったのよ、あの時……」  注ぎ足した酒をまた一気に飲み干した。  霊夢の脳裏に浮かんだのは、やはりアリスに好きな人がいることを告げられた時のことだった。  ただし、それは魔理沙が言われたのとは違うタイミングだった。  霊夢がアリスに想いを告げようとした日、たまには軽くでいいからお化粧しなさい、って前にアリスに渡されていたルージュを引いてアリスに会いに行った日。  アリスから聞いたのは里の男とお付き合いしてるの、という話だった。  いまだにあの時の感覚は霊夢は忘れられない。  弾幕勝負で撃ち落されたときの感覚と似てはいたが比べ物にならなかった。  霊夢は視界がゆがみ、自分が地に足を付けているのか飛んでいるのか分からなくなっていた。  ただアリスが訝しがらなかったので、きっと平静は装えていたと思っている。けれどアリスの話は霊夢の耳には入らなかった。通り過ぎていた。  結局、アリスにはおめでとうだけ言って、ほとんど逃げるように帰ってきた。  化粧棚に出しっぱなしだったルージュを見つけた時、霊夢は泣いた。  朝ルージュを引きながら、アリスの顔を思いながら浮かれていた自分を思い返ししまっていた。  そして今もあの日と同じように泣いている。アリスの名前を呼びながら。  アリスの名前を呼びながら。  どうして私じゃなかったの、魔理沙なら諦めもついたかもしれないのに、あんな取り得のなさそうな男。  霊夢の思考が堕ちていく。そしてその「取り得のなさそうな男」にアリスを取られたという事実は自身を傷つけていく。 「アリス、好きなのよ、今でも大好きなの。全部私のモノにしたかったの。  綺麗な髪も、細い指も、私を呼ぶ声も、唇も。全部、私のものにっ。  でも、でも……貴方は私じゃなくて――」  霊夢は立ち上がり、化粧棚の上に朝使って出したままのルージュを屑箱に投げ捨てた。  鈍い音を立ててルージュがちり紙の屑の中にうもれる。  そして縁側に戻ろうとして、もう一回振り向いた。  屑箱の中にルージュがある。アリスにもらったルージュがある。 「あ、あぁ……」  霊夢は倒れこむように屑箱の傍にしゃがむと、屑箱からルージュを取り出した。 「アリス、アリス……」  霊夢はルージュを抱きしめて泣いた。  誰かが訪ねてくれば見つかってしまうだろうが、そんなことに構わず想い人の名前を呼びながら畳に涙の染みを作っていった。 「ひどい顔だこと」  その声と共に霊夢は肩に温もりを感じる。  霊夢のむき出しの肩にその声の主の服の袖が被さり、そしてそのまま霊夢は後ろから抱きしめられた。 「何しに来たの? 私のこと笑いに来たの?」 「あら、私は霊夢にはそんなひどいことはしないわよ。」 「どうだか」 「ただ胸を貸しに来ただけです」  声の主、八雲 紫は霊夢を抱きしめる力を強める。  いつもなら霊夢はたたき出すところだが、今日の霊夢は紫の言うがままに紫に体を預けて涙をこぼし続けた。  紫に抱きしめられて泣いたことで、霊夢は少し平静を取り戻した。 「ねえ、紫……あんた今日来てなかったわよね。招待状来なかったの?」 「いえ、招待状なら今でもあるわよ。それにちゃんと行ったわよ、ただすぐに帰っただけ」 「どうして?」  背中から抱きしめられていた霊夢は、紫の腕の中で体の向きを変える。  霊夢と紫の顔が急接近する。霊夢の顔に紫の吐息が届く。  顔の距離がここまで近くなるとは思っていなかった霊夢は、狼狽するが今更逃げるのもおかしいので諦める。  霊夢は誤魔化すように、答えてくれない紫にもう一度問いただす。 「アリスが嫌いなわけじゃないんでしょ? アリスに一言くらいお祝い言ってあげれば良かったのに」 「だって……」 「だって?」 「霊夢、貴方泣いていたでしょう。  アリスのドレスを見て、彼に笑いかけるのを見て、アリスに来てくれてありがとうって言われて。  貴方泣いているのを見ちゃったから帰ったのよ」 「泣いてなんかないわよ。泣いてたのは魔理沙。  そりゃひどいもんだったわよ、本当にずっと泣いてたから、もうまぶたとかぷっくりと膨れてたわよ。  今度会ったら冷やかしてあげなさいよ。お子様ね、って」 「そうね、魔理沙にはそうしてあげましょう。  でもね、貴方は心の中では泣いていたのに、涙を流せなかったでしょう。  博麗の巫女があんなところで魔理沙みたいに泣くわけにもいかない、そう思ったのよね。  いや、貴方のことだから無意識にそうしていたかしら。  貴方の目、まるで……そう、まるで橋姫のようだったわよ。  でも顔は笑っていて、心では……」 「何よ、それっ。そうよ、私は二人に嫉妬していたわよ!  アリスを手に入れたあの男も、私の近くからするりと飛び立っていったアリスのことも。  そう私は浅ましい女よ。そうね、確かに魔理沙の方が正直よね。  でも私あんな風に泣けないの、出来ないのよ。私はずっと博麗の巫女だった。  アリスに告白しようとしたことだってあるのよ、博麗の軛から外れることと分かっていたの。  そしたらアリスはもうあの男の腕の中に納まっていたのよ。  まるで博麗の呪いよね。私は博麗の巫女のままじゃないといけないみたいじゃない。  ねえ、どうしてアリス、紫どうしてよ……」 「ほら、そんな貴方を見るのが辛かったから。  私も逃げたの。そうでもしないと――」  霊夢の目が紫の言葉の続きを促す。 「貴方を今みたいに抱きしめていたからよ。  泣きたいのに声も上げられず、涙もこぼすことのできない貴方。  そんな貴方を見たら、どうにもならないわ。駆け寄って抱きしめてしまうそうだったから。  でも泣くのを耐えている貴方に衆人環視の中、こんなことできないでしょう」  紫は目の前の霊夢の唇を塞ぐ。  霊夢の腕が紫の体に絡みつく。 「ねえ、いいの? 私、アリスのこと好きなのよ」 「私のことは嫌いじゃないの?」 「嫌いじゃないわ。アリスには敵わないけれど」 「妖怪ですもの、ヒトを堕として狂わせるのが本業よ」 「そう、それなら妖怪さん、今狂わせてよ」 「貴方の中のアリスがいなくなるくらい、狂わせてあげるわ」  紫は霊夢に再びキスをする。  霊夢は紫の唇が蠢くたびに紫の背中に回した手で、紫の服を握り締める。  紫はキスしたまま、霊夢のスカートの中に手を伸ばし、ドロワーズを脱がせていく。  ドロワーズを脱がせると、紫は霊夢を抱きしめたまま、隙間経由で全ての障子を締め切ってしまう。  霊夢は畳に引き倒され、スカートが捲り上がり紫に太ももを根元近くまで晒しているが、霊夢はそれを隠そうともしない。  紫はそのスカートの中に顔を潜り込ませる。  霊夢が軽く体を震わせた。  霊夢の秘所にぬるりと温かいものがなぞられた。 「ゆ、紫……」  霊夢に名前を呼ばれた紫は返事をせずに、霊夢の秘所を指で拡げながら、舌を這わせ始める。  霊夢は袖を噛み締めて声を押し殺そうとするが、すぐに声が漏れ始める。  紫はその声を聞きながら、霊夢のクリトリスをねぶるように舐め上げる。 「も、もうだめよっ」  霊夢の手が紫の肩に伸びて紫を引き離そうとする。それでも紫は霊夢の腰を抱きかかえて離れようとしない。  霊夢がいくら力をこめようと蜘蛛に絡め捕られた蝶のように無力であった。  むしろ霊夢が引き離そうとするたびに、紫は霊夢の腰を抱きしめる力を強くして、しかもその不規則な動きが霊夢をどんどん追い詰めていく。 「紫、もう、いいの、もう止めてよ……」  霊夢の切羽詰った声に、紫は霊夢の限界を感じた。  そう、霊夢の意識がどんどん薄れてきていた。ただし、無くなってきたのではなく紫に与えられる快感に塗りつぶされてきた。 「紫ぃ、紫……」  霊夢は紫の名前を意識せずに呼んでしまう。呼ばれた当の本人はそれが嬉しかった。  紫は霊夢の秘所を舐めながら、口を動かす。舐めながらでなかったらこう聞こえていただろう。 「霊夢、いっちゃいなさい」  その喋るような口の動きに霊夢は耐えられなかった。  霊夢は自分の袖を噛み締めて、背を逸らせて体を震わせる。頭から足の指先まで紫に与えられた快感に全身をかき乱された。 「ん、ん、んっーーーー」  霊夢は結局袖を噛んで、絶頂の声を漏らさなかった。 「霊夢のいっちゃう声聞きたかったのに、霊夢のいっちゃうときの顔を見損なったわ」  霊夢のスカートから頭を出した紫は霊夢を再び抱きしめて、頭を撫でながらそんなことを言う。 「見て良いわよ。あ、でも……」  紫の胸に顔を埋めたまま、霊夢はつぶやく。 「でも?」 「紫のいく顔も私に見せて頂戴」  霊夢は紫の顔を見上げる。  霊夢の真面目な表情に紫は思わず笑みを浮かべてしまう。 「いいわよ、霊夢、一緒に気持ちよくなりましょう」  紫は黙って頷く霊夢の前髪をかき上げ、おでこにキスをした。  そんなキスを霊夢は目をつむって、気持ちよさそうにしていた。  紫は立ち上がって、服を着たまま下着だけ下ろしてしまう。 「さあ、霊夢、いかせてくれるんでしょう」  そしてそのままスカートをめくり上げる。  霊夢の目には、スカートの裾ギリギリに紫の秘部が見え隠れする。 「え、えっとね?」 「どうしたのかしら」 「その、どうしたらいいのか、分からないの」  霊夢は恥ずかしそうに俯いたまま、ぼそぼそと言う。 「ふふっ」 「何がおかしいのよっ、紫!」 「おかしくなんかないわ、やっぱり霊夢は可愛いわね」 「今、言われても嬉しくないわ」 「あら残念。じゃ、今度は宴会の席でみんなの前で言ってあげるわ。でも今は、可愛い霊夢は私だけのもの」  紫は腰を畳に下ろし、スカートをめくりあげる。 「繋がりしょう、霊夢。さっき気持ちよかったでしょう。その感覚で私のも……一緒に気持ちよくしてくれないかしら」 「う、うん……」  霊夢はおずおずと紫に近づいていく。  霊夢も邪魔にならないように、スカートをめくり上げる。 「紫のそこも、濡れてるのね」 「霊夢が可愛かったからよ」 「馬鹿……」  二人とも腰を下ろし、秘部を重ね合わせる。霊夢と紫の粘膜が絡み合う。 「あっ、霊夢の温かいわ……」 「あんたのも……、ね。って、紫……」 「どうかしたの?」 「え、気付いてないの?」  霊夢は紫と秘所を重ねたまま、紫の頬に指を這わせる。 「紫、あんたも泣いてるのよ。慰めてくれてるあんたが泣いてどうするのよ」 「そう、全然気付かなかったわ」  紫は自分の涙を拭った霊夢の指にキスをする。  涙を拭った人差し指を舐める。  中指を咥える。  薬指にキスをした。  霊夢はそんな紫を頬を赤らめながら見ている。 「何見てるの?」 「な、何でもないわよ」 「そういえば、霊夢、私をいかせてくれるんでしょう。こうして霊夢と繋がってるのもいいけど、これだけじゃいけないわよ」 「う、うん……」  霊夢は紫に促され、ぎこちなく腰を動かし始める。  そんな霊夢の初々しい姿を堪能しながら、紫はもどかしさも同時に感じ、自分からもゆっくりと動き始めた。  それでも紫は霊夢に主導権を握らせる。  霊夢は紫の足を掴んで出来るだけ動こうとする。  一方紫は動きやすいように、体を合わせて動かすに留める。 「んっ、霊夢、そう、そこが気持ちいいわ、上手よ、霊夢」  霊夢は一生懸命に紫の表情を見ながら、紫の反応を探って行く。  紫もそんな霊夢の様子に、快感をできるだけ隠さずに霊夢に分かるように声を上げる。  霊夢は自分で気付かないうちに、嬌声を上げ始めていた。  紫はそんな霊夢を見ながら、霊夢も気持ちよくなれるように腰を動かす。  霊夢は抱きかかえた紫の足に口づけをする。  紫も霊夢の片手を取って、手の甲に、指に、キスをする。  お互いにキスをされたところが温かくなるのを感じる。  二人の結合部から水音が響く。 「ねえ、霊夢、聞こえる。私たちの音よ」  そう言う間も二人が動き続けるので、霊夢はいやがおうにもその淫猥な水音を意識してしまう。 「や、こんな音……」 「恥ずかしい?」 「うん」 「でも、半分は霊夢の音よ、霊夢のいやらしい音、よく聞こえるわ」 「だって……紫の……気持ちいいんだから仕方ないじゃない」 「霊夢だって気持ちいいわよ、ほらだからもっと一緒に気持ちよくなりましょう」  紫は霊夢の顔を引き寄せてキスをした。紫の舌と霊夢の舌が絡み合う。  二人とも無言で快楽を貪りあう。  霊夢は紫をいかせようと、自分より早くいかせようと腰を動かす。  紫もそれを受け入れながらも、霊夢が気持ちよくなれるように動く。  二人ともこのままどろどろに溶け合って一つになってしまいそうな錯覚に陥った。  唇と秘所が融合するような、自分と相手の境界が不明瞭になってくる。  紫の胸が霊夢に押し付けられる。  二人ともお互いの服の上からお互いの体をまさぐり合う。  先に限界に達したのは紫だった。  キスをしたまま、紫は霊夢が流れ込んでくるような感覚と共に、体を震わせる。  そんな紫の舌を霊夢は自分の舌で絡めとっていた。そして始めてみる紫の、達してしまった姿を見て、霊夢も限界を超えてしまった。  霊夢も紫の体に抱きつきながら、体を震わせる。  二人とも絶頂も瞬間もディープキスしたままで、声を漏らすこともなく、まるで相手に自分の絶頂を全て伝えているかのようだった。  二人は無言で抱きしめあっている。  紫を被さるように抱きしめていた霊夢は何も言わずに、紫の太腿に自分の秘所を擦りつける。  紫も霊夢を抱きしめたまま、霊夢と自分の愛液の混じった秘所を霊夢の太腿に押し付けた。  激しい吐息と淫猥な水音だけが部屋の音を支配する。  霊夢の手が紫の服の中に潜っていき、紫の豊かな双丘に辿り着く。 「また一緒にいきましょう」  その声がどちらの声だったのか、二人の動きが激しくなっていった。  二人の睦み合いが一段落したのは二刻も後のことだった。 「ねえ、紫」 「何?」 「呼んでみただけよ」 「何よ、まったく」  紫は笑いながら、霊夢の鼻を軽く噛む。 「ねえ、霊夢」 「何、呼んでみただけ?」 「貴方と一緒にしないの。一眠りして起きたら、どこかに一緒に行きましょうか」 「何か企んでるの?」 「そうね、企んでるわ。名付けて霊夢に私を好きになってもらう大作戦よ」 「全くしょうがないわねえ」 「だって、貴方まだ完全にはアリスのことふっきれていないでしょう」  アリスの名前を出されて霊夢の顔が曇る。紫は本当に分かりやすいわねえ、と苦笑する。 「いや、それを責めてるわけじゃないのよ。責める筋合いではないことですし。  アリスより私のほうを好きになってほしいだけ。  だから一緒にどこにか行きましょう。霊夢の行きたいところに行きましょう」  霊夢が行きたい場所を指を折りながら、一つ、二つと挙げて行く。  紫そんな霊夢の黒髪を指で梳きながら、見つめていた。  二人の枕元には、皺になった二人の服が絡み合うように置いてあった。