「もしもーし」  満天の星空の元、蓮子の携帯電話からコール音が響く。  通知先の表示されている名前は、"メリー"。  蓮子はメリーが電話に出るのを待ちながら辺りを見渡す。  蓮子にいる高台から見えるのは、夜の黒い海とまばらな林。そして蓮子の腰ほどの高さの草が一面風になびくステップ。  蓮子の故郷ではもはや失われてしまった景色がまだそこには残っている。  近くのテントではまだ起きている何人かが酒を酌み交わしている。だが、今回の旅行の首謀者は明日に備えて既に寝入っている。 「何よ、蓮子、こんな朝早くに」  日本と電話が繋がった第一声は、蓮子の友人の不機嫌な声だった。  そしてその声を聞いてから、蓮子は頭の中で時差を計算する。 「ごめん、ごめん、そっちはまだ朝の6時だよね」 「ふぁぁぁぁ、そっちは?」 「夜の9時ね。現代でこんな見渡す限りの星空が見れるとは思ってなかったわよ」 「星なら大気圏外飛行でいくらでも見れるでしょうに」 「まあ、そうなんだけど。地上でまだこんなところが残っているとは思っていなかったから、ちょっとね」  蓮子が今たっているのは、日本から遠く離れたアフリカ大陸、から更に突き放されたように存在しているプリンシペ島。  その土を踏みしめてから二日目。蓮子たち一行はボロボロの日本車に乗った地元のガイドの車で、目的地の高台に到着していた。 「それにしても岡崎教授も酔狂よね。今時、天体観測を地上からするだなんて」 「いいじゃない、そのおかげで私もこうして荷物持ちのバイトをさせてもらえてるんだし。しかも教授はさっさとおやすみしちゃったから、明日の朝まで自由時間よ。  まあ、他の人みたいに酒を飲むか、街灯もないので何がなんだか分からない景色を楽しむか、こうして電話をするしかないんだけどね」 「まったく私に相談しないで一人で行っちゃうんだから」 「だってこんな事になるなんて思わなかったのよ、何度も説明したじゃない。『急募!天体観測の助手、七日間拘束、理学専攻者優遇』だけの条件からプリンシペ島なんて想像できないわよ。それにメリー、貴方に約束させられたわよね、このバイト代での遠野旅行。文句言うなら私一人だけで言っちゃうわよ」 「ごめんなさい、蓮子、愛してるわ」  現金なものね、蓮子がそう呟く。 「ねえ、それにしてもどうして地上から観測なの?」 「えっとね、飛行機で岡崎教授の隣の席だったから延々と説明されたんだけど……」  岡崎教授の説明は蓮子の理解を超える箇所が大部分であったが、逆に岡崎教授を質問攻めにして蓮子なりにまとめた内容をメリーに伝える。 「岡崎教授の理論、知ってるでしょう?」 「岡崎仮説でしょう、いろいろな意味で有名だから知ってるわよ。魔力〜〜魔法の存在を予測、そしてそれらが実在することを前提にした半永久機関についての一連の論文でしょう」 「ええ、それだけ分かっていれば十分だと思うわ。今回の観測行はその理論を実証するためのものだそうよ。なんでも皆既日食には特殊なそして強力な魔力があるらしいのよ。まあ、確かに地球上では特殊かつ大規模な現象ではあるしね」 「過去においては、日食は確かに歴史的、魔術的に特別な位置は占めてきたのは確かね。でもそれで何故プリンシペ島なの? 他にも観測できる場所はあるでしょうに」 「うーん、そこは半ば教授の趣味、なのかなあ。20世紀に某科学者の考えた理論、世界中の科学者にパラダイムシフトを強制させることになった理論だったんだけどね、それを皆既日食の太陽近傍を観測することで実証したのがここプリンシペらしいのよ。そして今回の観測対象も皆既日食、このプリンシペ島は観測に適しているのと、その昔話にあやかりたいってことらしいわ」 「まあ、昔観測できたというのなら分かる話ね。あやかる云々の話は科学者としてどうなのかしらね」 「この観測に失敗したら後がないみたいよ。教授も飛行機の中で『私は理論と観測による実証を一緒にやってやる』とか寝言を言ってたくらいだし、結構な力の入れよう。気持ちは分からないでもないわね」 「はあ、大変なものねえ」 「でも昔に比べたら楽なものらしいわよ。昔の観測では乾板写真を使ったらしいから。デジタルデータじゃないとかそんな話じゃないのよ……」  蓮子はその後もつらつらと教授に聞かされた話を続けていく。  蓮子の話は教授に聞かされた話から、だんだんと途中の空港での話や、他のメンバーの話に発散してくる。  それにつれてメリーの返事は段々とおざなりに、心ここにあらずという感じになってくる。 「そしたら、ちゆりさんが言うのよ。『そんなことくらい私が言ってやるぜ』って。それで飛び出そうとするちゆりさんをみんなで取り押さえてね……、ね、メリー、聞いてる?」 「んっ、聞いてるわよ」  そうメリーは返事をするが、蓮子にはメリーがとても自分の話を聞いているようには聞こえない。 「メリー、貴方……」  蓮子が耳を澄ますと、メリーの息が荒い。  まるで、それは……。 「貴方、まさか……してるの?」 「だって……蓮子と一週間も会えないのよ」  メリーは否定しなかった。  携帯越しにメリーのくぐもった、扇情的な声が聞こえてくる。  蓮子が目を瞑ると、アフリカの島にいるというのに、メリーは日本にいるはずなのに、まるでメリーが目の前でオナニーをしているような錯覚に陥ってしまう。 「ねえ、メリー、そんなに寂しい?」 「だって、蓮子の声が聞こえるのに触れないのよ。キスできないのよ。蓮子の吐息を感じたいの」  メリーと話しているうちに、蓮子の中にもメリーの炎が飛び火してくるのを蓮子は感じ取った。 「それじゃ、メリー、自分も胸を……揉んで見て」 「うん、蓮子……」  メリーの息が荒くなる。  蓮子の耳には少し大きな音が聞こえてくる。おそらくメリーがベッドに横になったんだろうと判断する。 「んっ、蓮子の手、気持ちいい」 「そう、でもメリーのおっぱいも柔らかくて気持ちいいわよ」 「れ、蓮子、そんなに強く摘まないでよ」 「メリーのおっぱい、さきっぽこんなに硬くしてるのに摘まないわけにはいかないでしょう」  アフリカの蓮子の指もスカートの中にもぐりこんでいる。  一応他のメンバーが近寄ってこないか、気配を探りながら、指を下着の下に這わせる。 「メリー、次はあなたのここ、舐めてあげるわ」 「や、蓮子、いきなりそんな……」  蓮子は脳内で、メリーのスカートの中に顔を埋める。その暗がりの中にメリーの下着がほのかな白色をもって蓮子を迎える。だがその白色は別なもので汚されていた。 「メリーの、もう濡れてぐしょぐしょじゃないの。もう脱いだほうがいいんじゃないの?」 「う、うん、そうね」  携帯からメリーの衣擦れの音が聞こえる。 「ねえ、メリー、自分で説明してくれる?」  しばしの沈黙。 「え、っとね、その、蓮子のせいで私の……シミができてるわ」 「そうね、メリーったら、そんな事言うなんて。しかも人のせいにして」 「だって……」 「そんなメリーには罰を与えないとね。ほらメリーのここ舐めてあげるわ」 「あっ、れ、蓮子っ」  一気にメリーが没入していく様子が蓮子には目に浮かぶようだった。  電話の向うのメリーはもう声を抑えるようなことはしなくなっていて、蓮子の名前と喘ぎ声を交互に上げている。  蓮子は離れたところに観測班のメンバーがいることが恨めしく思いながら、自らに指を這わせる。  こうなったら思う存分メリーを弄ろう、そう蓮子は心に決めた。 「メリーのここ、もう止まらないのね」 「だ、だって、蓮子が上手に舐めるから、それに私ずっと、ずっとしたかったのに蓮子、旅行の準備ばかりで昼間は一緒にいても何かしてるし、夜は先に寝ちゃうし」 「だからって、こんなにするなんて、メリーは本当にいやらしいのね」  蓮子はそう言いながらも悪かったかなと思う。メリーがそう思っていたとは。  確かに慌しくてメリーと会話を交わす機会はあっても長話したり、体を交えることは少なかった。  出発の前日、メリーが「朝、寝坊しないように起こしてあげるわ」って泊まりに来たが、さっさと寝てしまった。  ベッドに潜る直前、メリーが何か言いたげであったけれど、蓮子はそれどころでなく寝てしまった。  メリーには悪い事をしたなあ、帰ったら空港から直接お土産もってメリーの家に行こう。  そう思いつつも蓮子の口は止まらない。 「メリーのいい匂いがしてくるわ。メリーのいやらしい匂い。病み付きになっちゃいそう。  しかもこんなに音立てちゃって、本当にメリーったら」 「で、でも……」 「なあに?メリー」 「蓮子だからよ」  たったそれだけの言葉、電話越しのそれだけの言葉に蓮子は脳髄を直接握られたような、快感に襲われてしまう。  きっと電話越しのメリーは、少女の様に目じりに涙を浮かべて頬は紅潮させて、淫乱に股に手をやっていたんだろう、その光景が蓮子の脳内に像を結ばれる。  蓮子は思わず、その少女を抱きしめようと手を伸ばし、空を掴んでしまう。  蓮子はメリーに会いたいと言おうとして飲み込む。  今は電話越しに二人で一緒にいるんだ。それはこの電話の最後まで貫き通さないといけない。 「蓮子、蓮子……切ないの……」 「私もよ、だから私達の一緒に擦り付けましょう」 「うん、あ、蓮子の温かいのに、こんなに濡れてる……」 「メリーのもよ……、私をこんなに感じてくれたのね」 「うん、蓮子が欲しいの……」 「私もよ、私のメリー……」  蓮子は階段をゆっくりと上るみたいに高まって来る。  メリーが蓮子の名前を呼ぶたびに、今自分がアフリカにいるのか日本にいるのか、メリーが傍にいるのか見失ってくる。  携帯越しに蓮子の耳に入ってくる声もだんだん余裕がないものになってきていた。  電話越しに二人の声が重なる。お互いの名前を呼ぶ。  蓮子は確かに傍にいるメリーを感じる。メリーが自分のあそこをかき混ぜる、胸を揉んでくる、そう感じた。 「メリー、メリー、そんなにしないで」 「蓮子こそ、私もう駄目よっ」 「私も、私もっ」  電波が二人の絶頂の声を伝え合った。 「メリー、ただいまー」 「蓮子っ」  メリーの家を訪ねてきた蓮子をメリーが飛びついてだけ締めた。  蓮子は玄関の前でメリーに押し倒される形になってしまう。 「いたた、メリー酷いわよ」 「酷いのは蓮子よ、私を何日放っておいたと思うのよ」 「だから毎日電話したじゃない」  そして毎日電話越しに致してしまったのは乙女の秘密だ。 「とりあえず家に入れてもらえるかしら」  物音に飛び出してきた隣人の視線が蓮子には痛かった。 「はい、お土産」 「何かしら?」  メリーは嬉しそうに、蓮子の渡した袋を受け取る。ずっしりと重い。 「?」  メリーはその袋を開けて怪訝な顔をする。  姿を現したのは、木の実、ラグビーボールのようだ。 「ねえ、蓮子、これ何?」 「その、カカオの実」 「初めて見たわ」 「私だって」 「だから私にバレンタインのチョコレート作ってよ」 「お土産を私に作らせるの? それにバレンタインデーから何日経ってると思うの。それにお互いにチョコ準備したじゃないの」 「メリー……いや?」 「はぁ、いいわよ。でもぶりっこは止めなさい。でもカカオの実からの作り方なんて知らないから、後日ね」  メリーは蓮子の方にずい、と体を寄せる。 「だから今日は蓮子を食べるわね」  蓮子の顎を掴み、メリーは蓮子と唇を合わせた。 「だ、だめよっ」  キスは大人しく受け入れたわりに、メリーが蓮子の服を脱がせようとすると蓮子はいつもにない様子で体を引いてしまう。 「れ、蓮子、どうしたの? ま、まさか旅行中に他の女に……」 「い、いや、違うから、それはない! 私は死ぬまでメリー一筋よ、だからそんな怖い目は止めてっ」 「まあ、蓮子、プロポーズ?」 「いやや、そ、違うけど、まあ、ともかく今日はなし! 一緒にいるけど、今日はキスと手を繋ぐだけにして!」 「ねえ、蓮子?」 「なあに、いとしのメリー」 「吐きなさい」 「何を?」  蓮子の様子は明らかにおかしかった。メリーはそれを問いただす。押し問答の末、蓮子はしぶしぶ口を開く。 「そのね、毎日電話でしてたでしょう。メリーは自分の部屋だったんでしょうけど、私は外だったことが多くて……」  外で自慰なんて、アフリカでは自然としていたけれど、いざ日本に帰って来るとその異常性を強く認識してしまい、蓮子は顔が熱くなるのを感じる。 「それでね、最終日なんだけど、その外でメリーと話してるときね、虫に指されたのよ」 「あれ、虫避けスプレー持って行ったでしょう」 「あの、その……ほら腕とか顔とかはちゃんと塗ったんだけど……」 「塗ってない場所を指されたのね」  蓮子は黙って頷く。 「さあ、先生に患部を見せなさい」 「どうしていきなりお医者さんごっこ?!」 「うわあ、本当に腫れているわね」 「うぅ……」 「蓮子、痛くない?」 「痛くはないけど……」  蓮子は黙る。  そしてメリーは気づいてしまう。 「蓮子、もしかして……」  蓮子の耳元で囁く。 「濡れてるわよ。もしかして腫れてて気持ちいい?」  蓮子は無言で頷く。  メリーが軽く患部に触れただけで、蓮子は体を震わせて嬌声を上げてしまう。  部屋の絨毯に蓮子の体液がシミを作ってしまう。 「ねえ、蓮子、私、多分今日ブレーキ壊れているから頑張ってね」 「無理、今日は無理、歩くだけで……」 「その言葉を聞いて私が止まれると思うかしら、蓮子」 「あはは、無理?」 「無理」  結局翌朝まで、蓮子の嬌声が途切れることはなかった。 「ねえ、蓮子、その蓮子を刺した虫を輸入しましょうよ。昨日の蓮子、あんなに乱れて良かったわ」 「いやよ!」